ゆうさんの日記

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2026.05.28
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恋は盲目と言うけれど、透の執念は私の想像を遥かに超えていた。
大吾さんに一目惚れしてからというもの、透は隣の整体院を執拗に「張って」いたらしい。そして持ち前のスレンダーな体躯を活かして下町の闇に紛れ込み、ついに大吾さんが夜な夜な智恵子さんの自宅に出入りしているという決定的な現場を掴んでしまったのだ。
「明美、ごめん! 相談に乗って!」
ある日曜日の午後。いつものように智恵子さんの家でお茶をしていた私の元へ、透が血相を変えて飛び込んできた。
何事かとオタオタする私を尻目に、透はリビングに座る智恵子さんの前に進み出ると、フローリングの床に勢いよく両手を突いた。
「智恵子さん! お願いです、大吾さんを僕に譲ってください!」
「……え?」
綺麗に切り揃えられた智恵子さんの眉が、ピクリと跳ねた。
まさかのド直球な土下座。

さらにカオスなことに、その横では合宿から帰ってきた智恵子さんの中学生の息子くんが、おやつの中華まんを片手に「……え、なにこれ? プロレス?」とキョトンとした顔で固まっている。リビングの空気は一瞬にして凍りついた。
普通なら、激怒するか、修羅場に発展して警察沙汰になってもおかしくない場面。
けれど、そこは修羅場をくぐり抜けてきた三十八歳の美魔女だった。智恵子さんは、動揺するどころか、ふっと艶やかな微笑みを浮かべたのだ。
「ふふ、驚いたわ。まさか大吾さんに、こんなに情熱的な『男の子のファン』がいたなんてね」
智恵子さんは上品にハーブティーを一口すすると、土下座する透の肩に優しく手を置いた。
「でもね、透くん。大吾さんは私の飼い犬でもないし、所有物でもないの。だから私があなたに『譲る』なんてことはできないわ。彼は、彼自身の意志で動く一人の大人の男よ?」
怒るでもなく、不倫を認めるでもない。大吾さんのプライドを守りつつ、自分の立場も絶妙にぼかす、あまりにも完璧な「かわし方」。これには透も、毒気を抜かれたようにゆっくりと顔を上げた。
「それに……」と、智恵子さんはチラリと隣の息子くんに視線を向け、ウインクをしてみせた。
「大吾先生には、うちの息子の家庭教師や、私の肩こりの出張施術でいつもお世話になっているの。夜遅くなるのもそのせいよ。だから、そんなに彼を独占したいなら、私の許可を求めるんじゃなくて、あなた自身の手で大吾先生を振り向かせてごらんなさい?」
「……っ!」
完璧だ。息子くんの前で「大吾が夜間に来る理由」を即座にカモフラージュしつつ、透の挑戦を大人の余裕で受け流してみせたのだ。これには流石の透も、顔を真っ赤にしてフリーズするしかなかった。

「ええ、応援してるわ。彼、結構ガードが固いから頑張ってね」
結局、智恵子さんのゴッド姉姉(ねえねえ)ばりの手腕によって、何ごともなかったかのように丸く収まってしまった。当の透は、なぜか智恵子さんにライバルとしての敬意を抱いたようで、スッキリした顔で帰っていった。
「ふぅ……明美ちゃん、お茶が冷めちゃったわね。淹れ直すわ」
「あ、うん……。智恵子さん、本当にごめんね……」
キッチンへ向かう智恵子さんの背中を見ながら、私はただただ脱帽するしかなかった。あの落ち着き、あの包容力。やっぱりあの若くて寡黙な大吾さんが骨抜きにされるわけである。

でも、透は大吾さんへのアタックをこれからも続けると宣言した。明日からの整体院の周りは、さらに賑やかになりそうだ。
「ま、男の子たちが元気なのは良いことよね」
私は冷めかけたハーブティーを飲み干し、明日もまた、この愛すべき下町の住人たちのために美味しいお弁当を作ろうと、小さく気合を入れ直すのだった。





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Last updated  2026.05.28 19:23:59
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