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ミケも、すばやくたまこの前に駆けつけて来て、行く手をさえぎった。
「珠子お嬢さま、お二人のおっしゃるとおりです。 お嬢さまはマサキくんたちとご一緒に、もとの世界にお戻りにならなければいけません。 クロなら大丈夫。 ほら、あれをごらんなさいまし」
ミケの指差すほうを見れば、荒野にたゆたう霧の向こうに、不思議な、淡い光が浮かび上がっていた。
夢かうつつか、よく見ると、その淡い光の中に、幻のように、一匹の猫が座っている。
無残なほど背骨の大きく曲がった、けれどどこか高貴な雰囲気をまとった、不思議な猫だ。
その猫が、宙空に端然と座して、静かに天を指し示している。
超然としたその姿を、伏し拝むようにしてミケが言った。
「あれは、遠い森のお寺におわす三匹の守り猫さまのうちのおひとり。 魔界で苦しむ猫たちに浄土の光をお示しになるために、不自由なお体をいっとき離れてここにお出ましくださったのです」
守り猫の指し示す先、不気味な赤い空の一角には、あれが浄土の光なのだろうか、確かに、明るく荘厳な光が、そこだけ霞がかかったように、ぼうっとうららかに浮かんでいるのが見える。
そして、地上では、その天空の光に呼応するように、龍の体から離れたうろこが、ふわっ、と、やわらかい光に包まれて、ひとつ、またひとつ、ゆっくりと天に向かって上昇しはじめた。
長い間この場所で苦しんでいた猫たちの魂が、今ようやく、成仏の光を見いだし、安らぎを得て、昇天していくのだ。
明るい光跡を残して、たくさんのうろこたちが、昼でもない、夜でもない、薄暗い赤い空を昇って、次々と天上の光に達し、静かに溶け込んでいく。
感涙に目を潤ませながら、ミケが言った。
「ほら、猫たちの魂が、極楽浄土に向かって次々と昇天して行くのが見えるでしょう。 クロもきっと、あの猫たちと一緒に天国へ・・・」
けれどクロは、他の猫たちと一緒に天に昇っては行かなかった。
きらきら輝く光の粒のような魂たちが、守り猫の教示によってみんな空のかなたへ昇っていってしまっても、あまりにも長い間ここで彷徨っていたクロには、もはや守り猫の姿も極楽浄土の光も見えないのだろうか、たった一人で、ぽつんと取り残されているのだった。