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客人と、友人と、行ってきたんですね。温泉。私の家には風呂がないので(でもシャワーはあります)、たまに湯に浸かるということをしないと私の頭とか足の先とか手の先とかにはあきらかに血が通っていない状態になるのです。で、ここ最近もなんでこんな疲れやすいんだろうとか、情緒安定してないんだろうとか、うつうつと考えて、それなら湯につかれよという結論に達したわけで。たまたま客人も友人も行きたがってたのでここぞとばかりに行動を起こしてみた。これが、またもんのすごい快適空間であったわけでして!4時間入るのに15ユーロ以上もするので今まで小市民の私は勇気が出なかったのだけど、あっりゃーすげーだ。価値あり。まず、入ったところにドーーーンと温泉プールが湧き出しておる。とにかく広々空間。ありがちな大理石くさい女神像などもこっぽーんと建っていたりするところ。もちろんお湯はライオンの口から出てきます。お湯はぬるめで、下手したら温水プールかしら?という感じなのだが、野外にちゃんとしたお湯のプールがあったり(それも多分温泉水だと思われる)、奥まったところにはそれこそ日本くらいの温度の風呂と水風呂が並んで設置されていたりで非常にそそられる。しかしすごいのはここからだよ。この温泉ゾーンの上の階には「サウナランド」たるものが併設されており、サウナまで楽しめてしまう寸法。温泉ゾーンは一応水着着用なんだけど、ここはもうキッパリとスッポンポンゾーンでしてね。男も女も、老いも若きもそれこそ裸の付き合いで汗を流すという場所。私、あまりにも頭に血が回っていないと思われましたのでサウナにも行きました。地元のサウナで「女の日」というのにはもう慣れっこなんだけど、混浴日は初めてでねぇ。皆どうするものかと最初は足湯あたりに陣取って、さりげなく観察しておりましたら、皆廊下こそはタオルをまいて歩いているものの、サウナ室に入る直前にバッとタオルを優雅にはらいとり、嬉々とした表情でサウナに突入しておられる。なるほどね!ということで私、友人、客人もそれに習って自信満々にサウナからサウナを飛び回りもうした。しかし、なんかスッポンで汗を感じながらサウナにじっと座っていると何か爽快なものがあるのは確かかな。社会科見学か何かに来たようなかんじでございました。それにしても気持ちよかったのだ!!やっとまた頭に血が巡りだした感じがすごくした。VIVA、温泉サウナ施設。ただ、一人でくるのは何かやっぱりいただけないと思われる。とにかく右を見ても左を見ても目に付くのはハッスルしてるお年寄り、もしくはカップルばかり。特にね、カップルさんたちを見ていると、私なんか軽く刺したろかワレ?!というようなものに近い感情を抱くことは否定できません。アモーレの世界でございます。友達と一緒にワイワイというケースはけっこうOK,しかしこの場合はスッポンでももはやどうでも良い友人たちとね。サウナパラダイス(日本ならスーパー銭湯とかだろうかね)のススメ。皆で一緒に裸の付き合い。
2004年10月30日
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あー食った。今日から数日間、うちにはお客様が。ということで、近くのレストラン(自家製ビールを出す。)でかんぱーい。もりもり食べました。グヤーシュスープ具沢山。豚肉カツのビールソース煮、何かわからんが美味いマカロニとサラダ添え豚ソテーラームソースかけ、シュペッツレ添えグヤーシュ(グラーシュだね、ドイツ語では)はハンガリーから入ってきたがもはや完全にドイツ化してしまったパプリカのスープ。ここのは具沢山で、肉が柔らかくてうまい。シュペッツレは南ドイツ地方名物のジャガイモヌードル。客人コメントによると、打ったあとの「うどんの切れ端」のような感じらしい。当たらずといえども遠からず。これらの料理にはやっぱりビールですな。しかも自家製。作りたて。店に入ったとたん、いつも酵母のにおいがプーーーンといたす。夏とかはこのかほりちょっとシンドイんだけど、慣れればいいにおいになってくるところが良い。とにかく食いました。妊婦の様な腹をかかえて帰宅。
2004年10月29日
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友人が、今の私の精神状態を奮い立たせるようなアドレスを送ってくれた。レッツ・クリック!・・・♪♪オーレーーー、オーレ~~~~、(チャチャチャッ)マツケンサンバァァァァァ!!!!!♪♪何よ、これっ!そういえばこの間日本に帰った時に、友達(常に生活に潤いを求めるナマステレンジャーさんたち)の中で話題沸騰だった彼の歌。私は知らなかったので話しに入ってゆけなかったのだけど、ついになぞは解明された。「元気になります!」「街行く人々が皆サンバのステップを踏んでるように見えること請け合い!」「名曲だと思う!」とは、怪しいキャッチコピーより更に怪しい友人達のコメント。松平 健。暴れん坊将軍がサンバ?!どうやら彼はコマ劇場などのショーの最後に必ずこれを歌って踊るらしい・・・キラキラの衣装で。バックを従えて。さすが大地真央の元夫だけあって、タカラヅカ風なノリも完璧に我が物としている。下手をすると天下の美川憲一様をパクッてアレンジしましたか、貴方?という感じ。それはそれはすごかった・・・しかし、この一曲で、これまでウン十年も築きあげ、守り通してきた彼のあの渋さ、もしかしてすべて「やらせ」だったんじゃ?と思わせる変貌ぶりがちょっとカナシイ。健さん、ファイト!オレ!http://www.geneon-ent.co.jp/music/matsuken/↑気になる人は覚悟を決めてここへGO。
2004年10月27日
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あさ起きたら、しとしとしとしとと雨が降っていた。朝8時半なのに、ぎょっとするほど暗かった。迷わず二度寝。あー、これだよ、この天気。私の予言どおり(というか天気予報でも普通に言ってたけど)珍しい晴天の日はあっというまに過ぎ去っていったようだ。雨がふると、まずチャリに乗れないし。(私は雨の中フードつきの防水ジャケットを着て、帽子かぶって目を血走らせながら水滴したたらせながら街を走り抜けるドイツ人ほど根性すわっていない)それに、自主休講の頻度が増える。冬場は特に。なぜなら寒いし雨が降るから。しかし、これも今だけのもんだとわかってるけどね。なんせこの天気が半年(4月のイースターまで)続くんだから、じょじょに慣れてきて当たり前。あめ・・・いいときと悪いときがある。やる気もなくしてくれるかわりに怒りも静めてくれるときもある。欧州の冬、長く暗い冬、また自分と向き合うしかない時期がやってきた。相当孤独な作業。それがいいときもあるけどね。天気といえば、日本がものすごいことになっているらしい。台風、台風、台風ときて地震、地震、また台風?もうすぐ日本列島真ん中あたりでぱっくり別れるのではあるまいか・・・私は関西で11年前の阪神大震災を経験しているけど、それと同じくらい、むしろもっと大きい地震が新潟にきたなんて想像すらできない。自然の前に当たり前だが無力な人間だけど、それでもこういうときこそひとの底力というのかパワーというのを(前向きに)信じたい。
2004年10月26日
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今日はお天気もよく、こんな晴天の日はこの週末を終えればおそらくこの冬中見られることはないだろう、光合成せねば、と思いながら、実際にはそういう日に限って、しかも日が照っている日中に、バイトが入っていたりするのです。ブラボー・・・しかし夜はアジアンな友人達と我が家で飲もうという話だったので、それを楽しみにバイトだけは乗り切った。しかも今日は某韓国人友がめし作り担当してくれるらしく、私は部屋を提供すればよいだけで酒もサカナもお任せだったのでこんなに気軽なことはない。しかも彼はコックさん。期待しないわけがーないっ。サクッと我が家のキッチンを明け渡し、次から次へとできてくる酒のツマに心は躍る躍る。とうとう我慢しきれなくなって、いきなり韓国焼酎(ジンロ)をオープン。しかもまだメンバー集まりきってないのに。最初からすでにぐだぐだ。そうこうしているうちに続々と韓国人、中国人、日本人があやしく私の家に集結する。わりと圧巻なアジアン率。そして皆、いきなり乾杯から焼酎。気がついてみれば友人コックの腕をふるったメニューはす、べ、て、酒のツマであったとさ。またこの韓国料理が辛くて、うまくて、焼酎に合うんだな。たまら~ん。ジンロ焼酎ボトル4本、更に私の秘蔵麦焼酎、それでも足らずに梅酒とビール15本を夜中の2時まで6~7人でへらへらと飲んでしまった。これをぐだぐだと言わずになんと言う?飲むにつれて皆の共通言語がなんだかおかしいことになってきたことに気づく。一応ドイツ語が共通言語として妥当だと思うんだけど、中の韓国人でやたら日本語をしゃべれる奴がいたり、私の日本語の本を読んで中国人は意味を理解していたり、私もまったくかじったことのない韓国語で何故か怪しく知ったかぶりしてみたりで、深夜の我が家は混乱のきわみであった。ぐっだぐだ。楽しかった・・・。
2004年10月23日
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自主休講まだまだ休みボケ期間もそろそろしつこくなってきたようだ。体はまだ動かないのに気ばかりあせる。嗚呼かなしき貧乏性かな。大学も行かないといつの間にか皆の記憶から存在消されてそうだし・・・何より自分に甘くなると歯止めがきかん。これでは堕落あるのみ。自分を追い込みすぎずにぼちぼち徐行運転で活動再開してゆこうと思ふ。・・・・てなことも、珍しく天気が良くサワヤカな太陽が照る今日だから言えることなんだけどさ。はっはっは。明日になってまた天気が悪かったら私の覇気も急降下することうけあいっ。とりあえず体のことでいろんな心配しなくて良いように、そしてうまいもんを愉しめる体作りのために今学期は勉強より運動だ。(なんと虫の良い逃げ道。)大学のヨガコースの順番待ちリストに申し込んだし、来週から最低週1でプールに行くことにした。なぜ急に前向きになったかというと、またタマとボカーンとやってしまったからである、向こうは仕事で疲れているのに私は家でのんべんだらりとして、タマさんからの電話くらいしか楽しみがなく、そして疲れて疲れて思わず寝てしまった彼からの電話がないと急に切れる私。あっぱれ。切れて相手になだめられ、冷静になってはたと気づいた自分のアホっぷり。ありえん!楽しみがナイんではなくて自分でいろんな楽しみ逃してるジャン。ありがち・・・ということで反省した様子を忘れないようにここに記しておく。けど、急にぜんぶやってもうまくいかんから、じょじょに、グラデーションのように、うまーくまた日常生活に溶け込んでいけば、というグルメ友達にゃーごどんの助言に心して、健康的かつ抜くとこ抜いた素敵な毎日をまた展開してゆきたいと思う次第。エエ女への道はとおい。会えん会えんと愚痴垂れ流す前に自分をみがけっ。
2004年10月22日
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なんだかここ数日足がおかしいと思っていたら、どうやら左足の親指が巻き爪になっているくさい。妹とかは、よく巻き爪になるらしく、「また巻き爪だ。痛いよう」的な発言をしているのをたまに聞いたことがあったのであるが、自分にはあまり関係ない話だったのでどう対処して良いかいまいちわからず・・・・痛くて痛くて死んでしまうと言うことはないのだが、歩いていると微妙に支障があるんではないですか・・?という程度。要するに爪が肉に少々くい込み気味ではございませんか、という感じ。(どんな感じ?)すでにくい込み状態なので爪を切ることもできぬ、これは爪が伸びてゆくまで放置しろということなのだろうか。。。でもこの巻いた爪が内へ内へとのびていったらどうなるのだろう。何か微妙に未知の世界なだけに想像は変に膨らむ。これは早いところ妹にコンタクトを取ったほうがよさそうだ。巻き爪はともかくとして。タマ氏は相当多忙らしく、最近あまりかまってくれない。手持ちのプロジェクトが大詰めに入っているらしく、毎晩夜中までハンガリー中を駆けずり回っているらしい。いちおう一言電話はしているけれど、それも生存確認くらいのもんなのだし、私もこないだまでは日本にいてほとんど電話さえもしなかったし、ふと思い返すとここ1ヶ月きちんと他愛のない話ができておらず。きちんと他愛ない話をするのってどないやと思うが、あえて文字にするとそんなイメージなのでしょうがないかな。私はここへきて、やっとこの2年の遠距離期間で学んだものが実践に生かされてきたかもというレベルに達してきているような気分になっているので割と寛大に、ライトに、かつタマさんを心配しながら日々のらくら生きているので別に今の状況は「苦」ではないのだ。けど、それこそたまにちょっと気になる巻き爪のように、タマさんという人の存在感がいないのにぽっかり浮かび上がってくることがあって面白い。1ヶ月会わないと自分の相方でもじょじょに「紙に書いた絵の人」みたいになってきかねないところがある。。。とにかく今私がこんな寛大でいられるのをいいことに気張ってほしいもんだ。またいつ「だから遠距離は無理だって。もう無理無理無理。」とか言い出すかわからんからなー。(自分のことでしょうが。)今気張って、11月12月、さらに年越しずっとドイツにいよう計画を実現させてほしいもんだなとつれづれ思ふ。巻き爪と一緒にされたこと、タマさんには言わないでおいたほうがよろしいな、多分。
2004年10月21日
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帰ってきました。どこって独逸に。ふと気づけばここも10日ほど放置プレイだったようで・・・実家のPCがいかれておったのです。独逸に着いて、ごつっとしたドイツ語を耳にして、「あぁ・・・かえってきてもーた」と思いましたね。いつもは日本から帰ってきた時ってわりと嬉しいんだけど、今回はなんかすごく素敵に日本生活を送れたので、後ろ髪引かれる思いで「またソーセージの国だよ、おい」などとたわけたことまで考えてしまいました。それで、ドイツは寒いのよね!空港出て、ニット帽にダウンジャケットで完全装備なドイツ人をみて、「そりゃナイやろアンタ」とか軽く馬鹿にしたバチが当たったってもんですわ。吐く息が白いのよ。皆の心は確実にクリスマスへと向かっていると思われる、これほど寒いと。あぁ、日本は良かったなあ。しかし今のマイタウンは素敵な日本ではなくて芋のうまいこの国なんだなぁ。またそろそろエンジン始動しないといけないようです。それにしても眠い。
2004年10月19日
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お仕事無事終了。今日からバンバン飛ばしていきますということで、今回帰省のメインイベントと言っても過言でないうまいもん食い倒れWITH愉快な仲間たちIN伊勢旅行へ出発!今回のメンバーはおなじみ高校時代の友5人組、ナマステレンジャーのみなさん。(一人は残念ながら今回不参加)ナマステレンジャーとは私達仲良し寄り集まりの名称で、ちゃんとそれぞれ「マイカラー」というものを所有している。別に、さびれたデパートの屋上でショーをしているとかそういうわけではないのだが、なんとなく集まるときなどにまとまりが良いので「ナマステ集合~」などとひとかたまりにしてしまうのである。ま、そんな話はいいとして。この人たちと集まると、本当に悔いなく笑死できるほどがっつり盛り上がってしまうので、私は笑いすぎで声が出なくなることまで想定してイソ○ンなども抜かりなく準備し、集合場所の大阪まで出向いた。大阪までの電車の中で、近くに住むナマステボルドー(以下ナマステ省略)と待ち合わせをしたのだが、電車の中で私を探すような探さないようなフリをしてたたづむボルドーを見て、高校時代毎日一緒に下校していたことなどがぐわっと思い出され、一気にテンション上昇。私服で電車に二人で腰掛ける様がなんともいえずうそ臭いし、時の流れを何かしら感じる。大阪はなんばでほかの2人と合流。グリーンとパープルは大阪在住。ナマステ旅行など、高校の修学旅行以来である。電車に乗り込む前からテンションは沸騰寸前であった。さて、今回の旅の目的地は伊勢・志摩。いうたら鳥羽。近鉄特急でビューンと大阪から2時間ほどでついてしまうのである。しかし、このナマステ衆が一同に会してしまった今、体力温存などという文字は私らの辞書から消滅。ひたすら限界に挑戦するのみ。静かに電車の旅を楽しむはずもなく、私達の目標はひたすら駅弁ゲット。4人が4人とも、電車(特急系)に乗ったら駅弁を食べなければいかんと思っていたところがまた嬉しい。迷いに迷ったすえ、結局4人とも同じ「親子そぼろ弁当」を買い込んで近鉄特急に乗り込んだ。景色などに見ほれる時間もなく、弁当たべてビデオ撮影なども始めて、騒いでいるうちに鳥羽到着。そこから観光船の客寄せのオッサンにからまれながら、(「ちょっとそこのギャル~、」と呼ばれた。私らはギャルと呼ばれるには相当苦しい感じなのだがちょっと笑えた。)送迎バスで山際にたつ旅館へ。山の上から鳥羽港のあたりが見渡せて、ボルテージは最高潮へ。別に今考えるとなんということもない風景だったのだが、なんせ興奮状態だからしょうがない。皆、鳥羽に来たという喜びを思う存分体で表している。私はもっぱらビデオ撮影係りだったのだけど、あとでビデオを見返すとやたらとお~、とかうえ~、とか感嘆詞が多い。今になってからちょっと恥ずかしい。ホテルの人も、「どこから来られたんですか?(さぞかし遠くからここ伊勢にたどり着いたのだね。)」と言う感じでにこにこと私達に質問してきたのだけど、「あ、大阪です。(しかも鳥羽はもう何回か来てます)」という答えに大分拍子抜けしたと思われる。とにかく海の見える純和室に案内され、私はいつの間にか一人で眠りこけ、目が覚めるとほかの皆は一生懸命にパズル(旅館とかに絶対置いてある木でできたやつ)をしていた。その後は飯の前にひとっ風呂、ということで露天風呂へ。日本ではエセ温泉で儲けていた旅館が多いらしいが、ここの温泉は本物であると信じたい。ここで私の眠っていた頭もまた完全復活。なんせ眺めがいい緑の中の露天風呂である。プラスたまたまその時間は私達だけしかいなかった。リフレッシュしないわけがない。緑の中なだけに蚊が気になったがそれを差し引いても素敵。。。。と、最初は素敵素敵と連発しまくっていたのだが、だんだん遊びつかれ、さらにのぼせも加わって尻すぼみにわりとライトに湯から出る。そのあと、更にもう少し山を登ったところにある足湯コーナーで鳥羽港に沈む夕日を眺め、気づけばお夕食の時間。ウキウキと部屋に帰った私たちの目の前に現れたとんでもない料理のかずかず!イセエビ。サシミ。松坂牛。なべ。美しいつきだし。etcetc...来てよかったぁ。うまい食事を堪能し、無意味に写真などとりまくり(しかし女4人浴衣姿ノーメイクでイセエビに喰らいつく姿はどう考えてもシンドカッタ。写真を後で見てどっきり)、さらに食事後私の持参したビデオで湯けむりOL殺人事件まで撮影しだす始末。(出演ナマステレンジャー)皆熱演のあまりまた汗をかいて、夜中にまた大浴場にひと風呂あびにいったり。4人布団をならべて、ガールズトーク・・と思ったのもつかの間、突如出没した1匹の蚊と死闘をくりひろげながら夜は更けていったのである。今書きかえしただけでまた疲れが出てきそうなほどエネルギー使ってしまったよ。ナマステの皆さん、君らはCool。Good size!そして旅は次の日もまだつづく。
2004年10月11日
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おとんのことを書こうと思っていきなり父ではなく弟の話からするのもなんだけど、とにかく弟が東京から関西へ帰ってきた。私の寄席を観にわざわざ夜行バスで帰ってきてくれたそうな。(その代わり帰りの東京行きは新幹線にしろと母に詰め寄ったそうな)ありがたい。ということで、ひっさしぶりに家族が実家に勢ぞろいである。父と母は嬉しそうだった。だって3年前、私がいきなり高校卒業したと思ったら「ドイツにいっちゃうぞ」とか言ってさらっと出て行き、今まで家族を自分のペースに巻き込んでいた私がいなくなったので静かになったと言いながらまだ余裕のよっちゃんで楽しくやっていた矢先にこの春、だれも予想できなかった弟の大学が東京に決まって(本人も周りも、彼はぜったい地元から離れたくない人だと思っていた)、ポイッと彼も家からいなくなって、気づいたらうちは3人家族になってしまっていたと言うわけである。(妹がまだうちにいる)確かにこの家に3人だけっていうのは相当がらんとしているのではなかろうか。母はよく私に寂しい寂しいと言うのだけど、一番寂しがっているのは絶対父なのだと思われる。だから私が帰ってきて、弟が帰ってきて、また家の中にごちゃっと5人がうろうろしているのを見ておとんのテンションは相当上がったらしい、もう何かにつけて私らにからんでくる。私にそっくりな顔で。で、私は顔だけでなくて思考回路も父に割りと似ていると思うので、なんか彼のうれしいッぷりとかワクワクっぷりとかがわかってしまう。うちの父母カップルは子供をさしおいていまだにこっちがこっぱずかしい感じの仲良しなので、別に子供がいなくても二人でよろしくやっているのだが、それでも私らがいると余計に父は嬉しいらしく、気づけばなん部屋もあるうちの家なのに何故か一室に5人が固まっているとか、誰かがテレビを見てる横でやたら父が話題に入りたがるとかそういうことになってしまうのだ。寝るときは寝るときで、それはそれは嬉しそうに私と母が布団に入ってテレビを見ているところに割り込んできて、後ろから母を抱きしめながら眠ったりする父をみて、なんというか「何なのだこの人」とかいうのを飛び越して、やたらとしっぽりとほっこりとしてしまうのであった。幸せってこういうことではあるまいか。計り知れない当たり前の親密さというか、それがいかにもうそ臭くなく流れているのをはじめてありがたいと思った。おとんはおかんの事が大事で大事で、そのおかんが生んだ私たちのことも大事で大事で、それをさらりと表現しながら笑いもとって、かと思えばなにやらまた資格試験を受けるとかで勉強したり、チェロをボーボーと弾いたり、山登りに行きたいけど時間がないとかこぼしてみたりとかしている。おとんスゴイ。大蔵省は母に譲ってもアンタはやっぱり大黒柱。
2004年10月09日
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なんか日記日付が合ってるのかあってないのかわからんが、とにかく日本にいたときの事をぼちぼちでも日記につけてそれをまたフリーページにでも移してゆこうかと思ふ。それで、扁桃腺。私は結局日本に帰ってきて、3週間しかいないのにそのうち2週間半は病気であったようなもんだ・・・帰ってきてすぐ扁桃炎にまたなったし、10日の寄席本番にはなんだか知らんがいきなり鼻かぜにかかったし。扁桃腺は、結局あれから(病院の救急センターに運ばれてから)1週間毎日点滴に通い、その後も更に5日間抗生物質の飲み薬を投与されていたのでこれで完璧だろうと思っていたのだが、医者に「もう扁桃腺切るしかないですね。ちゅうか絶対切るぞこんちくしょう」みたいな感じで迫られて、親もここ最近すぐ疲れたりする私を見て一挙にニックキ扁桃腺というボルテージが上がったらしい、なんとまた3月に日本に帰って扁桃腺切除の手術をする羽目になった。すでに手術日程まで決まっているところがさすが日本。ドイツの医者は、「扁桃腺腫れて熱でてるのね。そしたら扁桃腺切っちゃったら熱も下がるでしょ」なノリで、熱が出てようがおかまいなしに手術突入な雰囲気だったのだが、日本の医者は「箇所(扁桃腺)の炎症が完全に治まって熱も下がってからでないと切除手術はできませぬ・・」という考えらしい。私も個人的にはやっぱり日本の医者に賛成したい感じなので、日本に帰って切ってもらうことにした。というか、親もその方が安心であろう。扁桃腺なんて今のご時世ポイッと切ってさくっと1週間入院するだけのもんらしいが、それでも「術後もしかしてもしかすると出血したりうんぬん・・・・」とか医者に脅かされるとあんまり気分良くはないね。とにかく3月までの私は無茶な行動一切禁止で慎重に生きなければならんらしい。と言うとなんか大げさなんだけど、要するにすぐ疲れたりしてまたしんどい思いをするのがいやなら元からヒートダウンしとけよと医者に釘をさされまくって帰ってきたしだい。それをいいことに完璧自堕落生活だもんな・・・ちゅうか大学行けよ・・・・自己管理、つくづくうまくいかんもんだ。
2004年10月08日
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日本は美味い。もう秋の味覚にへろへろ。私が日本にいるので祖父&祖母は相当うれしいらしく、うちの家に一杯差し入れしてくれる。たとえば栗がガッツリ入った大福とか。巨峰が入った大福とか。草もちとか。微妙に餅率が高い気がするが、他のものもよりどりみどり。近所のおいしいクロワッサンとかおばぁ特製キムチとか、海鮮太巻きとか、それはそれはどこから降ってわいたんだと言うくらいの量だ。そしてそんなものを目の当たりにして黙って見過ごせる訳もなく全ては私の胃袋へ。(さらに残ったものは雑食性のやまん父の胃袋へ。)普通に1日4食のペースで今のところ快調に飛ばしている次第。こんな風に帰ってきてから飽食だったのに病気になっちまったところが少々不可解である。とにかく、ここ何日かで明らかにズボンがきついし。妹のジャージのせいに違いない・・・ゴムだし。夏の余波で日本ではまだまだ黒く日焼けしている私、これで風船のように膨らんでしまっては特選黒豚の名誉にあずかれること間違いナシである・・・・・や ば いけれどもこの秋の味覚の誘惑。月曜からの温泉旅行は食い倒れツアー、会席料理部屋食で文句なしの設定。あーーーー楽しみ楽しみ楽しみっっっ。・・・ってこれがいかんのよね。この無意味な食にかける執念が。はぁ。腹が減っては戦ができぬ。武士は食わねど高楊枝。どっちの路線でいこうかのぅ。(時代劇風の新しいドラマをちょっと観たのでぼやっとそんな事を考える私。柿の種を食べながら。涙)
2004年10月07日
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笑うというのは体にいいのよね。しかし、笑いすぎて声が枯れて出なくなったという経験、久しぶり(というか初めてかも)にしました。というのも、今日は高校時代の友達がうちの実家まで遠征してくれていたのだ。私が軟禁されて暇こいてるもんで。高校時代から今でも仲良しなのが私ふくめ5人。ナマステレンジャーというユニット名までついておる。しかもそれぞれ「持ち色」までもっておる。ちなみに私はレッドね。だから、「やまんレッド」なのね。もとい。この人たちと遊ぶともうなにがなんやら訳が分からんけど、とりあえず抱腹絶倒のひと時を過ごせること請け合いなのだ。今日はわざわざ電車で2時間もかけてグリーンと学校帰りのボルドーがきてくれたのだけど、なんか会った瞬間に私らの空気はウン年前にタイムスリップである。ポカリスエットを飲みながら居間で寝そべり、高校時代のビデオを見つつ無駄話を繰り広げるあたり、明らかに今時のヤングのすべき行動ではない。しかしおもしろい。いやはやおもしろい。私の仕事が終わった次の日から1泊2日でこのナマステさん達と温泉旅行に行く計画なのだけど、3人集まっただけでこの有様、あと1人増えてしまってしかも丸2日この人たちと行動をともにするなんて笑死確実。こんなに笑えてこの日は本当に「悔い無し!」であった。笑うのは健康的である。喉はからからであるがパワーが今もみなぎっておる。ナマステよ、待っておれ。11日までに腹筋鍛えておくからさ。
2004年10月04日
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と、いうわけで順調に毎日毎日ぶすっと注射を打たれております。注射というか点滴ですね。毎日医者に通って血液の中に直接ドラッグ注入。診察があったので「いや、けっこう楽にはなってきました。」と言ったら、医者に「あのきつい点滴のクスリで良くならなかったらこっちが困ります」といわれた私。これはひとえに私の精神力のおかげであるとまた勘違いしそうになったところを正してもらえて良かった良かった。しかし今度の仕事を1週間後に控えてこの週末はずっと舞台稽古。一応私が欠けると寄席が開催できないというかんじなので、私が点滴打って稽古に来ていると聞いたスタッフさん達はびびったらしく、私の母に根回しし「やまんさんを本番までは家から出さないで下さいね!変な菌をまた拾ってきますから!!!」などど入れ知恵したらしい。おかげで友達とパーッと会うこともできず、抗生物質注入中のせいでアルコールも禁止、外に出るといえばジャージで病院通い、昼の笑っていい○もはかかさず視聴・・・・まったく修道女のような生活を強いられておる・・・これしかし、ツライよ。明日も病院。ぶすっとやられてきます。
2004年10月03日
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私、絶対今大殺界です。昨日、実は私東京進出計画を企てておったのだ。むこうで弟だとか、友達だとか、楽天友達のえんてちゃんだとかに会うのを楽しみに!もちろん新幹線(高級汽車⇒えんて氏談)のチケットも予約済み。早朝出発、深夜また地元に到着というなかなかハードな日帰りプランだったのだけど、私はそれはもう楽しみにしていたのだ。前の日も用意を済ませて0時にはベッドにGo。次の日は5時に起きなければいけなかったので、寝なければいけなかったのだけど。。。。寝れん。どうもこの間飛行機を乗り過ごしかけたときの寝坊事件(詳しくは何日か前の日記参照)で寝るということがトラウマになってしまったらしい・・・・5時に起きねばと思えばおもう程眠れん。結局一睡もできずタイムアウト・・・そしてなんとか新幹線に乗ってしまおうと駅に向かったのだけれど、駅にてさあ改札をくぐりましょうという時になって突然に私を襲った吐き気&寒気&ふるえ。立っているのもやっとという感じでまさか電車にも乗れるはずなく、私は家に帰るしかなかったのである・・・・這うように実家に着いたとたんに猛烈に発熱。そして喉がまた痛い。その日はなんとか自宅で静養していたのだけど、夜中にどうしようもないほど苦しくて高熱にうなされていたらしく(妹談)明け方には病院の救急センターに連行。医者「扁桃炎ですな~~。」・・・・・・は ぁ ・・・・・?マタデスカ?混乱したままブスッと注射を2本、採血、更に点滴を打たれ、最後の手段の素敵なクスリもお尻から注入され(失礼・・)今に至る・・・これで大殺界といわず何と言う?!ついこの間初めてテレビで見た細木○子氏は相当うさんくさそうだったけれども、この間の悪さは大殺界という言葉をもってせねば説明できそうにない、いやできないであろう・・・涙なんとか入院は免れたところが不幸中の幸いである。というのも私は明日からお仕事開始、寄席に向け最後のラストスパートの時期なのにのほほんと病院食を味わっている暇などないわけで。医者に「入院しなかったからって扁桃腺をなめて動き回らないでくださいよ。」と釘をさされて帰ってきた。いや、なめるもんですか。この恐ろしさ、12分に理解いたしました・・・7月ドイツでの入院時から今までカワイイ扁桃腺ちゃんを温めつづけていた私の体に乾杯。いやむしろ完敗。えんてちゃん、本当に人間ドックに入ろうと思うよ、わたしゃ。
2004年10月01日
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