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続きです。松山城観光を終え、大街道駅に戻りました。ここから、道後温泉に向かいます。11:43発 ↓伊予鉄道城南線(市内線)5系統 道後温泉行(撮影:道後温泉駅)伊予鉄道モハ50形 ↓11:53着【道後温泉】道後温泉駅に着きました。けっこうシャレた駅舎です。この道後温泉駅に、坊っちゃん列車が、展示する形で留置してあります。ここからバックして道後温泉駅の奥の引き込み線に入り、道後温泉駅から、松山市駅前駅、あるいはJR松山駅前駅方面へ発車していきます。かつて、日本初の軽便鉄道として伊予鉄道が走らせていた列車が、夏目漱石の小説『坊っちゃん』に登場し、「坊っちゃん列車」と呼ばれていました。これを観光用に模して復元し、2001年から伊予鉄道の市内線で走らせているのが、「坊っちゃん列車」です。ただ、SLの形をしていますが、動力は蒸気機関ではなく、ディーゼル機関です(汗)普通の市内電車の料金に、追加料金を払って乗車整理券を買うと、乗れます。が、人気がある上、本数も多くないので、連休中はすぐに満席になってしまいます。道後温泉駅前に、坊っちゃんカラクリ時計があります。時期によって、カラクリが発動する時間帯は異なっていますが、そんなの調べなくても、俺、ちゃんと12時前に到着するように予定を立てていました。連休中の12時なら、まあ間違いなく、カラクリは発動するでしょうから(笑)そして12時になり、音楽とともに、カラクリが動き始めました。どこが動いたか分かりますか?屋根が持ち上がったんです。中では、人形が大太鼓を叩いています。カラクリ時計というと、どこかが開いて、中から人形が出てくる、というのは容易に想像できますが、まさか屋根が持ち上がるとは思ってなかったらしく、近くの人が、「これは予想外やった!」と言ってました。カラクリはまだまだ続きます。今度は……屋根どころか、時計本体が持ち上がった!下では、みんなが温泉に入っています。さらに、左右の窓が開いて、中から人形が出てきました。最終形態が、これ↓とまあ、これが、坊っちゃんカラクリ時計です。次は道後温泉へ……ではなく、その前に、近くの道後公園に行くことにしました。徒歩5分ほどです。路面電車の道後温泉駅の1駅手前の道後公園駅が、最寄り駅です。道後公園は、湯築城の城跡です。湯築城は伊予国守護の河野氏の居城でしたが、豊臣秀吉の四国征伐で、小早川隆景に攻められて降伏し、その後、小早川隆景、福島正則と城主が変わり、福島正則が城を国分山城へ移転させたため、廃城になりました。道後温泉駅から道後公園入口までは、その外堀の脇を通って行きます。ここが入口。入口から右手の方に、武家屋敷などが再現されています。中では、武士たちが連歌をしていました(笑)再現された武家屋敷はもう一つあります。中には、様々な出土品などが展示されていました。資料館もあります。塀や池なども再現されています。跡はありますが、建物は再現されずに、広場になっている所もあり、この辺りは、上級武士の武家屋敷だったそうです。内堀や土塁も残っていて、特にこの眺めは綺麗でした。公園入口から左手の方は、普通の公園のようになっていますが……内堀を利用して、綺麗な庭園が造られています。(昔からそうなっていたのかどうかは知りません)この道後公園は、資料館なども含め、全て無料なのですが、みんな温泉の方に行ってしまって、いつ訪れても、観光客の姿はあまり見ないんですよね。国の史跡なのに。まあ、天守閣があるわけでもなく、先ほどの武家屋敷などは、内堀の外の二の丸ですからね。湯築城は平山城だったそうですから、内堀の内側にある小高い山の上に、本丸があったのでしょう。実は道後温泉のすぐ近くに、こんな史跡があります、というお話でした。続きは次に書きます。
2010年12月31日
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続きです。12月31日大晦日(金)この日は松山市内観光ですが、その前に……松山といえば、鉄道ファン、特に俺のような線路の分岐フェチには、行っておかないといけない所があります。JR松山駅前から、路面電車で1駅分(徒歩2、3分です)、伊予鉄道大手町駅のそばに、それはあります。伊予鉄道には、郊外線と呼ばれる普通の電車と、市内線と呼ばれる路面電車がありますが、この大手町駅では、その二つの路線が、直角に平面交差するのです。これを鉄道用語で、ダイヤモンドクロスと言います(なんか名前がカッコいい)。X字型で交差する所や、Y字型を二つ組み合わせたような形で交差する所はありますが、直角に、十字型に交差するのは、現在では、ここの他には、高知市内の、はりまや橋駅(土佐電鉄の路面電車同士)と、名古屋市内の、名電築港駅(名鉄築港線と名古屋臨海鉄道東築線(貨物駅))だけです。下の写真は、路面電車の大手町駅のホーム(JR松山駅側)から見たダイヤモンドクロスで、写真右上からはみ出た所に、郊外線の大手町駅ホームがあります。というわけで、こんな動画を見つけました。上の写真の左上側から撮影した動画のようです。(動画の最後に坊っちゃん列車が!)俺もこんなの撮りたかったけど、寒くて待っていられなかったので、やめました(根性ねえ)。さて、JR松山駅に戻り、観光案内所で、市内電車・バスの1Dayチケット(400円)を買いました。市内電車は均一料金で150円なので、3回乗れば元が取れます。このチケット、三つ折りになっていて、裏には市内電車とバスの路線図が描いてあります。そして表は、使用年月日が書いてあるんですが、使用する年、月、日を、それぞれスクラッチ形式で削り取るようになっています。これは、買った時に、観光案内所のおねいさんが、「今日、お使いですか?」と言って、削ってから渡されました。ちなみに、JR松山駅前には、正岡子規の句碑があります。さて、では、松山城へ行きますか。【松山駅前】9:59発 ↓伊予鉄道大手町線・城南線(市内線)5系統 道後温泉行(撮影:松山駅前駅)伊予鉄道モハ50形 ↓古い車両ですが、こういうの好きな俺。松山城の堀を左手に見ながら、堀にそってぐるっと南側を周ります。 ↓10:08着この大街道電停から、北西の方に伸びている道があり、これがその名もロープウェイ街。ここを5分ぐらい歩くと、左手に、松山城ロープウェイ東雲口(しののめぐち)駅があります。その前には、松山ゆかりの人物、キャラクターのパネルが並んでいました。記念写真用に、一部の人の顔には穴が開いています。松山では今、やはり、至る所で、『坂の上の雲』のイベントをやっていまして、この駅でも、何か展示をやっていました。(入りませんでしたが)券売所に行き、自動券売機で、松山城天守閣観覧と、松山城までのロープウェイ・リフトの往復がセットになった、総合券を購入しました。(松山城単独500円、ロープウェイ・リフト往復500円で、総合券は1000円だから、別に安くはならない)ロープウェイは10分おきに出ています。俺が乗ったのは、10:30の便。全長327m、高低差62mを、3分で登ります。というわけで、山の上の駅が、長者ヶ平(ちょうじゃがなる)駅です。ここから、さらに10分ぐらい、徒歩で登ります。途中、こんな立て札があったんですが……登ろうとする人、いるの? これ↓(汗)……まあいいや。そして、いよいよ松山城が見えてきました。やっぱり、連立式平山城は、美しくて綺麗ですよね。姫路城、和歌山城と並んで、日本三大連立式平山城に数えられるだけあります。この先、入場ゲートがあり、チケットを切ってもらって、さらに先に進みます。連立式天守なので、造りが複雑なんですよね。それがまた美しい。松山城は、賤ヶ岳の七本槍で有名な加藤嘉明が建てた、別名・金亀城などとも呼ばれている平山城です。その後、江戸時代には松平氏が入り、松山藩15万石の親藩大名として、明治維新まで続きました。場内に入る時には、靴を脱いで、スリッパに履き替えます。中は資料館になっています。これは小天守の最上階です。ただ、小天守は再建されたものです。大天守は、12しかない現存天守の一つで、国指定重要文化財になっています。どうでもいいんですが、現存天守の階段って、昔のままなので、急傾斜で、ちょっと怖いものが多いですよね。甲冑試着体験コーナー(無料)がありました。解説図を見ながら、自分で着けます。俺は、一人じゃ着けられそうにないので、やめておきましたが。そして、最上階に登りました。西側は、市街地の向こうに瀬戸内海が望めます。東側の、下の写真の中央付近が、道後温泉らしいですが、よく分かりません(汗)いやあ、やっぱり、日本のお城は、綺麗で美しいですよね。松山城を訪れたのは初めてではなかったのですが、大満足しました。そしてあとは、山を降りなければいけません。帰りはリフトにしました。ロープウェイとリフトは共通券で、どちらかを選べます。(ただしリフトは小学生以上)往復ともロープウェイ、あるいはリフトでもいいし、行きと帰りで変えてもかまいません。ロープウェイの隣にリフトがあります。そしてそのすぐそばに、登山道があり、徒歩で登ることもできます。徒歩だと2、20分ぐらいかかるそうです。ちなみにリフトだと6分です。麓の東雲口駅には、ちょうど11:30に着きました。続きは次に書きます。
2010年12月31日
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続きです。12月30日(木)ホテルを出て、松山駅からスタートです。この日も青春18きっぷでの移動です。ただ、雨が降っていまして、景色はよくありませんでした。9:12発 ↓予讃線(伊予長浜経由)・普通 宇和島行(撮影:松山駅)キハ54形 ↓JR四国のキハ54形には、前後にアンパンマンのキャラクターが描かれています。この列車に描かれていたのは、ロールパンナちゃん。それはいいんですが、このキハ54形、ロングシートでトイレがないんですよね(汗)これで3時間以上乗りっぱなし。トイレ行きたくなったらどうするんだ、とは思いますが、実は、伊予大洲駅と八幡浜駅で長時間停車(10分以上)するので、それらの駅でトイレに行けばいいんです。さて、雨の中、発車しました。松山駅の次は市坪駅。この駅前に、坊っちゃんスタジアムがあります。こうして、長いロングシートの旅が始まりました。雨だから窓ガラスに付いた雨粒で景色もよく見えないし…… ↓12:21着まあとりあえず、こうして宇和島駅に着きました。宇和島駅に着いたら、ちょうど雨がやんでいまして、傘を差す必要がなかったのは助かりました。宇和島駅前には、宇和島闘牛の像や……宇和島鉄道時代のSLのレプリカなどが展示されています。また、『鉄道省歌』を作詞した、作詞家の故・大和田建樹氏が宇和島出身ということで、鉄道省歌歌碑もあります。宇和島駅から宇和島城を目指して歩きます。徒歩10分ぐらいで、宇和島城の入口の門に着いたんですが……あれ? 何か、門の後ろに、山を登ってる人がいるんですが……(汗)まあ、宇和島城は平山城なので、山を登るのはしょうがないんですが……このような石段を登っていきます(汗)途中、井戸があったりして、さらに登ります。10分ぐらい登って、ようやく天守に到着です。中に入る時に、靴を脱ぎます(スリッパが用意してあります)。入場料は200円です。中は、特に史料館のようになっているわけではなく、壁に、全国の城の写真と説明があるだけです。最上階には、少しだけ史料が展示されていました。↑最上階から見た宇和島湾。↑同じく、宇和島市街。宇和島城は、別名・鶴島城などと呼ばれていて、城作りの名人と言われた藤堂高虎が建てた平山城です。江戸時代は、宇和島藩伊達氏10万石の居城となりました。(国の重要文化財となっている天守は、伊達氏が建築)ちなみに、伊達氏の本流は仙台藩62万石ですが、戊辰戦争で新政府に反抗した奥羽越列藩同盟の中心となっていたこともあり、明治維新以降は新政府によって62万石から28万石に減封され、仙台伊達家は伯爵とされました。一方、宇和島伊達家は、8代目の伊達宗城が、「幕末の四賢侯」(他に、福井藩・松平春嶽、土佐藩・山内容堂、薩摩藩・島津斉彬)と呼ばれ、幕末に活躍しましたので、この功績によって、侯爵家になりました。つまり本家よりも地位が上になってしまったわけです。こうして宇和島城の見学を終え、宇和島駅に戻りました。この地方には、牛鬼と呼ばれる獰猛な妖怪の伝説があり、祭りの際には、下の写真のような牛鬼が練り歩くそうです。(宇和島駅の待合室にありました)さて、今度は、予土線で高知方面に向かいます。15:28発 ↓予讃線・予土線・普通 窪川行(撮影:宇和島駅)キハ32形 ↓このキハ32形も、トイレが付いていないロングシートの車両です。 ↓16:11着松丸駅は無人駅ですが、ホームから階段を上がった所に、無料の足湯があるそうです(今回は時間がなかったので足湯には行っていません)。意外と新しい、綺麗な駅舎です。そしてこの駅舎の中に、「森の国・ぽっぽ温泉」という温泉施設があります。駅の待合室から直接は行けず、一旦外に出ないといけませんが、駅舎の2階が、温泉施設になっています。入浴料は500円で、タオルは販売ですが、ボディソープやリンスインシャンプーは置いてありますし、内風呂の他、露天風呂、打たせ湯、サウナなどもあり、綺麗な温泉施設です。今回はあまり時間がなかったので、ゆっくりしていられなかったのが残念です。さて、あとは、松山に戻るだけです。まずは再び宇和島へ。16:54発 ↓予土線・予讃線・普通 宇和島行(撮影:松丸駅)キハ54形 ↓またしてもキハ54形。というわけで、前後に描いてあるアンパンマンのキャラは……チーズだ! ↓17:52着そして今度は、松山に向けて進みます。18:31発 ↓予讃線(伊予長浜経由)・普通 松山行(撮影:宇和島駅)キハ54形 ↓今度のキハ54形は……おむすびまん!外は真っ暗だし、ロングシートだし、暇な車内でしたが、まあ、それもまたよし。 ↓21:52着こうして、松山に戻ってきました。続きは次に書きます。
2010年12月31日
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続きです。大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)へ行きました。呉駅からは、徒歩5分程度です。建物の前には、ローマ神話の海神ネプチューン像や……戦艦「大和」をイメージして作られたオブジェなどがありました。入場料は常設展500円、企画・特別展400円で、共通券は800円です。共通券を購入。入ると、いきなり、戦艦「大和」の1/10スケールの模型がドドンと!とりあえず、「大和」は置いといて、展示室に行きました。呉の歴史を展示してあります。もちろん、軍港・呉としての歴史です。けっこう客がいましたよ。戦艦「大和」の設計図面。当時「大和」に使われていた最先端技術などを紹介してあり、戦艦「大和」を徹底解剖してありました。そして、小さいですが、あの日本が誇った戦艦「長門」や……航空母艦「赤城」などの模型も展示してありました。ミリタリー(軍事)マニアではありませんが、男の子ですから、「うおー!」「すげー!」「かっけー!」状態でした。戦艦「大和」を挟んで、展示室の反対側にある大型資料展示室に行くと……日本海軍の特攻兵器、人間魚雷「回天」(試作型)や……零式戦闘機・通称「ゼロ戦」なども展示されていました。↑写真右下に見えるのは、特殊潜水艇「海龍」です。いやしかし、戦艦や戦闘機はいいとしても、「回天」はちょっと、俺は乗りたくないですね……(汗)これに乗って海に潜り、敵艦にぶつかっていくっていうのは……戦闘機による特攻より、生きて帰れなさそうじゃないですか。まあ、海軍上層部も、なかなか許可しなかったらしいですが。さて、最後に、戦艦「大和」の模型の写真を、色んな角度から。自分で撮っておいて、何ですが、最後の写真なんて、やべえ、カッコよすぎる!さすが、大日本帝国海軍が誇った世界一の戦艦「大和」です。企画特別展は、「明治の呉と海軍-軍港と市民の暮らし-」と題して、明治時代の呉の様子が分かる資料が展示されていました。おみやげ屋さんには、戦艦「大和」だけでなく、「宇宙戦艦ヤマト」のプラモデルも売っていました(笑)大和ミュージアムの、道を挟んで隣に、海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」があり、入場無料なんですが……12月29日から1月3日まで、お休みでした(汗)また、近くの施設には、映画『男たちの大和/YAMATO』のセットが展示してありました。こうして大和の世界を堪能したので、フェリーで松山に向かうことにしました。大和ミュージアムの隣にあるフェリーターミナルは、けっこう新しくて綺麗な施設です。17:45発のチケットを購入。毎日ホリデー割引で、2600円のところ、2400円。あとはもう、時間になるまで待機です。呉港の景色を眺めたりしながら過ごしました。時間になりましたので、外に出て、広島からフェリーが到着するのを待ちます。そのうち、フェリーがやって来ました!瀬戸内海汽船(石崎汽船と共同運行)のフェリー『四万十川』は、17:47分に呉港に着岸しました。俺は5番目に乗り込みましたが、予想どおり、広島から乗ってきた人に、いい席は全部取られていました。まあ、座れただけ、マシですが。17:52、出港。俺はとりあえず座席だけ確保して、船内を探検しました。とは言っても、小さいフェリーですけどね。カーペット席は、お子様連れ専用。有料ですが、マッサージチェアやゲームコーナーもあります。デッキに出ましたが、夜だから暗いし、寒いし……(汗)まあ、とりあえずこうして、19:42、松山観光港に着きました(ダイヤでは19:40着予定)。ここから、高浜駅までバスで行って、高浜駅から伊予鉄道で松山市駅まで行ってもいいんですが、俺が今回泊まるホテルはJR松山駅前なので、伊予鉄道松山市駅からさらに路面電車でJR松山駅まで行かないといけません。というわけで、てっとり早く、リムジンバスで行くことにしました。JR松山駅前までは、450円。約20分で着きます。こうして無事、JR松山駅前のホテルに到着しました。続きは次に書きます。
2010年12月30日
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現在、18きっぷを利用して、松山を拠点とした旅行をしています。その旅行記を、ちょっと書いてみます。12月29日(水)5:24発 ↓東海道本線・山陽本線・普通 加古川行(撮影:西明石駅)207系 ↓6:30着6:41発 ↓山陽本線・赤穂線・普通 播州赤穂行(撮影:播州赤穂駅)223系 ↓相生駅から赤穂線に入ります。久しぶりの赤穂線でした。 ↓7:48着8:04発 ↓赤穂線・山陽本線・普通 三原行(撮影:播州赤穂駅)117系 ↓山陽地区の快速『サンライナー』用塗装の、117系です。俺、けっこう117系って好きなんですよね。車内が落ち着いた雰囲気があります。東岡山駅まで、山陽本線と並行する、赤穂線です。東岡山駅から山陽本線に入り、そのまま一気に三原まで行きました。 ↓11:09着11:18発 ↓呉線・普通 広行(撮影:三原駅)105系 ↓黄色に塗られているのは、瀬戸内海に反射する陽光をイメージしてあります。初の呉線乗車です。トンネルが多いですが、海沿いを走るので、瀬戸内海が目の前に広がります。 ↓12:56着日本海軍の航空機開発を行っていた、広海軍工廠があった、呉と並んで重要な軍事工場のあった、広です。呉線の電車は、一部を除き、ほとんどがこの広駅で乗り換えです。13:11発 ↓呉線・普通 新山口行(撮影:広駅)115系 ↓13:22着こうして、呉駅に到着しました。ここから大和ミュージアムまで、歩道橋が延びています。その途中に商業施設が入っているので、そこのフードコートで軽く昼食を取り、いざ、大和ミュージアムへ!……の前に、大和ミュージアムの隣にある、フェリーターミナルのコインロッカーに、大きな荷物を預けました。続きは次に書きます。
2010年12月30日
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突然ですが、青春18きっぷの季節になりましたので、ここで、上手な青春18きっぷの活用方法について、書いてみたいと思います。初心者向けですので、ベテランの方は、読まなくていいです。18きっぷのルールなど、使用方法については、こちらに、以前、書きました。(注:利用期間や、利用できる列車が、この冬から若干変更されていますので、詳しくは、JRの公式サイトをご覧ください)さて、青春18きっぷといえば、安く移動できるというのが、最大の売りなんですが……最近、有名になりすぎて、18きっぷのルールもよく知らずに乗って、駅員さんや車掌さんとトラブルになるケースが多いと聞きます。たとえば、18きっぷに特急券をプラスすれば、特急列車に乗れると思っていた、とか、列車の運休・遅延などにより、目的地にたどり着けず、JRに文句を言う、とか……18きっぷでは、どんな切符を買い足しても、お金を積んでも、新幹線・特急・急行列車には乗れません!列車の運休・遅延などにより目的地にたどり着けなくても、それは自己責任です!と、いうわけで……青春18きっぷで、旅のプランを立てる時の、注意点について、書いていきましょう。1.時刻表を読めるレベルにはなりましょう!小難しい、詳しいことまでは必要ありませんが、最低限、時刻表の見方ぐらいは知っていないと、話になりません。厳しい言い方かもしれませんが、列車の遅延・運休などがあった場合、最初の計画どおりに行くことができなくなります。その時、時刻表を読めないと、この後の乗り継ぎをどうすればいいのか、途方に暮れてしまいます。まあ、東海道本線、山陽本線だけなら、本数も多いので、次に来た列車に乗っていくだけでも、目的地に着けるでしょうが。その列車が終点にいつ着くか、その次の列車の乗り継ぎはどうか、というぐらいならともかく、それより遠くまで何度も乗り継ぐ場合、駅員さんや車掌さんは、聞かれても、そんなことに付き合っている暇はありません。携帯電話などの乗り継ぎサイトを利用することもできますが、その区間が全線運休になってしまった場合、迂回ルートを示してくれたりはしません。時刻表なら、全線のルートが乗っていますから、迂回していくルートを考えることもできます。最低でも、ポケット時刻表ぐらいは必須アイテム。2.乗り継ぎには余裕を持って!列車はもちろん、遅延することがあります。それで乗り継ぎができなくて、目的地にたどり着けないのでは、旅が台無しになってしまいます。乗換駅での乗り継ぎ時間には、余裕を持ったプランを立てましょう。それに、18きっぷの季節、東海道本線、山陽本線の一部区間は、非常に混み合います。わざと1本遅らせて、確実に座る、というのも、一つの手です。予定よりも1本早い列車に乗り継げたらラッキー、ぐらいの余裕で。3.トイレや食事の時間も考慮に入れよう!2.にも関係していますが、列車の乗り継ぎにしか目が行っていないと、トイレや食事の時間が全く考慮されていないプランになってしまうことがあります。車内にトイレがない列車もありますし、いくら駅弁を車内で食べると言っても、ロングシートの車内だと、顰蹙を買います。列車に乗るのはロボットではなく人間なのだということを、忘れずに。4.たまには並行路線を利用してみよう!みんな考えることは同じで、東海道本線や山陽本線の一部区間は、18きっぷのシーズン、とても混雑します。地元の普通の通勤、通学客にとってみれば、18きっぷのシーズンは、迷惑以外の何ものでもありません。そこで……たとえば、名古屋-大阪間は、東海道本線ではなく、関西本線、相生-岡山間は、山陽本線ではなく、赤穂線、三原-広島間は、山陽本線ではなく、呉線、などなど、時間はかかりますが、あえて遠回りをして、混雑を避け、ゆったりと進む、という手もあります。JR全線乗り放題なのに、わざわざみんなと同じルートを選ぶ必要はありません。5.ダイヤの薄い区間や混雑する区間は特急列車も利用しよう!幹線であっても、1日数本しか普通列車が通らない区間があり、そういう区間は、18きっぷの難所と呼ばれていますが……お金のない学生ならともかく、大人なら、その区間だけ特急列車を使うこともアリです。(これを、乗りテツ用語で「ワープ」と言います)短い区間なら、特急列車や新幹線に乗っても、それほど高くありません。もちろん、特急列車に乗る区間は、特急券の他に、乗車券も必要です。車内で車掌さんから買いましょう。大人ならそれくらいの金銭的余裕を持って。6.乗り継ぎな困難な区間から計画を立てよう!ダイヤが薄い区間は、乗ることができる列車が限られています。まずはその区間をいつ通るかを決めてから、その前後の区間について、順に決めていきましょう。これは乗り継ぎを考える上で常識です。7.指定席券などを買い足せば、リゾート列車にも乗れる!18きっぷが使えないのは、特急、急行だけです。逆に言えば、快速列車や各駅停車の列車は、指定席券やライナー券などを買い足せば、どんなにグレードが高い列車にも乗れるのです。JR東日本では、グリーン券を買い足せば、普通列車のグリーン車にすら乗れます。(ただしグリーン車は自由席のみで、指定席は乗れない)つまり、『リゾートしらかみ』などのリゾート列車や、各SLなどの観光列車なども、乗れるわけです。通勤用の列車しか乗れないわけではありません。場所によっては、快速列車などが特急用車両で運行されていることもありますので、そういう列車に乗るのも快適です。ただ移動するだけでなく、移動そのものを楽しもう。8.JR以外の車両にも乗れる!18きっぷはJR全線乗り放題で、JR以外の車両には乗れない、と思われていますが……(この冬からの青い森鉄道のルールは、ややこしいのでここでは置いておきます)運賃、乗車券というのは、どの車両に乗るかは関係ありません。A駅からB駅までの区間を乗るのに必要な料金、です。(速度が速い列車に乗るための料金が特急料金、専用の座席に座るための料金が、指定席料金やグリーン料金で、別物です)同じ列車に乗っていても、JRの区間ではJRの運賃が、私鉄の区間では私鉄の運賃が、それぞれ必要なのです。(通常は、切符を買う時に一緒に払うので、その意識は薄いでしょうが)逆に言うと、JRの区間を走っている私鉄の車両に乗る時には、JRに運賃を支払い、私鉄の区間を走っているJRの車両に乗る時には、私鉄に運賃を支払っているわけです。つまり……18きっぷは、乗車券の一種ですから、JRの区間内なら、JRの路線に乗り入れている他社の車両に乗ることができます。例:東北本線・名取-仙台間(仙台空港アクセス鉄道が乗り入れ)只見線・西若松-会津若松間(会津鉄道が乗り入れ)常磐線各駅停車・綾瀬-取手間(東京メトロ千代田線が乗り入れ)上越線・六日町-越後湯沢間(北越急行ほくほく線が乗り入れ)信越本線・篠ノ井-長野間(しなの鉄道が乗り入れ)土讃線・後免-高知間(土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が乗り入れ)筑肥線・姪浜-西唐津間(福岡市営地下鉄空港線が乗り入れ)他社線の車両にも乗れる魅力。9.無理に遠くまで行かなくてもいい!18きっぷは1日2300円で乗り放題なので、なるべく元を取ろうと、遠くまで行く計画を立てる人がいますが、片道2300円以上の区間なら、元は取れるのです。日帰りなら、片道1150円以上の区間で、元が取れるのです。そう考えると、意外と敷居が低くなります。10.余った18きっぷはどうする?18きっぷは5回(人)分で1枚になっていますので、利用期間中に使い切れず、余ってしまう、ということがよくあります。余った分は金券ショップに持っていく、という手もありますが……2300円×5回 と考えずに、11500円×1回 と考えるのも、一つの手です。たとえば、3回(人)分使って、既に11500円分以上、乗ってしまった場合、残り2回(人)分が余ってしまっても、既に充分、元が取れているのです。金券ショップに持っていくにしても、利用期間がもう少しで終わってしまう場合、買い取ってくれない場合が多いです。というわけで、売ることもできないし、どうしても余ってしまった場合、短区間でもいいから乗る、というのもあります。たとえば1回(人)分、余ってしまい、売ることもできない場合、そのままだったら、2300円を捨てるのと同じですが、たとえ400円区間でもいいから、残りの18きっぷを使って乗れば、損するのは1900円で済みます。発想の転換も必要です。こういうことを考えながら計画を立てると、けっこう面白いですよ?
2010年12月23日
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続きです。全ての観光を終え、あとは帰るだけなのですが、せっかく、特急列車自由席乗り放題の周遊きっぷなので、無駄に色んな特急を乗り継ぎます。14:17発 ↓久大本線・鹿児島本線・特急『ゆふ4号』 博多行(撮影:由布院駅)キハ185系 ↓特急『ゆふDX』の車両整備などの間に運転される、特急『ゆふ』です。特急『あそ』として、豊肥本線を走っていたこともあります。俺が乗ったのは、先頭の3号車自由席。先頭車の一番前の席だと、前方の展望がいいです。これに乗ったまま博多駅まで行けるのに、わざわざ鳥栖駅で乗り換えました。 ↓16:09着16:14発 ↓鹿児島本線・特急『有明22号』 小倉行(撮影:博多駅)787系 ↓特急『リレーつばめ』などにも使われている、主に鹿児島本線で活躍している、JR九州の主力特急用車両、787系です。俺が乗ったのは、先頭の4号車自由席。この、近未来を思わせるカッコいい車内もけっこう好きです。そして再び、このまま乗っていけば小倉駅まで行けるのに、無駄に博多駅で乗り換えです。 ↓16:35着17:00発 ↓鹿児島本線・特急『ソニック41号』 佐伯行(撮影:博多駅)885系 ↓885系は大分方面行きの『ソニック』と、長崎行きの『かもめ』に使われていて、それぞれ『白いソニック』、『白いかもめ』と呼ばれています。というのも、『ソニック』には、883系『ソニック』(青いソニック)もあり、『かもめ』には、783系『かもめ』(ハイパーサルーンかもめ)もありますので。でも、この入線してきた車両、『白いソニック』用じゃなくて、『かもめ』用でした。ラインなどが黄色いのが『白いかもめ』、青いのが『白いソニック』です。それぞれ、「KAMOME」「SONIC」のロゴが入っているので、分かりますが。この885系、『白いかもめ』用は7編成ありますが、『白いソニック』用は4編成と車両数が少なく、予備がない状態で、ギリギリのフル稼働で運転しているので、車両点検などがあった場合は、『白いかもめ』用の車両で、『白いソニック』が運転されることがあります。俺が乗ったのは、6両編成の前から2両目の5号車自由席。この885系、何といっても、車内がカッコよすぎ。何ですか、この、SFかロボットアニメに出てきそうな、基地みたいな、デッキの内装は!そして、室内は……座席は、グリーン車のみならず、普通車も本革です。何て贅沢な……その代わり、座席背面にはテーブルを付けられないので、肘掛けからテーブルを出す仕組みになっています。もうね、JR九州の列車は、どれも素敵です。九州に引っ越そうかな……(マテ!) ↓17:41着この小倉駅で、周遊きっぷのゾーン券の使用を終えることにします。ここから先は、周遊きっぷのアプローチ券(かえり券)で、九州ゾーンを出て、帰ります。新幹線に乗り換えです。新幹線ホームで小倉駅の駅弁を買って、待合室で待っていると、反対側のホームに、博多方面への列車が入ってきました。お! この車両は……!2011年3月12日から、新大阪-鹿児島中央間を、山陽新幹線・九州新幹線直通で走る、『みずほ』『さくら』用の、新幹線N700系(7000番台・8000番台)じゃないですか!これに気付いて、一斉に走り出し、写真を撮り始める俺たち鉄道ファン。そして、一歩遅れて、「ああ、あれか……」と、写メを撮り始める普通の人たち。もちろん、まだ開業していないので、試運転です。そうこうしているうちに、俺の乗る列車も到着しました。18:22発 ↓山陽新幹線『ひかり578号 レールスター』 新大阪行(撮影:新大阪駅)新幹線700系 ↓はい。山陽新幹線ならコレ!「ひかりレールスター」です。俺が乗ったのは、先頭の8号車指定席。指定席は、2×2列で、座席はグリーン車並みの広さです。(その代わり、レールスターにはグリーン車はありません)そして8号車の先頭には、4人用個室も付いています。しかも、個室なのに普通車と同じ料金。まあ、簡単な壁で仕切ってあるだけですけどね。さて、俺の席は、普通席の一番前。コンセントもあります。で、小倉駅で買った駅弁、『伝承 小倉のかしわ飯』(750円)。小倉といえば、かしわ飯です。この他にも、色んなかしわ飯が売っています。車内の照明の色で、こんな黄色っぽい写真になってしまいました(汗)今回、けっこうたくさん、駅弁を食べました。駅弁はまあ、高いんですが、それはそれ。旅の醍醐味の一つですからね。 ↓20:45着こうして無事、帰ってきました。今回の旅は、行ったことのある所がほとんどでしたが、それでも、最近の国内旅行の中では、上位にランクインする満足度でした。やっぱり九州はいいですね。
2010年12月23日
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続きです。お昼前になると、湯の坪街道も観光客が増えてきました。続いて俺が向かったのは、去年オープンしたばかりの、「湯布院トリックアート迷宮館」です。入口で、さっそくやってくれちゃってます(笑)入場料は、高校生以上700円、小中学生500円、幼児200円。↑飛び出してくるサメ。ここは、大人でも充分楽しめますが、一人で行くよりも、複数で行った方がいいかもしれません。というのも、ここは、見るだけでなく、自分も一緒に写真に写ることによって、トリックアートが完成する作品が多いからです。↑もちろん現実には180度逆さになっています。↑右から見た場合と左から見た場合で、足の長さが違います。ご紹介したのは、もちろん、ごく一部です。展示内容は、だんだん変更されるようです。お昼近くになりましたので、昼食です。由布院駅の近くまで戻りまして、「お肉屋さんのレストラン dot to dot」さんに行きました。豊後牛のステーキが食べられるとガイドブックに書いてあり、外のメニューを見て、唐揚げ定食などもあったので、何も考えずに入ったら……な、何か、男一人で入るには、場違いな雰囲気(汗)店内には女性客しかいなくて、店内の装飾もオシャレ。と、とりあえず、カウンターに座り、ミニステーキセット(2000円)を注文。まずは、カボチャのスープが出てきました。続いて、メインディッシュ。ああ、これは完全に女性向けですね。ご飯は、玄米(白米も選べます)。デザートは、きな粉のアイス。まあ、美味しかったですよ。ただ、男一人で入るような雰囲気のお店ではないような気がしました(汗)さて、まだ時間がありますので、再び温泉に入ることにしました。由布院温泉は観光地としての開発をきちんとしていて、温泉地に付きものの歓楽街などはありません。そして湯量が豊富です。そういうわけで、全体的に女性向けに整備されていて、温泉旅館は、敷地が広く、料金が高めの旅館が多いです。(そもそもお土産なども観光地価格で高めですが)ビジネスホテルなどもほとんどありません。日帰り入浴も、旅館が多いので高めですし、安い共同浴場などは、地元の人専用の所も多く、観光客が安く温泉を利用するのは、けっこう難しいのです。でももちろん、安く日帰り入浴できる所もあります。その一つが、再び湯の坪川に沿って金鱗湖の方に行った所にある、ここ。「ほたるの宿 仙洞」さん。日帰り入浴は500円で、タオルも付きます。料金を払い、中庭を通って、離れの露天風呂に行きます。お風呂場の前には、休憩所というか、待合所もあります。そして、お風呂へGO!誰もいませんでした。でも、隣の女湯からは、おねいさんたちの声が聞こえてきて、なんかドキドキ!(中学生か!)上の写真、床にゴミが落ちているように見えますが、紅葉の葉っぱです。内湯はありませんので、この季節、お風呂に浸かるまでが寒いですね。洗い場もちゃんとあります。脱衣所には、受付でもらったタオルの他にも、何枚もタオルが用意してありますので、バスタオルを持っていく必要もありません。温泉も楽しみましたので、これで由布院観光は終わることにして、由布院駅に戻りました。駅前には、こんなレトロなバスや馬車も。待合室になっているギャラリーには、こんなオブジェがありました。地元の小学校でパーツを作ったみたいです。ホームに出ました。由布院駅のホームの端には、足湯コーナーもあります。以前にも利用したことありますし、今回はそんなに時間がなかったので、入りませんでしたが。続きは次に書きます。
2010年12月23日
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続きです。由布院にやって来ました。ちなみに「ゆふいん」の漢字表記についてですが……「由布院」と「湯布院」の2つの漢字表記がありますが、昔からある元々の地名としては、「由布院」が正しいです。その証拠に、近くにある山は、「由布岳」です。「湯布院」という表記は、1955年に、旧・由布院町と、旧・湯平(ゆのひら)村が合併し、それぞれの漢字を使って、「湯布院町」という表記にしたのが始まりです。ですので、それ以前からある、「由布院温泉」「由布岳」という地名や、「由布院駅」という駅名は、「由布」を使用しています。一方、観光PRの面からは、「湯」という漢字を使った方が受けがいいからか、旅行会社のパンフレットなどでは、「湯布院」という表記を使っています。もちろん、町名が「湯布院」ですから、町役場は、「湯布院町役場」になります。そして現在は、平成の大合併により、由布市となり、由布市湯布院町内に由布院温泉がある、という、ややこしいことになってしまっています。ですから、「由布院」「湯布院」とも、漢字の表記としては正しいのですが、温泉名も含めた狭い範囲の地名としては、「由布院」が正しく、町名としては、「湯平村と合併した」という意味で「湯布院町」が正しい、ということになっています。まあ、それはともかく……何度も訪れている、この由布院。観光客用のお店が並ぶ湯の坪街道周辺や、奥にある金鱗湖までは、地図なしで歩いていけます。駅前の土産物屋にあるコインロッカーに大きな荷物を預けて、いざ、出発!湯の坪街道も、まだこの時間では、人通りも多くありませんでした。実際、土産物屋がもっと建ち並んでいるのは、ここよりもう少し先ですが。金鱗湖へ向かう途中の公園に、SLのD51(デゴイチ)が静態保存してあります。この公園から、湯の坪街道を右折し、湯の坪川沿いに出ました。ここからの眺めもよかったです。湯の坪川にたたずむ、サギ。さらに上流に向かって歩いていきますと……見事な紅葉!上の写真に写っている橋のさらに奥に、金鱗湖があります。夕陽に照らされた魚の鱗が金色に輝くことから、「金鱗湖」と名付けられたそうです。また、湖底から温泉が沸いているので、寒い日などは、湖面の水と空気の温度差から、朝霧が発生することもあり、これも由布院の風物詩となっています。この日は、ちょっと遅かったせいか、朝霧は見られませんでしたが、流れ込んでいる温泉水で、わずかに朝霧というか、湯気というか……が、立ち上っていました。俺の目的地は、金鱗湖の向こう岸です。上の写真の真ん中に、茅葺きの屋根があるの、分かりますか?湖の向こう岸に回りまして……由布院に来ると、ここだけは欠かさず来ている、「下ん湯(したんゆ)」さんです。由布院駅から、1.5kmぐらいあると思います。管理人さんが見ているわけではありませんが、ちゃんと料金箱(200円)もあります。利用する時は、ちゃんと入れましょう。自然の中の野天風呂ではありません。ちゃんと清掃、管理してくれている人がいます。さて、中に入ると、まず衝立があり、中はすぐには見えません。が、衝立の左側から覗くとすぐに、浴槽になっています。両側に脱衣所があります。が、男女分かれているわけではありませんから、女性には厳しいでしょうね。っていうか、女性どころか、男性すら、あまり入っているのを見たことありませんが。この日は、先に、おじいさんとおじさんの二人が入っていました。いちおう断ってから、写真を撮りました。おじさん、写真撮影を快くOKしてくださいまして、さらに、「ポーズ取りましょうか?(笑)」いや、ポーズまでは、結構です。普通にしていてください(笑)天井↓二つ浴槽があり、奥の浴槽は、半分が建物の外に出ています。洗い場はありません。ちなみに垣根のすぐ向こう側は、金鱗湖になっていて、垣根の隙間から、向こう岸にいる観光客が見えます(笑)心配しなくても、垣根の向こう側は湖ですから、観光客が垣根の隙間から覗き込むことはできません。ただ……露天風呂に入って、あまり左側に行き過ぎると、建物に隠れなくなって、横から丸見えです(笑)上の写真に写っている観光客の位置からは、露天風呂の左側は丸見えです。いえ、別に、この位置から覗けますよ、とエロオヤジに教えているわけではありません。ここまでは、教えなくても観光客が普通に来ますから、「下ん湯」に入る人は、気を付けましょう、と言っているだけです。というわけで、この「下ん湯」、入口の扉を開けて、中の様子を覗きに来る観光客は、けっこういるんですが、混浴で、しかもあまりにも開放的すぎるので、実際に中に入ってくる人は、あまりいません。特に女性は。っていうか、女性が入ってるのは、見たことないですが。だって、扉を開けると衝立があって、衝立の向こう側はもう、浴槽があるわけですからね。脱衣所も、浴室の壁に棚があるだけなので、お風呂に入っている人から丸見えで、隠れる場所がありませんし。まあ、下呂駅から下呂温泉街へのメインストリートとなっている橋の上から丸見えで、衝立すらない、岐阜県下呂温泉の河原の「噴泉池」よりは数百倍マシですが(爆)あそこはさすがに、入る勇気は出なかった……(汗)(でも最近、衝立もできて、男女とも水着着用になったらしい……)俺はこのくらいなら全く気にしないので、服を脱いで、入りました。脱衣所に鍵などはありませんが、浴槽から丸見えなので、心配ありません。先に入っていたおじさんと、温泉に浸かりながら、しばらく談笑。露天風呂の方が、湯温は低いです。「下ん湯」は、由布岳の麓(下)にあることから、このような名前が付けられたそうです。さて、いつまでも入っていても、のぼせてしまうので、適当なところで上がりました。「下ん湯」の横から金鱗湖を見ると、こんな景色です。再び、金鱗湖から流れ出る湯の坪川に沿って、湯の坪街道方面へ戻りました。金鱗湖から徒歩数分の所に、「豊後とり天 里や」さんがあります。その時は知らなかったんですが、後でぐぐってみたら、けっこう有名なお店らしいです。メニューは、とり天の他にも、コロッケやソフトクリーム、その他、椎茸茶など、地元の特産品を使ったものが書いてありました。俺が買ったのは、食べ歩きできる、カップ入りのとり天。300g500円。カップに入れられ、かぼすポン酢がかけられています。あと、サービスで柚子胡椒(上の写真の、カップの左端に付いてるやつ)を付けてくれます。竹串が付いているので、手も汚れません。注文してから揚げてもらったので、その間、椎茸茶をサービスでいただきながら、看板娘のおねえさんと談笑していました。続きは次に書きます。
2010年12月19日
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続きです。11月23日(火・祝日)別府駅からスタートです。別府駅前には、こんなオブジェがあり……手湯があります。6:47発 ↓日豊本線・特急『にちりん101号』 大分行(撮影:別府駅)485系 ↓普通列車でも全然、苦にならない距離の別府-大分間ですが、せっかくの周遊きっぷなので、特急列車に乗ることにしました。朝イチで運転されるこの485系レッドエクスプレス『にちりん101号』は、中津-大分間という、短い区間を走っています。5両編成で、先頭の1号車の半分がグリーン車指定席で、それ以外は全て普通車自由席です。普通車指定席はないんですが、これは大分駅への通勤用に設定されているからです。(これと逆方向に走る、同じ編成、同じ区間の『にちりん102号』は、深夜に走る『ドリームにちりん』を除き、大分発の最終特急となっています)というわけで、祝日だったこの日は、終点の大分駅の1駅手前の別府駅から乗ったにもかかわらず……乗客いねえ!(汗) ↓7:53着大分駅で、久大本線に乗り換えです。これまで、大分駅から久大本線に行く特急列車は、別府駅始発だったんですが、2008年8月に、久大本線と豊肥本線(『九州横断特急』以外)用のホームが高架になり、久大本線の線路が日豊本線と切り離されたので、全て大分駅始発になりました。2011年末には、全てのホームが高架化される予定です。8:19発 ↓久大本線・観光特急『ゆふDX2号』 博多行(撮影:大分駅)キハ183系 ↓久大本線を走る観光特急『ゆふDX』です。久大本線にはもうひとつ、観光特急『ゆふいんの森』があり、そちらの方が人気ですが、今回、自由席しか座れない周遊きっぷなので、全席指定の『ゆふいんの森』には乗れません。このキハ183系『ゆふDX』は1編成しかないので、1日1.5往復という、半端な運行スケジュールになっています。偶数日には、朝、博多から『ゆふDX1号』として大分に行き、昼間、大分から『ゆふDX4号』として博多に行き、夜、博多から『ゆふDX5号』として大分に行き、大分で留置されます。そして奇数日には、朝、大分から『ゆふDX2号』として博多に行き、昼間、博多から『ゆふDX3号』として大分に行き、夜、大分から『ゆふDX6号』として博多に行き、博多で留置されます。では、奇数日の『ゆふDX1号』『ゆふDX4号』『ゆふDX5号』、偶数日の『ゆふDX2号』『ゆふDX3号』『ゆふDX6号』は、運転されないのかと言いますと……はい。運転されません(汗)代わりに、観光仕様でない、キハ185系特急『ゆふ』で運転されます。この特急『ゆふ』については、後で書きます。昔は、「古代漆色」という赤色だった『ゆふDX』ですが、現在は黄色に塗り直されています。2007年11月25日の乗車記入線してきたら、まずは先頭の4号車に乗り込みました。この『ゆふDX』は、両端の1号車、4号車の、そのまら先端が、パノラマシートになっています。その後ろにラウンジがあり……その後方の暖簾をくぐった所が、指定席になっています。周遊きっぷなので、俺が乗ったのは3号車自由席。この車両のフットレストは、2段階になっています。以前は、『オランダ村特急』(門司港-博多-鳥栖-武雄温泉-佐世保)、『ゆふいんの森II世』(博多-由布院-別府-小倉)、『シーボルト』(佐世保-大村-諫早-長崎)などとして活躍し、現在は博多-由布院-大分間の特急『ゆふDX』として走っているこのキハ183系ですが、2011年1月10日に、『ゆふDX』としての運用は、終了することになっています。その後は、豊肥本線の観光特急『あそぼーい!』となって、『あそ1962』の後継列車として、熊本-宮地間を運行することになっています。というわけで、現在、ラストラン中の『あそDX』、特別に客室乗務員のおねいさんが乗務しています。客室乗務員のおねいさんから、これをもらいました。そうこうしているうちに、由布院駅に到着しました。 ↓9:07着続きは次に書きます。
2010年12月19日
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続きです。立野駅から、別府に向かいます。15:22発 ↓豊肥本線・日豊本線・観光特急『九州横断特急6号』 別府行(撮影:立野駅)キハ185系 ↓自由席の3号車に乗りました。うまい具合に空席がありましたので(満席になるとは思ってませんでしたが)、座ることができました。別府→(日豊本線)→大分→(豊肥本線)→阿蘇→(豊肥本線)→熊本→(鹿児島本線)→八代→(肥薩線)→人吉と、まさに九州を横断する特急です。が、それほど速いわけではなく、本数もそれほど多いわけではないので、どちらかというと観光特急としての役割の方が大きいです。というわけで、車内も木の温かい雰囲気になっています。立野駅を発車してスイッチバックを経由して、赤水駅方面へ向かいました。今回の旅行で、これまで乗った観光列車のうち、『海幸山幸』、『SL人吉』、『あそ1962』については、乗車記念スタンプを押したのをご紹介しましたが、では、『はやとの風』と『いさぶろう・しんぺい』はどうしたのかと言いますと、スタンプがないわけではなく、もちろん押していました。『はやとの風』の車内に置いてあった、冊子型沿線紹介パンフレットに。この中に、『はやとの風』、『いさぶろう・しんぺい』、そしてこの『九州横断特急』のスタンプを押す箇所があるのです。『九州横断特急』は、これまで乗った観光列車のように、いかにも観光列車です、というようなイベントや車内設備等はありません。というわけで、スタンプも、車内販売のおねいさんに頼まないと、出してもらえません。おねいさんに、「すいません。スタンプありますか?」と聞くと、「あ、はい。ちょっと待ってください」と言って、ワゴンの下の方から、布袋に入った、シャチハタ型のスタンプを出してくれました。スタンプを要求する乗客はあまりいないのか、「スタンプ集めてるんですか?」と聞かれました。「集めてるわけではないんですけど……これがあるので」と、上記の冊子を取り出して、『はやとの風』や『いさぶろう・しんぺい』のスタンプを見せると、「ずっと回って来られたんですか!?」「そうです」「どちらからいらっしゃったんですか?」「関西です」「関西! それはようこそお越しくださいました」などと、おねいさんとしばし談笑しました♪その後、再びおねいさんがやって来た時に、これを購入。バニラしか残っていませんでしたが、美味しかったです。こうして、別府に向けて、走っていきました。 ↓17:39着別府駅に到着しました。こういう駅名標があるのが、温泉地らしい。別府駅から徒歩数分の、「ホテルアーサー」に泊まります。写真は翌朝に撮影したものです。入口の回転ドアから入ると、西洋風の鎧が!でもこのホテル、温泉旅館のように高くなく、普通のビジネスホテル並みの宿泊料で、しかも温泉付きです(露天風呂はありませんが)。海鮮料理が苦手なのでどうせ旅館の食事が食べられない俺からすれば、料理はいらないから温泉だけあればいいんです。とりあえずお風呂の前に、大分名物・とり天を食べに行きました。近くにあるラーメン屋さん、「やなぎ家」さんへ。ラーメン屋さんですが、とり天も食べられると紹介されていたので、行ってみました。これが、とり天定食、850円。とり天は、その名のとおり、鶏肉の天ぷらで、大分県では普通の家庭料理らしいですが、大分県以外ではあまりお目にかかれません。ポン酢や醤油などに付けて食べます。とり天発祥の地は、色々な説がありますが、この別府が発祥だという説が有力らしいです。大分市発祥という説もあり、別府市と大分市で、バトルしているようですが、いずれにしても、昭和になってからできたもののようです。まあ、どちらが発祥でもいいですが、美味しかったです。そして、ホテルに戻って、温泉に入りました。ホテルの敷地の地下から直接掘っている天然温泉、100%掛け流しらしいです。別府の湯~♪ここのホテルの大浴場は2つあって、時間帯によって男湯と女湯が入れ替わります。(室内にも、ユニットバスはあります)俺が「やなぎ家」さんから戻ってきて、さて、お風呂に入ろうか、という19時、ちょうど入れ替わる時間でした。19時に大浴場に行くと、まだ「女湯」の表示が。しばらく待っていると、従業員のおねいさんが来て、中を確かめてから、札を「男湯」に替えました。(ここのお風呂は、19時から22時の間だけ男湯になり、それ以外の時間帯は女湯です)や、やっぱり、中を確かめずに従業員が表示を入れ替えて、今まで入っていた女性のお客さんと、新たに入ってきた男性のお客さんが中で鉢合わせて、キャーッ!ってなるのは、ドラマやアニメの中だけなんですね(汗)(当たり前だ!)翌朝、もう片方の温泉にも入りました。やっぱり、朝風呂は気持ちいいですからね。このホテル、外観や内装は完全に洋風なのに、大浴場は純和風の岩風呂でしたし、室内着もパジャマじゃなくて浴衣でした。とまあ、こんな感じで、この日は終わりました。続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。立野駅に戻ってきて、まずは南阿蘇鉄道に乗車です。この南阿蘇鉄道高森線は、かつては国鉄高森線でしたが、現在は第3セクターになっています。国鉄時代には、終点の高森駅から、国鉄高千穂線(のち、第3セクター高千穂鉄道→廃線)の高千穂駅まで路線を伸ばし、宮崎県の延岡に抜ける、九州を横断する路線にする計画がありました。13:32発 ↓南阿蘇鉄道高森線・普通 高森行(撮影:立野駅)MT3010形 ↓このMT3010形、車内は無駄に豪華です。南阿蘇鉄道は、阿蘇カルデラの南側をコトコトと走っていく観光路線です。車両はトロッコ列車以外、全部レールバスです。レールバスというのは、バスの装備を流用した、低価格で作ることのできる車両です。第3セクター路線を中心に使われています。ほとんどの駅が無人駅ですので、運賃は降車時に現金で支払います。俺が乗った区間は、330円。 ↓13:47着二度目の訪問になります。日本一長い駅名として知られている、南阿蘇水の生まれる里白水高原駅です。漢字混じりの正式表記では14文字です。2001年4月2日に古江駅を改名した、島根県・一畑電鉄北松江線の、ルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅が18文字でトップに立ちました。読み仮名では、南阿蘇水の生まれる里白水高原駅が22文字、ルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅が23文字で、読み仮名でもこちらの勝ちと言われましたが、拗音や長音を一文字として数えるのか?などと、必死な論争を繰り広げ……その後、ルイス・C.ティファニー庭園美術館が閉館してしまい、こちらの駅名は2007年5月21日、松江イングリッシュガーデン前駅と改名され、再び南阿蘇水の生まれる里白水高原駅が、日本一長い駅名として返り咲きました。ちなみに茨城県・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の、長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅は正式表記では13文字ですが、読み仮名だと22文字となり、南阿蘇水の生まれる里白水高原駅とトップタイになります。が、実は正式表記では、2001年に開業したディズニーリゾートラインの、リゾートゲートウェイ・ステーション駅と、東京ディズニーランド・ステーション駅が、17文字で、現在日本一になっています(汗)ディズニーリゾートラインは、そもそも英語をカタカナで表しているので、長くするつもりがなくても長くなってしまうのはしょうがないとして、この南阿蘇水の生まれる里白水高原駅は、なぜこんなに無駄に長いのか、と言いますと……↓駅前↓ホームから見た眺め駅名以外にアピールポイントがないからです(汗)近くに温泉はありますが。駅舎はこんなんです。駅の中の待合室は……ホームも1面のみです。駅では、さかんに長い駅名をアピールしていますが……列車内の運賃表示などでは、「白水高原」と、省略されています(汗)さて、駅以外に特に見るものもないので、立野駅に戻ります。この駅の滞在時間、8分。わざとそういう計画を立てたんですけどね。13:55発 ↓南阿蘇鉄道高森線・普通 立野行(撮影:立野駅)MT2000形 ↓車内は、普通のセミクロスシート。後ろに、この日運休のはずの『ゆうすげ号』を連結していました(汗)『あそ1962』で立野駅に寄った時に、立野駅に留置してあるのを見たので、回送でもなさそうですし、なんでだ?と思っていたんですが、貸切の団体客が乗っていたようでした。(元々、『ゆうすげ号』運行日は、この時間に走ります)というわけで、トロッコ列車『ゆうすげ号』を連結しているこの列車、ビューポイントでは、徐行運転をしました。そのビューポイントが、この第一白川橋梁。立野-長陽間にあります。実はこの列車に乗ってから雨がさらにひどくなって、景色は最悪だったんです(汗)この第一白川橋梁は、1928年(昭和3年)に完成した、日本初の鋼製アーチ橋で、全長166.3m、水面からの高さは64.5m、完成当時は、日本一の高さでした。その後、高千穂鉄道・高千穂橋梁(全長352.5m・高さ105m)(現在は廃線)、大井川鐵道・関の沢橋梁(全長114.0m・高さ100m)に、高さは抜かれてしまいました。阿蘇カルデラから唯一流れ出る河川である、白川に架かる橋です。さらに、もう少しで立野駅到着という所に、立野橋梁がありますが、それはまた後で。 ↓14:12着(実際は14:21着)立野駅に着いたので、団体客が降りた後、とりあえず『ゆうすげ号』だけ撮っておきました。『ゆうすげ号』は、運行日は1日2往復する、全車指定のトロッコ列車です。トロッコは3両あり、その3両の両側を、2台の機関車が挟むような編成になっているので、終点で機関車の向きを変える必要がありません。JR立野駅、南阿蘇鉄道立野駅ともに、敷地が狭いので、駅前広場は、階段を上がった崖の上にあります。そこから見下ろした、南阿蘇鉄道立野駅。ホームの上にある駅舎です。無人駅ですが、待合室もちゃんとあります。ここから、立野橋梁を見に行きます。『あそ1962』に乗車すると、20分間の立野駅停車中に、客室乗務員のおねいさんと一緒に、見に行くことができます。行き方の表示もちゃんとあるので、迷子にはなりません。が、立野駅にはコインロッカーがありませんし、雨の中、大きな荷物を持ちながら、傘を差して歩いたので、大変でした。大した距離ではないんですけどね。これが立野橋梁です。第一白川橋梁と同じく1928年(昭和3年)に完成した橋で、全長136.8m、水面からの高さ34mです。九州では珍しい、トレッスル橋という橋で、この種類の橋では、山陰本線の、旧余部橋梁が有名ですね。全長310.6m、高さ41mの、日本一のトレッスル橋でしたが、2010年7月16日を最後に解体され、現在はコンクリート製になっています。というわけで、現在はこの立野橋梁が、日本一の長さのトレッスル橋です。撮りテツの皆さんは、ここを『ゆうすげ号』が通るのを撮影することが多いです。この日は雨が降っていたので、さっさと退散しました(汗)さらに、立野スイッチバックも堪能しようと思っていたんですが、雨で靴の中がぐちゃぐちゃになっていましたし、また次の機会にすることにしました。続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。立野駅を発車した列車は、スイッチバックなので、今までとは反対方向へと走っていきます。車内では、客室乗務員のおねいさんが、スイッチバックの説明をしました。そもそも、立野駅の手前の瀬田駅は標高170mで、立野駅は標高277mですから、107mの急勾配を、駆け上がってきました。そして、この立野駅の次の赤水駅は、標高465m。つまり、標高差は188m。瀬田駅-立野駅-赤水駅間の急勾配は、勾配の単位に直すと、33.3パーミル。水平方向に1000m進む間に、33.3m上がる、という意味です。スイッチバックとしては、日本一の急勾配です。Z型スイッチバックは、現在、JRでは、日本には4ヶ所しかなく、他には、前日に行った、JR肥薩線の大畑駅(30.3パーミル)と真幸駅(25.0パーミル)、そして島根県・JR木次線の出雲坂根駅(30.0パーミル)のみです。ちなみに急勾配というだけなら、もっとすごいのがありまして……群馬県と長野県の県境の碓氷峠を越える、JR信越本線・横川-軽井沢間が、66.7パーミルで、蒸気機関車ならいざ知らず、電車でも登ることができないので、電車にさらに電気機関車を2両、重連させて登っていました。が、長野新幹線の開通で、この路線が廃止された今は、長野県・JR飯田線の赤木-沢渡間の40パーミルが、JRでは日本一の勾配になっています。さらに私鉄・第3セクターを含めると、粘着運転(レールと車輪の摩擦で進む)では、神奈川県・箱根登山鉄道の80パーミルが日本一の急勾配です。でもそれよりさらに上を行くのが、静岡県・大井川鐵道井川線(南アルプスあぷとライン)で、90パーミルというとてつもない急勾配を、ループもスイッチバックもナシで強引に登ります。さすがに粘着運転では無理なので、アプト式という方式を使っています。2本のレールの間にギザギザのレールを敷いて、車輪のも、2つの車輪を結ぶ車軸の真ん中に歯車を付け、歯車同士を噛み合わせて進む、というものです。昔は、碓氷峠越えにもアプト式が使われていました。話が横道に逸れました。立野駅を逆向きに発車し、1km以上も、急勾配を上りながらバックします。そして再び正方向に向きを変え、赤水駅方向へ、急勾配を登っていきます。下の方に、立野駅からバックして来る時の線路が見えます。こうして、阿蘇のカルデラに登ってきました。さて、この『あそ1962』の車内でしか買えない弁当があります。予約制ですが、余分に作ってあるので、予約がなくても少しは買うことができます。俺は予約していませんでしたが、2号車のサルーンバーへ買いに行きました。まずは予約してあったお客さん優先なので、客室乗務員のおねいさんが、「マルス券の方、いらっしゃいませんか?」と言ってましたが、俺たちテツは分かるけど、一般客に「マルス券」は通じるのか?(汗)マルスは、JRの切符の座席の管理や発行などを行なうオンラインシステムで、みどりの窓口で買う切符やイベント券は、このマルス券になります。このマルスのおかげで、北海道のみどりの窓口で、九州の列車の指定席をリアルタイムで取ることも可能なわけですよね。で、このマルスで発券された引換券を持っている人から優先的に販売していきました。それがこの、『阿蘇のうなり弁当』(1200円)。うなり(宇奈利)とは、神社のお膳のことで御田植神幸祭(おんだまつり)で、白衣を着た女性が、うなりを頭の上にのせ練り歩く姿で知られている。と、書いてありました。あか牛ハンバーグ、馬スジの煮込み、阿蘇米の炊き込みご飯など、阿蘇の素材をふんだんに使った料理です。馬スジの煮込みは、俺の口には合いませんでしたが(汗)この『阿蘇のうなり弁当』は、立野駅で積み込まれ、熊本発の『あそ1962』の列車内でしか、販売されません。つまり、土日休日を中心に、1日1往復しか運転されない『あそ1962』のうち、熊本発の列車内でのみ、しかも立野-宮地間でしか買えないという、すごくレアな駅弁です。弁当箱も、捨てるのがもったいないです。このお弁当を食べ、阿蘇のカルデラの景色を眺めながら、客室乗務員のおねいさんによる、阿蘇の説明を聞きます。なぜか、1号車と2号車のおねいさんの担当が、入れ替わっていましたが。本来なら、車窓から、阿蘇の山々が見えるはずなのですが、この日は雨のため、よく見えず……(汗)そして、終点の宮地駅に到着しました。 ↓12:15着阿蘇カルデラの中にあるこの宮地駅には、SLの方向を変えるための転車台があります。さて、では再び立野駅に戻ります。12:52発 ↓豊肥本線・普通 肥後大津行(撮影:宮地駅)キハ147形 ↓今度はスイッチバックを下って、立野駅に到着です。 ↓13:27着続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。路面電車で熊本駅へ。ホームに行くと、乗る予定の観光列車『あそ1962』は既に入線していました。全席指定なので、急ぐ必要はありませんが。10:12発 ↓豊肥本線・観光快速『あそ1962』 宮地行(撮影:熊本駅)キハ28形・キハ58形 ↓2005年に運行を終了した『SLあそBOY』の後継列車として、2006年7月22日から土日祝日や夏休み期間などを中心に運行を開始した、豊肥本線の観光列車です。「1962」は、キハ58形2号車のこの車両が製造された年らしいです。(キハ28形1号車が製造されたのは1965年)(もちろん、観光用に改造された年のことではありませんよ)俺が乗ったのは、後ろの2号車(キハ58形改造車)。車内は昭和30年代をイメージしているそうです。飛び石連休の中の平日ということもあり、乗客が少なかったので、全席指定ですが、この4人掛けボックスを独り占め!客室にはテレビモニターもあり、阿蘇についてのVTRなどが流れていました。暖簾をくぐって、サルーンバーと呼ばれる共通スペースに行きます。このサルーンバーは、1号車と2号車それぞれの、連結部に近い方のデッキにあります。テーブルの上には、パンフレットや、かぶって写真を撮るための帽子などが置いてありました。『あそ1962』は、2010年12月26日で引退するので、11月から、引退記念企画がされています。ここに記念乗車証が置いてあり、記念スタンプも置いてあるんですが……あとで、引退記念乗車証を、客室乗務員のおねいさんからもらいました。記念乗車証の裏に押すスタンプが、シャチハタ式じゃなくて、スタンプ台のインクを付けるタイプなので、ちょっと失敗してしまいました(汗)このサルーンバーで、客室乗務員のおねいさんが、グッズなどの車内販売も行なっています。さて、先ほどから、写真の中にちらほらと自転車のマークが出てきていますが、それは何かと言いますと……このサルーンバーには、自転車を固定できる設備があり、自転車を持ち込めるのです。(1号車、2号車ともに持ち込めますが、数は異なります)1号車(キハ28形)に行ってみました。化粧室は1号車にあります。座席の色は、2号車と違います。さて、長くなりましたが、いよいよ発車です!ワンマン運転で車掌さんは乗務していませんが、客室乗務員のおねいさんが二人乗務していて、車内販売や検札などを行ないます。熊本駅の次の駅は、平成駅です。(停車はしません)豊肥本線を阿蘇に向かって走ります。しばらくして、客室乗務員のおねいさんが、「おたのしみBOX」を持ってきました。「普段は、お子さまに引いていただくのですが、本日はあいにく、お子さまはお一人しか乗車されていないので、大人の皆さまにも引いていただきます」ということらしく、大人の皆さまも、箱の中に手を入れて、グッズをもらえることになりました。まあ、そりゃ、4連休とは言っても、この日は飛び石の平日ですからね。お子さまはあまり乗っていないでしょう。俺が引き当てたグッズは……『あそ1962』のイラスト付きの三角定規。他にも、定規や、30度-60度-90度の三角定規、分度器などの文房具があったようです。で、栞もあって、栞を引いた人は、小さいのでもう1回、と言われていました。確かにこれは、大人向けのグッズではありませんね。客室乗務員のおねいさんは、「子供の頃を思い出して、懐かしんでください」とか言ってました(笑)熊本駅を出て約1時間後の11:16、立野駅に到着。この立野駅で、『あそ1962』は20分間停車します。その間に、客室乗務員のおねいさんと一緒に、駅から徒歩10分弱の、南阿蘇鉄道立野橋梁を見に行くこともできます。が、俺は、後で立野駅に戻ってくる予定だったし、雨も降っていたので、ここでは立野駅の撮影をすることにしました。大きい駅ではありません。窓口はありますが、業務委託駅です。↓JRのホームから。ホームも大して広くありません。この立野駅は、何と言っても、日本最大のZ型スイッチバックで有名です。駅のホームにも、案内板があります。この先がスイッチバックになっています。が、後でサイド訪れて、ゆっくり見物する予定だったので、今回はこの写真を撮っただけで、とりあえず置いておきました。この立野駅は、第3セクターの南阿蘇鉄道高森線との接続駅でもあり、元々は国鉄の路線だったので、線路はJRとつながっています。そして、この南阿蘇鉄道には、トロッコ列車『ゆうすげ号』が1日1往復、走っていますが、土日祝日と、GW、夏休みのみの運行で、この日は平日なので運休。が、『ゆうすげ号』が留置されているのは、見えました。そうこうしているうちに、『あそ1962』の発車時刻が迫ってきて、運転手が大きな警笛を慣らしました。立野橋梁を見に行った乗客たちも戻ってきて、11:36、発車!が、続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。『SL人吉』を降りて、熊本駅前から、路面電車に乗り、ホテルに向かいました。部屋に荷物を置いてから、ホテルから徒歩数分のところにある、「麺食堂 大金豚」二丁目店さんに行きました。テーブル席もカウンター席もあります。カウンターは打ちっ放しのコンクリート製みたいな感じでしたが。入口に食券があり、そこで食券を買うシステムになっています。(追加注文する時は、店員さんに言って、その場で現金で払うこともできます)俺が注文したのは、普通のラーメン(580円)。豚骨こってりで、麺が見えません(笑)スープは普通かこってりを選ぶことができて、こってりを選んだからなんですが。さらにお好みで、辛子味噌を加えたり、もやしなどを加えたりもできます。(別のテーブルに、辛子和えのもやしや、紅ショウガが、山盛りになっていて、セルフサービスで小皿に自由に取ってくることができます)麺は細麺。麺の堅さは、最初は普通でいただきました。で、替え玉(100円)を追加して、今度の茹で方は、堅(かた)で。もうね、こってり豚骨スープが美味しかったですよ。大盛りの「大金豚ラーメン」や、今、流行りの、つけ麺とか、色々なメニューがあります。お腹いっぱいになってホテルに戻り、今度は、温泉ではありませんがホテルの大浴場に入り、もう、満足でした。11月22日(月)この日の熊本は、朝から小雨が降っていました。が、そんな雨の中、ホテルから路面電車で3駅の、熊本城に行ってきました。熊本城電停の近くに、熊本城を建てた加藤清正公像が立っています。ここから少し坂を登ると、熊本城の入口があります。大人1人500円です。あまり時間もないので、今回は天守閣の見学だけにしました。(熊本城は、過去にも訪れたことがあります)熊本城は、説明するまでもなく、加藤清正が建てた平山城で、別名を銀杏(ぎんなん)城と言い、日本三名城のひとつとされています。熊本城といえば、下の方は緩やかで、上の方では垂直になる、「武者返し」と呼ばれる石垣と、天守閣の黒い壁で有名です。さらに清正は、篭城した時の食料用に、城内の壁に干瓢(かんぴょう)を塗り篭め、床の畳には里芋の茎を用いて、城内に120ヶ所もの井戸を掘り、徹底的に籠城戦に備えた城になっています。熊本城は、本丸が、掘られた通路によって分断されていて、その通路の上に本丸御殿が建っているので、本丸御殿の下の通路を通らなければ、天守に行けません。地下通路を通って、天守閣の、先ほどの裏側に出ます。左側が大天守、右側が小天守で、こちら側から中に入ります。天守閣の中は資料館になっていますが、それに加えて、「一口城主」と呼ばれる、1万円以上の寄付をした人の名札が並べられています。この寄付で、熊本城の修復・復元工事が行われています。最上階は展望室になっています。あいにく雨でしたので、遠くまでは見えませんでしたが、上の写真は、いちおう、阿蘇山の方向です。こうして熊本城の見学を終え、ホテルに戻って大きな荷物を持ち、チェックアウトをして、路面電車に熊本駅に行きました。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。14:39発 ↓肥薩線・鹿児島本線・臨時観光快速『SL人吉』 熊本行(撮影:人吉駅)機関車:8620形(58654)・客車:50系 ↓この8620形機関車(愛称:ハチロク)は、矢岳駅のSL展示館に静態保存されていましたが、1988年から、豊肥本線で『SLあそBOY』として、運転されていました。(『SLあそBOY』にも乗ったことあります)この後、故障し、2005年に『SLあそBOY』の運転は終了しましたが、修理して、肥薩線開業100周年を記念して、2009年4月25日から、『SL人吉』として復活しました。客車もリニューアルしています。土日祝日や夏休み期間などを中心に運転しており、全車指定席で、ほとんどがツアーで座席を抑えられてしまい、一般客には非常に切符が取りにくい列車のため、6月22、29日には、地元の人のために、熊本県内でしか切符を買えない『熊本県民号』として運行されています。『SL人吉』は、球磨川沿いの肥薩線を走ります。渡、一勝地、白石、坂本、八代、新八代、熊本に停車します。このうち、渡駅、新八代駅以外では、停車時間が長いので、下車して駅を見学することもできます。1号車展望ラウンジにいたら、アテンダントのおねいさんがやって来て、「熊本駅までご乗車のお客様には、サプライズなプレゼントがあるかもしれません」と意味深な言葉を残して、去っていきました。14:59、一勝地駅に到着。その名前から、縁起物としての入場券が有名な駅です。写真は、以前買ったものです。たくさんの乗客が、この入場券を買うために、発車時刻を気にしながら、窓口に並んでいました。人吉駅でも買えるんですが……この縁起のいい駅名の由来は、鎌倉時代にこの地を治めていた、一升内下野守(いっしょうちしもつけのかみ)という、地頭の名前から、という説と、一升の米しかとれない狭い土地だったから、という説と、二つの説があります。この一勝地駅で、SLを撮影しました。俺はこの駅に停車する直前に、先頭の3号車に行って、停車してドアが開くと同時にホームに降り立ったので、このように撮れましたが、ちょっと出遅れると…………(汗)15:08、一勝地駅発車。次は、15:23、白石駅に到着。他の乗客たちはSLを撮っていましたが、俺だけは線路を渡り、白石駅の駅舎へ。この白石駅も、1908年(明治41年)6月1日の開業以来、ずっと残っている木造駅舎です。15:28、白石駅発車。『SL人吉』は黒煙を上げながら、球磨川沿いを走っていきます。この列車を追うように走っている数台の乗用車がありました。「ハチロク見送り隊」と書かれた旗を振って、長時間停車する駅に現れて、ホームで乗客に旗を振り、SLが出発すると、車で沿線の道路を走って先回りし(併走する所では旗を振る)、再び長時間停車の駅で待ち伏せしているという、何とも忙しい人たち。でも、女性と子供がやっていたんですよね。他にも沿線には、三脚を立てて撮影している撮りテツたちがいたり、一般の併走している自動車の人たちが手を振ってくれたりしました。SLは、電車やディーゼル車にはない、独特の揺れ方がありますし、何よりも、汽笛がいいですよね。『SL人吉』は、球磨川に架かる球磨川第一橋梁を渡りました。球磨川第一橋梁は、1908年(明治41年)に、アメリカ人技師のクーパーとシュナイダーが設計した、アメリカン・ブリッジ社が製作したトラス橋です。この橋は、川の流れに対して60度の斜角を付けて斜めに渡っている、トランケート(切り詰め)式と呼ばれている橋で、この方式の橋は、日本ではこの他に、同じ肥薩線の球磨川第二橋梁のみらしいです。しかもこの球磨川第一橋梁は、第二橋梁と並び、『SL人吉』の絶好の撮影ポイントとなっています。続きまして、16:01、坂本駅に到着。この駅も白石駅と同じく、1908年(明治41年)6月1日以来の木造駅舎を残しています。石炭をスコップで補給しています。SLを正面から撮ってみました。狙ったわけではないんですが、何か、ノスタルジックな写真が撮れました。16:11、坂本駅発車。この後、八代駅から鹿児島本線に入ります。新八代駅でたくさんの乗客が降りました。鹿児島中央行き九州新幹線『つばめ』や、博多行き特急『リレーつばめ』に乗り換えるためですね。街の中を、黒煙を上げて走ります(汗)この『SL人吉』、車掌さんの検札のスタンプは、普通の日付印ではありません。SL人吉仕様のスタンプです。さらに、お子さまには、アテンダントのおねいさんが、一人ひとりに記念きっぷを配り、しかも名前を聞いて書き込むことによって世界に一つだけの、名前入りの切符にして、あとで車掌さんが、お子さま自身にスタンプを押させてくれる、というサービスも行なっています。もう少しで熊本駅到着、というところで、アテンダントのおねいさんから、「運がよければ、熊本駅の手前で『あそ1962』と併走します」とのこと。時刻表を見ると、『SL人吉』も『あそ1962』も、熊本駅到着時刻は17:21なんですよね。『SL人吉』は鹿児島本線、『あそ1962』は豊肥本線で、別々の線路、ホームなので、同時到着でもかまわないのです。さて、『あそ1962』が右側に見えてきました。窓ガラスが曇ってしまっていたし、外が薄暗かったので、あまりよく撮れなかったのですが、よく見ると……『あそ1962』の乗客が、こちらに向けて、1文字ずつメッセージの書かれた団扇?を持っていました。「あそ1962も楽しかよ」と書かれているようです。後で知ったんですが、実は『SL人吉』側からもメッセージが出されていて、2010年12月26日で引退する『あそ1962』に対して、「ありがとうあそ1962」というメッセージを出していたようです。(俺は展望車にいたり、車内を動き回ったりしていましたし、そもそも『あそ1962』側の座席ではなかったので、知らなかったのです)これが、最初にアテンダントさんが言っていた、「熊本駅までご乗車のお客様には、サプライズなプレゼントがあるかもしれません」という意味深な言葉の答えですね。どちらかが遅れていた場合、もう片方が徐行運転をしたりして、この、観光列車同士でメッセージを送り合う併走運転を実現しているようです。なんと粋なことをしてくれるJR九州!こういう、遊び心満載のJR九州、大好きです! ↓17:21こうして、今回の旅のメインイベント、『SL人吉』の旅は終わりました。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。人吉駅に戻ってくると、『SL人吉』はもう入線していました。とりあえず、中に入って、自分の席に荷物を置きました。ただ、俺の席というのが、先頭の3号車の一番前の通路側、しかも進行方向とは逆向きの席。一番人気がなさそうな席です。というわけで、この席には荷物だけ置いて、あとは車内探検です。まずは、先頭、3号車の展望ラウンジ。熊本行きの場合、目の前に機関車のお尻がデデンとあるので、展望は全くダメです(汗)続いて、3号車の室内。3号車の2号車寄りのデッキには、ミニSLライブラリーがあります。2号車の3号車寄りにビュッフェがあり、軽食やSL人吉グッズなどが売っています。ビュッフェの向かい側にテーブルがあり、スタンプなどが置いてあります。あとで車掌さんからもらった記念乗車証に、スタンプを押しました。続きまして、2号車の室内。2号車だけではないのですが、革張りの座席と、布張りの座席があります。続きまして、最後尾の1号車。2号車寄りのデッキに、ミニSLミュージアムがあります。暖簾をくぐりまして、1号車の室内です。そして、最後尾の展望ラウンジです。子供用の椅子もあります。俺、ほとんどの時間、この1号車展望ラウンジにいました。ここまで、3号車から1号車までの室内をお見せしましたが、使用している木材の色が、3号車が暗くて、1号車が明るい感じがしませんか?これは、3号車が明治、2号車が大正、1号車が昭和をイメージしているんだそうです。明治って、暗いんだろうか……(汗)続きまして、外観です。最後尾を見ると、こんな感じです。客車の側面を見ていきましょう。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。滞在時間はたった8分間でしたが、いちおう写真も撮ったし、おかどめ幸福駅から帰ります。14:04発 ↓くま川鉄道湯前線・臨時観光列車『KUMA』 人吉温泉行(撮影:おかどめ幸福駅)KT100形・KT200形 ↓2009年4月1日に運行開始した、土日祝日限定、1日1往復運転の、観光列車『KUMA』です。同じく土日祝日を中心に運行されている『SL人吉』と、人吉駅でうまく乗り継ぎができるようなダイヤになっています。人吉温泉側が、KT100形「KUMA-2」で、車内はセミクロスシートです。湯前側が、KT200形「KUMA-1」で、ロングシートです。壁には球磨地方の植物のアクリル封入標本が飾られ、インテリアになっています。木のぬくもりのある車内は、JR九州の列車に多いのですが、それもそのはず、JR九州の列車のデザインを数多く手がけている、水戸岡鋭治さんがデザインして改造された車両です。おかどめ幸福駅は無人駅ですので、車内で車掌さんから切符を買います。久しぶりに見た。このタイプの切符。実家の方のえちぜん鉄道も、車内でアテンダントのおねいさんから買うと、このタイプですが、最近は有人の福井駅で切符を買って乗りますし、しかも1日フリーきっぷですから、無人駅から乗っても、アテンダントさんから買うことがないんですよね。ちなみにこの『KUMA』は、別料金も予約も不要で、普通運賃だけで乗れます。「KUMA-1」は、球磨地方で人気のある椿のマーク。「KUMA-2」は、球磨地方の郷土玩具・きじ馬のマーク。第3セクターのローカル線ですが、こうして改造した観光列車を走らせて、がんばっています。やっぱりローカル線が生き残るためには、このように観光列車を走らせたり、えちぜん鉄道のようにアテンダントのおねいさんを乗せたりと、いろんな努力をしないといけないんですよね。逆に言うと、ローカル線に乗ると、都会の列車に較べ、意外と面白い列車に乗れたりします。 ↓14:26着こうして、人吉温泉駅に戻ってきました。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。12:56、人吉駅に到着しました。駅前にはからくり時計があって、3月から10月は、9、10、12、13、14、15、17、18時の8回、11月から2月は、18時の回を除く7回、からくりが作動します。ちょうど13時だったので、このからくりを見ることができました。お城の下では、球磨地方に伝わる臼太鼓踊り。その上(駅舎側の窓)では、その音に誘われて、殿様が庄屋どんに扮して、城下見学に行きます。次に、駅舎から見て左側の窓が開き、殿様が人吉温泉に入っています。次に開く窓は、反対側に回りまして、相良乙女と球磨焼酎を呑む殿様。最後に、駅舎とは反対側の窓が開き、お城に戻ってきて、扇子を持ったご満悦の殿様が出てくるはずなんですが……あれ? 1番目と同じ殿様……(汗)元々のは修理中なのかな?……まあいいや。『しんぺい2号』に乗ってきた乗客は、その多くが、14:39発の『SL人吉』に乗って熊本方面へ行くんですが、乗り換え時間が1時間43分あります。その間に人吉観光をしてもいいのですが、俺は別の所へ行きます。JR人吉駅に隣接して、くま川鉄道人吉温泉駅があります。くま川鉄道は第3セクターですが、元々は国鉄湯前(ゆのまえ)線で、人吉駅と人吉温泉駅は一つの駅だったので、改札を通らずに乗り換えができます。JRは1~3番線、くま川鉄道は4、5番線です。「人吉温泉駅」という駅名になったのは、2009年4月1日からで、それまでは同じ人吉駅でした。人吉駅側の駅前は賑わっていますが、人吉温泉駅側は崖になっていて、縄文時代の墓、国指定史跡・大村横穴群があります。くま川鉄道は駅名にネーミングライツを導入していて、現在、人吉温泉駅は「神城文化の森人吉温泉駅」と、公式HP上では表記されています。くま川鉄道で、ちょっとだけ寄り道をします。おかどめ幸福駅まで行ってきます。券売機で買った切符(360円)。ホーム上の有人券売所では……「幸福への切符」として発売されます。(写真は以前行った時に買ったもの)俺が乗る列車が入線してきました。KT100形車内はセミクロスシートです。押し花の作品が飾られていました。そして、発車するのかと思っていたら、KT200形を、頭にもう一両、連結しました。数人しか乗ってないのに、わざわざ増結する必要あるのか?(汗)KT200形は、ロングシート。1両編成だとワンマン運転ですが、2両編成だと車掌さんが乗務します。ではいよいよ発車です。13:34発 ↓くま川鉄道湯前線・普通 湯前行(撮影:人吉温泉駅)くま川鉄道KT200形・KT100形 ↓人吉盆地の田園地帯を走ります。途中、何かカッコいい駅がありました。一武(いちぶ)駅です。 ↓13:56着こうしておかどめ幸福駅に到着しました。無人駅なので、降りてから車掌さんに切符を渡します。幸せが鈴なりに訪れるようにと、鈴が付いています。絵馬も奉納してあります。駅前には大きな絵馬が。「幸福ゆきPOST」というのもあります。「おかどめ幸福駅」の駅名の由来は……日本の創造神である伊邪那岐(いざなき)、伊邪那美(いざなみ)を祀ってある、岡留熊野座(おかどめくまのざ)神社がこの近くにあり、蒙古襲来の弘安の役(1281年)の時、この地方の相良氏が出陣し、この神社で勝利を祈願したところ、神風が吹いて日本が勝ったので、それ以来、幸福を呼ぶ神社となったので、その神社から取ったのだそうです。このおかどめ幸福駅も、ネーミングライツで、「ファッションハウスクローバーおかどめ幸福駅」という副名称が付けられています。現在くま川鉄道で、ネーミングライツにより副名称が付いている駅は、神城文化の森人吉温泉駅、ファッションハウスクローバーおかどめ幸福駅の他に、ラフティングストーンズ川村駅があります。車内アナウンスでは、副名称を一度だけ呼んだ後、企業名を省いた正式名称で呼びます。「次は、ファッションハウスクローバーおかどめ幸福駅、おかどめ幸福駅です」のような感じです。おかどめ幸福駅は、第3セクター化してくま川鉄道が発足した、1989年10月1日に新設された駅で、けっこう新しい駅です。続きは次に書きます。
2010年12月04日
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続きです。11:42発 ↓肥薩線・観光列車『しんぺい2号』 人吉行(撮影:吉松駅)キハ47形・キハ140形 ↓下りは『いさぶろう』、上りは『しんぺい』と、名前を変えて運行されています。まあ、中身は一緒です。横向きの展望席は、『はやとの風』と同じく、下までガラス張りになっています。今まで、下りの『いさぶろう』ばかりで、上りの『しんぺい』に乗ったことはないんですが、この列車については、今までに何回も乗っていて、過去にも書いています。というわけで、説明等は大幅に端折ります(汗)俺は指定席を買っていたんですが、4人掛けのクロスシートで、他の3人は、30代くらいの男女混合(男1・女2)のグループでした。でもどうやら、その3人は、この列車が人気列車であることすら知らなかったようです。俺は駅に着く度に下車するので邪魔になりますし、何度も通っている路線なので、男性に窓側の席を譲りました。というわけで、そのグループとお話ししながらの旅になりました。まあ、ほとんどが、俺が肥薩線の魅力を語っていたんですが(汗)11:55、真幸駅に到着。ホーム上にある「幸せの鐘」。山津波でホームに流れてきた岩石。もちろん、ホームの端に行って、スイッチバックを撮影。列車の到着に合わせて、ひょっとこが踊ってました(汗)12:00、矢岳駅を出発。スイッチバックして、山を登っていきます。今までいた真幸駅が真下に見え、地元の人たちが手を振って見送ってくれました。さて、ここからしばらく行くと、矢岳越えです。このポイントは、北海道の狩勝峠、長野県の姨捨駅とともに、日本三大車窓のひとつとなっていて、列車は徐行運転をします。今まで、何度も通っているのですが、雨が降っていたりで、なかなか、いい景色を拝んだことがありません。この日もそれほどいい天気ではなかったのですが、いちおう、今までよりは、まだマシな景色でした。向こうの霧島連山が、見えないんですよね……12:19、矢岳駅に到着。これは、ホームにある湧水盆です。駅の隣にあるSL展示館にも行きました。ここに展示してあるSLは、D51(デゴイチ)です。このSL展示館、向かって右側にスペースがありますが、昔は、ここにも小型のSLが静態保存されていました。それはどこへ行ったかと言いますと……現在、『SL人吉』として走っています。『SL人吉』については、もう少し後に出てきます。12:24、矢岳駅発車。次はいよいよ、日本で唯一、ループの中にスイッチバックがある、大畑ループです。やがて右手下方に、大畑駅とスイッチバックが見えてきました。ここでも列車は徐行運転をします。ループをぐるっと回り、スイッチバックして、12:41、バックで大畑駅に到着しました。もちろん、スイッチバックも撮影。ちなみに、ホーム上にある湧水盆ですが……水が湧いてました(汗)数年前までは、水は流れてなかったんですが、観光用に水道を復活させたんですかね?肥薩線が有名になるにつれて、訪れる観光客は増えているようですが、だからといって、あんまりこういう演出はしないでおいてほしいんですが……12:44、大畑駅を発車しました。 ↓12:56着こうして、『しんぺい2号』の旅を終えました。続きは次に書きます。
2010年12月04日
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