そんな時、フローレンスに待望の仕事の依頼が舞い込んだのです。ローマで知り合い親しく往き来するようになっていた、政治家のハーバート氏の夫人エリザベス(愛称リズ)さんからでした。
ロンドンのハーレー街にある慈善施設で、貧しい女性のための病院の施設と運営を改革するための新しい施設長に、彼女を推薦してくれたのです。勿論仕事は無給ですが、病院のことは全て任せるという条件でした。やりがいはあっても大変な仕事です。
フローレンスは喜んでこの仕事を受けました。困難に立ち向かう覚悟無くして、看護の仕事をライフワークになど、出来る時代でないことは、先刻承知していたからです。1853年8月、フローは勇躍ロンドンに移り住み、病院経営と改革の仕事に取り組んだのです。
彼女は、看護の現場にも立ちながら、不都合と思えることを次々に改善して行きました。患者のために清潔なベッドを用意すること。栄養のつく食事を与えること。病室と看護室を繋ぐベルをつけることなど、お金のかかることから、人種や宗教によって患者を差別し、入院を断っていたのを改め、病人なら誰でも受け入れることにしたことなど、矢継ぎ早に改善措置が施されました。
彼女の着任前と着任後のあまりの違いに、慈善院の理事達も目を丸くしました。その噂は社交界にも届きます。悪い評判ではありませんから、推薦者のハーバート夫妻も面目を施したのです。 続く
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