ゆうさんの日記

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2026.05.31
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カテゴリ: まこととかおり
一週間の空白を経てマンションに戻った薫(23)は、最初の数日間、まるで飢えた獣のように史華(25)を激しく抱き続けた。
毎晩、激しく、容赦なく。それは愛の証明というよりも、彼女の身体に深く刻み込まれてしまった「見知らぬ男の気配」を、己の強烈なビートと汗で完全に上書きし、消し去るための儀式のようだった。史華はその薫の狂おしいほどの独占欲を、逃げることなく、すべてを差し出す覚悟で受け止めた。
そうして一週間が過ぎ、男の匂いが完全に消え失せた頃、薫の心はようやく凪(なぎ)いだ。何事もなかったかのように、二人の間には以前と変わらぬ、職人気質のドラマーとそれを支える恋人の日常が戻っていった。
時を同じくして、香織(19)と紗季(19)の2Kのアパートにも、新しい季節が訪れていた。
紗季は専門学校の2年目、つまり最終学年へと進級した。
国家資格の取得に向けた本格的な実習と国試対策が始まり、授業の難易度は跳ね上がった。毎日朝から夕方まで机に向かい、帰宅してからも分厚い参考書と格闘する日々。もはや、近くのコンビニで週三日のアルバイトを続けることすら、物理的に不可能な状態に追い込まれていた。
「本当にごめんなさい、香織……。私、全然お金入れられなくなっちゃった……」
夜、ダイニングテーブルで家計簿をつけていた香織の背中に、紗季が泣きそうな顔で抱きついた。またしても香織に100%の負担を強いることへの、申し訳なさ。
香織はペンを置くと、振り返って紗季をベッドへと誘った。

言葉の代わりに、香織は紗季を何度も、何度も深く抱いた。
ビルクリーニングの仕事で培ったしなやかな腕で紗季の身体を包み込み、指先で、唇で、彼女の不安をすべて快楽へと変えて溶かしていく。香織にとって、自分の稼ぎで紗季が夢に向かって必死に勉強できているという事実そのものが、何よりの誇りであり、愛おしさの源泉だった。
身体を重ねるたびに、二人の絆は事実婚という枠を超え、運命共同体としての輝きを増していった。
一方、一人きりのアパートで暮らす父・誠(47)と、相棒のトイプードル・チョコの日常も、相変わらず穏やかに流れていた。
最近、チョコが新しい芸を覚えた。誠が指でピストルの形を作って「バーン」と言うと、チョコはその場でゴロンと仰向けにひっくり返り、死んだふりをするのだ。
「……よし、お利口だな、チョコ」
嬉しそうに尻尾を振るチョコにクッキーをあげながら、誠は不器用な手つきでスマートフォンを操作した。チョコが芸をする瞬間を収めた短い動画。それを、離れて暮らす薫と香織のメッセージグループへと送信する。
『チョコが芸を覚えました。二人とも、仕事と勉強頑張りなさい』
数分後、薫からは『ウケる。ドラムのキックの合図でやらせてみたい』と返信が来き、香織からは『可愛い! 今度紗季と一緒に見に行ってもいい?』と、微笑ましいスタンプが送られてきた。
家族の形はバラバラになった。けれど、誠の心は今、かつてないほど穏やかで、満ち足りていた。
しかし、そんな穏やかな日々に、ある日突然、一本の電話が冷水を浴びせかけた。

「……小田切誠さんでしょうか。元奥様の真琴さんが、自宅の浴室で倒れられているのが見つかりました。急激な温度変化による、ヒートショックのようです。発見が遅れ、すでに……」
受話器を持つ誠の手が、微かに震えた。
真琴が、亡くなった。
あれほど男を好み、自分を着飾り、欲望のままに生きていた43歳の女の、あまりにもあっけない幕切れだった。地方の実家に戻ってからは、すっかり毒気が抜け、男と会うこともなく、一人で静かに暮らしていたという。
数日後、地方の簡素な火葬場に、かつての小田切家の四人が集まった。

そして、それぞれの傍らには、薫を支える覚悟を決めた史華と、香織と生涯を共にする誓いを立てた紗季の姿もあった。
「……本当に、勝手な人だったな、お袋は」
骨上げを待ちながら、薫がぽつりと呟いた。香織は隣で、紗季の手をぎゅっと握り締めている。悲しみというよりは、あまりの突然さに、実感が湧かないというのが本音だった。
誠は、静かに遺影を見つめていた。
夫婦で同じ「まこと」という名前。長男と長女の名前を、わざと一文字違いにして笑い合った、あの22年前の幸福だった瞬間。裏切られ、絶望し、憎んだこともあったけれど、彼女がいなければ、今ここにいる薫も香織も、この世に存在していなかった。
「……ありがとうな、真琴。お疲れ様」
誠は心の中で、静かに元妻に別れを告げた。その顔には、もう何の恨みも残っていなかった。
ひとつのアパート、同じ名前から始まった「まこと」たちの物語。
その片方の「まこと」が、今、静かに煙となって空へと消えていく。
しかし、残された子供たちの血の中には、確かに二人の「まこと」が生きた証が流れている。歪みを知り、痛みを越えたからこそ、子供たちはそれぞれの「愛のカタチ」を、より強く、より深く、未来へと繋いでいく。
骨箱を抱えた誠の後ろを、薫と史華、香織と紗季が、それぞれの新しい明日へと向かって、しっかりと歩き始めていた。





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Last updated  2026.05.31 05:01:39
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