ナイチンゲールの世界 (17)
この旅の帰路、友人のブレースブリッジ夫妻は、デュッセルドルフに友人を訪ねることになりました。その2週間を利用して、フローレンスはデュッセルドルフの郊外にある(現在はデュッセルドルフの一部)、カイザースヴェルト慈善院を訪問したのです。
1849年の7月31日、フローレンスは前から訪ねたかった施設に到着しました。カイザースヴェルト慈善院は、彼女が訪ねる13年前にルター派の司祭テオドル・フリードナーが創設した施設でした。
そこには、慈善院で奉仕活動をするルター派の修道女たちに、看護の基本を叩き込む訓練施設が備わっていたのです。病院の実態を改善するには、先ず看護の基本をマスターした看護婦を養成する必要がある。こうした考えはフランスで生まれ、地理的に隣接する南ドイツに波及したのです。
先進的なフランスや南ドイツに比べ、ドーバー海峡を隔てたイギリスは遅れていました。フローレンスは。実際に看護の現場に出ることは出来なかったのですが、各国の看護の現場に関する報告書等を読むことは出来ました。ですから、フランスや南ドイツの状況は、良く知っていたのです。
フローレンスは、カイザースヴェルト慈善院に、僅か2週間でしたが泊り込みで訓練を受けることを許されました。フリードナー院長は、はるばるイギリスからやってきたフローレンスに目をかけてくれたのです。
一緒に訓練を受けているのは、修道女達ですから、フローレンスほどではないですが、中産階級以上のきちんとした家柄の娘たちです。看護婦は下層階級に属する教養のない女たちの仕事と考えるイギリスとは、何という違いでしょうか。修道院廃止令の影響は、こういう所にもでていたのです。
フローレンスはまさに生き生きと、働きながら夢中になって勉強したのです。しかし、2週間はあまりに短すぎました。
「いつかもう1度、ここに戻って、続きの勉強をしなければ…」、こう彼女は自分に言い聞かせたのです。
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