ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2009.11.19
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カテゴリ: 民衆の歴史
デパートの誕生(38)

19世紀も後半になると、確かに鉄道網は発達しました。乗合馬車の路線も増えました。しかし、現代の網の目を張り巡らしたような交通網の発達とは、わけが違います。大都会のパリを離れると、そう簡単に都心のデパートに出かけるわけには行きません。

地方の居住者となれば、なおさらです。店にやってくることが出来る顧客ばかりではなく、おいそれと店にやってくることが出来ない人々をも顧客にする方法がないものか。プシコーの思考は最後には、そこに向かいました。

こうして工夫されたのが、分厚いカタログを使ってのボン・マルシェ流の通信販売戦略でした。カタログ通販はプシコーの発明ではありません。19世紀の30年代から、駅馬車を使う形でアメリカ合衆国で始まっていました。ただし米国で行なわれていたのは、西武開拓地の中心となるタウンの雑貨屋にカタログを置き、開拓民はそのカタログを見て注文を出し、店主がそれを取り次いで、商品を取り寄せるというものでした。

フランスでも1部の大型店が、この手法を取り入れていましたが、そのカタログは1部の商品を紹介するだけのものに留まっていました。プシコーとボン・マルシェの通販の方法は、もっと徹底したものでした。先ずカタログの厚さが群を抜いていました。写真技術がなお未熟でデしたから、商品を写真で紹介することは出来ません。そこで、プシコーは紹介する商品全てのイラストを掲載し、顧客が商品イメージを膨らませることが出来るようにしました。

そしてさらに、ボン・マルシェで扱う全ての商品を掲載したのです。ですからカタログの厚さたるや大変なものになったのです。ボン・マルシェ社は、カタログについて、次のように記しています。

「カタログは、パリでも地方でも外国でも、お客様からご請求があり次第、いつでもお送りしています。豊富なイラストが入り、しばしばとても分厚くなっていますが、大変に見やすく、<ボン・マルシェ>で販売している全ての商品が、詳しい内容の説明、サイズ、価格と共に掲載されています。」

勿論カタログも送料も無料でした。しかも作成されたカタログは、総カタログの外に、売り場別カタログや大売り出し用のカタログと、3種類が用意されたのです。
                                    続く





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最終更新日  2009.11.19 14:47:16
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