Pastime Paradise

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2008.09.14
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カテゴリ: 史跡巡り

 備中高梁駅で下車し、目指すは 現存12天守 (日本に12箇所しか現存していない、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭)にして、 日本三大山城 の一つでもある 備中松山城 だ!
 小さな駅を出てタクシーに乗り込み、標高約430mにある、天守の現存する山城では随一の高さを誇る備中松山城がそびえる 臥牛山 を目指す。
「お客さん、ホラ、あの山の上に見えるんが松山城じゃ」
 タクシーの運ちゃんの指差す方に目をやると、予想をはるかに超える高い山の頂に、小さく城が顔を出している。うわぁ…高ッ


「ま、15分ぐらいで着くじゃろ。頑張って」
と、タクシーの運ちゃんに励まされ、いざ、備中松山城へと参る

道2.jpg こんな山道や 道1.jpg こんな石段を踏みしめ、ひたすら歩く。

エ、エラい… 日頃の運動不足を痛感。途中、のたれ死にするんじゃないかと不安に襲われつつ一歩一歩登っていくと、時折城主様からの有難き登城心得の立札が(^^ゞ

よくぞまいられた.jpg よくぞまいられた あわてずゆっくり.jpg あわてずゆっくり歩むべし 

 ひたすら歩くこと約20分。ひぃ~ッ、やっと着いた~
よくもまあ、こんな山頂に城なんぞ築いたもんだ。でもって戦国時代の武将達もよくここまで登ってきて戦をしたもんだ(江戸時代になると、山麓に陣屋を築いて御根小屋とし、そこを城主の日常の居館としていたらしい。そりゃこんな所、日々上り下りしてたら疲れるわな)。
浅野長矩 (浅野内匠頭)が城の受取りにあたり家老・ 大石良雄 (大石内蔵助)が城番となったことも。麓から遊歩道を歩くと、その大石内蔵助が登城の際に腰掛けて休憩したと言われる「播州赤穂藩家老 大石良雄 腰掛岩」なる、何の変哲もないただの石もあるらしい。

 ふぅ、疲れた~
駅に戻る前にちょっと寄り道して、 山中鹿之介 の墓へと向かう。
願わくば、我に七難八苦を与えたまえ 」と三日月に祈ったという逸話はあまりに有名。(Mですか?)
 尼子再興に向けての3度目の戦いとなった上月城の戦いでまたしても毛利に敗れ、主君・ 尼子勝久 は自害したが、鹿之介は自害せず、毛利に降った。しかし 毛利輝元 の下へ護送される途上で遂に鹿之介は謀殺された。
 その鹿之介が殺害されたという場所、阿井の渡しにあるお墓(慰霊碑)がこちら。写真、暗ッ!
鹿之介.jpg 地元の方はどうやら然程関心がないそうな…(^^ゞ  





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Last updated  2008.09.23 08:02:27 コメントを書く


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