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猫好きの美緒がたちまち身を乗り出した。
「へえ! 昇一さんが猫の子を? どんな猫? かわいかった?」
「もちろん、すっごく可愛かったさ! 全身が輝くように真っ黒で、目はきれいな青緑色。 俺、こんなきれいな生き物は見たことがないと思って、大喜びで家の中に連れて行ったら、」
ここで昇一さんは、ちょっと悔しそうに、あまりがまちに腰掛けたおじさんをちらっと睨んだ。
「いきなり親父に怒鳴りつけられちゃったんだ。 ばかやろう、ウチは食い物商売だ、そんな汚ねえもんを拾ってくるんじゃねえ、飼うのは許さねえ、って。 ・・・いやあ、悔しかったなあ」
美緒も、ぷーっと口を膨らませておじさんを睨んだ。
「そうだよ! 猫は汚くなんかないよ! きれいに洗って飼ってやればよかったのに」
おばさんが、新しいどんぶりをあたためながら口を挟んだ。
「そういうことじゃないんだよ、美緒ちゃん。 どんなにきれいにして飼っていようと、たとえここのお客さんたちの手や顔より清潔だったとしても、ようは、自分が食事しているそばに犬や猫がいるのはいやだ、って言うお客さんが少なくないってことなんだねえ。 美緒ちゃんは猫が好きだから、そういうお客さんの気持ちはわかりにくいかもしれないけど、たとえば、カエルとかクモとかだったら? もし自分の目につくところにそんなものがいたら、たとえ害がなくたって、気になって、落ち着いてご飯を食べていられないよね。 嫌いっていうのはそういうことでね、理屈じゃないんだよ。 ・・・だけどねえ、あのころはおとうちゃんも今よりもっと頑固だったし、あたしも忙しくて、昇一のそういう気持ち、よく考えてやれなかった。 納得できるようにきちんと説明してやる余裕もなくて、ただ頭ごなしに叱りつけてしまっただけ・・・昇一にはかわいそうなことしちゃったよねえ、おとうちゃん?」
相変わらず新聞に目を落としたまま、ふん、とか、へん、とか、生返事をするおじさんを、昇一さんは、今度は優しい表情で眺め、言った。
「それで、俺は二人に黙って、そこの駐車場の生垣の隅でこっそり、その黒い子猫を飼い始めたんだ。 俺の古い毛布で空き箱に寝床を作ってやって、毎日水やえさを運んでやって・・・、そのとき正樹や珠子ちゃんも手伝ってくれたから、あいつのこと覚えてたんだよな」
ラーメンを大鍋から上げ、シュッとお湯を切る昇一さんを、美緒がますます身を乗り出して見上げる。
「それで? その黒いきれいな猫ちゃんは今どこに?」