ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.04.22
XML
カテゴリ: 外国史
ハイチに贈る(92)

米国の介入によって、米州開発銀行の融資を拒絶されたハイチは、混乱を極めました。反アリスティド派の中心は、ムラートを中心とするハイチの富裕層で構成されていました。 米国は、この反アリスティド派に資金援助を続け、ハイチの混乱を助長し、黒人貧困層、アリスティド支持派が、貧窮の底で暴力に訴えるように、挑発を続けました。

こうして、21世紀初頭の数年間、ハイチは混乱の極にありました。不幸なことに、この時期は2001年9月11日の有名な出来事と、それに伴う米国のアフガニスタンとイラクに対する、ほとんど言いがかりに基づく攻撃と混乱に、世界の眼は釘付けとなり、ハイチは世界に忘れられていました。

このドサクサの中でも、米国はハイチの反乱軍への支援を怠ることはありませんでした。2004年2月、「革命再建抵抗戦線」を名乗る反乱軍が決起し、まずハイチ第4の都市ゴナイーヴを攻略、次いで第2の都市カパイシャンをも攻略して、ほぼハイチ北部全域を支配下に収めました。ハイチは、政府軍が維持する南部と、反乱軍が占領した北部とに、事実上分裂した状態に陥ったのです。

反乱軍はドミニカ共和国経由で、米国製重火器の提供をふんだんに受けていたことが、短期間での北部占領を可能にしたのです。米国製兵器を装備した反乱軍と、政府軍の優劣は明らかでした。2月末、反乱軍は首都のポルトープランスへ向けて、破竹の進撃を開始します。

そして2月29日、アリスティド大統領は、米軍機で中央アフリカへと出国したのです。この出国について、ブッシュ政権は、「アリスティド自身が直接米軍に助けを求め、自発的に米軍機に搭乗した」と主張しています。当時のパウエル国務長官も「彼自身が自発的に辞表を作成して署名し、警護員と共に自ら出国した」と語っています。

しかし、こういう弁明とも取れる発言を米当局の当事者が語らなければならないということは、その裏にかなりの作為があったことを窺わせます。事実は拉致、誘拐に近い形で、アリスティドは、中央アフリカに連れ去られたのでした。

その実際は、明日記します。
                               続く





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010.04.22 12:40:02
コメント(8) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ザビ神父

ザビ神父

カレンダー

お気に入りブログ

「1日3分」で歩く力を… New! 5sayoriさん

白山神社に封印され… New! kopanda06さん

給料増額、好景気の… New! 歩世亜さん

そうなんだけど New! 吉祥天2260さん

「メモリーズ」 New! でぶじゅぺ理さん

コメント新着

でぶじゅぺ理 @ Re:石破辞任(09/09) 明けましておめでとうございます。 本年…
葉月 生 @ Re:ご無沙汰しました(08/15) 神父さま お帰りなさいませ。 1ヵ月に1回…
kopanda06 @ Re:石破辞任(09/09) お久しぶりです。 降雨の中、高見観音の…
吉祥天2260 @ Re:石破辞任(09/09) どの人見てもなんだかねぇ・・・ 国のこと…
わからんtin1951 @ Re:石破辞任(09/09) テレビを観ていると、総裁選のことばかり…

バックナンバー

・2026.07
・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: