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2009.07.17
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カテゴリ: カテゴリ未分類
NHK17~18世紀の美術(バロック~ロココ)の4回目の講座があった。

今日のテーマは「シャルダンと風俗画」についてであった。

最初はフェルメールの講義の時に紹介された作品はホルンストの「歯医者」であった。
風俗画は、この当時としては、生活を共有し、楽しむものとして世に出てきたと言うことで、17世紀に最初にオランダで人気が出てきたジャンルであるという。

患者の必死な形相の中にもなにやらユーモアを感じるものとして描かれている。

主題のシャルダンで最初に紹介されたのは、「コマを回す少年」であった。シャルダンは静物画の他にも世俗的な生活を描く風俗画でも多くの作品を残している。
シャルダン自身は才能があったものの、当時のアカデミーには入会しておらず、自らの作品を持参して、入会を認められたということである。

「コマを回す少年」ではコマは回り続けなければやがて倒れる訳で、いつも絶え間なく回す必要があるのと同じく人生でも学び続けなければいけないことを少年がコマと戯れる姿とラップさせて表すという教育的な問題を含めているとのことであった。

身なりも上品なこの少年は、実在の銀行家で、資産家の息子であり、親がかくあるべきとシャルダンに書かせたものであるという。親の意気込みが入った肖像画でもあるわけだ。


食前の祈りをするのは、幼い男の子と決まっていたらしく、日々、そういった重要なことを、幼い頃から学ばせると言う意味があったようだ。

男の子は女装しているので、一見女の娘のように見えるのだが、当時は、女の娘の方が、身体が丈夫であり、それにあやかるという意味や、男の子は悪魔に魂を取られるという言い伝えなどがあり、当時の女装風俗となっていたようだ。

母親は、温かいスープを食卓に出しながら、男の子にお祈りをするように促しているという、作品自体は小さなものだが、市民の道徳的風俗画として、やがてやってくるフランス革命で、王や貴族だけでなく、市民も主体性を持って生活が出来る時代が来ることを予感させる絵でもあった。

17世紀のヤン・ステーンにも「農民の一家の食事」という似たような作品があるが、シャルダンのものはそれより遙かに自然に描かれるようになった。

「銀のゴブレット」はゴブレットとリンゴ、それとスプーンが入った鉢を描いた静物画であるが、筆使いといい、色彩の表現といい、絶妙なバランスを保っている。
当時静物を描く画家は、歴史画家などに比べて一段低い目で見られていた。先にアカデミーに入会したとき自分の絵を携えていったというのが、この絵である。

審査員は「素晴らしいフランドルの絵だね」と評したが、それがシャルダン自身の絵画とわかるや、すぐにアカデミーへの入会を許され、当時は歴史画家にしか許されなかったルーブル宮殿内に自室とアトリエを与えられるようになったということである。
それ以来、シャルダンによって静物画への評価が一気に高まり、現代の静物画への門戸を開いた作品といえる。

ボージャンの描いた「静物」は五感を表す対象物を一枚の絵の中に脈絡なく表現した作品である。

もう一つ、シャルダンの「オリーブの瓶詰め」はオリ-ブの入った瓶や、ワイン、ナイフ、壺や、やはりゴブレットであろうか、テーブルに何となく置かれた対象を、形、素材の感触、絵の具と筆のタッチなどがしっとりとマッチしており、ディドロをして「シャルダンの魔法だ!」と言わしめた作品である。
連れ合いもこの作品はとても気に入っているようで、ノートには☆のマークが付されていた。



これらの作品には、父親が描かれないのが普通であり、父親はさっさと支度を済ませて、こういった女性の作業が終わるのを静かに見ていると言うことなのであろう。この種の作品は買い手である男達の間では評判が良かったようである。

「家庭教師」では当時の上流階級の家庭では、家庭教師を雇い、単に勉強を見ると言うだけにとどまらず、愛情を持って、厳しい躾もするという重要な役割を果たしていた。
あのサウンド・オブ・ミュージックでトラップ家に雇われる修道女マリアなどは、当時の家庭教師の有りようを代表するものであろう。
シャルダンの作品にも、どことなくそういった雰囲気が、感じられるものである。

ここでシャルダンを離れ、グルーズの「農民の婚礼」が紹介された。結納金の革袋を持参した青年を中心に、横に花嫁が手を繋いで表現され、その花嫁には、別れの寂しさで、手を握る母や、同じく妹が描かれ、花婿の横には、金を受け取り、「まぁ、以後よろしく」とでも言った風情で椅子にふんぞり返っている父親と、その後ろには、花婿を値踏みする小姑そして、右端には、なにやら黒装束の町の公証人が見届けるということが画面一杯に描かれており、見ているだけでいらいらするような感じを受ける。



同じくグルーズの「小鳥の死を嘆く少女」では鳥かごの上に死んだ小鳥を置き、いかにもそのことを嘆いているようにも見えるが、美しい少女が、男遊びをして、そのあげく処女を喪失したことの悔いを描いているとされている。
現代のように、テレビでの芸能ニュースなどがない時代では、こういった作品は多く描かれ、その注釈として、4行や8行の文章で説明が書かれたものがサロンなどではもてはやされたらしいが、やがてはその底の浅さと共に廃れていく運命にあったようだ。

洋の東西を問わず、又古今の歴史上も「他人の不幸は蜜の味」的なこういった作品は、風俗画でも低級な部類なのであろう。

フラゴナールの「コレシュスとカロリエ」では、風俗画というよりは歴史画で、フラゴナール自身ブーシュに師事し、歴史画から始めている。古代ギリシャの悲劇を現わしたこの作品は、アテネに病院を建てる際の生け贄として美人(何故か生け贄は美人と決まっている)が中心に描かれ、それを殺す役である大司教が、この肌をはだけた美人に恋をしてしまい、自らの胸を短剣で刺すという構図である。
こういった内容が好まれたのであろうか。

フラゴナールは、歴史画家から風俗画家に転じて多くの作品を残しているが「思い出」では社交界に出始めた若い女性が、たちまち恋に落ち、人知れず大木の幹に好きな男のイニシャルを刻んでいるという絵である。全体に淡く柔らかい雰囲気の作品であった。

フラゴナールとジェラールの共作になる「初めての一歩」は一人歩きし始めたその一歩を手を差し延べた母親が右側に描かれている。左には、乳母が立ち上がって歩こうとしている幼児を驚きと喜びの表情で見ている。
当時は、日本の昔の皇族のように、自らの手で子供を育てるものではないというのが西欧でも常識であったらしい。この頃以降は、自らが育児になにがしか加担するということがはやり始めたと言うことである。
こういった風潮は貴族の間で流行したという。

フラゴナールの「水浴の女達」については省略する。

フラゴナールの「ブランコ」は同じ作品名であるヴァト-のものとは違っていた。ヴァトーの作品は女性が乗るブランコを傍らでその恋人が揺するというものだったが、フラゴナールの作品は恋人が乗るブランコを見ている自分たちを描くように依頼した作品だが、ブランコを揺するのは、端に描かれた司祭であり、男性は、揺すられた恋人のはだけるスカートの中を反対側で覗き込むという構図である。

馬鹿馬鹿しくも享楽的、退廃的でエロチックな作品であるが、これらの流れを見てもフランス革命は近いということを感じさせる。

最後に紹介された、フラゴナールの「ディドロの肖像」は端正なディドロを描いた作品で、このディドロが、フラゴナールをアカデミーに招じ入れたということを思うと、特別の感慨で描いたことであろう。肖像画でも、少しポーズを取るこの作品にも連れ合いのノートには☆印がついていた。





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Last updated  2009.07.19 20:07:40
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