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2006/08/17
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カテゴリ: 恋愛小説(連載)
【「きっと、二人なら…」を最初から読む】 【目次を見る】

 梓が倒れた--それも拒食症で…。
その晩、貴子は結局一睡もできないまま翌朝を迎えた。
昨夜9時頃、夕食の後片付けを終えて亜紀が帰ってからと言うもの、ひたすら悶々した想いの中1人過ごした。
「最近、家でもほとんど食べてなかったみたいで…。
お医者様の話だと、しばらく入院が必要でしょうって…。
精神的にもかなり疲れてるみたいだからって…」
--携帯越しの由里の声がずっと耳から離れることはなく、貴子の胸を痛めつけ続けた。
--私のせいだ…

きっと、こんなことにはならなかったはずなのに…。
 灯りの消えた部屋の片隅で、ただただ自分を責めながら朝を待つことしかできない自分に、腹立たしさと情けなさが込み上げてきて、貴子は震える唇をきつく噛み締めた。大粒の涙が彼女の膝の上に一滴零れ落ちた。

 白い12階建ての真新しいビルの前には、大きな文字で高崎総合病院とある。
広い正面玄関のガラス製の自動ドアをくぐると、院内は高級ホテルさながらのしゃれた作りとなっており、フロア一面に落ち着いたベージュのカーペットが敷き詰められていた。
待合室には座り心地のよさそうなソファが規則正しくいくつも並び、白い壁には心和む風景画が掛けられている。
既に正午に近い時間帯だったが、年配の患者が多く見受けられた。
 この高崎総合病院が旧施設から新しく建て直されて、まだ1年と建っていなかった。
以前より心療内科が有名で、結構名の知れた病院だった。
そんな病院の3階に今宮梓は入院していた。
3階の心療内科病棟は、東病棟と西病棟に分かれており、ホテルを思わせるゆったりとした廊下には、常にヒーリングミュージックが天井に設置されたスピーカーから低く柔らかく流れていた。
 梓の居る病室は東病棟の302号室で個室だった。

エアコンで適温に調節された快適な室内で、梓はベッドに腰掛けレースのカーテン越しに外の風景を静かに眺める。
今日も外は良い天気で、カーテン越しにも降り注ぐ陽射しに目を細めなくてはならないほどだった。
 そこへノックの音が聞こえる。
さっとドアの方に視線を向けて「はい、どうぞ」と梓がそれに答えると、ドアがゆっくりと開かれ純が顔を覗かせた。
「よっ。だいじょぶ?」

「桜井君、どうして…!?」と驚いたように目をしばたかせる。
ドアを閉めて、ベッドサイドまで歩み寄ると
「三坂から聞いたんだ。あいつ、梓の友達の何て言ったっけ…? えぇっと、確か小嶋さん。その子と最近仲いいみたいでさ」と言いながら、純が手にしていた赤いカーネーションの花束をサイドテーブルに乗せた。
「あ、これお見舞い」
「ありがとう。でも、赤いカーネーションって…なんだか母の日みたい」
サイドテーブルから花束を手に取って、梓がクスリと笑う。
そんな彼女を見て
「いやぁ…俺、花なんて買ったことないもんだから、何を買ったらいいのかわかんなくてさ」
と頭を掻きながら彼は照れ笑いを浮かべた。
「ありがとう…嬉しい」
梓が幸せそうに微笑む。
「よかった、気に入ってもらえて」
言いながら純はベッドサイドにあったスツールに腰を下ろした。
僅かな沈黙。
花を大事そうに抱える梓の姿はとても儚げで美しいが、拒食症のためにこけてしまった頬と色素の薄い肌が余計に彼女を病人らしく見せていた。
「拒食症…だって?」
「…うん」
「ダイエットのしすぎには気をつけないと」
「そ、そうだね…」
「なんでそう痩せようとするんだ?」
純の問いかけに、梓は信じられないとでも言いたげな視線を投げつける。
「俺、中学の頃からお前のこと見てるけど、あの頃のお前の方が健康的でよかったと俺は思うんだけど…」
「なんで…なんでそんなこと言うの!?
だったらどうして貴子なんかと付き合ったりするのよ!
結局、私みたいなデブなんかより、貴子みたいな子の方がよかったってことでしょう!?」
「どうして、そう言う話になるんだよ? 俺はただ、昔の今宮の方が健康的でよかったって、ただそれだけ言っただけなのに…」
重い沈黙。梓の大きな瞳に涙が揺れる。
「桜井君、どうして あんな子のことなんかが好きなのよ!?
あんな…あんな…平気で二股掛けるような子なんかのこと…!」
はらりと梓の頬を涙が伝う。
今の彼女の言葉で、純の顔つきが一気に険しいものへと変わる。
「なんだよ、それ? 二股ってどう言うことだよ!?」
「貴子よ! あの子は二股掛けてるの!」
「嘘だ! そんな話は信じない! だいたい、何の根拠もないじゃないか!」
険悪な空気が2人を包む。断固として梓の話を信じようとしない純に、彼女が決定的な一言を投げつける。
「桜井君が信じたくないって言うなら、それは別に構わない。
ただ私、見ちゃったの…。
昨日の朝、貴子のアパートから早川君が出てくるところ…」
「そんなの、貴子の部屋から出てきたって決まった訳じゃないだろ?」
そうだ。まだ何も、貴子が二股を掛けていると決まった訳ではないのだ。
たまたま貴子と同じアパートに、亜紀の友人が住んでいただけかもしれないし、それに例え貴子の部屋から出てきたのだとしても、朝少し用があって立ち寄っただけかもしれない。
そうやって必死に自分の中で、あらゆる理由を考えては梓の言ったことを否定しようと勤める。
 梓は溢れた涙を手で拭って
「信じてるのね…貴子のこと…」と寂しげに呟いた。
純は、ざわめく心を抑えつつ静かにうなづいた。
「今日は来てくれて…ありがとう…。
でももう…ここへは来ないで…。桜井君の顔見ると私…辛くなるから…」
涙声でそれだけ伝えると、梓は純から目を逸らしうつむいた。それからはもう彼と視線を合わせることはなかった。
「…ごめん」
うつむいている梓の横顔にそれだけ告げて、純は病室を後にした。
--「桜井君が信じたくないって言うなら、それは別に構わない。
ただ私、見ちゃったの…。
昨日の朝、貴子のアパートから早川君が出てくるところ…」
--きっと友達のところへでも行っていたのだ。貴子のところへではない。自分と貴子が付き合っていたことは、亜紀だってちゃんと知っていたのだから絶対にそんなはずはない。
1階へと下るエレベーターの中で、純はひたすら考えた。考えて…考えて…先ほどの梓の言葉をなんとかして否定しようと必死になる。
けれど否定しようとすればするだけ、それを立証するような出来事が彼の脳裏にフラッシュバックし、心に重い暗雲を広げて行った。
もしかしたら貴子の気持ちは…既に亜紀へと移ってしまっていたのではないか…。だからこそ、一昨日の夜 彼女は突然別れ話を切り出してきたのではないか…。
そう考えればつじつまは合った。
あの夜、貴子は別れ際こう言っていた。
「恋だと勘違いしてたの。私って恋愛経験乏しいから…。桜井君に対する想いって、そう…単なる憧れ…」
 カタン。軽い金属音と共にエレベーターのドアが開き、1階エレベーターホールで待っていた人々がどっとエレベーター内へと流れ込んでくる。
その波に飲まれぬよう、純は急いでエレベーターから降りて玄関の自動ドアを目指した。
~To be continued~




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最終更新日  2006/08/17 10:27:54 PM コメントを書く


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