不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2006/01/20
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カテゴリ: 日本旅行記
医王寺 から海沿いまでくだりました。
小さな浜辺を見ながら海沿いを歩いて進みました。
警察があり、その前には案内板がありました。
その道を進むと船着場に出ました。
右側に当時の繁栄を偲ぶ大きな常夜燈がありました。
鞆の港 の看板がありました。
瀬戸内の中央に位置する鞆は内海の潮の干満の分岐線にあたる。
内海を航行する多くの船は、この潮に乗っての航法であったので「潮待ち」を、ここ鞆でおこなった。


その目の前に、 いろは丸展示館 があります。
いろは丸 です。
まだその時の引き上げの展示はされていませんが、昔の引き揚げ作業の展示物はあります。
いろいろ展示されてますが、ん~なんだろう、 いろは丸 から引き上げてなければ、見る事は無いでしょうね〈笑〉。
二階には坂本竜馬が鞆で宿泊した時の隠れ家を再現していました。
人形がありますが、そんなに不気味では無かったですね。
一階には いろは丸から引揚げた石炭 があります。
寄付金を払えば、いただけます。
いただきました〈笑〉。
また昨年の引揚げ作業の展示がされたら、もう一度訪れてみたいですね。
いろは丸沈没事件
1867年坂本竜馬が指揮する海援隊は「いろは丸」に武器・商品を乗せ長崎を出航しました。鞆港への回航途中、備後灘の六島沖の海上で紀州藩の「明光丸」と衝突、損傷を受けて鞆港へ寄港中に宇治島沖(広島県福山市走島町)の南方4kmの海底に沈没したと伝わります。
この事件後、坂本竜馬は「明光丸」の船長・高柳楠之助と、鞆港で損害賠償交渉を行います。その間鞆での交渉中に宿泊していたのは、鞆港に程近い「升屋」の升屋清右衛門宅、当時宿泊していた天井裏の隠し部屋にいたと伝わります。



つづく・・・。
広鞆512c3007
左手に常夜燈、後ろは海、右手は鞆七卿落遺跡です。写ってないけどね〈笑〉。





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Last updated  2006/01/20 10:21:25 PM
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