東京六大学リーグ、法政大vs東京大1回戦を観戦した。春季リーグ戦なのに今日の気温は27℃、半袖のポロシャツで観戦していたら腕が真っ赤に日焼けした。
■神宮球場前では、ここ2年ほど恒例になった日刊スポーツ「東京六大学リーグ特別版」が無料配布されていた。何気なく読んでいると、元・立教大野球部部長の 渡辺憲司
さんが書いたコラム「神宮六景」に目が止まった。今日のブログはこのことから。渡辺さん曰く、
チームのよさはベンチにある。プロ野球と学生野球の違いをベンチに見る。負け試合のプロ野球のベンチは、明日の試合を考えているようでつまらない。学生野球には、負けの美学がなければならない。敢闘精神を、如何に持続できるか。・・・
(後略)
「学生野球には負けの美学がなければならない」という言葉に古めかしさを感じるけれど共感はできた。「負け」にも美学はあるし、学生野球の魅力はまさにそこにあるとボクも思った。また日本人固有の「負けの美学」という感情が生まれた発端は、ひょっとしたら 野球害毒論
と関係があるのでは? と、勝手に想像を巡らせた。
明治時代後期にセンセーショナルな話題を提供した野球害毒論は、東京朝日新聞が当時過熱気味だった野球人気に対し、著名人たちの名を借りた悪意に満ちたネガティブキャンペーンだった。「野球に熱中するあまり起こる野球部員の勉学不良、放蕩、堕落」そして「勝利至上主義が及ぼす野球部員への誤った英雄視」等々。
この野球害毒論は時を経て鎮静化したが、 飛田穂洲
ら野球関係者には二度とそういった批判が起きないよう、部員たちの行動を強く律する必要が生じた。その結果生まれたのが「精神野球(=野球道)」だった。最近までアマチュア野球界に引き継がれた。
そして「負けの美学」は、多かった「勝利至上主義」といった批判を鎮めることと引き換えに、生まれたものではなかったか。そんなことをボクは想像してみた。勝つことだけに意義があるのではない、負けにも意義があるのだと意味付けするために。正解が何なのか、ボクはまるで分からないけれど。
■さて今日の法政大vs東京大戦のこと。結論から言うと、敗れた東京大に「敗けの美学」も「敢闘精神」も感じられなかった。法政大の 三嶋一輝
(3年、福岡工高)に、散発3安打無得点と軽く捻られ、頼りのエース・ 鈴木翔太
(2年、時習館高)は散々打ちこまれるなど、力の差がはっきりと現れた完敗だった。
法 0 3
0 011 100 =6
東 000 000 000 =0
(法)○三嶋、(東)●鈴木-平泉
今日のブログにメモしておきたいのは、法政の次の2点。ひとつは、三嶋がスピードを抑えた省エネ投法を披露し東京大打線を完封したこと。球速は140km台前半が中心だった。
そして2つ目は ボクが期待する 建部賢登
(3年、桐光学園高)や 今村恒太
(4年、金沢桜丘高)が活躍したこと
。2人が活躍したのは2回表だった。この回先頭の6番・ 伊藤諒介
(1年、神港学園高)が右翼線に二塁打を放ち出塁。その後送りバントで一死三塁のチャンスを作ると、8番・今村が左翼線に二塁打を放ち先制した。そして二死後、今村を二塁に置いて、1番・建部が鈴木の速球(126km)をライトスタンド中段に放りこんだ。この回の2人の適時打が、序盤に試合の流れを法政に呼び込んだ。残念ながら4番・ 多木裕史
(3年、坂出高)だけが先発メンバー中、唯一無安打だったが。
高木智大
(2年、福岡大大濠高)にボクは注目した。結局快打を見ることはなかったが、身長190cm、体重90kgの巨漢は、法政に久々に出現した本格派スラッガーに見えた。今後の活躍を期待したい。
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