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2009.08.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
NHK17~18世紀の美術(バロック~ロココ)の5回目の講座があった。

今日のテーマは「ホガースと18世紀のイギリス」についてであった。

この辺りの美術史については学生時代を通じて詳細なことを教わった記憶がない。元々美術なるものに目を開かせてくれたのは連れ合いであるから、若い当時は19世紀の後半からの印象派以降についてが主たる芸術だとの理解であった。

私自身は、古典派の時代の作品も嫌いではなく、前にも述べたが、ギリシャ・ローマ神話に源をなすこの時代の絵画にそういった神話の具現化という点での興味を持っていたことは確かである。

しかし、所詮文化の違いで、絵画から、当時の時代背景を深読みすることは出来ないため、もちろん多くを知ることは出来なかった。

この講座で、ルネサンス時代からバロックにかけては画家の名前や作品の名前を知っているものがだんだんと出てきて、それなりに美術というものが好きになり始めることとなったが、本日の講義にあった、ロココ時代の作品は、自分にとっては隘路のようなものであり、ただ、バロック美術の硬さに、多少の軽妙さときらびやかさを付け加えたものとしての理解程度にとどまっていた。

「ロココ美術」という名前から受ける私の印象は少しきらびやかという味付けがあるとの漠然とした感覚であった。

今日の講義の冒頭、18世紀のイギリスでは大陸から浸透した芸術は風土上あまり根付かず、芸術家を産むには適切でなかったという話があった。その点ではフランスにおける王侯貴族の華やかさを受け継いではなく、一応フランスに似せた「王立アカデミー」を設立今日に至っているとのことである。

また、私の解釈だが、やがて七つの海を支配するイギリスがヨーロッパ諸国の軋轢を越え、世界に覇権を唱えだした初めの頃に当たるため、芸術方面に割く時間的余裕がなかったのかも知れないと感じた。


ゲインズバラの描く「アンドリュース夫妻の肖像」は当時のイギリスの大地主の様子をロココ調に表現しているとのことで、通常真ん中に描かれる肖像画は少し左端に追いやられ、むしろ、田舎の大地主であるとの半面と、アンドリュースが小麦の改良を成したという意味合いからか、小麦畑や、広大な領地を誇示しているような作品である。

ゲインズバラの作品では夫妻と犬を描いた「朝の散歩」や未来に立ち向かう一寸太り気味の少年を描いた「ブルー・ボーイ」が紹介された。

アンドリュースなどをジェントリー階級と称したようだが、正に大英帝国の支配者階級の雰囲気が良く描かれている。
ロバート・スマークが設計したと言われる、コレクションでは世界に冠たる大英博物館も、フランスのルーブル美術館のような魅力を感じさせないのは、芸術に対する歴史的背景が異なるためかと思う。
建物自身もギリシャのパルテノンに似せた建築様式が採られていて、当時のイギリスのギリシャへの憧憬が見て取れる。

レイノルズとも呼ばれる、ジョシュア・レノルズが描く「三美神に犠牲を捧げるレディ・サラバンベリー」や「ヒュメンの像を飾る三美神に扮するウィリアムモンゴメリー卿の三人の美人姉妹」は共に古代ローマ・ギリシャへのあこがれをベースに描かれており、ギリシャ・ローマ時代の神話に登場する三美神と呼ばれる女神にモンゴメリー卿の三人の姉妹をオーバーラップさせて描かれている。三美神とはボッティチェッリの「春」やラファエロの作品にも描かれているローマ時代の「愛」、「慎み」、「美」を司っている象徴的神である。

また、レノルズの「悲劇のミューズに見立てたシドンズ夫人の肖像」のシドンズ夫人は悲劇のミューズと共に描かれ、作品は、正装して芝居を見る構図となっている。
アリストテレスの曰く「人びとが悲劇を好むのは感情を浄化するためであり魂のカタルシスである」とのごとく、恐れを通して感情を表現している。

この絵は、ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画に描かれている「イザヤ」を念頭に描かれているという。

レノルズの「レディー・キャロライン・ハワードの肖像」などにも見られるように、当時は、こういった肖像画が好んで描かれている。

ゾファニーはドイツ人で、ロンドン王立アカデミーの創立メンバーの一人でもあった。彼の「ウフィツィ美術館の特別室」はイタリアにあこがれていたが行けなかった王と王妃のために、ウフィツィの大勢の人と、多くの名画が飾られている八角形の部屋を描いたものであるという。芸術作品と言うよりは、オムニバス的に研鑽を積んだ憧れのイタリアを王と王妃のために描いたものである。



これらの作品は、風刺画として描かれ、版画として、売り出されたようである。中身は、芸術と言うにはあまりに雑多で、むしろ、現代の週刊誌や写真集的な要素があったものと思われる。

絵の概説は、家柄はよいが金に窮する伯爵の息子と、お金は持っているロンドン市会議員ではあっても貴族ではない男の娘を結婚させるという1作目。

結婚はしたものの、夫には不倫相手が居て、浮気して帰宅した夫を待っていた妻が流し目を送るが「もう駄目だと」夫の傍に落ちている折れた剣で表現し、左の端にいる老執事は請求書の束を抱え、これも、もう駄目だとあきれて去ろうとしている。
犬も、夫の袖に隠した、女性が寝る時に髪の乱れを防ぐボンネットと呼ばれる愛人が被っていた帽子を鼻でかぎ分けているというおまけまで付いている。

さらに加えて、奥のダイニングルームには、聖人像の絵画と並べて、カーテンで半分隠した、ヌード絵画が垣間見える。うるさいほどの盛りだくさんな風刺内容を持った2作目。



当時の貴族は領民の陳情を時には風呂に入りながら、また、朝化粧をしながら聞くという習わしであったという。実にふざけた話ではあるが、その場面を描き、右端では、貴族が、愛人を仮面舞踏会に誘い、左端では夫人が朝化粧をしている状態で領民の話をアシスタントの弁護士と共に聞いているといるのだが、この二人も不倫関係にあるという何とも複雑な4作目。

やがて、夫人とその弁護士が薄汚いラブホテルで密会している所に伯爵がこれを知り、打ち果たそうと剣を持って乗り込むが、返り討ちに遭うという絵で、床には仮面と共に血塗られた剣が落ちていて、一方、窓からこそこそと逃げ出す弁護士、夫の傍には、床に付きたった使われなかった夫の剣、夫人は死んだ夫の伯爵に懇願するように手を合わせるという何ともやりきれない5作目。

そして、夫が死に、不倫相手の弁護士も処刑されて、すべてを失った夫人は毒をあおって自殺する。その遺体の指輪を勿体ないからと抜き取る夫人の父の市会議員と、梅毒のために足に装具を付け子供が母親を覗き込む、傍らでは、年長の召使い頭が、下級の召使いに横柄な態度で、何故自殺というような事になったのかを詰問する姿があり、右端には、餌ももらえなかったのであろう、やせ衰えた老犬が何かを食べているというお粗末さの最終6作目。

講師は、昼のテレビの2時間ドラマ等で、犯人が最後に崖っぷちで、すべてを白状し、やがて、崖から飛び降りるという、現代の日本の番組に似た結末に当時のイギリスの人達は何かしら納得したものがあったのではないかとの見解を示された。私もそういって番組を見ることがあるので、何とも興味深く、何だ、3世紀前にも同じ事が人の心にはあったのかなどと美術の講座とは思えない雰囲気であった。

ホガースはまた、「ローマ総督フェリクスの前のパウロ」を描いているが、ローマ軍にとらわれ鎖に繋がれたままの姿で神の教えを説く聖人パウロには威厳はなく、やはり、自分に向かない作品を描くことの無理さ加減を呈していた。

しかし、最後に紹介された、ホガースの「エビ売り娘」は若い娘の明るく、生き生きした表情を捉え
現代の美術に慣れ、ある種、絵画に対する固定的常識を持った私にとっては、一瞬を切り取ったこの作品にはほっとするものを感じる。講師はこれを「しゅうさく」と言われたが、「秀作」なのか「習作」の意味なのかよく分からなかった。

アラン・ラムゼーの「画家の妻」はスコットランド生まれで、イタリアにも留学したという、国王ジョ-ジ3世の宮廷画家であったが、描かれた妻は、後妻で、その妻の表情には、高名な画家に描かれるといううれしさと、夫に見つめられる気恥ずかしさ、そして幸せ感がその表情に良く出ている。
女性の幸福感が読み取れる表情の豊かな中に緻密な技巧も織り交ぜた魅力的な絵である。

最後のレイバーン作の「アラステア・マクドネル大佐」はナポレオン戦争の最中、フランス軍がロシアに侵攻し傾き始めた頃の作品であり、描かれた大佐はカーネルと表現されていることから陸軍の5-6000人を束ねる連隊長クラスの高い位であり、ナポレオンに絶対イギリスの土は踏ませないといった決意が表情に良く表れた作品である。スコットランド兵の服装はイングランドのそれとは全く異なり、古風な変わった服装であって、キルトの長さは脚まで、足には脚絆のような長靴下を履き、革靴を履いている。

講師が、何故に現在の日本の女子高校生の制服が、キルトから派生したスカートであり、一方、海軍のセーラー服であるのか分からないと言っておられた。
そういえばそうだなと思いながら、本日の講義は5分前に終了した。





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Last updated  2009.08.23 00:55:49
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