テツタビ from 関西 Vol.2

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や_す

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続きです。


大畑ループを過ぎまして、
ここから先はしばらく行くと、トンネルの連続になります。

完全に、山です。

mountain.jpg

トンネルを4つ通過し、もう少しで宮崎県、
という、県境に近い所に、 矢岳駅 があります。

yatake.jpg

14:01、『いさぶろう3号』は、矢岳駅に到着。
この駅の見所は、


sl_tenjikan.jpg

D51(デゴイチ) が展示してあります。

d51.jpg

もちろん無料です。

このD51の隣には、 8620形(ハチロク) も展示してあったんですが、
そちらの方は、その後、「SLあそBOY」や、先ほどの「SL人吉号」として、
現役復帰しました。

この駅は、肥薩線で最も標高が高い所にあります。

yatake_hyoukou.jpg

ここでもたくさんの人が降りて、記念撮影。

yatake_home.jpg

この駅も、古い駅舎です。

yatake_station.jpg

yatake_station_naka.jpg

yatake_home2.jpg

↑写真中央左下には、木製の改札口が見えます。

14:07、矢岳駅発車。



ここで、「天険若夷」「引重致遠」の石額がある、矢岳第一トンネルに入ります。
この矢岳第一トンネルと、次の矢岳第二トンネルの間で、
「いさぶろう・しんぺい号」は、徐行運転をします。

進行方向左側に広がる風景が、
日本三大車窓 のひとつと言われている、 矢岳越え
韓国岳(からくにだけ)を主峰とする霧島連山や、天気のいい日には桜島まで見える、
最高の車窓風景なんですが……

この日はあいにくの天気で、全然ダメでした(汗)

shasou.jpg

ちなみに他の二つの「日本三大車窓」は、
北海道・根室本線の落合-新得間の「狩勝峠(かりかちとうげ)」、
長野県・篠ノ井線の「姨捨(おばすて)駅」です。
が、狩勝峠の方は、ルート変更により、現在は車窓からは綺麗な景色は見えません(汗)

「いさぶろう・しんぺい号」は、このように、ビューポイントでは、
徐行運転をしたり、案内のアナウンスが入ったりします。

さて、ここから先はずっと下りになります。
5つのトンネルを抜けると、左手に、駅が見えてきます。

masaki_station_view.jpg

これが、これから行く 真幸(まさき)駅 です。

ここから先、スイッチバックをして駅に入線するため、
このように、走っている車窓から、次に停まる駅のホームが見えるのです。

14:22、真幸駅到着。

masaki.jpg

さて、その名前から、 「真の幸せに入る」 ということで、
入場券が有名なこの真幸駅、ホームにも 「幸せの鐘」 がありますが……
(現在不幸な人ほどたくさん鳴らさないといけない)

kane.jpg

多くの乗客がその鐘に群がっている中、俺は一人だけ、ホームの端に行って、
スイッチバックのポイントを撮影していました(汗)

masaki_switchback1.jpg

この真幸駅、人里離れた 秘境駅 ですが、
「いさぶろう・しんぺい号」が来る時間には、
地元のおばちゃんたちが駅にやって来て、
観光客相手に、野菜や特産物などを売っています(汗)

というのも手伝って、人がいっぱい(汗)

masaki_people.jpg

駅舎は古くていい感じなんですが、いかんせん、人が多い……

masaki_station.jpg

ここでは売っていないので、
実は人吉駅で、一勝地駅の入場券とセットで、
この駅の入場券を買っていました。

masaki_ticket.jpg

masaki_ticket2.jpg

↑裏

でも実はこの駅、その名前とは裏腹に、
けっこう悲惨なことばかり起こっているんです(汗)

この駅、周りに民家のない秘境駅ですが、
それは1972年7月6日、豪雨によって近くの山が土砂崩れを起こし、
この駅とその周辺の集落に土石流が押し寄せ、
死者4名を出す大規模災害がありました。
この駅も土砂に埋まり、肥薩線も寸断されました。
それからというもの、残った住民も引っ越してしまい、
この辺りには、民家が一つもなくなってしまいました。
スイッチバックがあるので列車はどうしてもこの駅で停車しなければならないので、
駅そのものは存続しましたが……

その時の土石流が運んできた、重さ8トンの岩石が、
記念として、今もホームに残されています。

yamatsunami.jpg

14:27、真幸駅発車。

スイッチバックのポイントを通過します。

masaki_switchback2.jpg

駅を出てすぐに山上第一トンネルがあり、
その次の山上第二トンネル……

ここに、またもや悲惨な事故の歴史があります。

戦後すぐの1945年8月22日……
当時、主要路線である鹿児島本線や日豊本線の橋が、
空襲により落とされてしまっていたので、
この肥薩線が、北九州と南九州を結ぶ唯一のルートでした。

この日、D51の重連(機関車を2台連ねて牽引)は、たくさんの復員兵を乗せ、
通常の客車5両に加え、臨時に、天井のない貨車を8両、連結させていました。
更に、戦後すぐなので、粗悪な石炭での走行を強いられていました。

そして、吉松駅から真幸駅の方面へ向かう途中、
この山上第二トンネル内で、急な登り勾配のため、
機関車が立ち往生してしまいました。
先頭の機関車はトンネルの出口まで出ていたんですが、
2両目の機関車や客車は、まだトンネルの中。
乗客(復員兵)は煙の充満したトンネルの中で噎せ返り、
煙から逃れようと、列車を降り、後方の出口に向かって歩き出しました。

そして……

機関車の運転手もまた、前へ進めないのなら、
とりあえずバックして吉松駅に戻るしかない、と、
バックを始めました。

後方の車両は、客車ではなく、ただの貨車なので、
今からバックします、という車内放送もなく、
それに加えて、後方に乗っていた乗務員も、煙に巻かれて乗客に指示が出せず、
更に、トンネル内に照明がなく、真っ暗。

出口へ向かって線路を歩いている乗客たちに向かって、
機関車はバックをしました。

乗客の背後から、バックして近付いてくる列車……

53名、死亡……

これが「肥薩線列車退行事故」で、
「復員軍人殉難碑」が、トンネルの出口付近に立っています。

fukuingunjinjunnannohi.jpg

今でも、このトンネル内では、話し声が聞こえるとか聞こえないとか……

……名前に反して不幸な出来事が多い、真幸駅でした。

『いさぶろう3号』は、鹿児島県内に入り……

 ↓
14:37着
yoshimatsu.jpg

『いさぶろう3号』内で、俺ともう一人の乗りテツの人と話していた、
鹿児島出身の旅行者二人組が、ぜひ俺たちと写真を撮りたいというので、
『いさぶろう3号』をバックに、4人で写真を撮ってから、別れました。
俺のカメラでは撮ってません。


続きは次に書きます。





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Last updated  Nov 15, 2009 10:05:47 AM
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