meowさん

>でも、それが部数拡大の要因であったわけね。
-----
ジレンマですね。志を貫くか、仕事を拡大するか。
まあ、どちらもできない場合に比べれば、マシかもしれません。 (2006年07月16日 22時36分22秒)

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2006年07月12日
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 月刊「ドリブ」は、創刊号こそ35万部がほぼ完売の
勢いだったが、2号、3号と号を追うごとに実売率が
下がっていった。原因は、嵐山編集長の「面白主義」が
サブカル・マイナー路線だったことと、ぼくらが
大衆向けの雑誌作りに慣れていなかったためだ。

 親会社の学研は実売率の低下に業を煮やし、
ついに古岡オーナーじきじきの「お色気を入れなさい」
という指示まで出てしまう。
それを受けて馬場社長は「好きとか嫌いとかの問題

取り始める。すっかり嫌気がさした嵐山編集長は退社
を決意、デスクの筒井ガンコ堂さんに後事を託した。

 國學院出のバンカラだった嵐山さんと違い、
筒井さんは京大出の秀才。円地文子さん、池波正太郎
さんなどの大作家と懇意にしていて、とくに池波さん
についてはブレーン的存在だった。
当然、学研が要求する「お色気低俗路線」などに協調
できるはずもなく、馬場社長とも対立。いつの間にか
会社に出てこなくなった。

 編集長がいないのに、どうして雑誌が出し続けられた
かというと、キャップの渡邊直樹さんが新宿某所で

得ていたからだ。さすがにそれも続かず、筒井さんも
退社。編集長が立て続けに辞めるのでは格好悪いと、
公式的には「病気のため、やむなく」辞めたことに
させられた。のちに郷里の佐賀に戻って文化人活動を
始めた筒井さんは、いつまでもこの措置を恨んでいた。


ごとく渡邉さんとなった。そして、読者年齢に近く、
こだわりを持たない渡邉さんは、思い切って
「どピンク」路線に舵を切る。ヌードページを大幅に
増やし、素人ヌード(と読者に感じられる企画)に力を
入れた。袋とじ企画もスタートし、凸版印刷の全面的な
協力を得て、特殊インクのエッチな付録もつけた。

 なかでも大ヒットしたのは、「100人の女性が
あなたのお手紙待ってます!」という交際援助企画。
編集部が町でかき集めてきた素人女性の顔写真と自筆の
プロフィールを掲載し、編集部気付で手紙を送ると、
それが相手に届くというもの。全国の根暗男性たちから、
毎日段ボール箱いっぱいの手紙が届いた。
「転送実費」として預かる切手は、人気の女性には
一括で転送するために大量に余る。おかげで長年に
渡って編集部が事務用の切手を買う必要はなかった。

 これら一連の「どピンク」路線が一方の柱なら、
もうひとつの柱は「マネー」路線。企画会議で「嫁さん
ゲット特集とマネー企画が人気だ」という分析結果が
出たのを受けて、ぼくがなにげに「だったら『女特集』
と『マネー特集』をやればいいじゃないですか」と
発言したところ、それが実現してしまったのだ。

 時代はバブルにさしかかる直前のマネーブーム初期。
「中期国債ファンド」や「一時払い養老保険」を
わかりやすく解説した記事が受け、「ドリブ」の
マネー特集は完全に定着した。

 そうなると読者が確定してくる。「彼女がいない、
だが結婚願望の強い、地方出身の二流サラリーマン」
で、年齢は25歳から35歳。その結果、アルトマンや
OMMGなどの結婚紹介業が広告を出稿するようになり、
驚異的なリターン率から、カラー見開きハガキつきの
広告スペースが奪い合いになった。

 部数は着実に右肩上がりとなり、実売で30万部を
突破、広告売上げも2000万円の大台をクリアした。
学研の古岡オーナーからは「会長賞」金一封と
賞状が届けられた。





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最終更新日  2006年07月12日 17時32分03秒
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どピンク路線  
meow さん
書店で立ち読みするのが憚られたんですよね。
エロい雑誌のコーナーにあったりして…。

でも、それが部数拡大の要因であったわけね。 (2006年07月16日 01時28分09秒)

Re:どピンク路線(07/12)  

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