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2023/04/12/水曜日/風強く光もまた強い復活祭の俳句もよい。でも、春といえば 蕪村の「春の海 終日(ひねもす) のたり のたりかな」と、この句がどうしても好きだ。迷いつつ、今回はこれで手本をいただく。壁に掛かる画は、奇遇にも 蕪村の弟子呉春 であるそうな。くれはる と読んでみると晩春の候 を呼び覚ます。そして街角ウインドウにては、やはり馬と兵の唐三彩私は婦人俑が好きだけど、この兵は仏僧のような風情があり、悪くない。で、行書の春はゆくよ、下手下手にしもて?へた?
2023.04.12
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2024/08/10/土曜日/朝から熱風インド独立の史実に即した物語のようではあるけれど、私の知る所はまるで少ない。ガンディーとタゴール、ボースを少し本で読んだくらいの私には。そんな彼らはこの映画のストーリーのどこかには存在していたかもしれないが、この映画の主人公はラーマとビームという少数民族の、二人の男、一人はヒンディでさえない森の住人だ。圧政者英国の奸智に長けたサディスティックな暴力を戯画的に描きつつも、多民族多言語のインドの国の様子が知識乏しい私にもよく伝わる。歴史であり、エンタメであり、冒険であり、友情であり、民族自立のプライドであり、不撓不屈の精神であり、プライドであり、恋物語という、極彩色の蕩尽。やれやれインドな。何やら『πの物語』を思い出すシーンあり『ギルガメシュ王物語』フルな友情ありStory Fire Waterに含まれる3つのR、それが映画のタイトルになっている。ようだ。これは四大、地水火風の内の火のラーマと水のビームを表している。のではないか。驚異的を更に超絶する能力で、現地人として異例の出世を遂げて大英帝国軍の奥深くに栄達するラーマその立場を利用して、軍から大量の武器弾薬を奪取する使命と誓い帯びている。それ故に友情で結ばれたビームを裏切るしかないラーマが目にするビームの苦悶の涯ての姿は!ビームの振り絞るような歌声は大衆の心を震わせ、その振動は大地を揺るがす。だろう予感に満ちるやはり、ガンディーであるか。不服従と無抵抗その魂の兄弟、ラーマとビーム。「ターバンまこう♬」みたいな歌とダンスがおしまいに出てくるのも、シーク教徒への温かいユーモアが見える。ハッピーエンドで、ビームがこれから文字を覚えたい、という返答をするのが印象的。真心や勇気、共感力、正義感全てを備えている優しいビームが最後に得たいもの、それは知識。その順番こそ正しいのだ。核爆発の早まった知識を持つ我々に問いかけるようなエンドでもある。
2024.08.10
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2023/08/17/木曜日/朝から灼熱8/16 久しぶりに映画館に出かけた。キングダムとどちらにするか迷いつつも、宮崎駿を選択した。構造的には『千と千尋の神隠し』に似ている。別次元の世界で濃密な時間と体験を過ごし、何かを克服してこちら世界へ戻るとき、子どもはどんな成長を成したか。この内的成長は、その後世の中で彼、彼女が何を大切に世の中に具体的に関わるのか決定的な要因になるだろう。昔話や児童文学が多くこのことを扱っている。長谷川摂子『おっきょちゃんとカッパ』のようなエンデの『ネバーエンディングストーリ』でもありピアスの『トムは真夜中の庭で』でもあるようないわゆるファンタジーは特に。宮崎駿が良質な児童文学から汲み上げたスピリッツのカクテルのような味わいの映画だ。母を空襲の火事で亡くした、牧 眞人は10歳くらいか。その後間も無く母の実家に疎開するが、そこには父の再婚相手である母の妹、夏子伯母が待っていた。しかもおめでたなのである。胎動を眞人の手を取り触らせるのである。これは強烈だ。母を亡くしてまだ2年ほどなのに。父はどうやら戦争で儲かる事業経営者である。おそらく戦後は戦後で物資不足の中で富を得る、凡庸な俗物だが家族を思う気持ちは強い。息子の眞人はその間合いに屈託している。その事実において、眞人は凡庸な俗物ではない。いや子どもとはみなそういう存在かもしれない。その屈託が要因として物語の顛末がある。結果の自傷は自分の悪意によることを、もう一つの世界で眞人ははっきりと自覚する。自覚を促したのは、大叔父の、世界を均衡させる積み石だ。世界を統べる後継者になれ、と大叔父に求められるが、それを作用させる積み石に悪意があるから、僕はつがないときっぱり拒絶する眞人。ここには世界は刻々生成する丸ごとの生命なのだ、手のひらの中で知的に弄ぶゲームではないのだ、という声が聞こえるようだ。さて悪意、である。それがテーマかもしれない。顕在化した時、眞人の悪意は克服されたが、未だ潜在する悪意が眞人を襲う。黄泉平坂の地下世界にお籠もりした、身籠る夏子の呪いの言葉〈あんたなんか大っ嫌い〉で悪意が最高潮に至ったとき、その世界の住人である母ヒサコ=火水ヒミによって焼き清められる悪意。いや、火水ヒミの炎を燃え上がらせたのは、眞人が夏子をお母さんと呼んだ、その嘘偽りのない哀れむ心=愛、真心、の言葉が誘導したのだ。真心のこもった言葉が救いなのだ。人を殺すも生かすも言葉なのだ。私たちは道の別れ目で選択を迫られた時、どちらを選ぶか。果たしてそれが悪意による選択でないと言えるか。生き延びるにはそれしか選びようがないとしたらどうするか。『君たちはどう生きるか』。生きるとは選択の連続なのだ。何かに悩むとき、相談する友だちが現実世界に見出せないとき、例えばコペルくんと共に悩んでみないか。この本の扉のアオサギが道案内するだろう。宮崎駿が12歳になって、塔の老人にもなって、12歳の自分と君に伝えている。
2023.08.17
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2021/10/03/日曜日/爽やかに暑い観てから3ヶ月以上経っているが、忘備としてメモ書き一昨日か読了の『しあわせの書』が、話の主題は全然異なりながら.プロットとして「フェイクスピア」を思い起こさせた。そも舞台というのは虚構だ。とある事件を古今東西、劇作家は書き演出家が役者を動かし、観客はそれを観て笑い怒り涙するが、それは事実とは異なると誰もが承知の介だ。しかも面倒なことに事実と真実もまたぴったり重なるものではない。全き真実を人間如きが持ち得ようか、あるいは持つことに耐えられようか。シェイクスピア風に言えば「人間なんかが見ることができない夢を見ていただよ」が芝居の奥義でもあろうか。私は「フェイクスピア」の舞台となっていた池袋芸術劇場の入り口柱に貼られた大きなポスターを見て、この仕掛けにハッとした。画像では認めにくいかも。芝居初日は5月24日。日航ジャンボ機墜落事故の搭乗者は524人。この符号。初日の数字の並びに野田秀樹の意図が無い筈はない。この演目、観る側にどう受け容れられるかそこに魂魄打ち込んだか。このような文字数字の配列を侮ってはいけない。文学は亡き人の言葉を掬い上げ、今ここにある人に伝え、読む側見る側に何かしらの変容を促すが、生者死者を結ぶ依代なり秘密は、案外細やかなものに宿るのではないだろうか。で、何故それに注目したか。それはその日が私の誕生日でありオスタカヤマをいつも思い出すからに他ならない。えー口惜しや、0615にこのエレベータ乗っていれば完璧だったが寝過ごしてしまった。演出家鈴木忠志さんに『虚構の真実』という著作があるそうだが私はまだ読んでいない。そうだ舞台の話。売れっ子役者の一生さん、この肉体造形姿勢発声がまた何でも変容可能な汎応力秘めて得体も知れない。前田敦子が余りに星の王子さまにフィット。ピーターパンなんかも良さそう。橋爪功が鍛錬重ねた舞台俳優であることが一目瞭然。時間も経ち、あとは霞。
2021.10.03
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2025/08/22/金曜日/涼しいと思った朝が32°8/15/木/敗戦記念の日/スコータイまだ朝日は上らないワットトラパントーン朝6時、お坊さんへの喜捨体験をしようと、お寺に出かけた。地元の人や観光客が既に沢山並んでいる。13人のお坊さんに渡るようにセットになったお供えを購入する。これだけのお坊さんが揃うことはバンコクでは見られないとか。朝のお経が唱えられる。場合によってはお供えの品にお金を載せて、お坊さんの籠に入れる。直接手渡ししてはいけない。女性はお坊さんに決して触れてはいけない。どうやらお坊さんに伝える言葉も特別にあるらしい。儀式が終わり、すぐ側のマーケットをひやかす。ホテルの朝食前⁈の軽いブレクファスト∑(゚Д゚)夜から朝へ、日を継いでひたすら食べ続けている、飲み続けている。時間のチューブも消化器官チューブも際限なしに一本のよじられた管の日々。お坊さんも美味しい喜捨が喜ばしい。たこ焼き状のココナッツミルク焼き、香ばしい。世界中どこでも、マーケットは一番好きな場所だ。↓外国人ツーリスト専用のコールナンバー、さすが観光立国だ。ホテルに戻り、パッキングする。左、昨日の鮮やかな蓮、右、今朝まだ散ってない。今日辺り4日目なのだろう。今回、スコータイで2泊したScent of Sukhothai Resort お安い(ToT)プール付きで4,000円しない。タイ旅で初めてプールで泳いだかも。やはり2泊はのんびりできる。そのプールで居合わせたタイ人ご夫婦に、地元で人気の昨夜食事したレストラン、スリラットを教えてもらった。全般にスコータイまで来ると何かと割安。庶民的なマッサージルームもあり、私はオイルマッサージ施術。1時間三千円くらい(ToT)ほーんと都会がイヤになっちゃう。バンコクなんて空気も悪くて人多くてここよりずっと暑いし。↑左、昨日朝の蓮のつぼみ。右、今朝は開いた。お昼はカンペンペットのバーンリムナムで↓先日の夕飯以来二度目。小さな街だけれど、このレストランがあることで、沢山の人が訪れるらしい。オリジナメニューはレストランを開いた高齢のオーナー夫人が考えたという。特に有名なのが、画像左下のレモンソースチキン。添えられたタイケールの素揚げと素晴らしく合う。洗練されている。↓ロンガンのジュース、赤いの何だっけリムナムで頂いたピッパーツのスムージーとココナッツミルクデザートが忘れられない。ピッパーツの画像は忘れた!
2025.08.22
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2022/01/19/水曜日/思ったより寒くはない晴天白井晟一といえば、飯倉交差点にあるNOAビル。学生時代この建物に遭遇した時のことを思い出す。明らかに周囲の建物と異なる存在感。求道的というか殆ど宗教的。ゴツゴツした重さ、アメリカではなくヨーロッパ志向。などなど。考えてみれば不思議な経歴の方だ。京都の現工芸繊維大学を出た後、ドイツでヤスパースの元、哲学を学んだという。その留学、帯殴時代に林芙美子と交友を持ったことが会場で紹介されている。なんと。先週林芙美子邸を訪ねたばかり。彼女の住宅は素晴らしいものだった。山口文象設計と言い状、実際は旺盛な建築学習欲で芙美子の方が彼を圧倒していたのではないかと想像される住まいだ。彼女の伴侶は彫刻家であり、彼女自身、画家を夢見たという。さて当初は建物見たさの松濤、まさかの白井晟一展でドンピシャ。渋谷駅から道玄坂を登り神泉辺りのヤバヤバな隘路に紛れ込み、つつつと斜め急ぎ。ちょっと気位の高い松濤へ。竣工当時は建物が美術、とささやかれていたような小さな入り口から入館すると右手で受付。左手にホワイエ、ロッカー、資料展示など。入り口からまっすぐ、オープンな渡り廊下。地下2階と地上2階の真ん中、この演出はお寺の、俗世を離れるお太鼓橋でもあろうか。芸術に身を投ぜよ、と。階段というのはそもそも劇場的だけれど、それをよく心得た抑えた構成だと思う。静謐で穏やかだ。館内に二つの大小オーバルタイプの周り階段。仕上げは同じだけど、小さい方は円形プランから生じたニッチな空間が面白い。こんな所に展示があっても良いのに。2階のギャラリー、サロンミューゼは、リッチなマンションの居間にでも迷い込んだかのよう。竣工当時、白井晟一は私有物で展示の具合を確認したらしく、その様子を再現したインスタレーションだとか。館内のあちこちに置かれた鏡は当初から。何故鏡か。哲学するためか。正面に飾られた旧約聖書からキリストの受難のタピストリーが私には垂涎の逸品だった。サロンミューゼ隣接の小さな展示室には書をよくしたという白井晟一の作品と共に道具類の展示も。地下二階のお茶室は今回初公開だとか。ただし一度もここでお茶会がもたれたことはないとの事。週末実施の職員による建築ツアーは全て満席。展示を廃して、建物を見せる。ちょっと意表をつく展覧会ではあったが、ささやかに村田勝四郎のダックスフンドの像などがエレベーターホールにあったのはご愛嬌実はここから、和菓子の岬やさんまで遠くない。ここの最中は他所で見当たらないくらい私には美味しい。眼福の後は口福、帰宅の愉しみ喜び
2022.01.20
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2025/01/26/日曜日/寒気はこれからサイチカさんショップへ午前中直撃したのは朝活の編み物の日があった先月下旬NHKすてきにハンドメイドで連載中のサイチカの針仕事、今月号のバッグがかわいすぎ。キットは既に売り切れぐっすんが!いつの間にか再登場。いさんで購入ポチして店舗受取りメールを出したが返事がない(^_^;)そんな訳で直撃。あー、よかった。バッグのキットはまだ余裕でありました(≧∀≦)ついでにお店で編んでいくことに。サイチカさんの編まれた作品はとても美しい。ブロッキングはせずにスチームアイロン仕上げかな?中袋は北欧の本屋さんか何かのエコバッグを使用されたみたい。お洒落。後から生徒さんの作品、フェアアイル仕様版も。帰宅後勇んで編み始めるも、多忙と不在で胴体仕上り後放り出したまま。ようやくこの週末仕上る。いつものクセで、編み始めの手が緩く、胴体と底との出会いがぶかぶかに閉じられてしまう~_~;底のデザインの可愛さゆえ、許せ!内袋には、娘と搭乗の機内でなぜか隣り合わせのハーフ、ミックス?女性がくれた欧州薬品会社のエコバッグを転用。もう10年以上も前のこと!メインの糸はブリティッシュエロイカ。この糸はとても絡みやすく、解きにくい。ブロッキングすると、フェルト化が進行する有様。なので、水通しはお勧めできない。
2025.01.26
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