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2019.08.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
イスタンブールに泊まって、2日目の朝になった。夜明け前に足が攣った。連れ合いも足が攣ったようで、流石に昨日は良く歩いたものだと感心した。

4時半に起き、今日は彼の地でのセミウォーキングを行った。ホテル近くのスルタナメット広場には、早朝着くイスタンブールに到着した飛行機からの観光客であろうかバスが次々と到着していた。広場から歩き始めてドイツ皇帝から送られたという噴水の建屋、エジプト時代のオベリスクなどを見て、広場を外れ、旧市街の坂道の中に入って降りていった。
5時過ぎになって、お祈り(サラー)を勧めるアザーンの声が流れてきた。そこにはソクルルモスクがあり、子供達が境内でサラーに行くべく集まっていた。

広場からモスク内をのぞき込んだが、何人かの人たちがお祈りを待つ風情だった。そこから暫く下ったが、海に出ること無くまた再び坂を上って、広場に帰り、ホテルに帰着したのは6時半前であった。ホテルでは、浴そうに湯を張って、とっぷりと浸かった。

朝食は7時からホテルの裏庭で採った。8時頃になって姫達夫婦が降りてきて、朝食の後半は一緒だった。今日の予定を話したが、何といっても隣のトプカプ宮殿を先ず見ようと出掛けた。姫は予めMuseum Pass(220リラ)を購入しておいてくれたので、大抵の宮殿やモスクには入り放題であった。

昨日書き忘れたが、市電などに乗るために、関西のイコカのようなトラフィックパス・カードを買っておいてくれたので、小銭の用意無しで乗れるのがありがたかった。

トプカプ宮殿は、昔「トプカプ」という、この宮殿の秘宝である「宝剣」を盗む映画があって、観たことを思い出す。(その宝剣は最近まで日本に貸し出され、秘宝展が行われていた)門を入ると広い前庭がある。宮殿内の広場も洗練されていて、今や博物館になっている。あちこち動き回ったら、連れ合いはしんどくなったのか、少し休むというので、私と姫夫婦だけがハレムに入っていった。

順路のままに歩いたので、どうなっているのかという全貌は掴めないが、土で囲まれた宮殿内には多くの美女が住んでいたのであろう。特に最後に行き着いた皇帝の間は周囲のタイルがとても綺麗で、流石に美しく彩られていた。

そこから中庭に出るようになっていて、そこは美女(籠姫)達の居住区とのことだ。つぶさに観ていては、時間が幾らあっても足りない感じだ。そのままハレムの外に出て、連れ合いと合流した。少し休んだせいで、元気を取り戻していたようだ。



そこを出て、回り込んで、アヤソフィア博物館に入った。昔は聖堂であったと言うが、それは壮麗な天井の高いモスクの形をしていた。歴史に深入りすると時間が無いが、東ローマ帝国がビザンツ帝国になり、そこにオスマントルコが侵入してという具合に聖堂はその所有者を変えていった。

聖堂時代のタイルがオスマン帝国によって塗りつぶされ(イスラムは偶像崇拝を禁じている)ていたが、トルコ建国の父、ケマル・アタチュルクがトルコ共和国を建てるに当たって、一部が剥がされ、綺麗な肖像画のタイルが、そこここに浮かび上がっていた。中でも、正面天井のマリアがキリストを抱いている聖母子像のタイル壁画は、秀逸であった。

回廊の傾斜路を上っていくと(スロープと書いてあったので、階段では無いとは思ったが、そこは完全な斜路であった)2階部分の回廊の周りにもモザイクが所々剥がされていて、キリストが、皇帝や、洗礼者ヨハネ、聖母などを祝福している壁画が見られた。博物館は半分修復中と云う事で、全容を見わたすことが出来なかったが、それでも壮麗さは十分に伝わってきた。

アヤソフィアを出てくる頃には、前の広場は観光客でごった返していた。一旦ホテルに帰って昼食を採って少し休憩してから、再び出掛けた。今度はブルーモスクの名で知られるスルタンアフメトモスクに入った。ここはまだモスクとしての機能を果たしているようで、観光客はお祈りをする人とは別の入り口からモスク内に入り、堂内を見学するようになっている。

荘厳であるが、モスクの中は大きな空間であり、信者では無い我々も、厳粛さを感じずにはいられない。女性は皆、頭にショールなどを巻いてはいることになっている。観光客が半ズボンなどで来ていると、それを覆うようにと腰巻きなどが貸し出されているのは、最早観光地としての配慮が十分行き届いていることを示している。

グランドバザールにも足を運んだ。勿論交通パスを使ってのトラムでの移動だ。古い時代から脈々と繋がる広大な市場で、あらゆるモノを打っているという感じだ。まるで迷路のような通路が縦横に走っている。その全てが、屋根に覆われているから、規模は相当なものだ。歴史の重みというか深みを感じさせてくれるところである。

時折、「ニィ・ハオ」などと声が掛かるが、大概は、「こんにちは」と言うところをみると、日本人もたくさん来ていることが分かる。ある店の親父は、アニメであろうか、映画で「トラナガ」を観たとのことで、私がその主人公に似ていると大きな声を上げて一生懸命笑っていたのが印象的であった。

帰りもトラムを使ったが、広場に戻って、庭の端にあるハマム(浴場)の近くに来ると、トルコ人が話しかけてきた。日本人はそれとなく分かるようだ。本人は、名古屋から来た客をハマムに案内して出てくるのを待っているところだという。日本に居住して渋谷で3ヶ月日本語を勉強したと言うだけあって、なかなか上手な日本語を使っていた。何やらHISと提携して、客を紹介して貰っているようだ。

その案内人に紹介された、「TALHA」という土産物屋に行ったが、なかなか値の良い、タイルなどの土産品を置いていた。そこで、姫が予て欲しかったというトルコ石のイヤリングを購入することになった。ついでにというか、タイルを購入したが、値の張るようで、1枚7000円はするというのを、イヤリングを買うとのことで、4000円に負けてくれたのは良かった。イズミック製のタイルはなかなかのものだと観光ガイドには書いてあった。

値段交渉をしたとき、「エルトゥールル号」の話(トルコの難破船を紀州の日本人が救助した)を持ち出して値下げを迫ったのだが、逆に、イラン・イラク戦争で、トルコの航空機が、JALも躊躇している中、テヘランに飛んで、日本人をすんでの所で救助してくれた話を持ち出されてしまった。結構物知りのおじさんであった。

買物の上客とみたのか、特別に地下室のジュータンを見せてくれた、何枚も何枚も床に転がし広げてくれたのだが、光りの加減で色が変わる絨毯をみたときには心底綺麗だと思った、絹で織っているのだそうで、何となく肌触りもしなやかであった。トルコのキリムは結構有名なのだが、そんな比では無さそうなことは素人でも分かった。



そこから少し脚を伸ばして、ホテルの近くでもある「Seven Hill」でビールを飲んだ。小さなビルダが、最上階から見る夕方の風景は、今日行った、アヤソフィアやブルーモスクがよく見える絶好の場所のようだ。

ホテルに戻ったのは22:40と遅くなった。
斯くして、イスタンブール2日目の夜も更けていった。





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Last updated  2019.09.14 07:46:35
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