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娘は先日バレエのテストに合格し、テストの評価ももらいました。その後、バレエの先生と個人面談があり、随分と厳しい事を言われました。娘はなかなか筋肉がつきにくい体質なので、友達がカニのようにお腹が割れていると特に目立ってしまいます。娘の課題は人より努力して筋肉をつけることです。娘の友人は一応テストに合格したのに自分から止める決心をしたそうです。理由は「背が低く、このまま続けても将来がみえない」と言うことです。娘は友達に「背が低いのは理由にはならない。日本人は背が低いけどすばらしいバレリーナだっている。」と言ったそうです。友達は確かに背もダントツ低いしうえに首もありません。可哀想だけど小さいのに踊る場所もいつも1番後ろの端だったし、バーレッスンのデモも1回も選ばれてなかったりで、自分で見切りつけたんでしょう。評価も一応合格だけどギリギリな感じみたいです。ちゃんと勉強していい大学に行くということです。やりたくても落とされる子、合格したのにこれ以上頑張れないと自分から去って行く子、娘は先生のアドバイスを聞いてさらに努力して頑張る道を選びました。これからますます厳しくなってきますが、本人次第でしょう。娘はチャンスがある間は絶対に頑張る!と言っています。親は黙って応援するだけです。
2007.04.26
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4月になってからは毎週火曜日朝8時半からテニスタイムです。これが結構疲れます。汗はかくし、しばらく脳みそがしびれた感じになるので。それでその後みんなでコーヒータイムなんですが、本当ははいつもすぐに帰りたいと思ってるのです。でも「コーヒー行くやろ?」とか言われたら「O.K.」って口が言ってしまうんです。それで、いつも払ってもらってるので昨日は私がみんなの分カプチーノ買いました。脳みそしびれてるのに、集中して話を聞かないと、さっぱりついていけないし、何やら今日の話題は老人介護のことでした。そのうち自分のお母さんが倒れた時の話を、涙ぐんで話し出したり・・・。そしたら突然知らない人が私に向かって握手してきて、何やら自己紹介みたいなのがあったけど、息子の学校関係ってことしかわからなかった。それが先生なのか事務の人なのか、友達のお母さんなのか?脳みそしびれてるちゅうーの。皆にとって私は一人の日本人だけど私にとっては皆がオランダ人。名前が覚えられない。覚える気もないんだけど。長い間一緒にテニスしてる人の名前も知らない時もある。私の名前をちゃーんと皆言ってくれる。そんな時は誰かがその人の名前を呼ぶのを聞いて覚えようと努力はするんだけど、発音が難しくて聞きそびれてしまいます。そっとしといてほしい。けどまた誘われた「O.K.」って言ってついて行くんだろうなあ・・・・・・。
2007.04.25
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主人の昔からの大親友の息子が亡くなりました。子供に先立たれるなんてこんな悲しい事はないでしょう。事故で亡くなったと聞いたのでてっきり交通事故だと思ってました。主人の親友は以前にも大きな交通事故で自分自身も生死をさまようような怪我をして同乗していた友人二人は死亡と言う経験があるので、車の事故でまた不幸な事かと思っていました。ところが少し落ち着いてから主人が連絡を取って慰めたりしていたら、どうやら死因は交通事故ではなく、殺人だったとのこと。ショックでした。何でもドラッグに関係する組織のボスを逮捕するための裁判での証人が殺された息子さんだったそうです。警察はかならず身の安全の為に裁判までガードをすると約束をしておきながらそれを怠った結果の出来事です。主人の親友には娘がいます。まあターゲットは息子だけだから問題ないだろうと言うことですが、念の為娘を守るためにどこかに引越しをするそうです。主人の親友は残された家族を守っていかなければならないので、犯人のことは何も知りたくないとの事です。名前を知ったら憎しみが増すし、組織相手に1個人では何も出来ないと、言ってたそうです。私なら・・・・・子供を殺されたら・・・例え逆に殺されてしまい魂だけになっても、子供が味わった苦しみ以上のもを味あわせてやりたいと思うと思います。それにしても何って警察なんでしょう!!!約束が違うじゃないですか!!これから警察相手に裁判をするのかどうかわからないけど、失った息子は戻ってきません。彼はまだ21歳だったそうです。どんな殺され方をしたのかは、知らされてないようです。よほどひどかったのか・・・!?
2007.04.24
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その後学校で友達とどのくらいの評価か言い合った結果、自分はそれ程悪くない事がわかり、ホッとして電話がかかってきました。何だかあの時は被害妄想みたいなことになったのでは!?悪く考え過ぎたみたいでした。娘の学校は本当に厳しく小6から毎年バレエのテストがあって、レベルに達していないと落とされるわけで、以前私はバレリーナになるとずーっと言っていた子が落とされた時は本当に可哀想だと思いましたが、親御さんは早いうちにわかってよかった言ってました。厳しいけど、いい学校だと思ってます。プロになるための学校なんだから厳しくて当たり前だと親子で納得していますから。
2007.04.22
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昨日結果が出ました。今年も無事合格して、娘とホッとしてました。娘のクラスからは一人女の子がアウトになりました。1学年下クラスは四人女の子がアウトになり、涙涙だったそうです。そして今日、バレエの通知表が届いたのですが、娘はもっといい結果がつくと思っていたようで泣き出して大変でした。そこで本当にわからないのが、娘は1年生の時からソロを躍らせてもらったり、発表会やちょっとした舞台があると必ず選ばれていい役をもらったり、いいポジションで躍らせてもらったりしているにもかかわらず、1度も選ばれたことのない子よりも通知表の評価が悪かったりする事????本当にわからなくなってしまうーー!!
2007.04.19
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昨日は息子の車の学科試験合格を祝って、息子のリクエストでチーズケーキを焼きました。これは本当に超簡単チーズケーキで、材料を全部ミキサーに入れて混ぜて、型に入れて焼くだけ。冷蔵庫で冷やして食べるのですが、本当にクリーミーであっさりとしていておいしいの!!これは誰に作っても大好評です。材料:クリームチーズ340g 生クリーム 200cc 砂糖 100g 玉子 3個 小麦粉 大さじ3これをミキサーにかけて、直径26cmのケーキ型に入れて180度50分冷蔵庫で冷やして召し上がれ。この間クリームチーズが足りなくて300gでやってみたけど大丈夫おいしかったです。
2007.04.17
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春のはずなのに先週末から25度以上のかんかん照りの天気。ジャケットを脱ぎ捨て、半袖にサンダル姿になりました。夏のような天気、何だかおかしい。アメリカのワシントンでは雪だって話。地球はどうなるの??そんな中、息子の地元のバスケットボールチームでの最後の試合があり、娘と二人で応援に行きました。大いに盛り上がり、息子のへの声援を聞いて嬉しくなり、出張中の主人に頼まれた写真を出来るだけたくさん撮るよう頑張りました。みんな小学校からの友達で違う学校に通っていても同じチームで高校3年生になっても友情が続いてました。本当にいい友達に恵まれて、親としても幸せでした。でも大学はみんな別の土地に行くのでついにみんなバラバラになってしまいます。息子は「大丈夫、みんなとはずーっと友達やし」と結構あっさり言ってましたが、私の方が寂しい気持ちになってしまいました。でも小さかった男の子たちがみんな大きくなって大人になっていくのを見ると時は確実に経っているんだと今更ながら実感してしまいます。息子のチームは結構美形が多くてアダムサンダーソン似やブラッドピット似、そのお姉ちゃんはブリットニースピアー似、本当です。今日は息子の車の学科試験でした。見事合格してきました。何でも息子が受けたクラス50人中15人の合格者だったそうです。次の運転試験は6週間後だそうです。運転は先生が家まで迎えに来てくれてそのまま道路で運転し時には高速も走りまた家まで送って来てくれます。日本の教習所とは全然違います。教習所自体がないと思います。個人のドライビングスクールはあるんだけどね。
2007.04.16
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昨日はイタリアンレストランで家族で食事をしました。これがひどいレストランだった!まず娘はミネラルウォーターを注文したにもかかわらず、グラス1杯の水は水道水だったと思う。だってコップに入った水がどうしてミネラルウォーターって言い切れる!?臭いが間違いなく水道水だった。私が文句を言おうとしたらみんなに止められたので止めたけど、これはないでしょ。次に盛りかごにパンとハーブバターを持ってくるのをこちらが言うまで忘れてる。とどめは主人が注文したのはローズマリー風味の鯛、私が注文したのはパプリカソースとアンチョビーバターの子牛肉、ところが私の肉がローズマリー風味で主人のがパプリカソースとアンチョビーバターだったの!!文句を言いたかったけど、主人は黙って帰ってもう来なければいいと言うのでそうしたけど、何だか、このレストラン以前とは変わったような気がする。口やかましく言わせてもらえば、前菜もあの値段の割にはこの程度って感じで満足できなかった。久しぶりの家族そろってなのに残念!!
2007.04.14
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昨日はアムステルダムまでお買い物に行きました。まずは日本食料品店でお米や他の日本食、久しぶりに来たので、カップうどんにカップ焼きそばメロンパンにあんパンまで買ってしまいました。大したものはあまり買ってないのにそれでも日本円にして¥25600なりーでした。次に主人と待ち合わせをして娘のベッドを見に行きました。私が見つけんだけど、ドイツ製の手作りベッドでかなりの高級ベッドです。背骨や腰にもよくて、とにかく体に優しいベッドで25年間保障付きなんです。種類もいろいろあるし、サイズも選べるしと娘といろいろ試して説明を聞いて、値段をだしてもらったら約3000ユーロ!!日本円で48万円でした。これは無理でしょ。買ってやりたいけど48万はちょっと高すぎる。高級だと思っていたので25万ぐらいまではと一応の覚悟はしてきたけどそれをはるかに超えているので驚きました!それにマッサージつきの最高のベッドになると120万円するんですよー!!そんな値段のベッドが存在するなんて知らなかったー。
2007.04.13
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主人がこの間ラジオの討論会で賛否両論のすごい話題があるんだけど私ならどんな意見?と聞いてきました。その話題と言うのが、1組の恋人同士がいました。彼女は癌(どんな癌かはわからないけど多分女性専用の癌と思う))で放射線治療をはじめたりしたら子供が出来ない体になってしまうと医者に宣告され、彼女はどうしても子供が欲しかったので癌治療の前に医者に頼み人口受精をし成功した卵子を病院で保存してもらうことになりました。それなら治療後子供が産めると言う希望があるので安心して彼女は治療に専念しました。そして何年か後元気になった彼女は子供が欲しいと思い病院に行ったのですが、その何年かの間に彼とは別れてしまい、彼の方からストップがかかてしまいました。そして、裁判になり遂には最高裁までいった話らしいです。彼女にしてみればそれが自分の子供を持てる最後のチャンスだからぜひ子供が欲しいと言う言い分。彼にしてみれば愛してない女性に自分の子供を生んで欲しくないと言い分。そして二人には契約書があり人工授精した卵子は二人の同意の上で使用する事。となっていたそうです。意見はいろいろですが、私が彼女の味方であれば彼女が病気とわかった時点で子供が出来なくなるのならそれならば人工授精して卵子を残しておこうと考え、それが唯一自分の子供が持てるチャンスなのだから、それを今更ストップをかけるなんて、唯一のチャンスを踏み潰すつもりか!?と言ってしまいそう。でも彼の味方なら別れた後に勝手に自分の子供を産むのは無責任すぎる。彼女にとっては唯一のチャンスでも、それはあまりにも利己主義な考えなのではないか!彼が愛する女性と子供を作り家族を作って行きたいという思いも無視できない。と言ってしまいそう。そして私が裁判官ならやっぱり契約書も無視できない。彼女にとっては唯一のチャンスでも彼の同意がなければやっぱりだめでしょう。結果は彼女の敗訴で人工授精した卵子は処分されたそうです。女として彼女の気持ちは痛いほどよくわかるけど、裁判官の判断は正しかったんじゃないかなあ????
2007.04.12
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あれから昨日は大変だった!主人が4時ごろ帰るって行ったから家に帰ってから病院に行った方がいいと思ってたけど、高速の出口まであと3kmと言う所ですごい事故があって通行止めになってしまい、すっごい渋滞で身動きが取れなくなり、ガソリンスタンドに入るのにも1時間ほど待ってといろいろあって結局4時に帰ってくる予定だったのが7時半ごろになったの。その間私たちは1度キャンセルしたアポをもう1度取って、タクシーで病院まで連れて行きました。レントゲンをとって治療するのに1時間半待ってくれと受付で言われて、ただ座って待ってました。子供たちは3人でおしゃべりして苦痛そうでなかったけど、私はただ座ってるだけなのに、しどかったー。帰りもタクシーが必要だったけど、この国では流しのタクシーなんてないからいちいち電話してお願いしなくてはいけないし、どうしょうって考えてたら7時半ごろ主人が病院まで来てくれて私だけを連れて帰ってくれました。助かったー。それで主人は疲れた体にムチを打って病院までもどり、子供たちに付き添って、男の子をアムステルダムの家まで送り届けました。結局軽い骨折だったけど8日間ギブスをすることになって、病院に連れて行って良かったーって心底思いました。それからアムステルダムまでの道がまたバケーション帰りの車で渋滞で結局家に着いたのは夜の9時半。デンハーグの女の子はうちに泊まる事になり、10時ごろから夕食で、デザートに焼いたチーズケーキはペシャンコにしぼんでしまってました。男の子は初めて娘のところに来たのに、怪我して病院に行くために来たようなもので、私たちもなんだか不運でイースターバケーションの最後の日は本当に災難な日でした。
2007.04.10
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娘の友達が遊びに来ました。アムステルダムから男の子一人、デンハーグから女の子一人、それなのに、来て早々アムステルダムの男の子が近くの小学校の遊び場で転んで手首をひねったみたい。骨に異常があるかどうかもわからないけど、異常な腫れ具合で怖いくらい。すぐに救急用の医者に電話してアポをとったけど、アムステルダムに帰って親と一緒に病院に行った方が早いのでは!?って言う事で車で家に向かってる主人と相談の結果、主人が彼をアムステルダムの家まで送って行くことになりました。朝4時から運転し続けて、やっと家に帰ったと思ったらまたアムステルダムまで往復はちょっと可哀想だけど、仕方がない・・・。本人がやるって言うんだもん。いいパパです。
2007.04.09
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金曜日から月曜日までイースターで休みです。娘は明日アムステルダムで友達と映画を観たいと言ってますが、行かせません。そんなわざわざ休みの日までアムステルダムに行く事はないと思うので。小学校の5年、6年の頃は主人が朝通勤の時車で娘を学校まで送って行き、帰りは私が車で迎えに行ってました。出張の多い主人が居ない時は行き帰りを一人でし1日アムステルダムまで2往復、車でし、本当にしんどかった!!大雪の日は朝6時半に出て学校についたのは11時半頃で、その日は電車も止まり、学校に来ていたのはアムステルダム近辺の子と娘だけで5人ほどだったらしいです。その日は5時間も運転してもう迎えは無理と思い、アムステルダムの友達のところに泊まらせてもらうように娘に言って一人で帰ったこともありました。とにかく朝が早い上に車の運転と渋滞で疲れた毎日を送ってました。ある日学校帰りに娘と買い物に行ったとき、マスカラがにじんでいないか娘に「目の下、黒くなってない?」と聞くと「黒い」と言うので何度も指でふいているのに、何度聞いても「黒い」と言うのでこすってたら娘が「多分こすっても取れないと思う。何か長い事寝てない人みたいになってるし」と言うぐらい疲れてました。もちろん夕方渋滞にまきこまれて大変な思いをしても、夕食を作らなくていけないでしょ。日本のようにファミレスがあったり、コンビニやデパ地下があるなんて便利なことがないので毎日毎日作らなければならないのがしんどかった。でも息子にご飯の炊き方を教えて、遅くなってしまいそうな時は頼んでご飯を炊いておいてもらってました。息子は嫌がりはするけど、頼んだ事は必ずやっておいてくれるので、助かりました。それが中1になってからは電車通学を許したので、中2の今では慣れてしまい、休みの日でもアムステルダムで友達に会いたがります。息子は地元にたくさんの友達がいるので、今日のように良い天気の日はバスケットボールの誘いが来て、ボールを持って外に飛ぶ出していきました。今は高3でもうすぐ始まる卒業試験で毎日勉強です。この間は普通の試験で、本を13冊読んでそこから口頭で作家についてや内容や人物についてやいろいろな質問が出される試験がありめずらしく緊張してましたが、合格点がとれて喜んでました。主人はこの休みの間に海の家のメンテナンスに出かけました。私たちはアドリア海に面したイストリアのあたりに家があり、夏にちゃんと使えるよう、窓を開けて風を通して、ボイラーや電気のチェックに行きます。今年はボイラーの調子が悪く熱いお湯が出なかったので新しいのと取り替えたという事でした。何だかそこのリゾート地にすごい投資がされているようで、ビラやホテルの建設が始まり、ゴルフ場もできるようです。私たちはそこが出来る時に買ったので中心の海まで歩いていけるトップロケーションに家があるので今は本当にラッキーやなー。と主人と言っています。
2007.04.08
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第3時オーデションはAグループBグループがありAグループは1年間ナショナルバレエ学校で週2回のレッスンを受けていたグループでBグループは今回のオーデションでここまで残ったグループでした。各グループ18人で計約36人ぐらいだったと思います。第3次オーデションは2ヶ月の週2のレッスンと骨格検査と心電図など健康診断などがあり3月末にテストがあり合否が決められました。バレエが上手くても骨格検査に通らなければならないし、健康であるというのも大切な事でした。その間家の中では主人がバレエ学校に行かすことに大反対で、毎日毎日辛い日々が続きました。主人の言い分はそんな特別な事をすることはない、バレエ学校に行ってもプリマになれるとは限らない、怪我をしたらどうする?通学時間に往復に車で早くて2時間バスや電車を使うと3時間もかかる。小学生の娘にそんなことはさせられない。それにバレリーナは大体35歳ぐらいまでで、その後はどうする?10歳の子供に自分の人生は決められないんだから、親が正しい方向に導かなければいけない。そして私の言い分は誰にでも与えられるチャンスじゃないんだから、やれるだけやらせてやろう。バレエ学校が合わなければやめればいいんだし、プリマになれるかどうかはわからないけど、やってみなければ可能性はゼロのままなんだし。本人にバレリーナになるかどうか今決められなくても、やりたいかやりたくないかは今わかるんだから、本人のやりたいようにやらせてやろう。娘が35歳になったときのことを何で今話し合う必要がある?結婚して子供が居るかもしれないし、あなたは死んでるかもしれない。毎日毎日話し合いをして、その間に第3者が入ってきて、片道1時間半の通学は可哀想だ。遊ぶ時間がなくなる。そんな厳しい学校にやるなんて。などなど外野もうるさくなってきて、私の味方は日本人の友達だけで、やっぱりそんなチャンスはないんだから、やらせてあげればいいの意見でした。そうこうしてる間娘は沈黙を守っていましたが、いつも娘側の私は遂に自分がバレリーナになりたかったから娘に押し付けてるってまで言われるようになりました。でもそんなこと私にしてみれば夢にも考えた事のない職業で、言われる筋合いのないこと。私は娘に自分の口ではっきりとパパに行きたいと言うようにいいました。娘は泣きながら行きたいと言い、主人はママに言わされてるのかと言い。私が行きたいから行きたいと言ってるだけと口を開いて、主人と話し合ったみたいです。結局、娘の熱意に負けて、可愛い娘をサポートすると決めたようです。但し、バレエ学校に行く事で勉強がおろそかにならないこと。成績は維持する事。これが約束でした。でもまだ受かるかどうかわからないんだけど・・・。それでも娘はオーデションに受かり、Congratulationnoの手紙が届き、娘は手紙を見て泣いて喜んでました。男の子4人女の子8人の12人の中に入れました。主人は密かにオーデションの先生に会いに行き、バレリーナには家族の100%のサポートが必要ですって言う話の時に僕はできませんと言い、そのせいで娘が落ちたらどうするの!何てことしてくれたのー!!って最悪でした。受かった後も100%サポートできないって言ったのにどうして娘は合格なんかしたんだ。と言いにいったらしいです。先生は合否は才能で決めましたが学校に来るかどうかは家庭で決めることです。と言われたそうです。その後私も先生に小学校は後2年なんだし、中学生になってから入学ってことではだめですか?と聞いたところ「Now or never 」って言われました。娘も今までの学校と友達と別れるのが辛くて泣いてましたが、それでもバレエ学校に行きたい気持ちの方が強くて、嬉しい気持ちと自分のチャンスに興奮していたと思います。それから主人も私も娘の為に全面協力宣言をし、息子も妹が35歳で職なしでママとパパがいなくなっても僕が妹の分までお金持ちになるから、僕が居るから大丈夫といってくれました。家族戦争はこれにて終了。
2007.04.05
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今日は娘のオーデションの時の事を書きます。娘は7歳の時に地元のバレエ教室に通い始めました。女の子なんだから背筋と首のラインがきれいになるようにと言う親心からですが、初めてのレッスンで先生から「前にどこかでレッスンを受けてたの?」と尋ねられ大喜びしてました。8歳の時地元のバレエ教室のセレクショングループに選ばれ週に2回レッスンが受けられるようになり、そのうちセレクショングループのレッスン料は半額でした。9歳の時地元のバレエ教室の先生に薦められ国立バレエ学校のオーデションを受けてみないかと言われました。先生に認めてもらえたって感じで大喜びしたけど、何だか学校に連絡してオーデションに連れて行くのも面倒で延し延しにしてたら、レッスンに行くたびに先生に尋ねられるし、こりゃいよいよ本気で考えなくてはと思い、娘に聞くとオーデションに行くと言うし、でも多分この時はバレエ学校に行くことは考えてなかった思います。でもこの後映画「ビリーエリオット」を観て、「バレエ学校に行く」と本人から言いました。この映画はイギリスの田舎町の男の子がロンドンのロイヤルバレエ学校に入るお話ですが、娘にかなりの影響を与えたみたいです。初めてのオーデションはオランダの各地で行われ、地元の近くでもオーデションはありましたが、やっぱりメインで受けなくてはと思いアムステルダムの会場に行きました。第1次オーデション11月にありは親も見学してよかったので一緒についてたのですが、かなりの人数でちょっと圧倒されました。オーデションは肉の品評会みたいだと思いました。どれだけ足が開くか?どれだけ体が柔らかいか?ジャンプ力やバーを使っての軽いレッスンなどなどありました。結果はその日のうちに出されて娘も合格の手紙を渡されました。でもかなりの人が落とされていて、「うちの娘のどこがいけなかったのですか?」なんて聞いてる人もいました。まあ第1次は受かるだろうと思っていたけどやっぱり嬉しかったー。それから2月に第2次オーデションがあって、そこには第1次を通過した自信満々の子供ばかりで、うちはもうだめだろうなあなんて思ってました。親は一緒について行けなかったのでただ待ってるだけだったけど、自信満々の子供の親も自信満々で部屋の真ん中で大きな声でおしゃべりしてました。私たちは隅っこで大人しくすわってただけ。そしたら本人も親もびっくり合格してしまいました。自信満々はみんな落ちました。それから第3次オーデションは約2ヶ月週に2回のレッスンを通して行われる事になり、毎週、車をとばして学校の後アムステルダムまで連れて行きました。ここからいよいよ本格的にバレエ学校に行くかもしれないと考え始めて、まさかここまで行くなんて本人よりも親がびっくりで、家族戦争の始まりでした。この続きはまた今度にします。
2007.04.03
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土曜日に学校から手紙が来て来年の中間発表会に使う衣装を個人で購入してもらうことになりました。学校は3分の1負担するので、残りは個人でお願いしますと言うような内容で、衣装のデザイン写真まで入ってました。でもその衣装がださくて、娘もこれはちょと・・・。って言ってたけど学校で決まった事なら仕方がないと思ってました。それにしても今まで衣装は全て学校が用意してくれてたのに??新しく決まったことかなあ?学校の生徒がみんな同じ衣装ねえ??なんて思ってました。そしたら月曜日学校に行った娘から電話があって。手紙の日付けを見るように言われて見たら4月1日になっていて、だから?って聞くと、だからエイプリルフールでその手紙も衣装の写真も全部ジョークだったんだって。と言うことでした。まさか学校が!!なんて驚きましたが、それはそれでおもしろいことするなあって思いました。
2007.04.03
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今日はエイプリルフール。上の部屋に居た私は下に居る子供たちを驚かそうと、悲鳴をあげました。1回目は無視。2回目は2階のイスを倒して悲鳴をあげましたがまた無視。聞こえないのかなあと思い3回目は上から棒を落として悲鳴を上げました。そしたらようやく息子が上がってきてくれてあわてて階段のおどり場で倒れてるふりをしたけど、息子が今日はエイプリルフール、フムフム棒を落として倒れたふりしていたずらかと小さな声でいいながら棒を片付け自分の部屋に戻っていきました。娘は上に来もしませんでした。小さい時は駆け寄って泣いてくれてたのにー。
2007.04.01
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