2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全6件 (6件中 1-6件目)
1

銀座三丁目のNiche Galleryで上田暁子(あきこ)個展「絵空事から生えるあし」開催中。明日2月1日が最終日で、午後4時まで。上田さんの作品は平成25年3月の個展で「冬毛の上」という小品を購入した。人物の影が躍動する具象幻想。そこに、色彩乱舞の抽象が適度にからむ。いいセンスをしている。上田作品を初めて見たのは平成23年3月のVOCA展。そのときのぼくのブログ評にいわく:≪◆ 上田暁子(あきこ)「あふれて入口、あふれて出口」 「とある熱を通り抜ける」ヌードも電車もないけれど、ぼくの好きなポール・デルヴォーを感じてしまった。絵がコンコンと脳のドアをノックして、ストーリーを紡ごうよぉと誘う。暗い紺色や焦げ茶が基調をつくっているが、光はあくまで鮮明な白で、闇に囲まれたなかで色あざやかなモノたちが自分の存在を存分に主張する。≫うん、いいじゃないか。いま読んでも、はずれてないな。今回の個展の作品を見ていこう。まずは個展標題作から。上田暁子「絵空事から生えるあし」パネル2枚をつかった大型作品。これは作家から物語を聞きたいものだ。そこに美しく乱舞する影少女たちが、ぼくは好きだ。上田暁子「絵空事から生えるあし」部分とくに左上の影少女が好きだな。さて、もうひとつの大作「生れようか」。上田暁子「生れようか」絵の上部の光の少女をご覧ください。上田暁子「生れようか」部分さて、気になった小品もご紹介します。上田暁子「知り過ぎた青虫」これまたどんなストーリーが隠れているのか。作家から謎解きを聞きたいところだ。謎解き全部ではなく、ヒントを少しくらい。上田暁子「秘密を迎えに来る羽」これも光と闇の配合のセンスがいい。画筆の勢いが爽快だ。影少女は、何をしてるところかな。上田暁子「ヤーチャイカ」この絵の配色と勢い、好き。売れていなかったら、買ったと思う。“ヤー チャイカ”はロシア語で「わたしはカモメ」。ソ連の女性宇宙飛行士テレシコワさんの詩的なつぶやきとばかり思っていたら、じつはテレシコワ飛行士のコールサインがチャイカ(カモメ)だったから「こちらカモメ」と自然体で無線連絡しただけのことらしい。*Niche Galleryの主宰・西村冨彌さんによれば、上田暁子さんのことは大原美術館館長の高階秀爾さんも高く評価なさって作品を買い上げており(大原コレクションの最年少作家)、同美術館で上田さんは滞在制作も行った。上田さんはしばらくパリで修行して戻って来たのだけど、今度はチェコに行ってさらに美術の世界を深めるそうだ。上田さん、ご活躍を! そのうちまた作品を買わせていただきます。
Jan 31, 2015
コメント(0)
以下の時事評論は、1月21日7時に「国際派時事コラム」として配信したものです。無料配信の読者登録は、こちらでどうぞ:http://archive.mag2.com/0000063858/index.html 伊藤忠商事がタイ財閥CPグループと折半出資で共同投資会社CTB 社をつくり、このCTB社が中国の国有企業CITIC社(香港上場企業)に合計で1兆2千億円を投入する。 2段階に分けて実施し、順調に今年の10月に完了した暁には、CTB社がCITIC社の20%株主になる。(この「20%」という数字が非常に重要で、のちほど解説する。) この取引について分析してみたい。参考としたのは伊藤忠が1月20日に発表した公開情報のみである:<ニュースリリース>http://www.itochu.co.jp/ja/news/files/2015/pdf/news_150120.pdf<図解説明資料>http://www.itochu.co.jp/ja/news/files/2015/pdf/ITC150120_presentation_j.pdf<より詳しい資料>http://www.itochu.co.jp/ja/news/files/2015/pdf/ITC150120_2_j.pdf■ 伊藤忠の景色が変わる ■ 伊藤忠の資料によればCITIC社は、2013年度の連結純利益が7,300億円の会社である。少なくともこの収益水準は最低限維持されると考えれば、20%株主である合弁投資会社CTB社の持分収益は7,300億円の20%で 1,460億円である。 伊藤忠は CTB 社の50%株主だから、1,460億円の50%である730億円が伊藤忠分の持分収益となる。 伊藤忠がCITIC社へ投じた6,000億円は銀行借入だから、金利がコストとなる。投資を管理し、さらなる事業展開を図るための営業コストもある。その他、関連する税金もコストとなる。 730億円から、それらのコストを税後ベースで差し引いたものが、伊藤忠の連結純利益の純増分となる。 伊藤忠のこれまでの収益規模は平成26年3月期で3,100億円(連結当期純利益)だから、CITIC社からの莫大な持分収益は会社の景色を変えるほどのインパクトがある。■ 持分収益と配当金の違い ■ ところで、先ほど「730億円が伊藤忠分の持分収益となる」と書いたが、伊藤忠は730億円のキャッシュをCITIC社から払ってもらえるのだろうか。 そうではない。実際に払ってもらえる配当金は、CITICの過去の実績に基づけばその約20%の150億円ほどである。 あれ? ビジネスマンならふつうに知っているが一般のかたは あまり知らないことを、ひとつ解説しておこう。 実業界には会計上のルールがある。 A社がB社に20%以上出資したとき、A社はB社の純利益に出資比率を掛けた金額を自動的にA社の収益として帳簿に記すことができる。たとえB社から1円の配当も受けていなくても。こういう関係を「B社はA社の持分法適用会社である」という。 CITIC社はCTB社の持分法適用会社であり、CTB社は伊藤忠の持分法適用会社だ。だから、CITIC 社の連結純利益に伊藤忠の出資比率を掛けた金額を、伊藤忠は自動的に伊藤忠の持分収益として帳簿に記すことができる。 いっぽう、もしA社がB社に出資した比率が20%未満だったら、A社が計上できる収益はB社からの配当金のキャッシュ額のみとなる。■ CITIC社の配当性向は20% ■ 伊藤忠にCITIC社からどのくらいキャッシュが入ってくるかは、CITIC社の「配当性向」によって決まる。 さきほど掲げた伊藤忠の発表資料に、CITIC社の最近3年間の1株当たり当期連結純利益と 1株あたり配当金の金額が出ている。配当金を連結当期純利益で割ったものが配当性向。 資料に基づき計算すると、平成23年末が17.8%、24年末が23.6%、25年末が18.0%だ。 配当性向をざっくり20%とすれば、CITIC社は収益の20%をキャッシュとして中国政府や機関投資家、伊藤忠などの株主に還元し、収益の80%は再投資に回しているということになる。 これは、事業展開が成功して株価アップにつながれば、好循環といえる。逆に振れれば、伊藤忠にとっては巨額の投資金が中国で塩漬けになるということ。■ 投資回収の早道は?■ おさらいすると、伊藤忠が投じる6,000億円は、さっそく大きな会計上の利益を生み始めるものの、実際の投資回収は遅々としたものとなる。 保守的な計算によれば伊藤忠の持分収益は730億円で、そのうち配当金としてキャッシュで受け取るのは150億円のみ。差額の580億円はまったくの帳簿上の利益であり、伊藤忠の帳簿上でCITIC社の簿価がどんどん積み上がっていく。財務担当者は頭が痛かろう。 伊藤忠とタイ財閥の共同投資会社CTB社は20%以上の出資比率を維持し続けなければならない。CITIC 社の株を売るわけにはいかない。 なぜなら、もしCTB社からCITIC社への出資比率が20%未満となると、会計上のルールにより、収益認識できるのが配当金のキャッシュのみとなってしまうからだ。CTB社の会計上の収益が激減する。それは何としても避ける必要がある。 では伊藤忠が投資を回収する手っ取り早い道は何か。わたしの読みは、CTB 社の株の一部をプレミアムつきで売ることだ。伊藤忠は共同投資会社CTB社の株を50%所有するが、そのうち20~25%分を他社に売ってキャッシュを得ればよい。 うまく売却先が見つかればよいが。■ 中国政府のさじ加減 ■ 会計上の収益とキャッシュ収益の差が大きいことに驚いた方もおられようが、決して伊藤忠が特殊なことをしているわけではない。普通の投資行為である。どうか誤解なきよう。 CITIC 社は現状77.9%が中国政府(財政部)の出資であり、伊藤忠・タイ財閥の出資参画後も中国政府はCITIC社に対して62.3%の出資比率だ。すべては中国政府の掌の上。CITIC 社の配当性向は、中国政府のさじ加減ひとつとなる。 中国政府とのこのような接点は、伊藤忠の強みともなろうし、局面によっては弱みとなる。後者とならねばよいがと願うばかりである。 中国特有の風土からくるコンプライアンス上のトラブルに巻き込まれなければよいがと、これまた祈るばかりだ。 本篇はあくまで分析と解説であり、批判を目的としたものではない。ご意見やご指摘をいただければ謙虚に拝読したい。 配信コラム主宰・泉ユキヲのアドレスは t-izumi@f5.dion.ne.jp
Jan 22, 2015
コメント(0)
イスラム風刺の漫画についてだが、わたしが見たいのはイエス・キリストや諸聖人、教皇をはじめとする教会幹部、あるいはプロテスタント教会組織たとえば「エホバの証人」のような団体を痛烈におちょくり、けなし、それらを国民性に結び付けてあざけった漫画である。それを西欧人の本流のひとたちは、ちゃんと歓呼の声で受け入れるのでしょうね?アイルランドやイタリア、スペインで、カトリック教会をぼこぼこに批判し、「だからこの国はダメなんだ」と主張する漫画を1面に大きくあしらったタブロイド紙が堂々と売られ、道行く人たちが嬉々としてそれを買う光景を見せてくれたなら、JE SUIS CHARLIE(わたしはシャルリ)も信用できる。テロが絶対に許せないのは当然として、そういう自問が西欧社会の主流の人々のなかにあるのだろうか。
Jan 21, 2015
コメント(1)
12年前に出た未来予測と提言。12年を経て、地方創生が説かれる今だからこそ、政治家・官僚や社会評論者にも広く読んでもらいたい本。外国人労働者を大量に入れて人工減少を食い止めましょうなどという依然健在の愚論は、はなから切って捨てている。人間の幸福とは何かという問いを軸にしていて、すがすがしい。松谷明彦・藤正 巖 著『人口減少社会の設計 幸福な未来への経済学』(中公新書、平成14年刊)前半の経済分析では、日本企業の「売上高至上主義」をしきりと嘆く。この辺りは、12年経ってみて世の中が変わったことを実感する。今や当期純利益を争い、プロジェクトごとに投資効率を問うことが普通の姿になった。本書を読むと、日本で長年言われてきた他国と比較しての「労働生産性の低さ」という問題も、利益額でなく売上高至上の経済が招いたものだ。国際比較における労働生産性は、1人あたりの利益額(=所得額に通じる)で決まるものだから。かつての売上高至上主義の理由は、日本企業が資金調達を株式市場からでなく銀行借入に頼ったからだと指摘している。銀行としては、貸付残高を増やし、できるだけ高い金利で貸したい。利益率が低い企業への貸付は金利を高めにできるし、投資効率が悪くても生産規模を拡大し経営多角化をしてくれれば貸付残高が増やせる。なるほど、株価の上昇を望む株主とは異なる視点だ。≪縮小経済における自由競争とは、自分の企業をいかに適切にスリム化できるかという競争である。≫(110頁)というくだりは、12年前にはビックリするような指摘だったろう。今となってみると、「多角化から本業回帰してM&Aで規模拡大」というのが目下のトレンドと思う。本書の「幸福」の便宜的定義は、「労働時間あたりの所得が多いこと」→「余暇のための時間が多いこと」。妥当だが、両項が矢印でつながらないことが多いのが現実かな。日本的経営は戦中戦後をひきずり、「賃金水準を抑えつつ雇用数を増やすこと」を至上価値にしてしまった。人口減少社会は、それを変える好機だと本書は説く。≪人口の将来推計をしてみると、高齢化率はやがて30%に近くなってそれ以上あまり高くはならない。2030年以降の日本がこれにあたると予測される≫(115頁)という指摘など、将来予測の前提としてよく認識しておくべきところだ。際限なく老人の率が増加するわけではない。高齢死亡者が生まれる子供よりもどんどん多くなる社会ということ。医療費についても、自費診療・混合診療が増えて、市場の見えざる手が医療の生産性を向上させ、医療費削減の動向が生じるだろうと予測している。さらに、拡大した自由医療市場は世界へ向けて開かれようと。その方向に少しずつだが確実に向かいつつあることを実感する。3大都市圏(首都圏、名古屋、京阪神)以外の地域の安定的所得源として「農業」を挙げているのも新鮮で、かつ今日あらためて正論だなという思いがする。農業といっても、農業生産だけではなく、≪農業を核とし、農機具・農業装置の製造業、培土・肥料・農薬等の化学産業、食品加工業などの関連産業を有機的に組み合わせた重層構造の産業群≫(164頁)である。日本の地方都市の中心部に人通りのない「シャッター通り」が増えるのも、都市設計の思想が古いからなのだろう。193~200頁に紹介されるイギリスの地方都市の様子は、成熟社会の姿として示唆に富む。≪どのような町でも日中にきわめて人が多い≫理由は、・街の中央に歩行者天国(pedestrian zone)があり、歩行者以外はバスや郵便車などの公共の車だけしか入れないようになっており、ベンチが街のあちこちにある。・車椅子やシニアカー(電気駆動の四輪車)に乗ったひとたちも多い。・街の中心に多くの公共施設が存在し、それを歩行者天国が結んでいる。図書館が目抜き通りにある。大学も街の中心部にある。大学の多くは≪日本でいえば短大にあたるような、何々カレッジと書かれた学校や、何々分校と書かれた有名大学の分校である。そこにはいわゆる生涯学習の場として College of Further Educationという標識が立っていたりする。≫そういう町が日本にもどんどん生まれれば、どんなにいいだろう。我々が抱くべき夢は、まだまだたんとあるではないか。それは、すばらしいことだ。本書では、地方の賑わいの場のイメージとして、大型の「道の駅」とその周辺に公民館や物販店、食堂、催し物会場、さらには場所によっては日帰り温泉、医療保健センター、在宅介護センターなども集まっているという事例を挙げている。日本の「道の駅」でそれができるのは、まさに「道の駅」として若干辺鄙な(=地価の安い)ところに、無料駐車場を核とした広がりだからだろう。本書では地価の問題については触れていないが、日本人の夢がけっきょく すくんでしまうのは、街の中心部の地価が分不相応に高いことにあるのではないか。いろんなことを考えさせてくれるいい本だ。
Jan 11, 2015
コメント(0)

新宿区大京町のThe Artcomplex Center of Tokyoの2階と地下1階の全展示スペースを使って、ACTアート大賞展2015が1月10日(土)午後6時まで開かれています(きょう9日は午後8時まで開館)。出展作家は116名(ウェブサイト上のリストを数えた)。1人で2点出している作家も多いので、少なくとも150点以上の作品が競っています。1月10日に最優秀賞1名、優秀賞8名、佳作15名の発表がありますが、そのまえに泉ユキヲ臨時審査員の審査結果を発表したいとおもいます。グランプリ賞はこれです:大倉なな「咀嚼音と平穏な日」(油彩、アクリル)圧倒的な、迫るちから。どこから来るのか。中央の、歯をむき出しにした男が、横たわる血まみれ人を殺したのか。ぼくなりの絵解きをすれば、歯むき出し男は横たわる人の死後の霊なのです。「ちょっとォ、見てくれよ。これ、オレだったんだぜ。ケッ! こんなになっちまってよ」歯むき出し男の背後に薄く浮かぶ女性は、霊界で歯むき出し男を迎える妻の霊です。赤、橙、黄、緑、青と色を限ることで、最高の舞台照明に支えられた演劇の一場面のような、劇的効果が生まれています。血まみれ人と歯むき出し男は油絵具の厚塗り、それ以外の部分は薄塗り。このメリハリも完成度が高く、これ以上は筆を加えさせないぞという凄み。“大倉なな”で検索しても、それらしい人物が出て来ない。「突然描いたらすごい絵でした」タイプの作家でしょうか。今後の修業を期待しています。(追記: わたしがシェル美術賞展で高く評価した松井靖果(しずか)さんが、このブログを見て Facebook に「女子美の短期大学部で1学年下の後輩でした」と書き込んでくれました。)準グランプリ賞はこちら:浦田健二「IDOL」(アルミ複合板、インクジェットプリント)完成度が飛びぬけている作品。地下1階を回ったときは、これがグランプリで決まりかなと思った。シャープな縦方向の切断線や、薄いフェルトペンのような落書き線などが、いいアクセントになっている。えてして、そういうデフォルメ作業を始めると、調子にのりすぎて作品がぐちょぐちょになることがあるが、浦田健二さんの場合、加減をしっかりと心得ていて、女の子はあくまでかわいい状態で残した。その辺のセンスもプロだ。パンダ絵師あごぱん「実力の激流 ~実力のある者しか登れない塔 そして龍になる~」(ボールペン、アクリル、パネルに水彩紙)あごぱんさんにはGallery TrinityとShonandai MY Galleryでお会いしてますが、「絵にやたらと文字を書き込みすぎだ。文字で気が散ってしまう。文字なしで勝負してくれ」と苦言を言い続けました。でも、パンダがひょうひょうと冒険する世界を極彩色で紡いでいく あごぱんワールドは好きです。辛辣な苦言は言うけど評価はしてるんだよと伝えたくて、あえて「文字を1文字も入れない作品を描いてね」と注文して描いてもらったことがあります。この「実力の激流」も、文字を画面に踊らすことなく極彩色のあごぱんワールドが炸裂。あごぱんさん、これだけの大作、初めてでは? 乾杯しましょう!出展は2連作でした。もう1点もご紹介しておきましょう。こちらは少し文字入り。まぁこれなら許容範囲です。パンダ絵師あごぱん「運だめしの激流 ~運のある者しか脱出できないカプセル そして龍になる~」(ボールペン、アクリル、パネルに水彩紙)さて、佳作の発表です:朴 東竜「檻」(キャンバス、油彩)iPhoneに閉じ込められた男。社会性あるテーマがわかりやすく、人物の顔の描き方も手なれていて、1月10日の審査発表でも高い評価が得られるでしょう。しかし、iPhoneを画面いっぱいに描いてしまったのは、ちょっと残念だったな。たとえばですよ、もしかりに、深い山奥の滝のそばにこのiPhoneが ふら~~っと浮遊していたとしたら、ほんとにもう「助けて~~ぇ。ここから出してくれ~」想像が広がって、ぞくっとするでしょうね。田中七星「近すぎて見にくいふたり」(墨汁、朱墨、白墨、修正液)インカの壁画のような(と安易な形容をしたらインカ人が怒って出てくるけど)神話的な「ふたり」。ここに林檎の断面を画面下部にもってきたのは、apple to apple の謂いでしょうか。林檎でがぜん、絵がおもしろくなりました。南 花奈「女王蜂」(紙、インク)作品を見て、「努力賞」あるいは「敢闘賞」という賞名が頭に浮かびました。蜂を描いたところで力尽きてしまったのが惜しまれます。この蜂がいったいどこにいるのか、それも描いてくれると想像が広がったのですが。細部を拡大してみましょう。南 花奈「女王蜂」部分(紙、インク)
Jan 9, 2015
コメント(0)

大みそかの門をくぐると、生まれ変わって朝になるそんな気分が大好きで、ことしも迎えたお正月わが家の玄関を飾る松山市の南雲(なうん)工房の伊予一刀彫 春には満を持しての「語学のコツ」本を大手の出版社から新書で出していただきます。インターネットをうまく使って学ぶ方法や、いろんな外国語に取り組んだエピソードなど、多彩な内容です。 これを何とか正月休みじゅうに仕上げて編集者にお渡しすべく、かなりなプレッシャーでしたが、目途がついたのでこうしてブログを書いている次第です。 昨年の夏は8人の仲間たちと朗読劇のミニ公演を行いました。演目は夏目漱石の小説『それから』をわたしが台本に仕立てたものでした。 ことしは芥川龍之介作品を取り上げたいと思っていますが、4月くらいまで「語学のコツ」本で忙しいので、やるとすれば秋ですね。銀座・京橋ないし神楽坂あたりの画廊でやってみたいものです。 さあ今年はどんなアートが待っているのでしょう。画家の皆さんとの出会いと再会、楽しみにしています。 うちは、上の娘がウェブデザイナー、下の娘も春から証券会社で働きはじめます。ひと安心。 下の娘は今夜からエジプトへ5日半の弾丸ツアーです。
Jan 3, 2015
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


