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2006/10/03
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カテゴリ: 恋愛小説(連載)
【「きっと、二人なら…」を最初から読む】 【目次を見る】

「着いたよ、すみれ」
 言って貴子を玄関へと上がらせると、入江医師は嬉しそうにその顔に笑みを浮かべた。
「さぁ、入江君、あなたはもうそろそろ寝ないと。私は明日休日だからいいけど、あなたは明日夜勤なんだから」
「やだなぁ、大丈夫だって。こう見えても僕は案外タフなんだから」
 玄関から上がった廊下で、美和子と入江医師がそんなことを話している傍ら、貴子は彼にしっかりと手を取られているために二人から離れることさえできずにいた。
「まぁ、いいじゃない。せっかくすみれも居るんだしさ、もう一度三人で飲みなおそうよ」
「こら! 聡一郎! いい加減にしなさいよ!」
 先ほどとは打って変わってハイテンションな彼を厳格な口調で一喝すると、「それに…すみれ、だって…」と彼女は話を続けようとする。

「すみれ…だって、早くその手を離してあげないと…困ってる、わよ」
 言って悲しげに目を伏せる美和子。
 彼女の言葉と態度に、それまで明るかった彼の表情は一瞬にして暗く曇り、俄かに不安の色をにじませる。そしてゆっくりと貴子と視線を合わせると、その不安の色を宿した瞳で彼女の瞳の奥を静かに窺う。
 「すみれ…だよね…?」
 彼の唇から静かに紡がれる言葉。その瞳はあまりにも真直ぐで、貴子自身 視線を逸らすことはおろか、身動きするのさえはばかられる思いだった。
「先生…わ…私は…私は…」
 彼を傷つけぬよう、頭の中で色んな言葉を選び出し組み合わせて、それでも適切な言葉は見つけられず、それらの言葉を胸の奥へと呑み込む。
--私は、すみれじゃない。
今ここではっきりとそう伝えなければ、夢から覚めた時にこの人は、もっともっと傷つくことになる。けれど、その言葉を聞いた後の彼の悲愴を思うと、どうしても簡単にその言葉を口にすることは躊躇われた。
--私は、すみれじゃない。
 きしむ心。戸惑いがちに口を開くと、彼と瞳を合わせたまま、小さく言った。

 けれど、やっとの思いで紡ぎだした貴子の言葉も、彼の
「いやだな、すみれ。家ではいつも聡一郎ってちゃんと名前で呼んでくれてたじゃないか」と言う寂しさをおびた言葉によって遮られた。
 どう答えるべきか困惑の表情を浮かべる貴子を前に、彼--入江聡一郎--の瞳が彼女を映して悲しげに揺らぐ。
 沈黙が続く。天井の電球から注がれる温かな光とは対照的に、3人の立つこの空間には悲哀に満ちた空気が重々しく漂っていた。
 聡一郎の真直ぐな視線から貴子は未だ逃れることもできず、ただただ凍り付いてしまったかのように彼の前で立ち尽くす他はなかった。

 その永久とも思える暗澹たる沈黙を破るように、立ち尽くす貴子のもとへと美和子はゆっくりと歩み寄ると、彼女の耳元でそっと囁いた。
「お願い、相田さん。今夜だけ、彼の側に居てあげて。酔いが覚めるまでの間だけでいいの。
もう少しだけ…彼に、夢を見させてあげて…」
 柔らかで寂しげな美和子の声。彼女は言い終えると、聡一郎へと慈愛に満ちた眼差しを向けた。そして、再び貴子へと視線を戻す。
貴子の瞳が一瞬当惑気味に彼女を見つめ、その後静かにうなづくのを確認すると
「ありがとう」
そう言って美和子は花の綻ぶような笑みを浮かべた。それはとても、悲しげな微笑みだった。
~To be continued~




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最終更新日  2006/10/03 09:53:05 PM コメントを書く


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