ゆうさんの日記

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2026.05.26
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「新大学の設置認可に続き、周辺町村との『広域合併』が正式に調印されました! これより我が街は、人口二十二万人を擁する『宮崎県北メトロポリス』へと進化します!」
 新市長の力強い宣言が、市役所のロビーに響き渡った。

 日向市、門川町、そして西臼杵・東臼杵の町村。かつては「延岡の傲慢だ」と激しく反発していた地域の人々が、今や一つの巨大な経済圏として手を取り合っている。凛が作った緻密な未来図と、幸太が東奔西走して紡いだ信頼関係が、ついに宮崎県北の地図を塗り替えたのだ。
 推進室に戻った幸太は、デスクに座る凛に向かって満面の笑みを浮かべた。
「やりましたね、凛さん! これで人口は二十二万人。三十万人という数字が、いよいよ現実味を帯びてきました!」
「ええ、本当に。でも幸太さん、二十万人を超えた今だからこそ、致命的な課題が浮き彫りになっています」
 凛はパソコンの画面を切り替え、大分県から宮崎県、鹿児島県へと続く九州東海岸の地図を映し出した。
「アクセス(交通インフラ)の限界です。東九州自動車道が繋がり、物流の陸路は確保されました。しかし、世界中から高度な技術者やデジタルノマド、そして留学生を呼び込むには、宮崎空港や大分空港から陸路で一時間半以上かかる現状はあまりにも遠すぎます。グローバル都市として飛躍するには、『空の玄関口』が絶対に必要です」

 幸太が驚いて声を上げると、凛は真剣な目で頷いた。
「ええ。かつてあった場外離着陸場などの跡地や臨海部の市有地を再開発し、小型ジェット機やビジネスジェット、さらには次世代の空飛ぶクルマ(eVTOL)に対応したコンパクトなスマート空港を新設する計画です。名付けて『延岡神話空港(のべおかしんわくうこう)』構想。高千穂などの神話の郷への観光需要と、クリーン産業のビジネス需要を直結させる、24時間稼働のハブ空港です」
「延岡神話空港……! 神々の街に、最先端の空の港ができるなんて、最高のロマンじゃないですか!」
 二人が未来の空港構想に胸を躍らせていた、その時だった。
 「フッ、相変わらず大きな絵を描くのが好きな二人だね。だが、その空港から最初に見送る旅客が誰になるか、もう決まっているよ」
 部屋の入り口に、高峰が冷ややかな笑みを浮かべて立っていた。その手には、東京の本社から届いたばかりの公文書が握られている。
 高峰はまっすぐ凛の元へ歩み寄ると、その書類をデスクに置いた。
「おめでとう、凛。特区の立ち上げと新大学誘致の大金星が評価された。来月一日付で、東京本社への復帰、および経営戦略部『最年少次長』への昇進の内示だ」
「え……?」
 凛の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「高峰先輩、私はまだ、この街でやるべきことが……」

 高峰はそれだけ言うと、幸太の焦燥に満ちた表情を愉しむように、足早に部屋を去っていった。
     *
 部屋に取り残された幸太と凛の間に、重苦しい沈黙が流れた。
 窓の外では、新市誕生を祝う花火が遠くの夜空に上がっている。ドン、ドンと響く祝福の音が、今の二人にはあまりにも切なく、残酷に聞こえた。
「凛さん……」

 凛は震える手でパソコンを閉じると、鞄を掴んで逃げるように部屋を出て行ってしまった。
 その夜、幸太は一人、激しい葛藤の中にいた。
 凛を東京へ行かせたくない。離れたくない。この街で、ずっと自分の隣にいてほしい。それが本音だった。しかし、彼女にとって東京本社での次長昇進は、これまでの努力が報われる最高のエリートコースだ。地方公務員の自分のエゴで、彼女の輝かしい未来を縛り付けてしまっていいのだろうか。
(俺は……彼女の幸せを一番に考えてあげられているんだろうか)
 答えの出ない問いが、幸太の胸をかきむしった。
     *
 数日後、広域合併を記念した市民交流会が、新しく完成したコミュニティセンターで開催された。延岡、日向、そして各町村の住民が集まり、熱気にあふれていた。会場の一角には、凛が提案した『延岡神話空港』の模型も展示され、多くの市民が「本当に延岡に空港ができるのか!」と目を輝かせていた。
 交流会の喧騒を離れ、幸太はセンターの屋上テラスへと向かった。そこには、夜風に吹かれながら、新しく一つの街になった広大な夜景を見つめる凛の姿があった。
「凛さん」
 幸太が声をかけると、凛はゆっくりと振り返った。その瞳には、深い孤独と迷いが滲んでいた。
「幸太さん。……私、ずるいですね。空港を作って世界と延岡を繋ぐなんて偉そうなことを言っておきながら、自分自身が東京と延岡の間で、バラバラに引き裂かれそうになっています」
 凛は手すりをきつく握り締めた。
「東京の本社に戻れば、もっと大きな仕事ができるかもしれない。でも、私の心はもう、この街にあるんです。五ヶ瀬川のせせらぎも、チキン南蛮を食べて笑う人たちの顔も、そして……幸太さんの温かい手も、全部手放したくない。なのに、会社を辞める勇気も出ない……!」
 涙を流しながら本音を吐露する凛を見て、幸太の迷いは消えた。
 幸太は歩み寄り、凛の体をそっと強く抱きしめた。
「凛さん、泣かないでください。……東京へ、行ってください」
「え……?」
 凛が驚いて顔を上げる。
「凛さんがこの街のために命がけで働いてくれたこと、みんな知っています。だから、凛さんの夢を、キャリアを、僕のわがままで邪魔したくない。東京本社で次長なんて、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか。胸を張って、世界のトップステージに行ってきてください」
「でも、そうしたら、私たち……遠距離恋愛に……」
「大丈夫です」幸太は凛の涙を優しく指で拭った。「僕たちが計画しているのは何ですか? 『延岡神話空港』でしょう? 最先端の空の港ができるんです。ビジネスジェットが飛び交う街になるんです。東京と延岡なんて、空を使えばすぐそこですよ。凛さんが東京にいる間に、僕は必ずこの街を、世界中から人が集まる30万人都市にしてみせます。だから、離れていても、僕たちの心は同じ未来を向いています」
 幸太のどこまでも真っ直ぐで、大いなる愛に満ちた言葉に、凛は再び激しく涙を流した。今度は悲しみの涙ではなく、救われた喜びの涙だった。
「幸太さん……ありがとう。私、東京へ行きます。行って、本社の人間全員に、延岡がいかに素晴らしい街か、どれほど大きなポテンシャルを持っているかを証明してみせます。そして……絶対に、あなたの元に帰ってきます!」
「はい。待っています」
 二人は、新しく一つになった巨大な街の夜景の前で、もう一度深く唇を重ねた。
 離れ離れになる試練。しかしそれは、二人の絆をさらに強固なものへと昇格させ、延岡を「世界と繋がる国際都市」へと押し上げるための、新たな挑戦の始まりでもあった。
 翌週、凛は市民や職員たちに見送られ、惜しまれつつも東京へと旅立っていった。
 一人残された幸太。しかし、その目に迷いはなかった。彼女と交わした「神話空港」の約束を果たすため、そして30万人都市の最終ピースハメるため、幸太は世界中のIT人材やデジタルノマドを呼び込むという、さらなる未知の大勝負へと打って出るのだった。





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Last updated  2026.05.26 00:06:51
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