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館林市の水田地帯を源流に、城沼を経て谷田川へ合流する長さ9.5kmの鶴生田川(つるうだかわ)。桜並木のある区間で、毎年「こいのぼりの里まつり」が開催されている。鯉のぼりと桜とが共演する風景をみることができなかったが・・。訪れ日は、ツツジ満開で葉桜になっていた。[撮り溜めた写真から] まつり期間、館林市4カ所で掲揚される鯉のぼりは約4000匹だという。2004年に「5283匹」を鶴生田川に掲揚して、当時のギネス世界記録を認定している。ふれあい橋と二の丸橋の間が主会場。二の丸橋の上流は川幅が狭いので、幕のような形で鯉のぼりが横たわって並んでいた。 「こいのぼりの里まつり」期間は、3月20日から5月6日まで。鶴生田川、近藤沼公園、多々良沼、そして茂林寺川に掲揚されている。風が吹くと一斉に泳ぐ鯉のぼりは圧巻だと思う。左岸の川べりに掲揚されている大きな鯉幟には、ユニークな絵が描かれている。鶴生田川会場は、夜のライトアップもあるという。写真1 鶴生田川の鯉のぼり。写真2 ふれあい橋と展望台。写真3 鯉のぼりの主会場の鶴生田川。写真4 3000匹が掲揚されている風景。写真5 二の丸橋の上流の横鯉のぼり。写真6 ハナミズキが見頃に・・。写真7 こいのぼりの里まつりポスター2026年版。
2026年05月04日
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ひたち海浜公園・ネモフィラの丘のふもとに「みはらしの里」がある。近くの畑には、菜の花が咲き誇っている。みはらしの丘下を黄色に染めている。青いネモフィラと黄色のコントラスは、ウクライナの国旗を連想させる。里の畑には春に菜の花、秋にソバが植えられる。農業体験もできるという。[撮り溜めた写真から] みはらしの里に古民家3棟が移築されている。なつかしい村の風景を創り出している。茅葺屋根の古民家は、旧土肥家住宅(主屋・隠居屋)で、東日本では最も古い民家とされる。茨城県有形文化財に指定されている。民家敷地の入口に真っ赤なハナモモがアクセントになっている。 レイクサイドカフェとテラスハウスの西側に、「スイセンガーデン」がある。早咲きから遅咲きまで240種約100万本の水仙が咲く自然公園。白い八重咲の豪華な「ホワイトライオン」など、白色と黄色のスイセンが松林の下に咲き誇っている。ピンクと白色のハナモモが彩りを添えている。木漏れ日の中を歩き回った。写真1 みはらしの里の菜の花畑。写真2 菜の花畑とネモフィラの丘。写真3 菜の花の古民家と紅色のハナモモ。写真4 スイセンガーデン。写真5 松林のガーデンを歩き回る。写真6 水仙種類例、遅咲き4種類。
2026年05月03日
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約30年ぶりで館林市つつじが岡公園を訪れた。自宅から東武線を乗り継いで、約1時間40分(片道740円)。ほぼ満開のツツジを観ることができた。」期間は4月8日から5月6日。国内有数のツツジの名所で、100品種1万株が植栽されている。昭和9年には、国指定の名勝となっていた。 つつじが岡公園には、ツツジ観花エリアは3カ所ある。「名勝躑躅ケ岡(旧公園)」、「新公園(東側)」そして城沼畔の「平成つつじ園」。樹齢800年を超えるヤマツツジをはじめ、数多くの品種が錦絵のように鮮やかに咲き誇る名勝躑躅ケ岡。歴代藩主が手厚く、保護・育成してきた、歴史の積み重ねの結晶だ。 躑躅ケ岡は、室町時代からヤマツツジの自生地と知られ、「躑躅ケ崎」と呼ばれていた。そして江戸時代を通じて、榊原家と徳川家がオヤマツツジやキリシマツツジなどを移植した。館林つつじまつりのポスターに、「幾百年を伝える花物語」とのキャッチコピーがあった。写真1 国の名勝・躑躅ケ岡。写真2 躑躅ケ岡の出入口。写真3 散策路と花トンネル。写真4 見頃のツツジ。写真5 つつじが岡から赤城山を望む。写真6 錦絵のような花景色。写真7 館林つつじまつりポスター2026年版。
2026年05月02日
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国営ひたち海浜公園の「たまごの森フラワーガーデン」で、チューリップを見て回る。今年は昨年より1万本多い、320品種・28万本が木立の中に、花壇の島30カ所にテーマをもって植えられている。4月11日に見頃を迎えた。[撮り溜めた写真から] ピンク、黄色、白、紫色など色とりどりのチューリップが6800m2のたまごの森で息をしている。風車や跳ね橋のオブジェが花壇を引き立てる。青色のムスカリ帯は、緩やかにカーブして川のように見える。そして香りするチューリップがあり、ハーブかフルーティーの匂いがかすかに漂っていた。 国内では大規模に植えたチューリップ園が多くあるが、最大規模なものは富山県砺波市の350万本だろうか・・。その他にも名所がある。北海道湧別町、札幌市の国営滝野すずらん丘、国営昭和記念公園など・・。ひたち海浜公園は、ネモフィラの丘で風を感じた後、松の木蔭の中でチューリップを楽しめる。写真1 たまごの森フラワーガーデン。写真2 松の木立の彩り。写真3 風車と跳ね橋のオブジェ。写真4 青色と水色のムスカリ帯。写真5 たまごのオブジェを囲むチューリップ。写真6 色とりどりチューリップ。
2026年04月30日
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散りゆく桜を見に、柏の葉公園へ花散歩。広大な千葉県立公園で、自然・文化・スポーツ、花見を楽しめる場所。桜は、公園全体に約40種800本が植えられ、長い期間さくらを楽しめる。エントランス通りは、満開時に桜トンネルができるので、人気の通りとなる。[撮り溜めた写真から] ボート池の池畔にも桜が残っていた。さくら橋付近には、3分残りの葉桜があった。スワンボートは、土日祝日のみの営業。池から水辺の桜とゆうゆうと泳ぐ鯉を眺めるのも良い。千鳥ヶ淵のボート遊びした気分に、ちょっぴり浸れると思う。 土日休日に多くの花見客で賑わう「桜の広場」。ここには柏の葉公園にある桜の半数にあたる約400本が広場周囲に植えてある。広い芝生広場なので、子どもを遊ばせながら花見する家族連れが多い。また柏キャンパスが隣接する東京大学と千葉大学の学生などのグループも見られる。写真1 柏の葉公園で惜桜散歩。写真2 散りゆく桜トンネル。写真3 ボート池とさくら橋の惜桜。写真4 人影淋しい桜の広場。写真5 桜の広場のサクラ。写真6 日本庭園と梨の花。
2026年04月29日
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横浜赤レンガ倉庫パークの東岸は、プロムナード広場に白いオブジェ・カモメハーブや白い桜が植えられている。ベンチが海を見るように設置されている。春と秋の季節は、潮風を感じてゆっくり寛げる場所。夏は太陽の照り返しが強い処。[撮り溜めた写真から] 赤レンガパークの東岸壁には、横浜シーバス、およびレストラン遊覧船・マリンルージュが着岸する。1日に3回出航するマリンルージュ号。コースとして、アフタヌーンクルーズ(14時30分発)、トワイラントクルーズ(17時00分発)、ディナークルーズ(19時30分発)があるようだ。乗船する機会はないだろうと思う・・。 東岸壁のベンチに座って目を凝らすと、防波堤の先端辺りに真っ赤な灯台が立っている。明治29年に点灯された「横浜北水堤灯台」だ。裾の広がった可愛らしい姿が特徴で、「赤灯台」の愛称がある。ドレスを着ているようにみえるが、鉄製で造られているという。写真1 横浜港の大さん橋とベイブリッジを望む。写真2 赤レンガパーク東の「カモメハーブ」と白い桜。写真3 マリンルージュ号と大桟橋尾部。写真4 キング塔とクイーン塔を眺める。写真5 大黒大橋と北水堤灯台写真6 赤レンガパークと大桟橋を俯瞰する「ホテルから」。
2026年04月28日
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今年も「ひたち海浜公園」を訪れ、青い景色を楽しむ。暖冬の影響もあり、昨年よりも1週間ほど早く満開を迎えた。ネモフィラは、みはらしの丘を一面に青く染め上げ、空と丘が融け合うような絶景を創る。小さな青い花が530万本咲き誇るさまは圧巻。その丘をゆっくり歩いた。 丘の上では、風に揺れる花が訪れる人々を優しくつつみ込む。記憶に残る景色を目に焼きつける。ネモフィラの和名は「瑠璃唐草」で、3cmほどの小さな花。その可憐な姿は、赤ちゃんの澄んだ瞳を意味する「ベイビーブルーアイズ」という英語名で親しまれている。 ネモフィラは、ゴールデンウィークが過ぎると、花の色がうすくなり枯れ始める。コキアの植え付けが始まる6月初旬までには、枯れた花から種を採取する。そして来年の植え付けまで保存する。一方、種撒きは、11月中旬から12月初旬までに作業するという。冬の間はシートで丘全体を覆い、春の訪れを待つそうだ。写真1 ネモフィラの丘。写真2 青い丘上に続く道。写真3 丘の上、打てない鐘。写真4 ネモフィラのなかを歩く。写真5 空と丘が融け合う絶景。写真6 シンボルツリーと「赤ちゃんの瞳」。
2026年04月26日
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新港ふ頭に巨大クレーンがある、客船ターミナルが2019年10月に開業した。商業施設、ホテルそして税関が入る5階建ての複合施設だ。ふ頭岸壁は、11万トン級の客船に対応できるように、延長340m×水深9.5に改修。この複合施設を「横浜ハンマーヘッド」と呼ぶ。訪れた日、4万トンの「シーボーン・アンコールが接岸していた。 突端に設置された「ハンマーヘッドクレーン」がシンボル的に多目的イベント広場がある。主建物とはハンマーヘッドデッキで接続されている。建物の3階から5階はリゾートホテル。ふ頭の西側袂には、ビジターが利用できる係留施設「8号ビジターバース」が設置、「海の駅」となっていた。 ハンマーヘッドクレーンは、近代横浜港の基礎を築いたとして、土木学会推奨土木遺産に登録されている。大正3年(1914年)に、英国製の国内最初の港湾荷役専用クレーン。諸元は、吊り上げ荷重50トン×高さ30.7m×アーム長43m。基礎部は、ニューマチックケーソン工法を採用。関東大震災でも損傷を受けなかった。写真1 客船が接岸しているハンマーヘッド。写真2 横浜ハンマーヘッド施設は2019年10月に開業。写真3 ハンマーヘッドデッキ。下方は駐車場。写真4 店舗と接続して2階オープンデッキ。写真5 50トンハンマーヘッドクレーン(土木遺産)。写真6 シーバス受付と商業用スペース。
2026年04月25日
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利根川から西流して江戸川に注ぐ利根運河。河口には小さな公園があり、この時期ミニ花見スポットになる。但し、付近に駐車場がない。サイクリングおよび散歩を楽しむ人たちの休息する場所となっている。[撮り溜めた写真から] 当初利根運河は、江戸川から利根川へ向かって流れていた。明治29年の強い台風により、利根川と鬼怒川の合流点の川底が上がり、流れが逆転してしまった。その3年前の明治26年(1896年)には、銚子汽船が初就航して、東京―小名木川―江戸川―利根運河-利根川-銚子間の144kmを18時間で結んでいた。 運河西口(江戸川左岸土手)から富士山を眺めることができる。しかし春は霞がかかり、その姿をくっきり見ることは少ない。また鉄塔や送電線もあるので、運河口から上流へ少し歩くと、「ダイヤモンド富士」の撮影スポットになる。写真1 利根運河河口の桜。写真2 河口さくらを運河上流から観る。写真3 運河河口公園の桜。写真4 江戸川左岸から河口桜と筑波山を望む。写真5 運河左岸土手から桜を眺める。写真6 淡い富士が顔を出している。
2026年04月24日
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柏・あけぼの山農業公園では、春の風物詩であるチューリップ・フェスタが始まっていた。公園のシンボル・オランダ風車とチューリップ花畑が織りなす景観は、外国に来たような気持ちにさせる。風車を背景に、約16万株と同色のパンジーが訪れる人々を魅了する。 チューリップは、ゴールデンウィーク後に刈り取られる。球根の保存とヒマワリの種を撒く準備を始める。また沢山咲いているチューリップであるが、花は順次枯れてゆくが、その都度花を摘み取る。球根に不要なエネルギーを消耗させないため。風車前花畑は、四季を通じ花絨毯ができる。夏はヒマワリ、秋はコスモス。 農業公園のオランダ風車は、昨年秋から改修工事が行われてきたが、今春のチューリップ時期に間に合った。風車建屋の壁が色褪せてため、塗装工事を行ったという。これまでの茶色から黒色になる。ヒマワリやコスモスの背景に似合うかもしれない。耐紫外線対策の塗料を使われているか・・。写真1 あけぼの山農業公園。写真2 春の風物詩・風車前の花畑。写真3 六色のチューリップ列。写真4 リニューアルされたオランダ風車。写真5 チューリップとの間にパンジー。写真6 菜の花と惜桜。
2026年04月22日
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横浜赤レンガ倉庫の広場で、春の風物詩であるフラワーガーデンが開催されていた。市営地下鉄・みなとみらい線の馬車道駅から徒歩10分。駅から万国橋を渡り、周辺の景色を眺めらながら歩くのがいい。また、横浜駅付近からシーバス(ピア赤レンガ船着場で下船)を利用することも可能だ。 今年で20回目となる「FLOWER GARDEN 2026」(3月27日から4月19日)のテーマは、「take a break」(ほっと一息をつける庭)という。18種以上2万株の春の花を工夫して配置し飾りつけている。花を見るだけではなく、「花と過ごす」ことを推奨されている。 赤レンガ倉庫は、明治末期から大正初期にかけて、国の模範倉庫として建設された。その後、新港ふ頭に物流機能が移って行くなか、空倉庫として使われなくなる。横浜市は、平成4年(1992年)国から2棟を取得して、市民の賑わい施設として活用を始めた。現在、春夏秋冬にイベントが企画されて、賑わいをみせている。写真1 赤レンガパークの春の風物詩。写真2 横浜赤レンガ倉庫。写真3 第20回フラワーガーデン2026。写真4 赤レンガ駅と花キャラクター。写真5 花ガーデンと花のクィーン塔。写真6 赤レンガ倉庫の側面。写真7 2026年フラワーガーデンのポスター。
2026年04月21日
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利根運河において、東武線橋から下流両岸にも花見エリアがある。運河幅が広くなっている区間に、水辺公園が整備されている。浮き桟橋から鯉を見ることができる。水中に立つのは水位塔。台風で壊れていたが、運河のシンボルで、とんがり帽子の可愛い塔。右岸土手には、運河を設計したオランダ技師「ロルデルの碑」がある。 利根運河が開通した頃、最盛期には年間約4万隻の船が運行した。当時、運河沿いに6千本の桜があかたという。左岸土手の桜並木と老舗「新川」は、当時の名残だろうか。運河桜では唯一ライトアップされる。また割烹の「さくらテラス」から運河水辺公園を望むことができる。 運河の空を彩る「鯉のぼり」が約200匹泳いていた。4月4日からこどもの日まで、鯉のぼりが風に揺られる。例年、「鯉のぼり泳がせ隊」が「川渡し」を行ってくれる。同時に運河沿いの清掃・クリーン作戦を実施している。鯉のぼりに混じって、「うなぎのぼり」がいる。近くの理科大の学生が製作したらしい。微笑ましい。写真1 利根運河水辺公園。写真2 運河の空を彩る、鯉のぼり。写真3 水辺公園の水面、とんがり帽子の水位塔。写真4 左岸土手の桜並木。写真5 さくらテラス側から運河を望む写真6 運河右岸土手の桜並木。
2026年04月20日
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横浜みなとみらい地区21新港地区に、花見できるスポットがある。大岡川の河口域に架かる国際橋と女神橋間の右岸側に広場が造られている。敷地内をいくつかお椀状に盛土され、芝生上にシートを広げると、潮風を感じて花見ができる。[撮り溜めた写真から] この広場は以前「新港パーク」と呼ばれていたが、「カップヌードルミュージアムパーク」という。カップヌードルミュージアムは、「安藤百福発明記念館」を改名したもの。インスタントラーメン創りを通じて、発見と発明を諦めずに続けた百福氏の創造的思考を後世に伝える場所。大人から子供まで楽しめるという。 この桜パークからは、女神橋やみなとみらいのビル風景、および横浜ハンマーヘッドに停泊する客船を眺めることができる。女神橋は眺望が素晴らしい。2020年に竣工したスマートな鋼箱桁橋(歩行者専用橋、橋長75m)。女神橋は、コンチネンタルホテルの上部に設置されている女神像「みちびき」が見守るため。女神は、横浜の発展や此処に集う人々の幸福と世界平和の願いが込められている。写真1 大岡川右岸の河口域。写真2 新港パークの桜広場。写真3 カップヌードルミュージアムパーク。写真4 桜広場と女神橋。写真5 コンチネンタルホテル上部女神像「みちびき」。写真6 カップヌードルミュージアムのファクトリー。
2026年04月18日
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例年、さくらの時期になると利根運河に花散歩出かける。運河は桜並木が4カ所あり、流山市における花見の場所のひとつ。東武線運河駅へはone区間の距離だ。若い頃は往復歩いたが、最近復路は電車利用する。運河を横断する東武鉄道を境に、上流と下流に花見場所が分かれる。[撮り溜めた写真から] 上流エリアの花見スポットは、主に左岸の桜並木になる。木製ベンチがあり、飲食しながら花見することができる。江戸川から上流約3.8kmに、眺望の丘がある。土手よりやや小高い丘になっているので、利根運河の蛇行する様子が良く見える。この丘にも桜樹と休憩ベンチが整備されている。千葉県のポケットパークのひとつ。 眺望の丘には、土木学会推奨土木遺産の認定プレート[2006年]がある。利根運河は、利根川と江戸川間の延長8.5kmで、流山・野田・柏の3市町を流れる一級河川扱い。この3月末眺望の丘の付近に、公衆トイレと対岸土手を連絡する手すり付き階段と飛び石が整備された。安心して花見ができるようになった。写真1 利根運河の眺望。写真2 眺望の丘。写真3 堀込式運河(土木遺産)。写真4 左岸土手車道の桜並木。写真5 運河さくら。写真6 新設された手摺付階段と公衆トイレ。
2026年04月17日
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春雨降る上野不忍池で桜を観る。雨の中では、飲食を伴う花見しないのが一般的。傘を持つ人やフードを被って鑑賞して、そして記念撮影して満足してゆく。旅行者にとって、スケジュールを動かせないと思う。濡れた花びらは、黒い幹・枝により引き立つ。しっとりした風情に感じることにできる。 今年の上野桜まつりは、3月14日から4月5日の23日間。花見の他に、青空骨董市、草花市、似顔絵会などがあった。外国人にも人気があるという。不忍池周辺の桜ライトアップやぼんぼり点燈がある。夜桜は飲み会の二次会に適しているかもしれない。 上野寛永寺は、京都の比叡山に対して東叡山として開山された。びわ湖に擬して不忍池の中に中島(竹生島)を造り、弁財天を祀る。信仰と相まって、蓮見、花見、納涼、月見、雪見の場所として、江戸時代から人気があった。現在、大きな池は、蓮池・ボート池・鵜の池の3つに仕切られている。写真1 春雨の上野不忍池。写真2 桜観で賑わう不忍池。写真3 桜の弁天堂。写真4 ボート池畔の桜。写真5 しっとりした桜景色。写真6 手水舎と名所江戸百景(歌川広重)。
2026年04月16日
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パシフィコ横浜の野外エリアとして、臨港パークがある。ゆるやかにカーブする水際線からなる広大な緑地(敷地面積79,000m2)。芝生広場、潮入りの池および小丘が造られ、潮風を感じて寛げる場所だ。横浜港に架かるベイブリッジを眺めることができる。 臨港パークには、モニュメントやアート作品が設置されている。モニュメントとして、みなとの象徴である大きな碇(アンカーストップ)。更に「リマちゃんと握手」、日本人ペルー移住100周年記念像。アート的なものとして、不思議な「フルーツ・ツリー」と「虹空間」(歴史と未来への賛歌)がある。 小高い丘に、紅紫色の花が咲いていた。アフリカ原産の「ジャノメエリカ」で、小さな花が集まって仲良さんに見える。2008年に開催された第4回アフリカ開発会議を記念したもの。当時の横浜市長は、中田宏氏と銘板に記録されている。写真1 パシフィコ横浜の臨港パーク。写真2 弧状の水際線と芝生広場。写真3 潮入の池アーチ橋と碇オブジェ。写真4 「虹の空間」と「フルーツ・ツリー」。写真5 木質ハイブリッド「ティンバーワーク」と桜。写真6 記念植樹のジャノメエリカ。
2026年04月14日
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都内に出る用事があり途中、花見後半の上野公園に寄る。相変わらず外国観光客が多い、但し中国人は少ない。清水観音堂の枝垂れ「秋色桜(しゅうしきざくら)」を観た後、舞台から「月の松」と下方に広がる桜を眺める。 江戸初期、天海僧正が江戸城の鬼門方向に東叡山寛永寺を開基した。その際、京都の清水寺を模倣して舞台の上に観音堂を建てた。現在の位置へは、元禄7年(1694年)に移築された。本尊の秘仏は、千手観音菩薩坐像。御開帳は、年一回、2月の「初午(はつうま)」の法楽の日。 「上野の山」は、江戸一番の桜の名所だった。咲く時期を異なる桜を工夫して山内に植えた。桜の時期だけ入口の黒門が開かれて、庶民の入山が許されたという。歌川広重は、名所江戸百景「上野山内月のまつ」を描いている。明治初期の台風で被害を受けて永らく失われていたが、2012年に復元された。写真1 上野清水観音堂。写真2 秋色桜と清水舞台。写真3 月の松と浮世絵(歌川広重)。写真4 清水の坂と満開の桜。写真5 上野公園桜通りの人出。写真6 参道街道と花見とゴミ箱。
2026年04月13日
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横浜みなとみらい地区の海側には、大型複合施設等が建ち並び「パシフィコ横浜」と呼んでいる。ヨットの帆をイメージした大型ホテルを抜けると、海に浮かぶ「ぷかり桟橋」に到る。潮風を感じて、横浜港をも渡すことができる。 緑屋根の洋館風の佇まいのぷかり桟橋。1991年に完成した浮体式の艀(はしけ)。2本の桟橋(バース)と客船ターミナルからなる。ハンマーヘッド新みなとふ頭桟橋が完成するまで、横浜港周遊船など定期航路があった。現在、観光クルーザー、屋形船など発着している。1階は待合室、2階が海上レストランとなっている。 パシフィコ横浜のメイン施設は、「国立大ホール」。東日本唯一の「国立」会議場で、正式名称「国立横浜国際会議場」。コンサートや各種イベントを開催。外観は「二枚貝」、ホール内が「巻貝」を意識むして設計されている。この他に国際会議場や会議センターの建物が並んでいる。近未来の「ヨコハマ」とされる。写真1 横浜港の「ぷかり桟橋」。写真2 洋館風の客船ターミナル。写真3 ぷかり桟橋のオープンデッキと待合室。写真4 パシフィコ横浜の景観。写真5 国立大ホール。写真6 女神橋方面とヨットの帆型ホテル。
2026年04月12日
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三渓園の敷地は、東京ドーム4個分にもなる。京都・鎌倉などから集められた歴史的建造物17棟が園内にたくみ配置されている。そのうち臨春閣(りんしゅんかく)や旧燈明寺三重塔など10棟が国の重要文化財。庭園は、梅や桜、躑躅、紅葉などの名所と知られ、2007年国の名勝に指定されている。 内苑は、原家が私邸として使用していたエリア。かつては「桃山御殿」と称された臨春閣を中心に、古建築物と庭園が一体となった空間。渓流が流れ込む庭園池を見渡す「亭榭(ていしゃ)」で休み、豊臣秀吉によって建築された「旧天瑞寺寿覆堂」などを観て回る。 京都木津川に逢った燈明寺は日蓮宗の寺院。建武年間の兵乱で廃絶の憂き目をみる。室町時代に再建されるも衰退する。そんなか原三渓氏が保有して横浜に移築する。三重塔を大正3年、本堂を昭和62年に移築。三重塔は、関東地方における木造の塔では最古とされる。写真1 三渓園の内苑。写真2 臨春閣とその庭園。写真3 聴秋閣と旧天瑞寺寿覆堂。写真4 松風閣(展望台)。写真5 旧燈明寺三重塔と桜景色。写真6 横笛庵と旧燈明寺本堂。
2026年04月10日
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隅田川において上流から23番目に架かる中央大橋。橋長211m×幅員25mの凛々しい斜長橋だ。橋中央部に聳える主塔が日本古来の兜をイメージさせる。昔、この辺りには三角州があり、「兜島」と呼ばれていたという。中央大橋は、平成6年(1994年)に竣工した比較的新しい道路橋。フランスのデザイン会社が設計している。主塔基礎の上流部に、フランス彫刻家のザッキン氏による「メッセンジャー」像が立っている。「波をたてども、船は沈まず」という船の守護神だという。 隅田川の佃島に所在した石川島播磨の東京工場の跡地にスーパー堤防を築き、超高層住宅街「大川端リバーシティ21」を整備する。1986年に工事を着手して1989年頃から入居を開始した。超高層7棟と高層5棟からなる住宅街が出現した。その中で最も高いのは、センチュリーパークタワー(180m)。ビル頭部のピラミッド型のルーバーが特徴的だ。写真1 隅田川に架かる中央大橋(1994年開通)。写真2 中央大橋主塔と東京スカイツリー。写真3 中央大橋を上流から見る。写真4 和風兜をイメージする主塔頭部。写真5 「メッセンジャー像」写真6 大川端リバーシティ21。写真7 北斎の富嶽三十六景「武揚佃島」。
2026年04月09日
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横浜本牧にある三渓園に、約30年ぶりに桜の時期に訪れた。昔も川崎市内の社宅で数年間を過ごした。紅葉時期頃に、家族全員で弁当を食べた記憶がある。ハイカライメージする横浜でありながら、古都を思わせる景観がある。三渓園は、明治末期から大正時代にかけて、製紙・生糸貿易で財をなした横浜の実業家・原三渓が作った。広さ175,000m2の広大な日本庭園。明治39年(1906年)に一般公開された外苑と内苑の二つの庭園がある。四季折々の自然と歴史的建造物とが調和している。 正門から園に入ると、目の前に大池が広がっている。大池の周囲には、サクラが植えられているので、池沿いを歩きながら花見をする。3つの池がある。大池と蓮池そして睡蓮池。三重塔の岡下に茶屋があり、休息・水分補給して散策を続ける。三渓園については、2回に分けて投稿します。写真1 三渓園 桜と大池。写真2 旧燈明寺三重塔と桜。写真3 涵花亭と睡蓮池。写真4 大池南のサクラ。写真5 歓心橋の櫻。写真6 大池東畔の桜。写真7 三渓園のマップ。
2026年04月07日
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桜の時期の散歩コースに、近くのお寺の境内を通り抜けるよう選択している。西門の老木ソメイヨシノが門番のように立っている。東参道には、樹高10mを超える枝垂れ桜が垂れ下がっている。深井山浄信寺は、旧日光東往還の道沿いある。 地元では「花のお寺」と親しまれている。境内や駐車場敷地に、数多くの種類の花木が植えられている。石仏周りの馬酔木(アセビ)が薄紅色の花穂をつれている。また石灯篭の近くには、鈴のような黄色い花を咲かせる「トサミズキ」が散った河津桜の枝から顔を出していた。写真1 浄信寺のさくら。写真2 西門のソメイヨシノの老木など。写真3 境内東の枝垂れ桜。写真4 浄信寺の枝垂れ桜。写真5 鈴のような花をつけるトサミズキ。写真6 石仏の周りの馬酔木。
2026年04月06日
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季節が進む。見慣れた散歩道にも花が咲く。歩く気持ちをはなやかにしてくれる。木蓮(モクレン)と辛夷(コブシ)は、ソメイヨシノより少し開花する。空に彩り与えて散ってゆく。次の花へバトンを渡す。 中学校の校門の空を彩るのはシモクレン(紫木蓮)。この花に逢うと、卒業式を連想する。愛宕の坂道には、ハクモクレン(白木蓮)の街路樹が道を明るくしていた。木蓮と辛夷は、ほぼ同時期に開花する。厚みのある6枚の花弁はモクレン。花弁が9枚で風にひらひら揺れるのはコブシの花。 モクレンは、蕾の時は拳のように見えるが、開花すると割れた茶碗のように見える。辛夷の由来は、開花する前の蕾が固く、握りこぶしを連想したから。薄ピンク色の辛夷は、姫四手辛夷(ひめしでこぶし)と呼ばれる。紫木蓮の花弁は、外側が赤紫色で内側が薄ピンクまた白色。褐色になって、樹下に積もるように落下する・・。写真1 空を彩る紫木蓮(シモクレン)。写真2 外側花弁は赤紫色、内側は薄ピンク色(白色)。写真3 ハクモクレンの蕾と開花。写真4 街路灯のような白木蓮。写真5 紅辛夷または姫四手辛夷。写真6 色褪せたコブシ。
2026年04月05日
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雨上がりの良く晴れた春の空、江戸川土手を散歩する。南西方向に富士山、北東方向に筑波山が見える。堤防の天端道路沿いとのり面なに、菜の花が咲き進み春日和。富士山が最も白く輝く時期でもある。しばらくすると、徐々に冠雪が薄らいでゆく。令和8年春の白い富士山を記録しておきます。 白き富士を見て振り返ると、青紫色の筑波山がある。船形にも見える筑波山であるが、茨城県のシンボルと霊山だ。山体は火山ではなく、隆起した深成岩の花崗岩が風雨などで削れて形成されたという。筑波山からも富士山が見えるので、「関東の富士見百景」に選ばれている。 花粉のピークが過ぎたようだ。花粉は遠く山地からの厄介な「贈り物」だ。小生は、65歳を過ぎた頃から、三月になると目のかゆみや鼻水が出るようになった。天気の良い日には、マスクと点眼が欠かせない。近所の神社で杉の樹を目にするが、ヒノキはあまり見かけない。「催花雨」が花粉を洗い落してくれるのを期待する。写真1 春の空と江戸川。写真2 江戸川左岸から富士山を望む。写真3 春の空と白い富士。写真4 江戸川右岸から富士山を望む。写真5 白い雲と筑波山。写真6 江戸川土手と筑波山。
2026年04月03日
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佃大橋は、隅田川の渡船場として、320年続いた「佃の渡し」の位置に架けられた橋。1964年東京オリンピックを目前に竣工した。橋長476m×幅員25mの3径間連続鋼床箱桁橋。150トンのブロック別に、海上大型クレーンにより一括に組み上げるもので、一種の大型ブロック架設方法。 「つくだ煮」の発祥と知られる佃島。現在は中央区佃となり、月島と並んで高層マンションが立ち並ぶ。東京のウォーターフロントの先駆けとも言える街地。江戸時代、佃島は小さな島で、江戸前の隅田川河口に南に浮かんでいた。漁師の村として知られていた。 佃地区には江戸時代から続く住吉神社とその例大祭がある。佃島の歴史は、徳川家康が江戸入府の際、摂津国佃村の漁師を招聘したことが始まり。江戸佃島に住み着いた漁師らは、故郷の鎮守・住吉神社を想い、正保3年(1646年)に神社を造営。創建日の旧歴6月29日頃に例祭を開催、夏の風物詩となっている。写真1 隅田川(佃大橋から勝どき橋)。写真2 佃大橋の下流側。写真3 佃大橋の上流側。写真4 佃堀に面する住吉神社と佃堀公園。写真5 佃島の住吉神社。写真6 広重の「佃しま住吉の祭」と夏の例大祭。高さ18m大幟。
2026年04月02日
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江戸川土手には、菜の花ロードになっている区間がある。日光連山へ続くようなカントリー・ロード。江戸川土手右岸からは、天候がよければ北東の筑波山、南西の富士山まで見渡すことができる。菜の花が枯れるころ、遠くの山々の冠雪は消えてゆく。 江戸川上流に冠雪した日光連山が良く見えた。その左奥にドームを形成している日光白根山も確認できた。日光市と片品村の境に位置する関東最高峰(標高2578m)だ。明治22を最後に噴火していないが、時折火山性地震がある。因みに白根山と呼ぶ峰は、全国に3山(日光、草津、甲斐)がある。 菜の花が咲きほこる江戸川は春の風物詩。菜の花は、アブラナ属の総称で、キャベツ、ハクサイ、ブロッコリーなど花も「菜の花」と呼ぶという。河川敷に咲くものは、外来種で「セイヨウアブラナ」または「セイヨカラシナ」。若い葉を食用する場合は「アオナ」、花をつけると「ナノハナ」、種子ができると「ナタネ」と呼び方が変わる。写真1 江戸川右岸の菜の土手。写真2 菜の花ロードと日光連山。写真3 日光白根山を遠望。写真4 赤城山を望む。写真5 冠雪の浅間山を遠望する。写真6 秩父山地と西洋油菜。
2026年04月01日
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勝どき橋の西詰(築地側)に、「かちどき橋資料館」がある。資料館前には「かちどきの渡し」碑が立っている。昭和初、勝どき橋は、日本の英知と技術を総動員して完成させた土木技術の結晶とされる。当時日本では、可動橋を知らない人が多かった。資料館では稼働橋の原理や墨田川の橋について資料を展示開示している。 勝どき橋の可動橋は、当初1日5回開閉していたという。引き上げ角度は70度で、約70秒を要した。そして約20分間橋の通行止めになった。長さ22m×幅24mの橋桁2本が同時に跳開する姿に人々は、驚き、その仕組みに感動したに違ない。 資料館内には、100分の1の勝どき橋の模型がある。可動部が開いた後、船が航行するようになっている。可動橋を動かした発電設備と電気設備がそのまま保存展示。橋脚部は、稼働桁を支える構造物で。運転室と機械室からなる。定期的に見学会が開催されている。写真1 かちどき橋資料館とかちどきの渡し碑。写真2 国内の可動橋一覧。写真3 100分1の勝どき橋模型。写真4 当時の電気設備と発電設備を保存。写真5 可動部の運転室と機械室。写真6 「初めて跳開」と「万国博覧会計画」の展示パネル。
2026年03月30日
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弥生三月の春は、花粉症で外出を控える人が多いのではないか。江戸川土手から関東の山々を眺めると、浮遊する花粉で霞んで見える。春霞みは、花粉ばかりではなく、水蒸気、排気ガス、pm2.5などが複合的に作用する。近くで杉の花粉の詰まった雄花をみると鼻がムズムズしてくる。 日本での花粉症は、人口の4割以上が罹患する「国民病」となっている。地域差があるので、関東平野の住人は、人口の約5割が花粉症ではないだろうか。2026年の花粉飛散は、全国的に例年より多いとされる。3月はスギ花粉、4月はヒノキ花粉、更に5月北海道のシラカバ花粉と続く。 以・米軍によるイランへの奇襲爆撃から1.0ケ月が過ぎた。日本の石油タンカー等は、ホルムズ海峡を航行できずにいる。日本政府は、3月16日から石油備蓄の放出を始めた。3月23日時点の備蓄量は239日分(経産省発表)。その備蓄量に、見込み違いはないのか・・。石油関連製品および電力等の節約・制限が次の課題となってくる。すでに韓国では、行動制約と変容が起きている。写真1 江戸川越しの山並み。写真2 春霞の中の富士山。写真3 霞む日光連山と筑波山。写真4 花粉の中、輝く太陽。写真5 近くの神社と杉の雄花。写真6 花粉の源と杉と檜の葉の違い。
2026年03月29日
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仁川空港第2ターミナルでランチした後、5階の広報展望室へ向かう。プロモーション通路の突き当りには大型スクリーンがあり、仁川空港、飛行機発着が映し出される。右方向に曲がると、空港の巨大なジオラマモデルを観ることができる。左方向に曲がると、カフェ付きの展望室がある。開放的なガラス窓からエプロンの飛行機を眺めることができる。 頃合いを観て、手荷物検査と出国審査を終わらせて、搭乗エリアを進む。途中、高い天井と幾何学模様が広がる公共スペース(アート展示品)があった。舞台のようなものがあり、イベントも開催されるらしい。 大韓航空便で成田空港へ向かう搭乗口で、窓越しの空をチェック。高層雲が広がり、穏やか天候のようだ。成田の空は、曇または雨らしい・・。機内食に、ビーフと玉子焼きが提供された、約1.5時間のフライトで成田に着く。羽田-新千歳と同程度の時間だ。クルーズと日本周遊の旅は完。約4.5か月にわたって連載させてもらいました・・。写真1 仁川空港第2ターミナルの展望台から滑走路を見る。写真2 5階の広報展望施設。写真3 展望カフェとチェックエリア。写真4 大型スクリーンの映像。写真5 搭乗エリアの休憩広場(アートを展示)。写真6 搭乗口ガラス窓越の景色と機内食。
2026年03月27日
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柏の葉公園・桜の広場で、満開の椿寒桜(ツバキカンザンラ)を逢う。樹高が10m越えるものがある。樹形が傘状なので、空に広がって見える。下から見上げると、綿アメを眺めている感じになる。 椿寒桜は、松山市の椿神社に原木があるという。1963年に発見されて、全国に広まった。寒緋桜と唐実桜(カラミザクラ)の交配で出来た園芸種とされる。花が密集して、花柄が短く、雄蕊が長いのが特徴。サクラのなかで、特に美しいと評価されている。小鳥たちが密を求めてやってくる。 椿寒桜の花言葉に、「優れた美人」、「たおやか」、「咲く乙女」などがある。従って、別名「初美人」とも呼ばれている。ソメイヨシノとは異なる 艶やかさを持っている。そして、困難な状況でも、美しさを保ち続ける強さがある花。写真1 上空に広がる椿寒桜。写真2 桜の広場の椿寒桜。写真3 傘のように覆う花弁。写真4 柏の葉公園の「初美人」。写真5 蜜を求めて小鳥が飛来。写真6 芝生広場の緋寒桜。
2026年03月26日
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中央区築地と勝どき地区を結ぶ勝鬨橋。橋名は、日露戦争の戦勝祝いとして隅田川に造られた「勝どきの渡し」(明治38年)に由来。その後、埋め立した月島に、石川島造船所の工場が建ち並んだので、そのアクセスとし勝どき橋の建設が始まる。7年の歳月をかけ昭和15年に完成した。 東京で開催予定であった「万博会」のアクセス路としても考えられていた。そのため格式ある形式と日本人による設計と施工が要求された。橋の諸元は、橋長さ246m×幅員22m。固定部は、タイドアーチ橋。可働部はシカゴ型固定軸双葉跳開橋。平成19年に国重要文化財の指定となる。 昭和30年に入ると物流は、水運から陸上輸送にシフトして行く。隅田川を航行する船が減少するなか、昭和45年に跳開を中止した。昭和22年から昭和43年までは、橋上を都電が通っていた。築地大橋が出来るまでは、隅田川の最下流に位置していた。写真1 隅田川に架かる勝鬨橋。写真2 下流左岸から勝どき橋を眺める。写真3 中央の可動部と基礎橋脚を観る。写真4 固定部のソリッドアーチ橋を観る。写真5 上流から勝鬨橋および東京港を見る。写真6 国重要文化財の勝どき橋。
2026年03月24日
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花粉の飛散が多くなる時期、昼間の外出を控えるようにしている。朝の散歩を心掛ける。自宅近所を徘徊しながら目に留まった花などを撮影することがある。撮りためた写真をアップします。 町内のお寺の近くに、高さ2.5mのミモザの樹がある。黄色の小さな花が塊のように、房状に咲いている。ギンヨウアカシアと思われる。小さな羽のような形の葉が特徴。ミモザ(アカシア)の種類は、園芸用を含めて1000種類状もあるという。「春告げる花」のひとつとされる。黄色は、幸せのカラーである。 塀や生垣のある地元の民家には大きな庭がつきもの。手入れされた鑑賞の樹木が芽吹いている。桜に早い時期、枝垂れ梅がよく目につく。梅の手入れは個人で大変なので、園芸関係の団体に依頼する。公益法人・シルバー人材センターに依頼すると、植木の剪定・枝処分を安価でしてくれる。写真1 近所のミモザが満開。写真2 ミモザ(ギンヨウアカシア)。写真3 ふあふあした小玉の房状。写真4 生垣越しの枝垂れ梅。写真5 紅枝垂れ梅。写真6 色とりどりの花ウメ。
2026年03月23日
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帰国は、仁川国際空港(ICN)第2旅客ターミナル(T2)から出国する。ターミナル3階出発フロアで、先ず航空券の自動発券機で手間取る。受付カンターで、荷物の手続きを済ませた後、ターミナル棟内を散歩する。 仁川国際空港は2001年の開港以来、ハブ空港とし目覚ましく発展してきた。いまや国際旅客北アジア第1位、国際空港貨物世界第3位となった。仁川空港には2つのターミナルがあり、航空会社によって使用するターミナルが異なる。2025年にはアシアナ空港も引っ越した。建物外観は、ガラス張り多く輝いて見える。 飛行機の出発まで時間があつたので、時間つぶしと休憩を兼ねてフードコートに入る。4階エスカレーター横の「カリナリー・スクエア(料理広場)」は、窓側席に座れば、3階出発フロアを見下ろせる。8店舗が入店し、韓国料理を提供。小生らは、A[私たちがキムチ]コーナーで、黒豚キムチチゲ(12,000ウォン)を食べた。写真1 仁川空港第2ターミナルに着く。写真2 ターミナルの出入口。写真3 Eチケットを持って3階出発フロアで航空券を発行。写真4 4階のフードエリアへ。写真5 カリナリーエリアで韓国料理を楽しむ。写真6 仁川空港第第2ターミナルを俯瞰[ホームページ]。
2026年03月22日
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隅田川で最も下流に位置するのは築地大橋。西詰側は、旧築地市場に隣接している。現在、跡地利用のための基盤整備工事が進んでいる。豊洲市場への移転に合わせて、豊洲大橋と同時に2018年に暫定開通した。再開発事業は、第1期工事が2032年までに、第2期工事が2038年まで完成するという。 築地大橋は、隅田川の入口・第一橋梁に相応しい6車線+両側歩道の幅広い橋。橋長さは245m×中央スパン145m。橋姿の特徴として、アーチリブが歩道側に14度傾けてある。そしてハーブの弦のようにケーブルで引っ張る双弦アーチ構造となっている。車道から見ると、視界が開けて見えるという。 橋上部工の設置は、都心で例を見ない大型ブロック架設工法を採用。3000トン級大型クレーン船を使用して、3つのブロックを3回に分けて吊り込む。当日、隅田川への一般船舶は立ち入り禁止された。2600tに及び中央ブロックは、四国の港から730km×4日間かけて海送したという。多くの都民が工事見学に足を運んだ。写真1 下流から築地大橋を見る。写真2 上流から築地大橋を見る。写真3 三径間中路アーチ橋。写真4 歩道と車道とアーチリブの傾き。写真5 ハーブのような弦ケーブル。写真6 旧築地市場跡地の基盤整備工事が進む。
2026年03月20日
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流山おおたかの森駅の東口東武線沿いに紅色の寒緋桜が満開。通勤客の目を楽しませてくれる。おおたかの森駅は、東武アーバンパークラインとつくばエクスプレス線が乗り入れする比較的新しい駅。東西南北の4カ所に駅出入り口がある。 寒緋桜(カンヒザクラ)の花は、釣鐘状の下向きに閉じたような半開きの形で咲く。濃い紫紅色の花弁をつけるのが特徴。旧暦の正月頃に咲くので、元日桜(ガンジツサクラ)と呼ばれることもある。また中国語で「鐘花櫻花」や台湾にも多く咲くので「台湾桜」とも表記されるようだ。 流山おおたかの森駅周辺は、最近急速に発展した街。商業施設、マンション、戸建住宅、入浴施設など短期間で建ち並んだ。若い人が住む比率高いエリアだ。市の子育て支援が功を奏している。人口が増加している自治体の一つ・・。写真1 流山おおたかの森駅前の寒緋桜。写真2 おおたかの森SCの建物が見える。写真3 つくばエクスプレス線開通記念の碑。写真4 花壇と桜を見ながら通勤。写真5 釣鐘状の緋寒桜。写真6 東武線ホームから緋寒桜を見る。
2026年03月19日
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クルーズ船・スプリット号は、今夜仁川港に停泊する。兵糧を補充し、新たな乗客を乗せるために・・。小生らは、明日の下船に向けた作業を終えて、甲板デッキにでる。仁川港は、黄昏の夜景に変わっていた。写真のマジックアワーからブルーアワーの時間帯。水平線か赤く染まり、無数の橋脚が並ぶ風景が印象的だった。 クルーズ船13階デッキから、ライトアップされた仁川港クルーズターミナルが眼下に見える。ふ頭の縁にたつ「ガラス瓶灯台」に、赤い灯がはいった。ブルーアワーの空のもと、クルーズターミナルがライトアップされ白と青に輝く。美しい夜景を観ることができた。 黄昏(たそがれ、コウコン)は、日没直後、西の空に夕焼けの名残の「赤さ」が残る時間帯。30分間程度が続くようだ。「たそがれ」は、夕暮れ人の顔の識別が付かない暗さで、「そこにいるのは誰・・」、「誰れ彼」と訊ねる頃合い。黄昏・ブルーアワーの条件では、三脚使用しなくてもギリギリ撮影できる。写真1 仁川港クルーズターミナルの灯り。写真2 仁川港旅客ターミナル方面を望む。写真3 仁川大橋の赤い黄昏風景。写真4 ブルーアワーの夜景。写真5 仁川大橋・斜長橋の夜景。写真6 ライトアップされた仁川大橋の彩り。
2026年03月17日
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柏の葉公園体育館横の芝生広場に河津桜20本ほど並んで咲いている。天気の良い日は、芝生の上を駆け巡る子どもたちの姿がある。また鮮やか桜をバックにワンちゃんを撮影するペット愛好家の姿もある。お昼近くになるとシートを広げて花見タイムとなる。 この広場に河津桜が植えられて10年が経つ。平成28年6月(2016年)、第27回全国「みどりの愛護」のつどいが柏の葉公園で開催された。その際、当時皇太子同妃殿下が記念植樹された。その記念碑「御手植え河津桜」傍の桜が満開を迎えていた。 カワヅサクラは、静岡県河津町の河津川沿いで偶然発見(1966年)されたのが名前の由来。日本固有のオオシマザクラと南方系のカンヒザクラの自然雑種によって生まれたとされる。ソメイヨシノより1ケ月ほど早く咲く。カワヅサクラと命名されて60年。日本の各地に河津桜が植えられている。写真1 柏の葉公園の河津桜。写真2 満開の桜の下で。写真3 植樹記念碑を覗く。写真4 芝生広場の満開桜。写真5 着物の花柄のようだ。写真6 御手植えの河津桜。
2026年03月16日
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明日は、仁川国際空港から帰国する日。荷物を整理するために、早めにクルーズターミナルに戻る。クルーズターミナルふ頭には、ユニークな「ガラス瓶灯台」があった。クルーズターミナルの開業に合わせて設置したようだ。灯台近くまで歩き、仁川の港風景とターミナル棟を眺める。仁川港クルーズターミナルは、東京国際クルーズターミナルよりも約半年早く、2019年4月に開業した。国際的にクルーズ観光に力を入れた始めた時期。2階建てのターミナル棟と広い駐車場を有するクルーズターミナルだ。国際ハブ空港まで約30分に近く、空と海との2つのターミナルが相まって、韓国首都圏の観光発展を担う。 ターミナル棟は、1階が入国ロビー、2階が出国ロビー。出国ロビーからクルーズ船に続く連絡通路の一部がギャラリーとなっている。通路の壁には、仁川の観光名所等の写真パネル並ぶ。「世界一巨大な野外壁画(穀物サイロ)」、「松島国際都市」、「月尾展望台」などを観て、クルーズ船スピリットに乗り込む。写真1 ガラス瓶灯台があるクルーズターミナルふ頭。写真2 仁川港(仁川大橋)を望む。写真3 フェリーターミナルと高層マンション群を望む。写真4 クルーズターミナル棟と連絡通路ギャラリー。写真5 通路ギャラリーの写真パネル例。写真6 仁川港クルーズターミナルの位置関係。
2026年03月15日
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市川アイリンクタウンの地上150mの展望デッキからは、南関東の半分を眺望できる。JR市川駅に隣接しているので、東京に用事がある際に稀に立ち寄る場所。「ザ・タワーズウエスト」の45階の屋上が展望施設となっている。「Ⅰ-linkタウンいちかわ」が公募名となっている。 訪れた日、風が弱く遠くの山並みがよく見えた。アイリンク展望施設は、東京スカイツリーと富士山とのツーショットを撮影できる場所として人気のスポットとなっている。 屋上デッキは、風が強いと寒くて長居できない。当然、暴風時は展望デッキが閉鎖される。 当該施設は、南関東の日本夜景遺産にもなっている。ビル3階から直通シースルーエレベーターで45階まで運んでくれる。屋上デッキのみならず、展望ロビー、交流ラウンジなどから夜景を楽しめる。毎月第3金曜日と翌土曜日については、三脚撮影が可能となる。15時から21時までが「フォトグラフィイブニング」。写真1 スカイツリーと富士山。写真2 都心ビル群と富士山、大山。写真3 浅間山と武甲山等の山並み。写真4 都心の風景。写真5 江戸川を望む。写真6 筑波山と流山市方面。
2026年03月13日
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清水公園「梅まつり」(2月7日から3月8日)の終盤に再度訪れた。清水公園駅へは、電車1本×190円なので気安く出かけることができる。公園は広いので、散歩し甲斐がある。更に、トイレ環境が綺麗なのが嬉しい。年を取ると、「用足しが」ちかくなる・・。 梅の花は、桜より長く楽しめる。早咲きから遅咲きまであるためか。水戸偕楽園の梅まつり期間は、2月中旬かせ3月下旬となっている。梅見は、三回楽しめるという。探梅(たんばい)、観梅(かんばい)、そして惜梅(せきばい)。探梅は咲き始めた梅を探す楽しみ。惜梅は散り始めた花を惜しみながら楽しむもの。 清水公園には、1本の樹に、赤・白・絞りなどを咲かせる「思いのまま」の品種がある。1枝で複数の色合いの花を楽しめる。この枝は、「厄除け」、「無病息災」に縁起の良いものとされる。人ではなく、梅が「思いのまま」に咲くのだ。来年も同じところに咲くとは限らいという。写真1 清水公園で惜梅。写真2 梅まつりが終盤に写真3 梅園の「思いのまま」。写真4 遅咲きの紅梅。写真5 ファンタジアの梅林。写真6 白い花梅。
2026年03月12日
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仁川国際クルーズターミナルには、松島(Songdo、ソンド)国際都市行のシャトルバスが配車されていた。この新都市は、60階を超える超高層ビルが林立し、「韓国のドバイ」と称される。シャトルバスが乗降地点は、南東約8kmにある「現代プレミアムアウトレット」前。仁川地下鉄1号線のテクノパーク駅と隣接している。 現代プレミアムアウトレットは、現代(ヒュンダイ)グループ系列が運営する郊外型ショッピングセンター。地下1階から地上3階のショッピング空間に、韓国内外の人気ファッションブランド、スポーツブランド、家電用品、子ども用品など計200店舗がある。少し離れた所には、ドラマのロケ地にもなった「トリプルストリート」が見えた。 小生らはウィンドショッピング後、地下1階のプレミアムマーケットを見て回り、フードコートで休憩する。おなかは減っていないが、せっかくなので韓国風冷麺をオーダーする。そば粉とでんぷんを使用した麺で、弾力ある「ハンソル冷麺」(15,000ウォン)を食べた。ガイド不在で道に迷いそうなので、早めにターミナルに戻る。写真1 仁川現代プレミアムアウトレット。写真2 施設入口、地下鉄口、地下マーケット。写真3 道路向いのショッピングモール。写真4 周辺の超高層ビル群。写真5 地下フードコートで冷麺を食べて休憩。写真6 シャトルバスの案内。
2026年03月11日
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清水公園の南東側に金乗院(こんじょういん)がある。慈光山の扁額を掲げた仁王門の脇に枝垂れ梅が咲いていた。仁王門前の道路沿に咲く、黄色い蝋梅を見て金乗院の本堂に参拝する。 金乗院は、応永5年(1398年)に開山されたという。真言宗の醍醐派の寺院だったが、明治初期に真言宗豊山派となる。清水公園は、金乗院の元境内とされ、塀や柵がない。公園と一体化している寺院。 本尊の薬師如来像は秘仏となっている。本堂に算額があることが知られている。市内に唯一現存する算額(安政6年奉納)や徳川家の御朱印状が奉納さけている。算額とは、和算家が自分で作った数学の問題や解答を書いて寺院などに奉納した絵馬。金乗院算額は、93cm×60cmの杉板に書かれている。写真1 慈光山の仁王門。写真2 仁王門脇の枝垂れ梅。写真3 仁王門近くの蝋梅など。写真4 金乗院境内の梅と手水龍像。写真5 金乗院本堂と算額。写真6 境内の馬酔木。
2026年03月09日
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野田・清水公園で春を告げるというミモザを見て回る。青空の下、黄色い小さな花群が花公園を彩る。清水公園花ファンタジアでは、2月中旬から「春の部」が始まっている。枝いっぱいに集まって咲き、まるでワタ菓子の様だ。 ペットと一緒に花散歩およびミモザの花をバックに、自慢のワンちゃんを撮影する人が多い。 花ファンタジアには、ポンポンのような可愛らしいミモザ5種類60本が植えられている。春は黄色い花からやってくると言われる。黄スイセン、菜の花も春を実感できる花だ。ミモザは、マメ科アカシア属の常緑樹で「アカシア」が正式名。園内のミモザは、「フサアカシア」と「ギンヨウアカシア」がほとんど。両者の区別は、葉っぱだというが・・。 ミモザは、「国際女性デー」と関係している。イタリアでは男性が女性に、感謝と尊敬の気持ちを込めてミモザを贈る風習に由来している。3月8日は、「ミモザの日」とされる。花言葉に「感謝」、「思いやり」、「友情」などがある。女性の権利や社会活動を称える日。写真1 清水公園/花ファンタジア。写真2 ミモザのトンネル。写真3 ミモザ/フサアカシア。写真4 ワタ菓子のような花。写真5 ミモザの樹と花。写真6 花ファンタジアの蓮池など。
2026年03月08日
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江戸で最初の町割りが行われた場所の川に、架けられたのが日本橋。江戸時代に10回ほど架け替えられる。江戸の名所のひとつで、浮世絵に多く描かれている。明治に入ると、太鼓橋から西洋式の木造方牧橋になり、馬車鉄道そして市電が開通する。明治44年(1911年)に、耐火性に優れた石造りアーチ橋になる。 石造りの日本橋は、架橋から114年を経過した現在も他の橋を圧倒する美しさと威厳を保っている。橋の諸元は、橋長49m×幅員28m×アーチ径間21m、切石で造られた2連アーチ。東海道の起点を示す「道路元標」が橋の袂に設置。橋上の麒麟像は、翼がついており、日本橋から各地へ飛び立つイメージか。 日本橋1丁目エリアでは、高さ284mの超高層ビルを中核とした再開発工事が大詰めを迎えている。日本橋川に沿って「日本橋リバーウォーク」が出現する予定。一方、日本橋の空を覆う高架橋の撤去は、まだまだ先。2035年バイパス地下トンネル開通予定、2040年に高架橋撤去される予定。写真1 空が見えない日本橋川。写真2 石造り2連アーチ橋の日本橋。写真3 橋上の麒麟像。写真4 日本橋1丁目の再開発事業。写真5 近くの三越ビルと三菱倉庫本館。写真6 道路元標複製と浮世絵(歌川広重)。
2026年03月06日
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野田・清水公園の第一公園広場で、梅まつり(2月7日から3月8日)が開催されている。東武アーバンライン・清水公園駅から徒歩10分。天気が良かったので散歩気分で梅の花を観て回る。 清水公園のミニ梅園には、20品種約100本の梅の樹が植えられている。小さな梅園なので、観梅客が多くないので、ゆっくり観ることができる。古木が多いのが特徴。梅の別名「春告草」は、文字通り春の到来を告げる花。冬の終りを告げて小鳥を呼ぶ花とされる。 公園のエントランスゾーンの藤棚の向かいに、華やかな「呉服枝垂れ(くれはしだれ)」が立っていた。ピンク色でボリュームある八重咲の梅。古代の呉の国の織物「くれはとり」に由来する。また美しい呉服をまとっているかのように、艶やかな花姿を見せてくれる。花言葉に「高潔」、「上品」などがある。写真1 清水公園のミニ梅園。写真2 白梅と紅梅。写真3 薄紅枝垂れ梅。写真4 ピンク色の梅。写真5 古木の梅。写真6 呉服枝垂れ梅(くれはしだれうめ)。
2026年03月05日
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仁川港国際クルーズターミナルをめざして、仁川大橋の下を通過する。仁川大橋は、仁川市松島と国際空港のある永宗島とを繋いでいる。黄海を跨ぐ約21kmの跨海橋。その大橋の斜長橋の間を抜けて、クルーズ船は京畿湾を進む。接岸は9時を予定。 仁川大橋は、2009年に完成した比較的新しい長大橋。仁川国際空港と松島国際都市を約20分で結んでいる。仁川大橋の中央部に建設している斜長橋は、韓国最大のスパン(800m)を誇る。海上部に連なる道路橋は、延長18.2 kmに及ぶ。東京アクアブリッジの4倍の長さがあり、壮観な眺めだ。 仁川空港と直結する松島新都市は、韓国・未来の姿をイメージさせるスマートシティとされる。高層ビルが建ち並ぶなか、緑豊かな公園、湖沼そしてウォーターフロントにも恵まれている。自然と共存する新都市のランドマークとして「ポスコタワー」がある。高さ305m×地上68階の超高層ビルとして、2014年に完成している。写真1 黄海を跨ぐ仁川大橋。写真2 仁川大橋の斜長橋。写真3 韓国最大の斜長橋(スパン長800m)。写真4 仁川大橋の下を通過して国際クルーズターミナルをめざす。写真5 跨海橋とクルーズターミナルふ頭を望む。写真6 ポスコタワーと松島新都心[パンフレットより]。
2026年03月03日
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道の駅常総に、世界記録を達成したベーカリーがある。その購入行列に並び、「クリームメロンパン」や「いもんパン」などをお土産に買う。2024年5月4日、その日の8時間で最も多く売れた「菓子パン」を競うもので、当日9,390個(ぼくのカスタードメロンパン)が売れたと記録されている。 茨城県にメロンパンありと知れ渡ったようだ。そもそも茨城県は、メロンの生産量が盛んで、全国第1位(全国シェア25パーセント)なのだ。第2位熊本県、第3位北海道の順となっている。オリジナルの「イバラキング」が有名、メロンの漬物も販売されている。 または、「ほしいも王国」と云われ、全国シェアの9割が茨城県。干しイモを造る自然環境とその製造歴史があった。冬の乾燥した気候と水はけの良い土壌が美味しい干しイモ製造に適している。ビタミンとミネラルが多く含み、ヘルシーなおやつとして人気がある。小生は、「つぼ焼きいも」を道の駅で食べた。出来立てはとてもおいしい・・。写真1 茨城県、道の駅常総。写真2 「ぼくとメロンとベーカリー」には大行列ができる。写真3 メロンクリームパンといもんパンを買う。写真4 メロンブレードと、完売になったパン棚。写真5 つぼやきいもの販売コーナーにも立ち寄る。写真6 二階の「いなほ食堂」でランチする。
2026年03月02日
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相撲(すもう)への懸け橋と勘違いされがちな両国橋。昔、武蔵国と下総国を繋ぐ橋が由来とされる。歴史は古く、創架年は、明暦の大火後1595年と云われている。隅田川では、千住大橋に次ぐ2番目の橋。江戸時代から明治にかけて、約200年間に10回も架け替えられ、多くのエピソードや事件等がある橋でもある。 現在の両国橋は、国道14号(靖国通り―京葉道路)を通す。1932年(昭和7年)震災復興事業で架け替えられた。3径間ゲルバー鋼桁橋(橋長164m)で、重量感ある橋。橋の歩道の中央部には、土俵をデザインした円形のバルコニー、ガードレールに軍配と花火が描かれている。親柱の上に地球儀のような球体が設置。 隅田川テラスギャラリー・両国エリアには、葛飾北斎による浮世絵が大判で設置されている。「板浮絵両国橋夕涼花火見物図」には、両国橋の上に大勢の人々が描かれている。また橋の袂には多くの小屋が並び、そぞろ歩く姿を細かく描かれ、その賑わいが今にも聞えるようだ。写真1 歴史ある両国橋。写真2 隅田川テラスから橋の上下流を観る。写真3 地球儀を載せているような親柱。写真4 相撲関連するデザインが施されている。写真5 スカイツリーと隅田川テラスギャラリー。写真6 江戸時代と大正時代の両国橋。
2026年02月28日
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流山市内に雪が降った日のこと。最大5cm程度の積雪があった。一般道路に車が走り出し、日が昇り始めると、路面の雪は融けてゆく。一方、草むらや畑には、しばらく雪が残っている。夕方までには消えゆくだろう・・。 異常少雨が続く関東南部。江戸川土手の枯れた法面が雪で隠された。風情ある河川景色が出現した。乾いた大地が一時(いっとき)、「お湿り」を得た。早く、大地に天からの「雨水」が行き渡ることを願う。写真1 積雪した法面と富士山。写真2 土手越しの富士。写真3 積雪した田畑。写真4 江戸川上流を望む。写真5 右岸河川敷の雪景色。写真6 江戸川左岸側の白い田んぼ。
2026年02月27日
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済州島の一部を観光して、済州島港を18時半頃に出航する。向かうのは仁川港だ。昼間上った紗羅山の山地灯台が見送ってくれた。灯台の照明がサーチライトのように回転しているなか、クルーズ船は、国際旅客ターミナルをゆっくり離れた。 済州島港の旅客施設としては、不定期の国際旅客ターミナルと定期の沿岸旅客ターミナルがある。国内線として、釜山港、水浦港、完島港、麗水港など運行されているようだ。第4ふ頭には、韓一高速の大型フェリー「シルバー・クラウド(2万トン)」が停泊していた。 日本統治時代が1910年から1945年まで続いた済州島。現在の姿になるまで、米軍と韓国本土と島民からなる人民委員会との間で紛争もあり、苦難の道を歩んだ。現在、島の美しい自然と食文化(海産物、農産物)とで観光産業で発展している。総合リゾート施設が次々オープンしているようだった・・。写真1 済州港旅客ターミナルの夜景。写真2 紗羅峰の灯台光。写真3 沿岸旅客ターミナルと大型フェリー、シルバー・クラウド。写真4 監視塔とファブクエリアの街灯り。写真5 国際旅客ターミナル岸壁を離れる。写真6 遠ざかる済州港とシアターの「イグナイト・ナイトショー」。
2026年02月26日
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