2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全20件 (20件中 1-20件目)
1
今日の午後、何やら宣伝カーかと思ったら、「こちらは仙台市の広報車です。この付近に熊が出ました。注意してください」とマイクで放送していた。地元仙台市泉区(仙台市北部)で、クマにリンゴ畑の樹を食い荒らされた。例年ならブナの実を食べるために山奥にいる時期なのに、今年はブナの実が不作だからだろう、というニュースを聞いたばかり。この団地(仙台市南西部)は、里山が近く、道路中央のグリーンベルトには芝生だけでなく、紅葉した街路樹も並んでいるから、自然と共生しているような錯覚はあるのだけれど……。だけどまさか、くま……?!先々週ぐらいに、回覧板で「熊が出ました! 親離れさせられた小熊らしいです。注意してください」というのがまわってきたけど、「ハクビシンの見間違いじゃないの?」という人も。でも今回は、ご近所の噂でも、「小熊が出たのはどうやら本当らしい」と目撃情報が。朝早く、餌を求めて里に紛れ込んだ小熊は民家の庭先の木に登った(というか追い詰められて)警察官が出動。「地域住民危険罪で現行犯タイホ」され、もっと西の柴田郡川崎町の山奥に放されました、とさ。。。いや~、こっちもびっくりしたけど、小熊は人間に取り囲まれてわいわい騒がれて棒で突つかれて、木から追い落とされてボテッとシートに落ちてくるまれて、グルグル巻きに縛られて、そのまま長時間クルマで連行されて、息は苦しいし、さぞ怖かったんじゃないかな。でもこれでもう人間にはこりたはず。自然界って厳しいよね。小さい子供でも、親離れさせられて、自分の力だけで餌を探さないと生きていけないんだから。小熊君、無事成長してくれるといいな。平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/本の虫ブログ http://blog.livedoor.jp/sinri_gaku/
2006年10月31日
まぁいきなりお下品ですわね? ごめんあそばせ~。――気取った奥様ふう―― これは、ちょっと重いテーマです。 アルツハイマーの患者さんは、記憶をとどめておくことができない。ついさっきのことすら思い出せない。私にも同じようなことがある。何かを取りに別の部屋に行ってから、 あれ? 何をしにここに来たんだっけ?とわからなくなることが往々にして、ある。(笑)私もアルツハイマーだったりしてね。(笑)「カーット!」(ここでロールプレイ終わり)差別とはこういう考えのことである。自分がそうではないのを知っているから、自己卑下できる。そこにはいやらしい優越感があるのだ。そういう人間と自分は一線を画しているということを暗に示している。自分自身を笑い者にしてウケを狙う人がやりがちなことである。そこでなんの屈託もなく笑う人たちも、自分たちも「そういう人たち」とは違うと差別しているわけで。たとえに挙げられた人間を傷つけるのに全員が協力していることになる。ほんとうのアルツハイマーの苦しみは、こんなものではない。同じ苦しみを味わっていたなら、絶対に口外できないと思う。昔宮崎努(字これでよかったかな?)の事件があったときも、北朝鮮の拉致がニュースになったときも、「私が宮崎努です」とネタにしたり、友達に強引に連れて行かれることを「拉致った/拉致られた」とたとえたり、トラウマも、ちょっとしたことでもトラウマになっていると言ったり、――その人たちにとって、しょせん、人の苦しみも、話を盛り上げるネタでしかないのかもしれない。無料メールマガジン、『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』をはじめたころ、「不安神経症になってとてもつらいです。 不安神経症(不安障害・ノイローゼ)の人をバカにしていたから、 こうなってしまったのでしょうか?」というメールをもらったことがある。不安神経症(不安障害・ノイローゼ)は、そんなことでなるものではない。ただ、誰でも――まともな神経をもっている人ならば――、悪条件が重なればかかる可能性があるだけだ。統合失調症の人も、今は脳内物質の分泌の異常とみなされているけれど、幻覚や妄想、させられ感というのは、神経症にもあること。ただ不安神経症(不安障害・ノイローゼ)と、統合失調症が違うのは、他人に侵入される、よそからの声に邪魔される、という症状がないことだと思う。統合失調症についてはあまりよく勉強していないけれど、それでも、こういった「他者の侵入」に悩まされない患者さんもいるらしい。 なんやかんやで薬物療法が中心だけれど、――つまりは、医薬品会社主導になってしまっている印象―― 社会全体の利益のために、治療よりも予防の観点から研究が進むことがよいと思う。平井 瑛子本館ホームぺージ http://hiraiyoko.com/無料閲覧メルマガという名の心理学と精神療法(心理療法)無料講座http://hiraiyoko.com/seminar.html有料セミナー 『プライベート・アイズ』セミナー別館読書ブログ http://blog.livedoor.jp/sinri_gaku/
2006年10月30日
おっ、いきなり堅いタイトルになっちまったぜ。(^^ゞ ――江戸っ子ふう―― さてと・・・・、長い間、地元地方都市仙台では、日本の中心、花(華?)の都トーキョーにくらべて、情報の質と量が、カクッと落ちているんじゃないのかと、その格差をどこで是正して自分のスキルの足りないところを補強して、レベルアップ・ブラッシュアップ(磨きをかけること)すればよいのかと思っていた。でも、どうやらそうではないらしい。で二時間弱の東京のえっとあれはたしか、文京区とか、神保町とか西新宿あたりとかで、本屋さんを巡っても、仙台よりも格別に書籍文化のレベルが高いとは感じなかった。むしろ、都市の規模のわりには仙台のほうが健闘しているような印象を受けた。やっぱり仙台は学都だったから?なのか?また、自分が知っていることは、皆も知っているという思い込みは、寄せられるメールを拝見して、情報がなかなか手に入らない地域もあるのだと、仙台はその点では、わりと恵まれているのだと初めてわかったこと。どんどんフィードバックしていただけると助かる。(仙台でもどこの本屋さんでも、心を健康にするための情報が手に入るわけではなく、 探しかたにはコツがあるのです。) 昔は『陸の孤島』と言われてきた仙台。よそから転勤してきて住んでみて、気に入って終の住処として家を建てる人が多い土地でもある。同じ仙台といっても場所によってかなり住み心地が違うこともたしかだけれど……。それにしても、なんで宮城野図書館には、私にとって役立つ本が、訪れるたびに、そのつどあるんだろう? 建物のスケールや棚に出ている蔵書の数では、(陰に隠してある?のは別として)泉区紫山にある(泉区は文化的に太白区を引き離しているよね、仙台市民の方、そう思うでしょ?)宮城県図書館よりも、太白区の図書館よりも、さらに宮城野区の図書館は建物が小さくて、蔵書も少ないのに、心理学や心理療法関連の本が豊富で、しかもインター・ネットでは探しづらいものが多く、なかなかどうしてあなどれない。(笑)いつも、必要な情報が、いちばんいいタイミングで手に入ることは不思議。仙台に住んでいることは、案外と地の利があったのかもしれない。深く感謝、である。平井 瑛子本館ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジンという名の心理学と心理療法講座http://hiraiyoko.com/seminar.html別館読書ブログ http://blog.livedoor.jp/sinri_gaku/
2006年10月30日
ところで……、迷惑メールに引っかかる人はかなり多いとみました。エロエロメールの実態は女性のふりをした男が書いて送っているのですが、しかし、よくできています。件名が、男の心理にうまくアピールするような口語体。大和撫子のように遠慮しつつ「お金を支払いますから私を食べてくださいませんか?」みたいな感じだったり、「逢いたいよ。近くまで来ました。一時間だけでもダメですか?」みたいな、強いラブメッセージになっているから。何年か前に流行った昼ドラマ「真珠夫人」のように、「いいのよ。どうぞかわまず私をお好きになさって」みたいな、男にとって都合がいい女を演じている。「女性が自分からこんなこと言うわけないデショ?」と思うのですが、「こういう女がいたらいいな」という願望をもっていると、「おっ、これだ」とばかり、飛びついてしまうんでしょうね。 平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』メールマガジン大幅加筆バックナンバーhttp://hiraiyoko.com/seminar.html
2006年10月23日
今でも、あのとき思い切って行けばよかった、怖がって失敗したなと悔やまれることがあります。もうかなり前ですが、仙台のアミティサポートグループが、あのアリス・ミラー博士をこの仙台に呼んだことがあり、参加の機会があったのです。今なら迷わず参加するでしょう。でも、当時はまだその勇気がなく、行けませんでした。 不安神経症(不安障害・ノイローゼ)を克服して以来、日常生活にはなんの問題もなく、ほとんど忘れていたのですが、なぜか、アリス・ミラー博士のイメージと、真っ暗な地の底に引きずり込まれるようなあの不安神経症(不安障害・ノイローゼ)の恐怖とが条件反射的に結びついてしまっていて……二の足を踏みました。参加してアリス・ミラー博士と直面したのをきっかけにぶり返してしまったら……?!今の平穏な生活が脅かされるという不安がありました。いらっしゃるのが、(ありえないけれど)もしもアメリカの精神科医・精神分析家、カール・A・メニンガー(メニンジャー)博士だったら迷いはなかったですが、何かしら、言語化できない危うさが自分のなかにわき起こる懸念が払拭できませんでした。先日、張本元野球選手が被爆者であったこと、あの現役時代のトレードマーク黒い手袋は変形した指を隠すためであったことを知りました。「原爆記念館には一回行ってみなければと思っていましたが、なかには入れませんでした。その次もやっぱり入れませんでした」と語るのをきき、トラウマというものは、年月をへても、こうして人を苦しめるものだと再認識してはじめて、私がアリス・ミラー博士と会えなかった理由もわかりました。念のため申し上げておきますが、アリス・ミラー博士の本を読み出したのは、フロイトの精神分析療法で、不安神経症(不安障害・ノイローゼ)を克服したあとです。私自身が日本人向けに改善した精神分析で不安神経症(不安障害・ノイローゼ)が治るということ、実際に私が治ったということ、その体験を他の方に伝えるために、まず、素人が精神分析を自分でやったという、通常では信じられないだろう事実を、どう考えたら良いのか、その課題を解決するためでした。 メールマガジン『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』でテーマにした通り、アリス・ミラー博士のお考えは革新的で、子供(時代)の心理を理解するために、他では絶対に得られない見地を得られたことに深く感謝しています。かえすがえすも、機会損失を悔やんでいます。引きこもりの人が一歩前に、外に出られないのは、このような心境なのでしょうか? 母親が父権的で絶対権力を握っており、問題を起こすこと(非行や不登校など親に反抗すること・親の手を煩わせること)は許されざることだったので、生きるためには(家に置いてもらうためには)学校に行くしかなかったのですが、もしそうでなければ、不登校になってもおかしくない状況に、かつての私もありました。 。。いずれにしても、時間は戻らない。覆水盆に返らず。悔やんでもしかたがない It is no use crying over spilt milk とはわかっていても……。平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メルマガバックナンバー(大幅加筆修正済み!読んで損はさせません) http://hiraiyoko.com/seminar.html
2006年10月20日
先日、音楽療法士の近藤美智子先生の講座行ってきました。素晴しい・感動的な(泣かされました)・漫才のような(笑わせられました)・楽しい(最後にしんみりした雰囲気を活気づけるため、音楽に合せて踊らされ、運動不足で寝不足だった私は足がもつれました(自爆)でも、すごく嫌というか失敗したなーというか、嬉しくなかったのは、またしてもここでも目立ってしまったことです。私は自分からこういうことをやっているなんて絶対に名乗らず、素人の聴衆に紛れて雑草の蔭に身を隠してひそんでいるつもりが、なんかどーしても、自分から声をだして見つかる……。浮き出してしまうんですよね。(^^; 「皆さん、何が違ったと思いますか?」とか、「モーツアルトの曲や、波の音、雨垂れ、のほかに、1/f ゆらぎがある歌がありますが、それはなんだと思いますか?」という質問に、答えをそれぞれ、「気持ち?」、「美空ひばり?」とかボソッとつぶやくと、「せいかーい!」とドラえもんのようなパワーのある声で、近藤先生に言われて「すごいですね?」ととても驚かれました。先生ったら、「私は柴崎こう(字合っているかな?)だから、あなたは藤原紀香にしてあげます」だって。センセイのお歌が上手で、その講座、(実際にはワークショップ=体験型の講義といえばよいか)全体の構成や流れのなかでとても効果的に位置づけられているのに気づき、また、単純に歌としてももっと聴きたい気持ちにさせられたので、私は素直な称賛の意味で拍手したら、先生は、(;^_^A「そこの方、すごい! うちのスタッフよりも先に手を叩きましたね」とびっくりして、みんなに向かって、「さくらじゃないんですよ。全然仕込んでないんですよ」と弁明していました。そんなつもりじゃなかったー。性格がだから、自分が送ったサインにたいしてみんなの前で、センセイの反応がデカくて、とうとうマイク向けられて名前まで訊かれて、心臓がどきどきしました。まるで教室で指されて緊張してこちこちになる、自意識過剰の小学生の男の子の気持ちそのものだなと自分で思いました。 すごいって言われたって、どうしようもないよ。ストレートで裏がないボクにとって、それが普通なんだもん。ほかにも、、、、ヨーガ教室に行っても、なんか目立つし……。本部の先生とばったり道であって、お茶したときに、私の仕事の話を少ししたら、「そうなの。すごいことしているのね。○○さんは、なんか普通じゃないって最初会ったとき思ったの。これは一回絶対に話を聞かなきゃって。普通の、会社に勤めてる人じゃないな、この人はなんかが違うなって」と言われました。ギター教室でも、「○○さんは上達が早い。リズム感もある」とびっくりされています。5月の中旬からはじめて、1ヶ月ぐらいたった後から、四年前からはじめた人に混じってアンサンブル(合奏)してます。だって皆から離れて音階練習していると、なんだかいい年して、みそっ子(知ってます?)みたいでイヤなんですぅ~~。私ってあほあほしててぼんやりなんだけど、たぶん、集中力と、吸収力と保持力と、出力が強いのだと思います。本は、活字を読みながら、そこに書かれている以上のものをその本のなかの空(くう)から取り出して、濃くして、自分で補足して、ぐーっと自分の身体よりも大きく広げて確認します。これって誰でもやっていることではないようですね? さんざん毎日「あんたはバカだ」と言われて育っているので、バカな自分がやっていることくらい、誰でもやっている、私よりみんな優れていると思っていましたが、私にも人より勝っているところはあるようです。あ、優越をくらべていい気になっている意味ではありませんよ。性格がひねくれている人はこういう話だけでも不愉快になるからたまりません。(;^_^Aこれくらいで歯噛みして激しく嫉妬する人は、心が病んでいます(自己評価が低い)から注意しましょうね。人一倍、努力もしているのです。精神療法(心理療法)についても、その他の健康法や治療についても、必死に情報を集めて分析して研究しているのです。 ヨーガも長いつきあい。ギターは誰よりも練習時間が長いのです。※ ここまで書いておかないと、自分で何か努力したことがない人は、表面だけみて、アヤツはいいなぁとやっかむからね。(;^_^A 平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジンバックナンバーhttp://hiraiyoko.com/seminar.html付記音楽療法について、私の頭の中のファイルに収める位置づけは、認知症のお年寄りや、知能障害・身体障害のあるお子さん、余命短い病気にあるお子さん、昏睡状態(coma)にある患者さんなど、とくに、言葉でのコミニュケーションが難しい、そして言葉では逆に追い詰めてしまうおそれのある人と気持ちを通わせるための、しかもそれらの人に負担をかけず、むしろ癒しの効果を加えながらできる、有効な手段でした。近藤美智子先生がおっしゃっていたように、こころが清らかでないとダメですね。気持ちは音楽に反映されるので。ところでぎっちょん、あの講座に参加した人がここを見るってことは……ないよね?(;^_^A 精神分析には、精神分析家の隠れ身という考えがありますから、私は自分のことをあまり出さないほうが、よいことも多いのです。先入観を与えてしまうと治療的な効果が……。 しかし露出と隠匿のこのバランスはけっこう難しい。
2006年10月19日
おしゃべり好きな私は、またもやコメントへのお返事が長くなりましてこちらにアップしますです。(笑)------------------------------------------------------------syoshi-masatokuさん>綾戸智絵っていうジャズのアーチストがいます。(関西弁バリバリのおばちゃん。失礼)男のお子さんがいるんですね。彼は「あの人の子供になる~」って、彼女の子供になったらしいですね。当然、生まれる前のおはなし。TVで語ってました。彼女いわく、誰でも生まれた直後は前世の記憶が残っているとのこと。歳を経るに従いそれは薄れると。う~む。(笑)-----書き込みありがとうございます。(^^) 綾戸さんの息子さんのその話、私も聞きました。勘も鋭いみたいですね。神戸の震災の直前、自宅がある神戸に帰ろうとしたら、その息子さんが、「ダメ、みんな血だらけになる!」と必死にとめようとするので、綾戸さんは「なんやこの子、何言うてんやろ?」といぶかりつつも、そのまま綾戸さんのお母さんのところだったかな?別な場所に泊まったら、あの震災が! 自宅に帰っていたら無事ではすまなかったと綾戸さんが言っていました。前世はたぶん、誰でも、潜在意識には記憶が残っているようですよ。今の自分の人生なんだか、守護霊の人生なんだか、類魂の過去世なのか、そのあたりは、よくわかりませんが。(^^ちなみに私は前世療法とか退行催眠系は受けたことがありませんが、自分で思い出しただけでも、複数あります。赤ちゃんのときは、前世で使っていたアラブ系だかスラブ系だか、中近東あたりの言葉なんかをまだ覚えていたみたいです。魂には、ジプシーの血なんかが少し混じっているのかしらん?なんて空想するとちょっと楽しいです。過去世についても、なんぼか記憶が残っているようです。労働者階級の男性だったり、裕福な女性だったり、いろいろとあったようです。かといって、それでどうということはないんですけどね。それよりも、現世の課題のほうが大事だと思っています。(^^ゞ前世の記憶を消されるのは、覚えていないほうが、ほぼ白紙として、新しい人生を創っていけるという利点があるからだと思います。(^^) ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月13日
「親は選べない」という考えもあり、いっぽうでは、「親を選んで生まれてくる」という説もある。スピリチュアル的には、どんな環境に生まれてどんな人生を送るのか、予告というか、候補として提示される。で、生まれたとたん、それまでの記憶を忘れてしまい、自分はなんのために生まれてきたのか?人生の意味って何?と真剣に悩んだりしてしまう。……あれ?こんな辻説法的なこと書くつもりではなかったのだがニ。(^^ゞ話は飛んで、全然関係ない?よもやま話として、小さな子供が眠いときにグズる理由わかります?あれはね、眠くなると、自分の感覚や意識が薄れてくるわけでしょ、そうすると、焦ってしまうの。せっかくこの世に生を受けたのに、また元の世界に吸い込まれてしまう! ここまでいろいろな手順を踏んでそれが全部うまくいって、やっと生まれてくるのに成功したのに、水の泡になってしまう!と不安になるのですね。眠くなって寝てもまたこの世に戻って来られるのだと、体験的に理解すると、この焦りはなくなるのです。これは私の仮説です。あと、美輪明宏さんが、この世に生まれてくるためには、たくさんの手続きをしてそれでやってくるという話を聞いて、そういえば、そうだったなーと、感覚的に理解したわけで。あ、今日のテーマは親子関係。父親殺し、母親殺しの話。おっと物騒な尊属殺人のことではありません。人が大人になるためには、親から自立することが前提です。そのときに、それまでもっていた親にたいしての全面的な肯定を捨てる。自分を確立するために。それが、自分のなかの親を否定するということです。ニートで引きこもりの方のなかには、親が絶対のものとしてある場合が多いです。いろいろと屈折した複雑な葛藤があるわけです。とはいえ、ニートの方に限らず、人間は雑多な感情を抱えて生きているものですが……、話をずーーーーーっと単純にしますと、親が適度に手をかけすぎないで育てれば自主性が育ちます。仮に、過保護・過干渉で世話を焼きすぎて、大きくなっても、○○ちゃんはひとりじゃなんにもできないのね~という言葉で縛られる場合、その裏メッセージ、本音は、(それでいいのよ。私の側から離れないで)である場合があるわけです。親は子供がひとりで生きていける術を教えるのが親だと思います。哺乳類の動物の子供だって、親から餌をもらえる限り側を離れようとしない。いやなこと、不確実なことはしたくないのです。アザラシの赤ちゃんだって、冷たい海は嫌いです。そこを親が無理やり凍りつくような海に引っ張り込んで泳ぎを教える。ニートからなかなかでられない方は、歩けないのに、歩く練習をしないで走ろうとしている感じがします。しかも、やろうと思ってちょっと試してみて、その初回、たった一回で素晴しく成功しないとイヤなんですよね。たぶん。物事の基本って同じだと思うんです。演奏家だって、人よりも早い時期から、たくさんたくさん練習してきている。ときには、子供らしい遊びや、若い人の楽しみをあきらめて練習した。だから、人を酔わせるほど素晴しい演奏ができる。表面だけ繕おうとしても無理なんです。足元を固めることが、跳躍するために必要です。平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月13日
ハガさん>もう一つ伺いたいたい事があります。>メルマガにありました、プライベート・アイズの中には、外出先で行わないと(レストランなどに)効き目がないワークがあるとの事ですが、私はニートで引きこもりなので、外出する事ができません。>外出できない私には、プライベート・アイズはできないでしょうか。-----家から一歩も外に出られないのですか? たとえば、コンビニでの買い物やブラブラそこらへんを散歩することも絶対に無理ですか?ちなみに、プラアイは、プログラムが段階的にあり、そのなかで、電車やファミレスかコーヒーショップなどで行ったほうが、効果が早くでるものもありますが、またそれとは別に個別のメニューもあるので、ひとつできないから全部が総崩れで成り立たないというような心配は必要ありません。それに、家のなかでテキストを読み終えてから、そのまま退行催眠に入っていって、トラウマを発見した方もいらっしゃいます。大切なのは、取り組む心構えです。なお、ハガさんとのやりとりが、しだいにカウンセリング的な内容になってきていますので、これ以上の話は、このような場では控えたいと思います。あとはご自分でお考えください。あまり、ご自分の変化の能力や、可能性を、低く低く固定したものとみなさないように。状況も自分も変化していくものです。その流れに抵抗して留まるのもご自分の選択だし、変えていく、思い切って一歩踏み出して、少しずつ遅れを取り戻して進んでいくのも、ご自分の選択しだい、です。プラアイという、ご自分を確立するためのノウハウをお渡しすることはできます。あとは、ハガさんが、自分の人生を変えていくための責任を自分でとるか、または、停滞?でもしかたないとあきらめるか、それは、ハガさんの人生にたいする選択です。誰も、他の人の人生の責任を負うことはできません。自分の人生にたいして責任があるのは自分だけなのです。やってみれば必ず何かが手に入るものです。逃げれば逃げるほど、不安は大きくなり、押しつぶされそうになります。でも、正面切って立ち向かってみると、案外それほどでもないことが多いです。これ以上続けるとカウンセリングになってしまいます。私は無料でのカウンセリングはしておりません。説明はここで終了です。もし、もっと話を聞きたい場合は、カウンセリング(メール二往復まで 15,750円)をお申込みください。(無料で行うと、受けるほうの心の姿勢ができないので、意識の変化が遅すぎ、私の時間とエネルギーが空回りして、徒労に終わってしまいます。これは不思議ですが、経験上、以前無料でメール相談にのっていた多くの方が、それまでダラダラ?あれこれといいわけ?してても、有料になったとたん、私がそれまでと同じ内容を言っても、それを吸収して、ガゼンみるみる変化していき、これが同じ人か?と、びっくりしてしまいます。ゲンキンなものですね?! お金がかかると、モトを取ろうと一所懸命になるんでしょうかね。(^^;だから、私が疲れるわりに実りの薄い無料メールカウンセリングはやめました。)あとは、ご自分の判断でお決めくださいね。(^^) 選択するということも、ひとつの大きな行動です。平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月12日
ある問い合せにたいして、出さないことにしたメールです。ウェブサイトでモノを売っている販売者の気持ちも、(実質的には、役務の提供ですが)わかってほしいのでアップします。------------------------------------------------------------さんへ 平井です。たぶん高いのだろうと考えて、申し込むつもりはないけど、値段だけちょっと訊ねてみる、それが冷やかしというものですよ。(;^_^A 「購買者としてはだまされないようにしなければならない」このように、面と向かって不信感をあらわにする表現は、人間関係を損ないます。案内資料は、無料で送って情報を開示しています。申込むかどうか、高いか安いかは、そこで決めればよいことではありませんか? 分厚い「資料」の写真を見た(あれはテキストの中身ですヨ(;^_^A)→高いのでは?→値段が出てない→やっぱり高いに違いない!→これはぜひともいくらするのか、値段だけ知りたい! (郵送となっているけど、そこを、捨てメールから、 自分の住所とかこの人に教えたくないから、 『最初の質問』の形で、料金だけ、ちょこっと)と、いう感じ……?さんは、私のウェブサイトでインナー・チャイルドのことを見かけて、おや、これはちょっとばかし面白そうかな?、というところでしかないのでしょう。購買者が客として販売サイトを選ぶかもしれませんが、私のほうでも、お客様を選別させていただきますよ。(^^) 「興味があります」というだけの方と、ふさわしい方と。インナー・チャイルド・ワークはプラアイのなかのひとつのメニューで、これも他の方法と同じく、すぐにご自分でできるようになりますが、ヒプノセラピーのセッション「だけ」ご希望でしたら、他の先生に当たられたほうがよろしいでしょう。インナー・チャイルド・ワーク「だけ」で間に合う方は、心の傷の深さや深刻さが、鬱病や神経症(不安障害・ノイローゼ)や摂食障害その他の方とくらべて、それほどでもないのですから。プラアイのなかのインナー・チャイルド・ワークは、心の傷をさぐって見つけて手当てして回復させていく、そのなかのひとつの過程にすぎません。 専門的な精神療法(心理療法)の技術の短期集中講座という性格からして、カウンセリング1回分の料金というわけにはいかないのは当然でしょう? もし、ヒプノセラピー1回分くらいのとても安い料金だったとすると、ごくごく軽い興味で入って来られる方が増えてしまうでしょう。『プライベート・アイズ』の他のスキル、精神分析の専門的な知識や技術や、親子関係の修復などの知恵までを必要としていて生かそうとなさる方にとって、いいことがないようです。せっかくの、落ち着いて安らいだ雰囲気が乱されてしまうのです。『プライベート・アイズ』は通信教育講座なので、直接皆が顔を合せることはありませんが、それでも、私を通じて皆さんがつながっています。( 私が感覚的に感じることは多く、それが私が人様を助ける能力? につながっているようです。 ・・・といっても予言者や占い師のレベルの話ではありません。 具体的には、メールの文面から察知できることが多いとか、 ウェブサイトからイメージが浮かぶといったようなことです。 )ひとつ、お願いがあるのですが、これは さんだけではありませんが、ご自分の非礼な態度を、精神的に参っているからと、心の状態のせいにするのはやめていただきたいものです。絶対に! そういう考えは、精神的な問題を抱えている人にとって迷惑です。反社会性人格障害など深刻な精神病でないかぎり、私たちは普通、精神的に参っていたとしても、精神科や心療内科に通っている人でも、ルールを無視したり、マナーやエチケットに無関心だったり、礼儀をなくすことはないでしょう。もしさんが、心が弱っているというのが本当ならば、(この人に助けてもらえるかもしれない。助かりそうかどうか、確認するためにもっと詳しい情報を手に入れるには、まず名前や住所などを伝えることからか)と思ったら、そうなさるはずではありませんか? カウンセリングでも、名前や住所や電話番号や生年月日は伝えるものでしょう。ツタヤでビデオを借りるのだって身分証明書がいりますよ。関係ないか。(^^; 辛い状況でも、きちんとしている人はきちんとしてます。精神療法(心理療法)、とくに、精神分析療法のインテーク(治療契約を結ぶかどうかを確認するための一番最初の面接)では、困った状態をきちんと伝えて、「苦境からでるのを手助してください」と頼める人が、回復がもっとも早いです。これは精神療法(心理療法)講座『プライベート・アイズ』でも同じです。プラアイの体験談には、わずか2ヶ月で、神経症の娘さんが回復して、家庭がみるみる明るくなった女性の話があります。私のほうがびっくりするほど、変化が早くて大きかったこの方が、『プライベート・アイズ』セミナーを申込むときにおっしゃったのは、「平井さんのお力を借りて自分を見つめなおしてみたい」ということでした。『プライベート・アイズ』はそういう方に向いているのです。 さんはまだお若い方でしょう。人を見る目を養ってくださいね。用心はした方がよいですが、それを誰にでも拡大して、なんでもかんでも疑心暗鬼になってしまうのは、失礼になります。丁寧に礼儀正しくしていて嫌われるということはありませんよ。警戒するということと、無礼であるということは別なのです。といっても、私にはさんを責めることはできません。自分が若かったときには、なんて失礼なヤツだったか……(^^ゞ お返事は不要です。------------------------------------------------------------平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月11日
ハガさんへコメントに書かれた質問への回答が長くなったのでこちらにアップします。私の指定に従って、氏名・住所・年齢・電話番号をお知らせいただいて、資料請求された方ですので、お答えさせていただきます。(^^) ------------------------------------------------------------ハガさんが持っていらっしゃる病気にたいしてのイメージを使えば、ある病気にたいしていったん「免疫」ができたら、もう同じ病気にはかからない、といえば、少しはプラアイの性格を言い表せているかもしれません。(^^) 単刀直入に申し上げますと、およそ、心の不調というものは、PTSDをのぞいて、そのほとんどが、ご自分で「これが原因だ」とは思いもよらなかった、遠い過去のこと(思春期以前)に起因しています。もっと突き詰めて言うと、原因は、過去のできごとそのものでもありません。昔のご自分が、そのことについてどう感じ、どう考え、どう認識し(とらえて)、どう処理した(かたづけた)のかが、カギです。昔のできごとにたいする認識が、(それも、ふだんの状態ではなかなか意識できないままに、)現在の心のお天気模様に、とても大きくて強い影響を残しているのです。これは、実際にフタを開けてみないと、理解できないかもしれません。私自身、どんどん過去のいやなことは捨ててきたつもりでいました。なのに、不安神経症(不安障害・ノイローゼ)になって、どうしようもなくなって、精神分析にまじめに全身全霊で取り組んでみたら、も~出てくるわ、出てくるわ、まるで万国旗のような、悲しくて、辛い、記憶の数々……。 私がおすすめしている本のひとつに、交流分析の一冊があります。杉田峰康先生がお書きになった「人生ドラマの自己分析」というものですが、人生脚本が書かれるのは幼児期です。言い換えると、どう生きるかは、幼児期に基礎が固まるのです。三つ子の魂百までという諺の通り、幼児期や子供時代のできごとはその人の性格や人生にたいする態度や見通しを決定します。環境や経験が、その人の生きかたや性格、信条まで影響する面が、とても大きいのです。うつや神経症や摂食障害など、現在心の不調を抱えていらっしゃる方も、過去、とくに子供時代に、ハッピーでない記憶の在庫が多数あります。それが意識されないまま、長年放置されています。これらは危険なものとして認知され、潜在意識にあります。記憶そのものは、顕在意識からもわかるものが多いです。日常生活でも、モノって処理しなければどんどんたまりますよね? そのなかで、どう処理すればよいのかわからないものは、手放せないですよね?(ゴミや産業廃棄物を山野に放置する無法者もいますが、それも、山野があるということを知っているからです。(誰でも知っていることで、当たり前すぎますが、かくも、目に見えることはわかりやすく、目に見えない心のことは、説明しづらいです)でも、ご自分の心の領域には、自分とは全然関係しない領域など存在しないのです。それは、想像がつくと思います。 だから、不快な感情を追いやるしかない。追いやるのは無意識、潜在意識の領域へ、です。どう処理すればよいのか、その手だてや、誰に頼めば片づけてもらえるのか、または、解決に手を貸してくれる人が見つからないから、とにかく心の荷物を持っているしかない。この心の荷物が、たまりにたまって、鬱や、神経症や、摂食障害など、いろんな不具合として日常生活のなかに浮上してくるのです。記憶や感情体験のストックが、心のなかに影響している。でも、心や頭ではそれを意識できない状態です。だから、原因もわからないし、一時的に治ってもまた新たな原因をつくってしまうのではないか?というような気持ちなるのでしょう。でも、根本まで見ていくので、一時的に治ってまたぶり返して、というのはないです。それに、体験談のなかでKJさんが「また何かあったらこれ(プラアイ)を使えばよいのだから安心です」とか、また、NKさんも、「過去のことと自分がリンクしていることを知って驚きました。プラアイはとても役に立ったし、これからも役に立ってくれそうです」とおっしゃっているように、人生そのものにたいして、包括的に作用するようにできています。『プライベート・アイズ』は、ご自分の心を構成しているものが何なのか、ご自分の性格や、物事への反応、さらに言えば、人生や人間にたいしてどんな認識をもって生活しているのか、そこまでを確認して、改めるべきを改めていくというものです。これが、自分の人生にたいして責任をもつということであり、セルフコントロールを覚える、ということです。ちょっと大げさかもしれませんが、新しく生まれ変わるというか、それまで生きてきた自分よりも、もっと素の、本当の自分に近い、ご自分らしいご自分を見つけて、そのように生きられるようになるということです。それでいて、宗教的、神がかり的な意味合いはありませんし、維持費もかかりませんし、寄付も出家も必要もありません。日常生活をふだん通りに送りながら、意識そのものを変えていけるということです。物事の成り立ちをいったん理解したら、以前の、地図も、何がどうなっているのか、どうしたらよいかもわからずに、不安でさまよう必要がないのです。鬱や神経症や摂食障害になり、それをこのプラアイで克服し、元気を回復した人は、以前の状態に戻ることはありません。ご自分を、よく理解して、ご自分で癒すという、大きな仕事が完遂できたわけですから、病気になる前よりも、強くなり、自信がでて、そして一番大切なのが、ご自分のことを好きになるのです。ご自分を好きになり、信頼できるようになった人は、人からも好かれ、信頼されるようになります。自分の好きなことに熱中・没頭できるようになります。心が軽くなって、それまで病気と闘うために使っていた膨大なエネルギーを、建設的・前向きなことに使えるのです。ご理解いただけたでしょうか? (^^) 平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月11日
どーも解せない。ホームぺージで紹介してる通信講座についての問い合わせ。こっちがお願いしている形を無視したメールが届く。「よりくわしい案内資料を郵送します。ご請求ください」 と明記してあったら、それを見た人は、(ははーん、んじゃー、通信講座の内容も、受講料も、そこに書いてあるんだろうな、それを読んでくれってことだな) と、考える、 と、 私は予想したのですけれども……?大半の方には通じているようですけれども、ところがどっこい、なかには、名乗りもせずに、または、フリーメール(hotmail)から、苗字だけで、料金を教えてくれというだけの~メールが~。 ウェブサイトに料金をのせる、のせないは、 提供者側の采配でよいと思うのですよ。 私もいくつかの講座(潜在意識や、自己啓発関係)に 問いあわせしたことがあります。 どちらも資料は郵送でしたよ。料金も含めて。 ほんとうに良さそうなら受けてもいいと思ってました。 あるところは(数百万円と高額すぎて――新車が買える!、) きれいな上質紙に印刷されたカラーの小冊子・パンフレットなど、 たくさんの資料の、どこにも値段が書いていなかったです。 これは、電話でセールスをかけるというか、おすすめする形なんでしょうね。 スピーチをしている有名な人と、売る人が別の場合は、それでもいいわけですね。 この仕事をはじめてから、お人好しの私はあけっぴろげに、 性善説で人を信じて、ホイホイ心を開いて接していました。 (今思うとなんとナイーブな!←だまされやすく利用されやすいという、 英語のほうの意味で)匿名メールでの相談に、それはさぞかしお困りでしょうと、親身になって何時間もかけて丁寧な返事を書いて、すぐに返事をすれば、これは無効のアドレスだということでめーらーでーもんからお知らせが戻ってくるし……。 その後は無効なアドレスではなくなりましたが、 お礼のメールひとつ寄こさない人が大半。 だから無料メール相談は廃止したのです。 せざるを得なかったのです。 親切にしても、後ろ足で砂をかけられることって、けっこうあります。何度も傷つき、ボロボロになり、その結果、当然のこととして、警戒心が強くなりました。(^^ゞ だから、私の分身のような通信講座、 『プライベート・アイズ』セミナーは、本気で知りたい方にだけ知らせたい。 きちんとした人はきちんとしています。 たいていの方はプロバイダーのアドレスですし、 また、こんな方もいました。 「このメールがフリーメールからなのは、 パソコンが家族と共有で、 プロバイダーのメールアドレスを家族が使っているので、 そのためです」と非礼をわびてくれた方。 私は、このサービスについて、自分のことを明かしたうえで、 責任をもって提供しているのですから、 問い合わせるときに、 自分のことを隠して・冷やかしで・敵情視察・好奇心や興味だけで・ そういう方はお断りさせていただきます。サービスを提供する側も、対価を支払う側も、水平感覚で、お互いに平等だと思います。 平等というのは、お互いにお互いを尊重する姿勢があって、 無理な要求には応じなくてよいということです。 ホームぺージに書いてあることを読まず、または無視して、 すべてメール一本でことをすまそうとする方は、おそらく、 はなから私を信頼しておらず、距離を置いておきたいか、 ちょっとした冷やかし程度なのでしょう。 全然真剣みがない不遜な人に限って「私は真剣です」といい、 冷やかしの人に限って「冷やかしではありません。断じて」といいます。 興味本位だったり、 講師(提供者)の私のことを嫌っていたり、警戒している方は、 受講してもおそらく成果はでないでしょう。 私が教えることに素直に従って実行する気持ちが皆無だからです。 世の中にはいろんな人がいるんだという勉強にはなります…いちおう、ホームぺージには、料金も案内資料でお知らせします、という旨つけたしておきました。 平井 瑛子 ホームぺージ http://hiraiyoko.com/ メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月10日
「スーパー銭湯」と聞いて何を連想しますか? ですよね?でも、この方は、「数パーセント」とおっしゃっていたのですよね。アイリーン・美緒子・スミスさん。核と環境のトークセッションで、まさか極楽湯の話がでるわけないとは思ったのですが。そんな勘違いは私だけ?! 「日本語には英語と違ってアクセント(イントネーション)がない」と教わりました。教科書にそう書いてありました。but,それは間違いだったヨ。センセー。イントネーションが違うと意味が違ってくるのが日本語なのですqあめ・はし・にわ・とかもそうだし、あと大きな大きな違いは、長くのばす長音記号があるとなしでは、まったく別な単語になるのよ …… (xox) ……英語では多少長くのばそうが短かろうが意味は変わらない一つの単語だけど、日本語ではアクセントを置く場所と「ー」がつくかつかないかで別になる。そんなことを今日改めて実感しました。仙台市博物館ギャラリーホールにて、あの水俣の写真展と講演会があったので行ってきました。水俣病=工場からの廃液に含まれていた水銀で神経が汚染され、苦しみ、死に至る病気です。京都在住で、アメリカ人の父と日本人の母をもつ、アメリカ国籍のハーフ、環境ジャーナリストのアイリーン・スミスさん。※ちなみに私たちには日本語で話されます。(去年逮捕された真相も先日お伺いしました。 被害者の権利について考えさせられました)平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』【裏日記】一連のイベントは、朝日と読売では紹介されていたようですが、地元の河北新報にはこのイベントが載りませんでした。環境や原発反対!と叫ぶ人にたいしては、マスコミの影響なのか、ステレオタイプの先入観があったのですが、意に反して?アイリーン・スミスさんも、六ヶ所村ラプソティの鎌仲監督も、六ヶ所村で花を育てている菊川さんも、ごく自然体で、自分にできることを真摯に実行に移す方で、権利と責任についても良識があって、魅力的な女性でした。六ヶ所村のドキュメンタリー映画を観て以来、ほんとうに私たちにとって大切なことは、マスコミで報道されないのか?と、また凹んでいたのですが(すぐに凹む私)、(^^;)今日はその迷いに決着をつけようと出かけて、トークセッションの前にアイリーンさんと直接お話しができて良かったです。今日の収穫は、おりを見てアップしたいと思います。ところで、今日は行楽日和で、八木山動物公園の駐車場は満杯で、駐車場に入るのを待つクルマが長い列をつくって動かなくなってました。普段はたった1分で駆け抜ける(クルマでですが)ところを、24分もかかって通過しました。でも、動物公園前は、渋滞にもかかわらず、空気が澄んで、ゆったりふんわり、心と体がほぐされるような何かのいい香りがしていて、癒しの微粒子というか、それこそ極上のアロマセラピー(アロマテラピー?)効果!アロマセラピー(アロマテラピー?)は、空調のあるビルのなかで空気清浄機で空気をきれいにして、ひょっとして労働者を搾取して、電気で乾かしているかもしれないフラワーエッセンスを使って(そうでなかったら非常にゴメンなチャイ(^^;))、電気で音楽(BGM)を流し、電気で(あるいはランプで?)香りを燻らせて……と、全部人工の、電気を好きなだけ使った、商業的な環境でなくて、――別にアロマセラピー(アロマテラピー)を目の敵にしているわけではありませんが、癒しも、もっと電気エネルギーの消費をおさえてできる方法があるのでは?と思います。(六ヶ所村の問題は、電気を生産したあとの核のゴミの問題なのです。 電気はお金を支払えばいくらでも使える、エネルギーは無尽蔵だと思って 現実には、ゴミが堆積していっぱいになっていることを知らずに バンバン使っている側・売り込む側にも責任があると思うのです。。。 その結果が、子供たちにそのツケがまわってくる……。 面白くない話だとは思いますが、次の世代、私たちの子供の世代に いろんなツケをまわしてしまって自分達はいずれ死ぬから あとは知らんぷりでいいのか、ということになりますね。。。)環境を汚す排気ガスを出すクルマを使ってゴメンなさい、と心のなかで謝りつつ、窓から入ってくる八木山の自然がもたらす恩恵で、心身ともにリラックスと回復とリフレッシュ効果がばっちしでした。空気がおいしくて、何度も何度も吸い込んだのは、すっごい久しぶり!さすが「山」です!(笑) 秋の花粉が飛ぶ季節に快適なのは、とある「外科」でもらっている漢方薬を続けて、花粉症がかなり改善されている証拠でもあります。平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月09日
私自身は、心理カウンセラーではありません。一般的な「心理カウンセラー」とは、まったく毛色が違う人間なのです。人の話を聞くカウンセリングをするというよりは、ヒプノセラピーや催眠を含む精神療法(心理療法)や、セルフヘルプ、自己啓発、潜在意識、ヒーリング、心理学など、体と心のしくみをくわしく講義し、心の健康回復のための「実践・維持方法を教える」講師、といったところです。うつや神経症などの症状や、自分でも理解できない癖などのことを、一番最初にうかがうだけで、ほとんどそのまま返事をしないで、自分で書いたプラアイセミナーテキストによる講義に入っていただきます。(^^;)うつ病や、不安神経症(不安障害・ノイローゼ)や、アダルト・チルドレンなど、心の悩みは、プラアイ・セミナーでお教えしていることを知れば、解消したり手放すことができるからです。 私は、心理カウンセラーが専門にしている、その方の悩みにじっと耳を傾ける「傾聴」はしないのです。カウンセラーはこの「傾聴」をする人のことです。十分に話をさせてくれる人のことです。愚痴や悩みを聞き続けてくれる人のことです。そしてカウンセラーは答えは出さない。苦しくてもじっとクライアント(相談者)の側についていてあげる。クライアント(相談者)は、落ち込むところまで落ち込んで、それをカウンセラーに感情的に一緒に何ヶ月もつきあってもらう。そういうなかで、クライアントが、「これは自分でなんとかしないといけないんだ」と割り切れるようになって、自分で探して見つけていく。これがカウンセリングです。でも、私は何回も同じ話を辛抱強く聞いてあげることはしません。その方の希望や、個性とタイミングで判断して、施術的なことをしてしまいます。(心にも、体と同じく、手術や治療というものができるのです。そしてリハビリや回復も、です。)私のセミナーでは、相談者の方が、短い期間で(すぐに・あるいは遅くても1ヶ月~2ヶ月程度で)答えを自分自身で見つける方法をじかに教えています。たとえ話でいうなら、魚を与えるよりも、魚を釣るための知恵と具体的な方法を教えているわけです。(^^) ですから、スクールに通って「人の話を聞く」ための「お勉強」をして資格をとった「心理カウンセラー」とはスタンスが全然違うのです。ヒプノセラピーもしますが、そのヒプノセラピーも西洋直輸入の方法ではなくて日本人向けに自分でアレンジしたものなのです。「心理カウンセラーじゃないとなると、じゃ、結局お前は何なんだ?」と訊ねられると、自分でも自分をうまく形容できなくて困っています。(;^_^A私の他に私のようなことをやっている人は、私の他には一人もいないので。まあ、「潜在意識(深層心理)実践研究家」あたりが、妥当なのかな?と思っています。(^^;)平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月09日

久々にきれいな自然現象が見られました。最初は薄くて写真ではわかりづらかったので、あ~残念とか言っていたら、「写して」と言っているように?、はっきりしてきました。パノラマにしたかったのですが上下左右ともずれてました……(^^ゞ 右側の根元?のほうがとくに明るかったです。ここ楽天さんで横に直すつもりだったのですが、画像加工ができなくなったみたいでアテがはずれました。(^^; 平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月08日
整理整頓が苦手です。でも整理していないと頭がごちゃごちゃして落ち着きません。重い腰を上げて資料その他の整理をはじめてます。以前ある出版社に送った私小説というか、ノンフィクションにたいして、返ってきた返事がでてきました。評価はしていただいたのですが、それと企画出版(商業出版)は別のようで。。。ちょっと長いですが、抜粋してみます。-----------------------------------------------------(平成14年1月25日づけ)●幼少期から続く実母との複雑な親子関係のなかで、著者はしだいに心の均衡を失ってゆく。自身の内面を分析的に見据えたうえで、周囲の人間との確執を丁寧に追っていった作品である。ここでは、「書く」という行為を通して、精神的、肉体的変調の原因を突き止めようとする姿勢が一貫している。そしてそれはまたひとりの女性が体験した波瀾に満ちた半生の記録でもある。誰からも与えられることのない愛情、無理解と偏見の入り交じった冷たい眼差しに耐え続けながら、それでも良好な人間関係を築こうとする著者の健気な努力は圧倒的なリアリティをもって読み手に迫ってくる。自己流の精神分析によって、著者が自らの生い立ちを客観視できるようになり病状が改善されたということがなによりの救いであり、似たケースの悩みをもつ人々にとっては明るい希望となることだろう。●簡にして要を得た文章である。著者は丹念に事実のみを篩にかけて抽出し、揣摩憶測を排除して正確な病因の来歴を糺そうとする態度である。作品の前半における回想では一切の不要な形容句が殺ぎ落とされ、峻烈とさえいえるほど事実関係が冷徹に語られている。厳しく突き放すような調子が著者の孤立感を現し、この作品の中心とも言うべき母親との錯綜した関係をシリアスに浮き立たせているといえよう。一方、後半における著者の心理的な自己洞察では、打って変わって卓越したレトリックが効果的に用いられるようになる。 著者が書籍を参考にして始めた精神分析による回想シーンでは、必然的に表現の深化が如実に見て取れる。(中略・ここは具体的な内容なので、ひ・み・つです。(*^^*))……という葛藤の逼迫した心理が大胆な隠喩(文脈比喩)によって表現されている。「簡である」だけでは伝わり得ない感情を、熟達したレトリックによって「要を得る」内容としている点、読者に強く訴えかける力が備わった作品ということができる。●精神に係る問題は、最も活字メディアに適したテーマであるということができる。この作品では、家庭環境や封建的な風土によって精神の自由を奪われたともいうべきひとりの女性の境涯が克明な叙述によって記されている。人間にとって、「愛すること」と同様、「愛されること」もまた不可欠な要素であり、巻頭に書かれている「精神的な孤児」という言葉に、著者に対する両親の覆育の欠如が集約されている。読み手がこの作品に接して、人間的な温かさを逆に意識することになれば、それも作品の一つの巧用であるということができるのではないか。(以上原文のまま)------------------------------------------------------------こんなにおほめいただいたのですが、著者の負担は数百万円!とのこと。あとで知ったのですが、広告では、「優れた作品は企画出版します」とのことでしたが、実際にはそれはしていない会社だったようです。それと、どんな方が批評してくださったのか不明ですが、小説なのに「主人公」ではなく「著者」と呼ぶのは、なぜ?(・_・)小説にはウソ、つまり創作も混じるので(私はこれには入れなかったけれど)出てくる「私」≠「著者」ではないのですが、こういう基本的なところに大きな解釈の違いがあると……。もひとつ、私が書いたのは大胆なレトリックではなく、ありのままの心象風景。だって、俗にいうトラウマというやつで、多重人格スレスレの精神的な危機的状態になったんですよん。いやまじな話として。。。(^^;でも、そういうふうに、異常心理のことがわからなくて、文学的な技巧としてのレトリックだと勘違い?しても、ちゃんとバランスがいいように、面白く読めるように計算はしたんだけどね。えへっ。まね、ふつーの素人の方というか、心理学の素養がない方には、たとえ大手出版社の編集者であっても、なんのことか、文学的な表現にしかとれないでしょ。試練やつらさや苦しさを昇華して表現するのが小説のひとつの形なわけで、だとすると、人間のこころの危機や内面の闇とか溝、断裂というものも、小説のテーマとして似合うというか、文学として成立しえる、とも思う。(なんだか、言葉遊びしてるかな。(^^ゞ) ご想像の通り?!、このボツ原稿は、『プライベート・アイズ』セミナーの習作、たたき台になったものです。有名大手出版社にも送りました。電話してみたら、なかなかよい感触。「ああお母さんとの話を書いたのですね。面白く読みましたよ。神経症(不安障害・ノイローゼ)の人はたくさんいて、原稿がいっぱい送られてくるけど、みんな自分のことしか書いていない。でもあなたのは、まわりのこともふくめて書いてあるので面白かった。面白いというのは失礼だけれども……」But,一般(大衆)向けではないからということでやっぱり相手にされず。でも、今思うと、ここで出版にまでこぎつけなかくて良かったのです。いえ、負け惜しみではなくて、――当時は落ち込みましたが(^^;――このままだとただの「私小説」で終わってしまった。しかも、それで満足してしまったかもしれない。『プライベート・アイズ』セミナーのように、読んだ人が癒され、実際に精神療法(心理療法)まで自分でできるような、講座にするためには、まだまださらなる修練が必要でした。ただの面白い読み物、読書療法(ビブリオセラピー)レベルにはあったかもしれないけれど、そこまで。現状の『プライベート・アイズ』セミナーにくらべれば、まだまだ雑で精神療法(心理療法)のスキルも書いていなかった。 「峻烈さ」をなくして、おだやかに柔らかに、読んだ人にセラピーの効果がでるように、そして具体的に何をやったのかをマニュアルとしてまとめたのが、『プライベート・アイズ』セミナーです。下書き?が、出版社の現場の編集者が読んで面白かったと満足するのですから、それをさらに推敲を重ねたものには、一般の方が引き込まれてしまうのは当たり前でしょ?!(笑)それよりも、精神療法(心理療法)としての作用に注目していただければ。(^^) このときの原稿と、のちにできあがったプラアイでは、雲泥の差。もちろんプラアイのほうがずっとこなれて、レベルも上です。小説はただ自分の感情を吐露していけば良かったのですから、『プライベート・アイズ』セミナーを講座として完成させるのとくらべれば、頭やスキルで使った部分が全然違います。平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月07日
返事が長くなったのでこちらにアップします。------------------------------------------------------------rieさんはじめまして。カキコありがとうございます。えっと、最初に確認しておきたいのは、私自身が研究しているのは、西洋医学ではなくて、精神療法(心理療法)です。それから、私は鬱病患者ではありません。うつ病的な状態には、若い頃かかったことがありますが、アロマセラピーではとうてい脱出できなかったはずです。ちょっとやそっとの慰めや癒し、ヒーリング的なものでは、気持ちが紛れるところまでもいかなかったような気がします。(^^; 人様をヘルプするときには、しばしば、若い頃の、あの鬱病の絶望感、鉛のような、言葉や感情や反応をなくしてしまった気持ちや、常に何かに追いかけられて責められているようなパニックと緊張状態の不安神経症(不安障害・ノイローゼ)だったときの心情を引っぱりだすことがあります。これがあるから、現在悩んでいる方の気持ちもスッと理解できるわけです。お医者様は、表面にあらわれていることや問診で、アメリカの精神医学の診断基準DSM-4とかで診断するのですが、私はひとりの人間として、同じ位置で、経験して乗り越えてきた先輩として、わかるわけです。うつ病や、不安神経症(不安障害・ノイローゼ)の病理の成り立ちというか、構造は人によって様々だと、私は考えています。ですから、何が効果があるのかも分かれます。同じ人でも、うつの段階がどこまでなのかによっても違いますし、いちがいに何がいいとは言えません。私の『プライベート・アイズ』セミナーは、最大公約数でいっているので、うつの方にも回復がみられるのだと思います。アロマセラピーで少し救われたというか、助かっている部分があるのなら、それもrieさんにとっての正解でしょう。それを続けられる一方で、他にもいろいろ試されるといいと思いますよ。鍼治療もいいと聞いたことがあります。話をよく聞いてくれるお医者様も、少ないですがいるようです。(患者の話を聞くことは、保険診療のなかでは報酬になる点数がとても低いため、ここは奉仕の精神と余裕があるかないかになってしまうのかもしれないと、個人的に思っています)最後にひとこと、つけくわえるとすれば、精神療法(心理療法)は受けられるところも少ないので、なかなか一般的には知られていません。そういうものがあるということすら、理解されていないようですが、rieさんがおっしゃるような問題、まさに、トラウマ(精神的外傷)を治療するため、そして、心の健康を回復するためにあるんですよ。ではではここらへんで失礼します。ご自愛くださいませ。(^^) ------------------------------------------------------------平井瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』メールマガジン創刊号から無料閲覧バックナンバーぺージ
2006年10月06日
昨日の続きです。精神療法(心理療法)では本人の力を引きだすだけと書きましたが、それはもちろん謙遜と自戒の意味で申し上げたことです。対面でももちろんそうですし、私のように文字だけのやりとりでも、そこには「癒しの場」のようなある種の「空間」が創造されます。宗教的な荘厳なニュアンスではなく、もっとごくごく自然な形で。形式がないようにして、形式はあります。(また抽象的な話になってしまいますが(^^ゞ)精神療法(心理療法)は、人と人との出会いであり、通常からは少し違っているけれども、それでも、人と人との交流の形でもあるのです。心のふれあいのなかで癒しは起こる。相談者が治療者によって心的に援助されて、健全な心が育つ(情緒が成熟・安定する)ように、また、治療者のほうでも、そういうサービスを提供するなかで、治療者としての自分を確立していく。相互作用があります。 あ~、ちょっとばかし堅苦しい話ですねー。 いかにも心理学とか精神療法(心理療法)の本にでも 書いてありそうなありきたりの一般論で、読む人にとっては つまんなかったかにゃー。 平井瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月05日
あんまり楽しくないお話しですが、こういうこともあるのだと心の片隅にでも置いておいてください。心の治療家やカウンセラーの一部には、愛情と承認のしるしとしてクライアントとセックスする人もいるようです。心の癒しや魂の救済を掲げる宗教家も、信者とセックスをする人もいるし、これが、学校の先生と生徒という場合もあります。普通の恋愛やセックスが、心の癒しというか救いというか、結果としてセラピー(治療)的な働きをすることは、誰しも認めるところでしょう。(^^) でも、治療の名を借りて、治療者がセックスやそれに近い行為をクライアントや相談者、患者に行うことは、たとえ患者がそれをどれだけ切望したとしても、絶対にやってはいけないことだと思います。体の関係ができてしまえば、それまでの関係が、まったく性質の違うものになってしまいます。フロイトが、精神分析のルールとして、患者の欲求を満たしてはならない!と強く禁じたのは、自分の話をじっと熱心に黙って聞いてくれるフロイトに、患者(上流階級の貴婦人たち)が、恋愛感情をもつことが多かったからです。 治療者も人間ですから、誘惑にたいして「石」のようであれというのはきついかもしれませんが、 それでも、患者の利益を護るために、――治療においての責任者は治療者なのですから――、絶対に踏み越えてはならない一線があると思っています。☆ 性的な癒しを売り物にして、自分の上半身のセミヌード写真(乳房)をホームぺージ上にアップしている女性カウンセラーもいます。でもそれならそれでいいと思います。その方の男性ファンは、そういうものを求めているのでしょうから。問題は、そんなことをおくびにも出していないのに、おかしくなっていくことです。 治療の名を借りたセクハラを受けたら、相談者(クライアント)の心は癒されるどころか、汚染されてしまう。自分が患者の親に代わって神のような大きな愛情を与えて救ってあげられる、もし、そう考える治療者やカウンセラーがいたとしたら、思い上がりというか、勘違いも甚だしいです。(;^_^A 誰も、過去を変えることはできない。心が回復していく力はそのクライアント(相談者)のなかにあって、カウンセラーはそれを引きだすお手伝いをするだけなのです。文責 平井瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月04日
心が病む、いじくれてしまうということは、たいていの場合、その人の人格全部が侵されることではない。だから不安神経症(不安障害・ノイローゼ)になっても、人とうまくやっていけないわけではない。(本人は毎日生活することだけでたいへんだし、タイプによっては、まわりがたいへんということもあるけど(;^_^A)でも、虐待や抑圧が強すぎて、性格まで歪んでしまった場合はこれはまた別問題である。人から優しくされるとその親切な行為にたいして、――通常なら恩義に感じたり感謝するところを――素直に受け入れることができず、拒絶や却下、ときには腹を立てたり逆恨みさえする、なかなか厄介なタイプがある。身近なところでは、性格がひねくれてしまって、善意で友好的に接しても、何か魂胆があるんだろう、と考え、何があっても自分だけが絶対に正しくて、他の多くの人がおかしいんだ!と、接点や共通点、妥協点を見いだそうとしない、偏狭な性格の人とか……。それは、時と場合によっては、政治的な場面などでは、烏合の衆という場合もあるかもしれない。人は間違うものだから。でも、普通の日常の生活の場では、互いが互いにもっている、人への信頼感のようなものを寄せ合って、確かめあう感じだよね……?!相手を傷つけないことも、自己を傷つけさせないことも、暗黙の最低のルールだろう。ここがわかっていない人に説得は不可能に近い。人格障害……というあいまいな概念が脳裏をかすめる。そんな言葉で類型化しても、何の役にも立たないのだけれど、世の中にはいろんな人がいる。現世は玉石混淆の世界。地獄も天国もここにある。地獄も天国も、人のこころ、精神の有り様が創りだしているということになります、かね。 ちょっと漠然として抽象的すぎるかな。(;^_^A 平井 瑛子ホームぺージ http://hiraiyoko.com/メールマガジン 『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』
2006年10月04日
全20件 (20件中 1-20件目)
1