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ちょっと考えてから、正樹が答えた。
「せっかくだけど、今のところまだいいや。 オレ、なんだかあの事件からこっち、世の中を見る目が少し変わった気がするんだ。 なんていうのか、自分の人生自分で切り開いてやる、っていう、意欲っていうか自信っていうか、熱っぽいものが体の内側から沸いてくる感じで。 こういうの、ふっきれた、とかっていうのかな。 もちろん、バイクに乗るのは今も好きだし、乗りたいとも思うけど、それは、いつか、働いて金をためてオレにとって最高のマシンを手に入れてから、って決めたんだ」
夢見るような瞳を上げて、誰に、というより自分自身に話しかけるような、正樹の横顔は、確かに、あのクリスマスの日と比べたら別人のように大人っぽく、たくましくなって、なんだか一回り大きく見える。
その隣でじっと正樹の言葉に聞き入っていた虎雄も、感慨深げにうなずいた。
「・・・そうだよなあ。 オレもあれからちょっと自分が大人になった気がする。 自分でも不思議なんだけど、前みたいにむやみに腹が立たなくなったんだ。 もうこの先どんなことが起きようとオレは絶対大丈夫、必ず乗り切れる、って思うと、なんだか気持ちに余裕ができて、今までみたいにカリカリしないで、たいていのことは笑ってやり過ごせるんだよな」
照れくさそうに笑う虎雄の顔も、なんだか急に大人びて、堂々と落ち着いて見える。
おばさんが目をぱちくりさせながら正樹と虎雄の顔を見比べた。
「あらら、ふたりとも、どうしちゃったの? 急に大人になっちまって。 事件って、何なのさ? ウチが大食いバトルでてんやわんやしてる間に、そっちでも何かあったのかい?」
「別に何も。 オレたちも、いつまでも子どもじゃない。 それだけのことさ」
「大人になるって、人間もきっと、チョウチョの羽化みたいに、ある日突然、ぱあっ、って、劇的に変身するんじゃないの?」
正樹と虎雄が顔を見合わせて笑う。
昇一さんもカウンターのほうに身を乗り出し、にやにや笑いながら二人を見比べ、それから今度は珠子に目を向けた。
「なるほど。 ・・・で、珠子ちゃんは? 正樹とはその後、どうなってんの? 確か、大人になったら正樹とケッコンするんだ、って言ってたよな」
不意打ちを食らって、たまこは思わずラーメンを吹き出しそうになった。
「やだ! 昇一兄ちゃんてば、そんな大昔のこと、あたしも正樹も忘れてたわよ。 今は、正樹にはナナさんがいるし、あたしにだって・・・」
虎雄が横から口をさしはさんだ。
「またまた。 ナナならとっくに家を出てどこか別の大きな街へ行っちまったよ。 この先もっと自分の可能性を試せるような、アグレッシブな生き方がしたいとか言って。 正樹のことなんか見向きもしなかったぜ。 あいつらしいよな」
「・・・へー。 そうだったんだ」
ナナの、気の強そうな大きな瞳を思い出しながら、珠子は考えた。
結局最後まで、きちんと話をする機会はなかったけど、ナナって、猫のときも、人間に戻ったあとも、ビシッと一本筋の通った女の子だったんだ。 あたしは、ナナの、あの迫力にはとうとう勝てなかった、ってことになるのかな。