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昨年も晦日に“とはず”の1年を振り返ったもんだ今年も、それにならって、この1年の“とはず”を振り返って見るかのう・・・“とはず”の単なる備忘録だから・・・お忙しい方は、どんぞスルーして下せーましね (*^-^) 昨年の11月に鬼隠れをしてから、更新ペースはグッと落ち込んだ2年目までは100%更新だったが、昨年は67%気力が失せたと言うより過去日記が埋もれていくのがカナシクテ新しく日記件数を重ねていくのに、抵抗感をもっちまったからだこの辺に付いては昨年の日記でクドクドほざいておりまするその時、来年の抱負として、こんな風に記していた『更に大事にぽっつらと・・・更に思いを込めてゆるりと・・・語り続けていけたらと・・・』で、そのとおりの“とはず”となりましたん吾ながら感心(笑)したのが・・・日記一覧リストで、この1年の日記が確認できる事だ一覧は100件表示だからのう (*^-^)今年は、この日記を含めて89件だったんやなぁ・・・記入率はそれでも51.4%2年前までの100%更新がきいてるのう・・・(*_*)ピヨピヨ更新を控えた分、皆様からはかえって中味の濃い有難いコメントを頂けるようになりましたんそこから吾は、多くの気付き・学び、パワーを頂きましたんコメント一つ一つが、今年も弥々にとって1番の宝でありまするもう辞めようと思いながら1年半・・・今年もこうしてこの“とはず”から日記が更新できること・・・それは、皆様からのコメントあってのことでしたん弥々のつまらん独り言に、温かいお気持ちをお寄せ頂いたことただただ、ここに頭を垂れて深謝イタシマスル今年は、別館ブログを充実させたおかげで完全に公式とプライベートネタを分けられるようになったので“とはず”での日記を、いたずらに増やさないですみましたんそうして、別館“とばす”でも新たなご縁が拡がった事も、今年のうれしい出来事でしたん♪更に、2年目に突入の語りBar にも、今年はより多くの方々が閲覧下さいましたぁ♪ひとへに、日記やらトップ欄やらでご紹介頂いたV.I.P様のおかげですねんそのご紹介がきっかけで、今年もこの“とはず”を発信源にソロライブが出来た事・・・弥々にとっては、生涯忘れられない貴重なひと時となりましたんでらうまで産声をあげた“とはず”のソロライブ今年も途絶えることなくとんがらしに繋げられた事・・・弥々にとっては、なんとも有難く、勿体無いほどであり・・・今年1年のメインイベントとなりましたんきっかけを与えてくだすったblue rose2792さん導いてくだすった筍センセには、感謝しきれない思いで一杯でありまする皆様にも、温かく見守ってくだすったことに改めて、この場から頭を垂れまする・・・ありがとうございましたん 一覧を眺めながら・・・そうそう、思い出すのは紅白でブーム再燃の『千風』やのう・・・この日記は、楽天外のゲスト様から、リクエストを頂いたのが、きっかけだったそこから、更に新たなゲスト様から反応があり違う訳詩でのリクエストを頂き、“とはず”オリジナルバージョンとして『 千の風 once more 』が生まれた知名度と言うか、ブームと言うか・・・今また年末になり『千風』へのアクセスが集中してまするこの1年では『千風』へのコメント数が、トップであったなぁ・・・で、語りBarでも『千風』へのカウンターは幾編も綴った『朝の詩』に次いで、現在459と2位であり・・・ゲスト様のリクエストに応えて語ったオリジナル『 千の風 once more 』も見知らぬ誰かさんの胸に届くとええなぁ・・・語りと言えば・・・3月には、新たな試みを思いつき・・・日記更新は、1週間単位であったが内容を毎日入れ替えて、5週間にわたり毎朝、1篇の詩を語り続けたのも吾にとっては、この1年の確かな足跡でありまするメモリーの関係で、リクエスト頂いた詩以外は削除してしまった事が今は、悔やまれてならない・・・一つ一つの詩には、作者の思いが込められておったのだから・・・申し訳ないことしたのう・・・こうして振り返って見ると・・・何でもかんでも書きなぐって100%更新していた当初よりだいぶ、語り手ブログらしくなったかのう (*^-^)今年は、語り日記の更新が、多い事に気付く・・・1年間で生まれた語りは16作品特に、吾にとっては忘れられない作品となったのが今年最初の語り日記『郷愁』である今思えば・・・この日記が、今年1年の“とはず”の鍵であったなぁ・・・語り日記に付いては、まだまだしたためておきたい事が山ほどあるからそれはまた、別の機会に、ぽっつらと・・・そうそう、“とはず”には語り日記に並ぶ看板カテゴリ『葬儀日誌 』と 『ブライダル日誌』がありまする今年は、あまり更新できなかったがそれでも、この日記では多くの方々にご意見を頂き吾は、改めて自分のなすべき道標を頂いた様な気持ちで一杯でしたん♪シミジミ、ブログやっててよかったなぁと思いましたん来年は、もちっと葬儀・ブライダル日誌も更新していけたらええなぁ・・・さてさて、来年はブログ開設3周年を迎えるか・・・そうさのう・・・益々、更新頻度は少なくなっていくとは思うが・・・それでもこのご縁を失いたくないから・・・また来る年も、ぽっつらと・・・誰が聞こうが聞くまいが・・・心のままに、思いのままに・・・ぽっつら語り続けていけたらと・・・とりとめもなく思いながら・・・2007年、納めのとはず日記をここに、おきまする皆々様、今年もどうもありがとうそれでは、また来る年に・・・ゴキゲンヨウ♪ (*^-^)【画:とはずおかかえアーティストmac玉】 記:2007.12.30 16:50:212006年の12月30日は2006納めのとはず音声ブログ【弥々*語りBar】では、語り日記公開中!別館gooブログ編【とばす語り】は弥々家の日記公開中! どんぞお気軽に、お立ち寄り下せーまし
2007.12.30
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キャンドルナイトのイブですねん♪あれもこれもと物価高騰の折・・・なんとも世知辛い師走でありまして・・・弥々家のイブは、緊縮家計でシブチンなり ( ̄∇ ̄;) ハッハッハッそいでもHOTなメリクリ~♪ご一緒しませぬか?下記画像クリックで、メリクリ~♪【画像提供:blue rose2792さん】2007年も、あと1週間やねぇ・・・記:2007.12.24 22:12:212006年の12月22日は 700日を数えて・・・音声ブログ【弥々*語りBar】では、語り日記公開中!別館gooブログ編【とばす語り】は弥々家の日記公開中! どんぞお気軽に、お立ち寄り下せーまし
2007.12.24
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9月以来、久し振りにしたためよう・・・と、言っても今回は、故人の話ではなく突飛な住職のお話でありまする天台宗の住職でしたんもの凄いお道具の数々・・・経本は勿論ハスの花の形をした蝋燭、宝石の粒、金のお盆、花びら、ほら貝朱の大きな番傘(重い)2対、笹竹4本・・・まだ何かあったが・・・思い出せないほどあれやこれやを式場内にセッテイングする為そりゃもう、開式前はオオワラワ (>__
2007.12.16
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去年の12.8は・・・今年は、沖縄県出身の歌手Coccoを取り上げジョン・レノンに黙祷しまっす毎日新聞に連載されてから、大反響を呼び読者からの熱い思いに応えて、発行された『想い事。』内容に付いては、こちらのブログ→ricoblog!に掲載記事がありまする本屋でちら見したら・・・ある頁で、金縛りにあうほどの衝撃を受けたこれだ・・・吾が、思ってたこと・・・伝えたかったこと・・・これまで、語りたくても自分の言葉が見つからないままであった・・・だが、探し求めていた言の葉が、ここにあった・・・もはや、この言の葉を知ってしまっては尚一層、自分の言葉が紡ぎだせず・・・だから、彼女の言の葉を、大事に語っておきませう (*^-^)≪ 興味をお寄せ頂ける方は語りBarへと、下記画像をクリックでどんぞ~♪ ≫【画像提供:blue rose2792さん】記:2007.12.08 00:01:212006年の12月8日は、 『12.8 のimagine 』(語り23)音声ブログ【弥々*語りBar】では、語り日記公開中!別館gooブログ編【とばす語り】は弥々家の日記公開中! どんぞお気軽に、お立ち寄り下せーまし
2007.12.08
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11月28日配信の産経新聞 の記事に目がとまる高度経済成長期に「金の卵」と呼ばれ地方から上京して集団就職した若者たちの“駆け込み寺”となった施設「根っこの家」(埼玉県川越市)が存亡の危機にさらされている。所有する財団法人「根っこの家」(加藤日出男理事長)が財政難に陥っているためだ。同法人は、主催してきた国際学習の船旅「洋上大学」で平成15年の新型肺炎(SARS)騒動の影響から大量のキャンセルを出して以来、財政難が続いた。今年の洋上大学で、根っこの家を担保にして用船料の一部の支払いを先延ばしにしたが12月28日までに未払い金約4400万円を船舶会社に支払わなければ根っこの家が競売にかけられる可能性が高いという。加藤理事長は「心の故郷をなくすわけにはいかない命に代えてでも、この家を守りたい」と支援の寄付を募っている。 根っこの家が建てられたのは高度成長期の昭和36年4月。工場や商店街は労働力を求め、地方の少年少女は「金の卵」と呼ばれた。親元を離れ、就職列車に揺られてきた若者たちは大都会の孤独と直面しながらも、身を粉にして働いた。加藤理事長は、そんな若者を「金の卵」ではなく重しの下で漬物にされたり、刺し身のつまになったりする大根に例えて「根っこ」と呼んだ。根っこの家では約20年間、若者が稼いだお金で両親を東京に呼びバスで観光名所をめぐったり、根っこの家で自炊したりするツアー「東京だよ お父さんお母さん」を行ってきた。地方は貧しく、断腸の思いで子供を都会に就職させた親たちは再会にとても喜んでいた。親子は肩を並べて故郷の民謡を歌い、ともに涙を流したという。川越市のプラスチック金型・成形工場を営む62歳の菅原さんは、昭和35年、15歳のときに秋田県大館市から就職列車に乗った。バイクの部品工場で朝から深夜まで働き6畳一間に5人で寝泊まりする生活を続けた。「秋田に帰りたいけど、帰れない。先が見えなくて、惰性で働くようになった」3つ目の職場で働いていた39年、報道で知った根っこの家を訪ねた。自分と同じように地方から集団就職した若者たちと出会い「自分だけがつらいと思っていたことの愚かさを知った。みんなと励まし合い、前向きになれたと言う。そうして金型技術を身につけながらお金をため48年には、自分の工場を立ち上げたのだ。新潟県出身の妻と出会ったのも根っこの家だった。「自分の幸せがあるのは根っこの家のおかげだ」と・・・そんな菅原さんの今日までの日々を、師走のこの時期に語っておこういつものように語り音声は、下記画像をクリックでどんぞ~♪ 加藤理事長は「根っこたちは踏まれても踏まれても、懸命に花を咲かせた。その生き方を見てきたわれわれだからこの逆境にあきらめるわけにはいかんのです」と話している。* 寄付金の問い合わせは根っこの家 TEL 049・222・2759 【根っこの家】秋田市出身の加藤日出男さんが1953年(昭和28年)東京の片隅で働く孤独な農村出の若者たちとの出会いをきっかけに世田谷で旗揚げした。その後、昭和36年4月、地方から集団就職してきた若者たちの「駆け込み寺」「交流の場」として、埼玉県川越市に施設を建設。「美しい花を見て、根っこを思う人は少ない。東京にこうした根っこは何10万といる」と、語り合いや勉強の集いから始まり、60年代には3万2000人の若者の会に発展。メンバーには、集団就職者だった森進一(歌手)らもいた。会員同士の結婚は3000組を超え、新しい世代にも運動は引き継がれている記:2007.12.01 17:53:212006年の12月1日は『月ひとつ、祈りひとつ 』 (語り22)音声ブログ【弥々*語りBar】では、語り日記公開中!別館gooブログ編【とばす語り】は弥々家の日記公開中! どんぞお気軽に、お立ち寄り下せーまし
2007.12.01
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