ゆうさんの日記

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2026.05.28
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「ま、男前なだけじゃ、大人の恋は務まらないってことね」
貴史さんとのあの怒涛の夜から数日後。私は厨房でから揚げを揚げながら、すっぱりと気持ちを切り替えていた。いくら顔が良くて誠実でも、肝心のボイラーが秒速で詰まってしまうようでは、三十歳の私の身体は満足させられない。今回はご縁がなかったということで、次なる素敵で「タフな」恋を探すことに決めたのだ。
そんな私の仕切り直しを応援するかのように、私の小さな城に再び大きなチャンスが舞い込んできた。
「はい、本番行きます! 三、二、一……」
店内にまばゆい照明が焚かれ、地元テレビ局のレポーターの女性がマイクを握る。そう、うちの弁当屋に、二度目のテレビ取材が入ったのだ。
今回の特集テーマは、新メニューとして大ヒットしている『樹里スペシャル』。ハンバーグに甘い卵焼き、タコさんウインナーという子供の夢を詰め込んだ一品が、「どこか懐かしくて涙が出る味」としてSNSで話題になっているというネタだった。
もちろん、テレビ局の狙いはそれだけではない。
「マラソン大会で地方紙を完売させた、噂の美人女将」という、お決まりの見どころもバッチリ仕込まれていた。私はカメラの前で、少し緊張しながらも、新しい真っ白な割烹着をきゅっと結び直し、最高の笑顔でお弁当を差し出してみせた。
放送日の翌日から、お店の前は過去最高の大行列になった。

「いらっしゃいませ! 樹里スペシャルですね、ありがとうございます!」
智恵子さんと透が「明美ちゃん、倒れないでよ!」と臨時の手伝いに入ってくれるほどの忙しさ。大吾さんも心配そうに整体院の窓からこちらを覗いている。私は無心で、汗を流しながら、一人ひとりにお弁当を手渡し続けた。
行列が少し落ち着き、午後の一時を回った頃だった。
「樹里スペシャル、まだありますか?」と、少し低くて、どこか聞き覚えのある落ち着いた声が店内に響いた。
「はい、ちょうど今、最後の一個が出来上がったところ……」
笑顔でお弁当を差し出そうとした私は、その場に凍りついた。
カウンターの向こうに立っていたのは、テレビを見てやってきたミーハーな観光客ではなかった。
仕立ての良いチャコールのスーツを着こなし、日に焼けた精悍な顔立ちに、少し目尻の下がった優しい瞳。かつて、私が実家に帰っていた頃、何かと私の体調を気遣い、母の最期を看取る時も陰ながら支え続けてくれた、あの地元の大人の男――。
「……健一、さん?」
私の口から、驚きで掠れた声が漏れた。
彼は、私がこの街でゼロから弁当屋を始めたことも、あの『樹里スペシャル』という名前の由来も、すべてを遠くから見守ってくれていたかのような、温かい微笑みを浮かべてそこに立っていた。

押し寄せる人の波の中で、そこだけがぽっかりと静かな時間が流れる。貴史さんとの不発に終わり、次の恋を探そうと決めた矢先、私の原点を知る大切な人が、この下町の小さな店に現れたのだ。
私の三十歳の物語は、どうやらまだまだ、一筋縄では終わらせてくれないらしい。





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Last updated  2026.05.28 20:04:30
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