ゆうさんの日記

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2026.05.31
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カテゴリ: まこととかおり
「コラ、チョコ! それはパケ代……じゃなくて、お父さんの靴下だぞ!」
狭いアパートのリビングで、父・誠(46)は四つん這いになって、茶色い毛玉のようなトイプードルを追いかけていた。口に靴下をくわえたチョコは、ちぎれんばかりに尻尾を振りながら、誠の手を器用にすり抜けていく。
夜勤のガソリンスタンドから帰ってきた誠の毎日は、今、この小さな相棒を中心に回っていた。
ご飯をあげれば皿まで舐める勢いで喜び、散歩に行けば嬉しそうに草むらに飛び込んでいく。真面目に働いても裏切られ、心が完全に死にかけていた誠にとって、注いだ愛情が100%真っ直ぐに返ってくるこの時間は、奇跡のようだった。
「はは、待て待て。……よし、捕まえた」
チョコを抱き上げ、その小さな温もりを胸に抱く。
実直に、ただ家族のためだけに耐え忍んできた46年間の人生だった。しかし、誠は今、静かな確信を持っていた。
(……正直、今までの人生で、今が一番楽しいかもしれないな)
誰にも気を遣わず、誰の嘘に怯えることもない。誠とチョコのささやかな日常は、壊れた男の心をゆっくりと、だけど確実に再生させていた。

香織が言ってくれた「事実婚みたいなもんだし、気にしないで」という優しい言葉。その瞬間は救われた気がしたが、日が経つにつれて、その『事実婚』という言葉の重みが、紗季の心にずっしりと伸しかかっていた。
(本当に、このままでいいのかな……)
専門学校の講義中も、紗季のペンは止まったままだった。
香織は毎日、汗水垂らしてビルクリーニングの仕事をして、この生活を支えてくれている。なのに自分は、わずかなバイト代を入れるだけで、香織の優しさにフリーライドしているのではないか。
愛しているからこそ、香織の人生の「お荷物」になりたくなかった。香織に気づかれないよう、夜、隣で眠る彼女の寝顔を見つめながら、紗季は一人で静かに、これからの二人のあり方を悩み続けていた。
そしてその頃、広すぎるマンションで孤独に震えていた**史華(25)**の部屋で、ついに「一線」が越えようとしていた。
寂しさは、とうに限界を超えていた。
月に数日しか帰ってこない薫。仕上がった自分の身体を、一度もまともに見てもくれない年下の彼氏。そんな乾いた心に、ジムの若いインストラクターの男の甘い言葉は、あまりにも簡単に染み込んでしまった。
「史華さん、本当に綺麗ですね。彼氏さん、もったいないな」
その夜、薫が地方ツアーで不在のマンションに、史華はその男を招き入れた。
寂しさを埋めるためだけに、重ねられる肌。しかし、男の腕の中でどれだけ激しく抱かれても、史華の胸が満たされることはなかった。事を終えた後、押し寄せてきたのは、耐え難いほどの自己嫌悪と罪悪感だった。

史華は、何とかこの事実を隠そうとした。シャワーを浴び、男の形跡を必死に消した。
しかし、元々嘘がつけず、感情がすべて表に出てしまうのが史華の性格だ。男を追い返した後も、部屋の片隅でガタガタと震えが止まらなかった。
最悪なことに、その翌日の夜、予定を一日繰り上げて、**薫(23)**が突然帰宅した。
「ただいまー。いや、今回の現場、ベースの人が体調崩してさ、急にバラしになって――」
いつになく明るい声でリビングに入ってきた薫は、靴を脱ぎながら、すぐに違和感に気づいた。

「……史華? どうしたの、体調悪い?」
「え!? あ、ううん! なんでもないよ! お、おかえり薫……っ!」
声が完全に上ずっている。薫の目を直視できず、視線が激しく泳ぎ、手元がガタガタと震えてコーヒーカップを落としそうになっている。おまけに、いつもなら帰宅一番に抱きついてくるはずの彼女が、明らかに薫から距離を取ろうとしていた。
インディーズ時代から2年間、この女の喜怒哀楽をすべて特等席で見てきたドラマーだ。音がミリ単位でズレただけでも気づく薫のプロの耳と目が、史華のその決定的な「破綻」を見逃すはずがなかった。
薫の目が、すっと冷ややかに細まる。
リビングのローテーブルの上には、史華が動転して片付け忘れた、見慣れない男物のライターが転がっていた。
「……史華。昨日、誰かここに来た?」
「え……? あ、それは、その……」
史華の目から、一気に涙が溢れ出た。弁解の言葉すら浮かばず、彼女はその場に泣き崩れた。それは、沈黙による完全な「白状」だった。
プロとしての栄光の裏で、あまりにも早く訪れた、大切な居場所の崩壊。
かつて母親の裏切りを冷ややかに見つめていた薫が、今度は当事者として、その過酷な現実の前に立たされていた。





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Last updated  2026.05.31 04:58:30
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