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道の駅庭園の郷保内に行きました、この道の駅ではアートガーデンプロジェクトというのをやってましてね・・・東日本大震災で被災した被災地で育った植物を使って、保内の植木職人と加茂農林高校の生徒が協力して作り上げたアートガーデンを展示しています。ただですね・・・行ったのが台風直後だったものですから、まだ台風の爪痕が残るさなかで・・・ひっくり返ってるし・・・・まあここの植木一応売り物だし。。。。三条市の保内地区というのは植木で有名な植木の街でしてね、地区内に多くの植木屋があります。植木と言っても大きい物小さいものありましてね・・・、まあこれもガーデニングです。で、肝心のアートガーデンというのは・・・・こんなのです、ガーデンドールを使うこともありますので、ブロ友さんにドールガーデンという植木鉢で作る箱庭にハマってる人がいますが、まあそれのもうちょっと大きい奴ですね、ちょっとした坪庭に作るドルガーデンというところでしょうか?まあ台風が通過したばかりですからちょっと壊れてるところもありますが。。。。高校生が作ったんですよこれ・・・・まあ街ごとアートガーデンプロジェクトのイベントの一つなので、これだけではないんですが。。。保内は植木の街で植木屋さんがたくさんあるので、オープンガーデンといって自由に入って見学することができるお庭がたくさんあるのですよ・・・この道の駅にもたくさんの植木屋さんが庭と展示してます。。。。で、植木を含め庭石とか灯篭とか展示と同時に販売もしてると。。。。道の駅の建物では園芸用品の販売や園芸系のイベントを頻繁に開催しています。まあ地域との交流が道の駅の役割の一つですからこの地域は植木の街なので。。。。え~この道の駅のいいところ・・・屋外施設だけでなく、屋内にもペットが入れます。なので光君も入れると・・・・犬連れて入れるところってほとんどないんだよね~、屋内施設は・・・・まあただこういう便利な施設ってですね・・・飼い主のモラルで成り立ってるところがあるので、モラルを守って利用しましょうね。モラルが守れないと・・・・こういう施設はどんどんなくなり、肩身が狭くなるという塩梅でして。。。。今時公園もペット禁止の公園が多いですよね、結局はモラルが守れないからこういうことになるわけでして。。。。誰もが犬好きってわけでないし、光君のようなラブリーな小型犬でも怖い人は怖いもので。。。。噛まないんだけどな~~まあでも・・・、基本的には人気者で、触らせて~~って人が結構います・・・・まあ大概はどうぞどうぞと触らせてあげるのですが・・・犬慣れしてる人としてない人っているもので。。。犬というのは上から手を出されると怖がるものでして。。。。さてこの道の駅にもですね、ジェラートショップが入っています。そういえばここのジェラートはまだ食ったことなかったな。。。まあ一つ食べてみましょう。。。。マンゴー&ピスタチオ・・・・結構濃厚です。。。今日は道の駅 庭園の郷 保内のお話。。。ではまた・・・
2018年10月10日
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今日は去年の日記の残りです、この日記を含め去年のお話が後2話ほど残っていますので適当に差し込んでいきます。今日のお話は「道の駅 とちお」のお話し・・・何度か紹介している道の駅なのでもう知ってるブロ友さんも多いと思いますが、そう、油揚げの道の駅です。。。栃尾のジャンボ油揚げ(普通の油揚げの数倍)は名物で道の駅ではこの油揚げを販売しています、まあここに来て油揚げ食わないわけにはいきませんね・・・こちらではその場で揚げた油揚げも販売しています。毎度買い食いしては写真掲載しているのでブロ友さんはご存知のことと思いますが・・・何といってもこのネギ・鰹節・出汁醤油が鉄板です、栃尾にはこの油揚げ使ったお料理がたくさんありますが、こういったシンプルなものが一番美味いのです、揚げたてならなおさらです。栃尾の油揚げは結構売っているので手に入るというブロ友さんも多いことと思います、油揚げをつまみにする時、焼くと言う人も多いと思いますが、油揚げは焼くよりも揚げ直す方が美味いです、まあ機会があったら試してみてください、焼くよりも数倍美味い油揚げが食えますよ、油揚げは揚げ物です、焼くよりも揚げる方が相性がいいのですよ。ちょっと多めの油で焼く感じで大丈夫です、これで揚げたての油揚げにかなり近い状態に戻ります。後はネギと鰹節かけて醤油をかけまわせばOKです。ネギ味噌を挟んだりもしますが、油揚げは豆腐ですからなんといっても「葱」「鰹節」「醤油」がよく合います。栃尾のジャンボ油揚げは大きい分、豆腐の特徴と良く残していますのでね。油揚げの話はもう終わり、知ってる人が多いからね・・・この日は竹細工の職人が実演に来ていました。率直な感想としては・・・自分でもできそう。。。え~と・・・、そうは見えないと言われそうですが意外と器用でしてね、こういうのは見様見真似で結構できるのですよ・・・仕事柄こういう道具使うのは慣れてますしね~必要な道具・・・竹挽鋸、細工鋸、竹割鉈、バーナー、マスキングテープ、包丁?(小刀で代用できそう)こんな青竹使ったら乾燥したら割れるだろうな~~と思ってみていたら・・・最後にバーナーで炙るんですね、これで竹の色が固定され、割れ防止にもなると・・・、なるほどなるほど・・原理が分かれば自分でもできそうな気が・・・、まあもっともこの花生け一個500円ですから手間と材料代考えたら買った方が良いような気もしますがね。。。さて次・・・油揚げが有名な栃尾ですが、もともとこの地は織物の産地でしてね。。。栃尾紬という織物があります。水戸黄門なんかで黄門様が「越後のちりめん問屋」なんていうでしょう、もともと新潟は小千谷縮、越後上布などに代表される織物の一大産地で、各地にいろんな織物があるのですね、栃尾紬もその一つ、栃尾紬自体はまあ今でも残っていますがそんなに有名でもないのですが、織物の産地ですのでそれらしい名物が・・・栃尾てまりと言いましてね、織物で残った糸などで子供のおもちゃとして作った「手かがりてまり」が伝統として残っています。綺麗でしょう。。。残り糸をより合わせ、こうして柄を作っていくわけです。。。栃尾には今も栃尾織物工業組合というのがあって織物の会社十数社が所属しています。まあ新潟の織物は家内工業として栄えたものでその後化繊の発達とともに衰退し、今は五泉のニットなど一部を除いて衰退してしまったというのが現状ではありますけれどね。それでもこういう紡績関係の会社はまだ多いのが新潟ですね。栃尾てまり、などはそのあまり糸を使ったもので家の婆ちゃん、母ちゃんが片手間で作ったもの、今は伝統として残っていますけれどね。。。今日は「道の駅 とちお」のお話し・・・ではまた・・・
2017年01月05日
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キャンプ日記第3段は行き帰りの寄り道「道の駅」のお話です。まず最初に寄ったのは・・・道の駅ではありませんが「谷川岳PA」です群馬キャンプの時にはよく寄るのですが、このパーキングエリアは谷川岳の名水を汲むことができます。とりあえず6Lほど汲んで水代節約・・・とは言えキャンプ時の最強の保冷材はやっぱり凍ったペットボトルの水!!市販の保冷材は溶けてしまえば何の役にもたたないただの仕切りになり果ててしまいますが、凍った水なら飲める・・・しかも飲み終わったら捨てて帰れるとこんなに便利な保冷剤は他にありませんね。ついでにここで昼食・・・蕎麦モツセット、この他にご飯と漬物が付いてきます(卵はオプション追加です)谷川岳と言えば「モツ煮」なのですが、癖の強いモツは好き嫌いがあるので、今はモツが圧倒的人気ということもないようです。こっちはカツ丼、三元豚を使っているそうです、ふと脇を見ると我が家の息子、ずいぶんとごはんが残っている、なんだカツ丼の食い方も知らないのか?カツ丼は縦に食うもので半分食ったらちょうど丼から右半分が無くなっているのが正統派のカツ丼の食いかた、カツよりも若干ご飯を優先して食べて最後はちょっとのごはんにカツ2切れという喜ばしい状況になるのが正解!!次の寄り道は・・・道の駅「中山盆地」・・・寄っただけです、こちらの道の駅には日帰り温泉があるようですがこれから温泉地に行くので。。。次・・・道の駅「草津運動茶屋公園」・・・キャンプ場と草津温泉の間にある道の駅です、ここでお土産調達ですが、毎度のことながらお土産選びは蚊帳の外で・・・光君と外で待て!!女子供の買い物というのはどうしてこんなに長いのか?・・・退屈。。。私なら3分で済むのに(笑、選んでない・・・)次は帰り道の道の駅・・・と言ってもルートはほぼ同じですが。。。道の駅「八ッ場ふるさと館」・・・この道の駅には足湯があります。ちょうどワッフルが焼きあがっていたので焼きたてを一つ・・・ついでにここで昼食・・・かき揚げうどん・・・こうしてかき揚げを別の皿で出してくれるのは、天ぷらのサクサク感が損なわれなくてよいですね。こっちは天丼・・・かき揚げと舞茸が入っています、舞茸はうどんのほうにも付いていました、私の実家は自営業で、子供のころは親と旅行に行った記憶がほとんどない、そんな中で唯一覚えているのが群馬の水上温泉で、その時に食べた舞茸蕎麦の味は子供のころの記憶の中に今も残っております、なのでなぜか群馬と言うと舞茸が思い浮かんでしまいます。さて八ッ場と言えば・・・八ッ場ダム!!民主党の政権交代劇のドタバタでの騒動は記憶にある方も多いことでしょう、その後政権は再び自民党に戻り、八ッ場ダムの工事も無事再開されたのでした。八ッ場ダムの建設は吾妻の名湯「川原湯温泉」がダムの底に沈み、国の名勝天然記念物「吾妻峡」の景観を大きく変える大事業で住民から猛烈な反対を受けました、そんな中、民主党は無駄な公共事業中止を掲げ、八ッ場ダム建設中止をマニフェストにおり込み、政権奪取後も政党の威信をかけてこの事業の中止を進めました、八ッ場ダムの建設が本当に必要であったかはさておき、時期が遅すぎる・・・すでにここを通る鉄道「吾妻線」の路線変更工事は7割方進み、道路の移動工事もかなり進んでしまっています。住民の転出移転もすでに50%以上が済んでおり、今更ダム建設を中止されても困るというのが多くの地域住民の意見でした。民主党はすでに意地になっていて無駄な公共事業の代名詞として八ッ場ダムを槍玉に挙げ、建設中止を進めますが、ダム建設反対の運動に移転を余儀なくされた住民は誰も参加しなかったそうです。猛烈に反対し、長い年月かけてようやくダムの建設に納得した住民たちにとって今更ダム建設中止などと言われても、すでに始まった工事が元の状態に戻るわけでもなく、流出し寂れてしまった町が元に戻るわけでもない、「今更蒸し返さないでほしい」というのが飾らない本音であったのでしょう。愛着ある故郷を泣く泣く離れ、これも国全体のために必要なことと言い聞かせ自分を納得させてきた住民たちに、そのダム建設が無駄であると言われて誰が納得できるのでしょう・・・工事を中止しても今までにかかった費用が戻るわけではない、住民の暮らしが元に戻るわけではない、もう手遅れなのです、それが分からなかった民主党のダム建設中止は結局は無駄な予算だけがかさむ結果となりました。八ッ場ダムの建設の是非を見直し、建設コストを見直しそれによって削減された予算は22億円(主に建設コスト)、しかしこの見直しによる工事の中断、遅れによる人件費の増大と維持管理費の増大で増えた予算は何と55億円・・・無駄を省くはずの事業仕分けがもっとも無駄であったという皮肉な結果を招くに至ります。ちょうど食事の時に地域の方と相席となり、ダムのことに話題が進むと・・・「もうそのことには触れてくれるな」という感じでしたよ。。。これが八ッ場ダム建設のドタバタの顛末。。。さて次の寄り道・・・道の駅「あがつま峡」です、この道の駅にも温泉と足湯があります、やっぱり温泉天国の県ですな・・・ついでにこの道の駅には・・・ドックランがあります、光君もリードを外してのびのびと走り回ったのでした。気がすんだら・・・おやつです・・・五平餅と・・・焼き椎茸・・・なんか変なゆるキャラもいます・・・「すいせん」だそうです・・・今日は寄り道「道の駅」のお話・・・ではまた・・・
2015年05月10日
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道の駅 いりひろせに行きました。入広瀬の鏡ヶ池のほとりに建つ道の駅です。この鏡ヶ池は女神様の鏡でしてね・・・あるときこの池に女神が手鏡を落としました。大切な鏡を失くした女神はしばらくは悲しみに暮れていました。しかし、水面に写る自分の姿を見た女神は・・・そうだこの池の水を鏡にすれば・・・と。。。それからというもの女神は毎朝この池に自分の姿を写し、髪を梳かすようになりました。だからこの池は鏡ヶ池。。。この池に石を投げ込んだりして池の水を汚すと、女神様が怒って雨を降らせるのだそうですよ。これが鏡ヶ池の女神伝説。。。さて道の駅・・・道の駅いりひろせは魚沼から南会津に抜ける国道252号線上の道の駅です。この道は急峻な山岳地帯で1里の道が10里にも感じられることから古くから六十里越といわれる難所でした。豪雪地帯でもあり現在でも冬季は雪に埋もれ通行止めとなります。そんなに大きな道の駅ではありませんが自然豊かで景色もよく、ちょっとした軽食も食べれる良い道の駅です。魚沼は米どころ新潟の中でも抜群に米が美味い地域でもありますので・・・コシヒカリといってもいろいろで、魚沼産はコシヒカリの最高級ブランドの一つです。なのでこの道の駅ではお土産物として米を売っています・・・とはいえ米をおやつに食べるわけにもいきませんので、別のもの・・・なんか美味そうなものが・・・新潟県のブランド豚は「越後もち豚」・・・とりあえず豚串を・・・美味しい。。。実は牛肉より豚肉のほうが好きだったりします・・・まあ調理方法にもよりますけれどね。。。越後もち豚肉まん・・・まあ肉まんは牛肉より豚肉だね・・・さすがにステーキだと牛にはかなわないけれど、串焼きなら豚のほうがいいかもね。。。さて光君・・・フィラリア予防薬です。フィラリアは寄生虫の一種で蚊を媒介に感染します。なので感染予防のためにこの時期はお薬を食べます・・・犬を飼っているブロ友さんにはおなじみのものですね。。。この薬いろんなタイプがあるようなのですが・・・光君のはこれ。。。ビーフ味!!ブロ友さんのところのワンちゃんが高齢でフィラリア薬を食べなくなったと・・・嫁がその記事読んでぜひ載せるようにと。。。そのワンちゃんは味のないタイプの薬を使っているようでしたので・・・基本食い意地がはっている光君は薬は楽ちんです。。。「パク・・・」完全におやつだと思っていますね。。。
2014年10月19日
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今日は寄り道第2弾ですとはいっても目的の温泉はこの向い、もう着いたも同然です。道の駅よしかわ・・・、杜氏の郷です。上越地区にある吉川は魚沼と地続きの良質の土壌、尾神岳のブナ自然林から湧き出る良質の水に恵まれ元禄時代から酒造りが行われてきました。まだ青々とした杉玉が飾れれています、この杉玉が茶色く色着いたころ、日本酒は飲み頃を迎えるわけです。この道の駅のある吉川は越後杜氏の支流吉川杜氏の里です。日本三大杜氏の一角「越後杜氏」越後杜氏は3つの支流に分かれます、一つは三島や長岡を拠点とする三島杜氏、もう一つは刈羽や小千谷を拠点とする刈羽杜氏最後の一つが上越や妙高を拠点とする頸城杜氏、よしかわは頸城杜氏の拠点の一つで頸城杜氏の支流吉川杜氏と言われます。越後流を支える重要な杜氏集団の一角です。この道の駅・・・何と酒蔵が併設されています・・・よしかわ杜氏の郷というなんともそのまんまの名前の酒蔵です・・・ここの酒は米・水・技術、すべてが地元産100%の真の地酒を標榜しています、近年国内外の鑑評会での受賞を重ね評価も高いようですがまあ酒の好みは人それぞれ。。。こちらで作られる酒は「よしかわ杜氏」「有りがたし」「天恵楽」の3銘柄、中でも純米の天恵楽はアメリカのコンテストで受賞されたりとまあ異色の経歴となっております・・・まあ吟醸酒は日本酒を飲みなれていない外国の方にも飲みやすいですからね、受賞されたのは純米大吟醸、新潟では異色の地元産「山田錦」を使用しています・・・新潟の酒米は五百万石が多く山田錦を栽培しているところはほとんどありませんので新潟産山田錦というのはかなり珍しいです。天恵楽は他に五百万石を使ったもの、越淡麗を使ったものもあります。酒蔵のある道の駅、当然酒蔵見学もできます、というかそのように作られています・・・日本酒王国新潟、吉川に限らず酒蔵の数は多くこんなにたくさんの銘柄があります・・・ちなみに移っている半被は全国の有名酒蔵のもので新潟の酒蔵のものではありません・・・一つは七笑と書いてありますね、長野の銘酒ですね・・・さてもう一つ変わったものが・・・ジェラートです・・・え?ちっとも珍しくないって。。。失礼な、吉川の香りと書いてあるでしょうが・・・これは日本酒のジェラート。。。しっかりジェラートなのにしっかり日本酒の味がします・・・なんか面白い。。。さて杜氏は地元でだけ酒造りをしているわけではなく、越後杜氏が作った酒は県外の酒蔵で作っても越後流の酒に分類されます、新潟は比較的酒蔵が多いので越後流の杜氏の多くは新潟で酒造りを行っていますが、南部杜氏などは出稼ぎが多く近県の酒の多くが南部流の酒となります、特に地元に大きな杜氏集団のない宮城・福島の酒の多くは南部杜氏が作っております。杜氏は故郷から遠く離れた場所で酒造りの全責任を任され全国各地で酒造りを行ってきたのですね、ところが近年杜氏も高齢化が進み、出稼ぎで酒造りにきてくれる杜氏さんが減っています、杜氏さんの地元でない地方では酒を造りたいけれど造ってくれる杜氏さんがいないという事態が起き始めているのですね。全国の杜氏の6割から7割を4つの大きな杜氏集団(南部杜氏・越後杜氏・但馬杜氏・能登杜氏)が占めています。あとは小さな杜氏集団ばかりなのですね・・・杜氏勢力の衰退、それは三大杜氏但馬杜氏や越後杜氏も例外でなく高齢化、後継者不足が進んでおります。日本酒離れなどと言われる昨今飲む人がいなくなる前に造る人がいなくなるかもね・・・日本酒好きには痛いところですね。。。酒造りの伝統を守り、良い酒を後世に残していきたいもので・・・今日はよしかわ杜氏の郷のお話・・・栗が安かったです、1袋150円。。。ではまた・・・
2014年10月01日
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道の駅とちおに行ってきました。道の駅とちおは旧栃尾市(現長岡市)にある道の駅です(当たり前・・・)度々このブログでも取り上げていますのでもうご存知のブロ友さんもおられることとは思いますが、栃尾の名物といえば・・・油揚げです、まあまずは腹ごしらえということで・・・このような売店で売っている油揚げはこちらではスーパーでも買えるので買いません。やっぱり油揚げは揚げたてでなくちゃ美味しくありませんね・・・揚げたての油揚げを売っているいつものお店です。油揚げは揚げたてアツアツが美味しい。。。夕方の遅い時間に行ったのでいつもよりは少ないですがやっぱり若干行列していますね・・・まあしょうがない。。。この巨大なのが栃尾の油揚げです、油揚げというのは豆腐を水切りして2度揚げ、ないし3度揚げしたもので、1度揚げしたものは油揚げにはなりません、厚揚げになります。一度上げて表面が硬くなった豆腐をもう一度上げることで中の水蒸気が膨張し膨らんだのが油揚げ。栃尾の油揚げはサイズ的には厚揚げ(もっと大きい)ですが2度揚げですので油揚げです、もちろん味も油揚げ。定番の食べ方はこの揚げたての油揚げに鰹節とネギを乗っけてお醤油をさっとかけて食べる、といういたってシンプルな食べ方、ネギも鰹節も乗せずにただ醤油をかけるという場合もあります。まあ、簡単な食い方ですがこれが一番美味いようです。変わり種でキムチダレというのもあります、まあこれはこれで意外に合いますよ。さて、酒のつまみに油揚げを炙って食うなどという方も多いことと思いますが、油揚げは焼くよりも揚げなおす方が揚げたてに近い味で食えるようです、ご家庭で食べる場合はフライパンに油を多めにしき、焼くというよりは揚げる感じにすると美味しくただけます。これはこの栃尾のジャンボ油揚げでなく普通の油揚げでも一緒です、まあでも大きいほうが美味しいけれどね~行くたびに油揚げばかり掲載しておりますが、ほかに栃尾の名物は・・・あったっけ?・・・冗談です。。。他に栃尾の名物といえば、「手かがり手毬」です、昔から養蚕や機織りが盛んだった地域ですので、クズ繭の糸や機織りの残糸を利用して昔から作ららていたようです。手鞠のタイル・・・え?どこにあったのかって?。。。トイレです(笑)トイレのタイル~~って品がない。。。まあ誰も私に「品」など求めてないので大丈夫。。。光君は家を出る前からこの状態・・・そわそわ。。。「僕も行くの!!、留守番はしないの!!」「連れてけ~~!!、おいてったら悪戯するぞ~~!!」ということで連れて行きました・・・油揚げのネギは食べれないのでネギがないところだけね。。。今日は道の駅とちおのお話・・・ちなみにこれはこの日記を書いた時の残りネタ数です・・・アップする時点でのネタ数はまだ知らない。。。直す気ナシ!!ではまた・・・
2014年06月15日
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道の駅 豊栄によりました。道の駅豊栄は道の駅発祥の地として認定されており、「道の駅発祥の地の碑」があります、が、道の駅発祥の地に名乗りを上げているのはこの豊栄以外にもいくつかあり、それぞれに言い分があります。まあ、それぞれに最もな説ですのでどれが道の駅の1番かはどうでもいいことにしましょう。しかしこの道の駅には確実に全国で一番最初に設けられたものがあります。それがこれ、道路情報ターミナル、道の駅豊栄は下道で初めて道路情報ターミナルを備えたパーキングエリアとしてオープンしました、道路情報ターミナルがあって24時間使えるトイレとパーキングがあって食堂がある・・・それって道の駅じゃないの?はーい、しかし当時はまだ道の駅という名称はなく、ここは「豊栄パーキングエリア」としてオープンしました。設置されたのは1988年、設置したのは現在道の駅を管理する国土交通省の前身建設省です。道の駅という名称が初めて使われたのは1991年、道の駅の社会実験からで、この時の実験で使われた12の道の駅が道の駅の発祥であるという説もあります。しかし、その3年前に既に道の駅としての機能を果たしていた「豊栄パーキングエリア」があったわけです。その後正式に全国103の施設が道の駅第一号として登録されました、先の12の道の駅もこの豊栄パーキングエリアもこれに含まれます。っというのが道の駅の発祥に関するお話・・・さてこの道の駅には(正確には道の駅の隣には・・・)豊栄ダチョウファームがあります、ダチョウって結構大きいんですよ~こんなのに襲われたら怪我しますね・・・このダチョウファーム近づきすぎると危険と注意書きを書いておきながら。。。餌付けができます(笑)う~ん、近づかないと出来な~い!!我が家の息子は完全に腰が引けてますね・・・怖いならやめておけばよかったでしょうが。。。自分でやるって言ったくせに・・・しかしダチョウ君・・・可愛いような可愛くないような。。。微妙・・・息子と嫁は・・・研ナオコに似ていると言っています(研ナオコさんごめんなさい・・・)これ可愛い?微妙。。。。「キモ可愛い」「ブサ可愛い」系かな?・・・可愛いと思う人!!まあ比較的餌を食べている画像はまだ可愛いかな?・・・でも。。。アップは研ナオコ・・・おっと失礼。。。しかもこれ人間よりずっと大きいんですよ~体長は2m30cmくらい、重さは130kgもあるんですよ~やっぱり可愛くはないような気も・・・まあ愛嬌のある顔をしていると言えなくもないですが・・・今日は道の駅 豊栄と豊栄ダチョウファームのお話・・・今日は起きてます・・・喉を撫でられて気持ち良さそう。。。ではまた・・・
2014年06月12日
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さてヒメサユリ見物の後は道の駅・・・漢学の里 下田です。さてなぜ下田が漢学の里かといいますと・・・大漢和辞典の編者「諸橋轍次」博士の出身がこの下田(旧森町村、その後下田町をへて現在は三条市)なのですね。大漢和辞典は大修館書店で出版されている世界最大の漢和辞典で十数年に及ぶ歳月をへて完成しました。親文字5万余字、熟語53万余語を収録、本体12巻、目次1巻というとんでもない辞典です(現在は語録索引1巻と補巻1巻が追加されて全15巻)漢字の本場中国政府から500セットの一括注文をもらったというのがこの大漢和辞典。これが保存されている諸橋轍次博士の生家です。まあ下田の偉人ということで・・・隣に保存されているのが。移築された大漢和辞典の編集所「遠人村舎」・・・大漢和辞典の編集は困難を極め、昭和19年に第一巻を発行し続いて昭和20年2月第二巻を発行する直前に空襲により出版社の大修館書店が全焼、大漢和辞典の全てを焼失します。戦後一時はあきらめた大漢和辞典の編集作業でしたが、あらゆる困難を克服し、昭和35年十数年の歳月を経て完成に至ります。晩年博士は、役目を終え空になったこの一室で「虚室白を生ず」と称して瞑想の日々を送ることが多かったといいます。漢和辞典編集のお話でした。。。漢字にゆかりの強い場所ですので・・・こんなものが・・・庭も和風と中国風が混じったような作りになっております。こっちは比較的和風な方。。。まあ道の駅ですので、こんな資料館博物館的なものだけではなくて・・・地域のものを販売する売店もあります「彩遊記」まあ若干名前が中国風なのは目をつぶってくださいな・・・ここは漢学の里ですので。。。今日はジェラートでなくてソフトです。まあ暑いですからね~、冷たいものが欲しくなる時期になってきましたねソフトやジェラートに限らず・・・。隣には・・・レストランもあります「悟空」・・・どうしても西遊記にしたいようで。。。まあまあ、ここは漢学の里だから・・・ここまでくるとついでに八戒と悟浄も欲しいところですね・・・さて西遊記の3匹の妖怪「悟空・八戒・悟浄」悟空の斉天大聖というのは天にも等しい大聖者の意味でまあこれは自称。。。八戒の天蓬元帥は・・・これは天の川の水軍の将軍、女癖が悪く酔った勢いで月の都の女仙に強引に言いよった罪で地上に落とされます、このとき間違って豚の胎内にに入ってしまったため豚の妖怪になってしまったのが猪八戒、彼の持っている鈀は太上老君みずから神氷鉄から鍛えた逸品「上宝沁金の鈀」、八戒が天蓬元帥になった時に玉帝から貰ったお宝です、重さは3トン・・・八戒は本来は天界の軍隊を指揮する将軍。悟浄の捲簾大将は・・・これは天帝の御側役の一人で、天帝に謁見を求める者が罷り出でた時に、天帝を守護する近衛大将のこと、(御簾を巻き上げる係りの者ではありません)天帝の宝である玻璃の器を割ってしまった罪で天界を追われ、飢えと寒さから人を喰らう妖仙になってしまったのが沙悟浄で・・・彼の持っている宝杖も悟浄が捲簾大将になった時に玉帝から貰ったもの、これも3トンくらいあるらしい・・・悟浄は本来は天帝を守護する近衛大将、天界の高官です。実は八戒も悟浄も元はとっても偉い人・・・ワンパク坊主は悟空だけで。。。ちなみに悟空の使う如意棒の重さは通常時は8トン・・・まあいずれも妖怪でないと使えませんね。。。今日は漢学の里 下田のお話・・・ではまた・・・
2014年06月03日
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今日は道の駅のお話・・・このブログでは度々道の駅を紹介しておりますが、多分この道の駅は初めてでないかな?「道の駅 花夢里にいつ」です、よく道の駅による我が家、さして遠くもないこの道の駅が今まで登場しなかったのは・・・特に用がないんですよね、この道の駅。。。っというのは・・・花夢里にいつは道の駅は道の駅なのですが、中は・・・園芸センターです、鉢植えの花々から盆栽まで園芸用の木や花を売っています、園芸に興味のない私には特に用なし。。。きっと好きな人にはたまらない道の駅なのでしょうが・・・つまんない、つまんない、つまんな~い!!そのへんの園芸店と何が違うのか全くわからん。。。一鉢300円とか500円とか書いてあるけれど安いのか高いのかもわからん。。。ブログアップ用によっては見たものの、嫁も息子も興味なし・・・車で待ってるから一人で行ってきてよ~。。。だって・・・時期ではないらしく盆栽の売り場はお休み中。。。といっても盆栽の時期もわかりませんが・・・、松やらなんやらに時期なんかあるのかいな?。。。とは言っても一応道の駅なので・・・軽食が食べれる食堂があります、でも今は園芸は時期じゃないようで食堂はお休み・・・そのまた隣に地元の特産品やお惣菜を売っているスーパーみたいのがあります。。。まあ安いかな?。。。おやつ購入しました・・・まあ用もないのに寄った道の駅ではありますが・・・一応ネタになりそうなものがあるから寄ったわけで。。。それが・・・チューリップの碑です。新潟はチューリップの主要生産地で全国に出荷されるチューリップの球根の45%は新潟で生産されています、チューリップが日本に伝わったのは江戸時代後期ですが一般に普及するには至らず、広くチューリップが広まったのは大正時代に入ってからで新潟市(この道の駅のある旧新津市は現在新潟市に編入されています)は国内で初めて本格的なチューリップの栽培を始めた所です。チューリップの生産量ではお隣富山に抜かれておりますが(富山で全国のチューリップの53%を生産しております)、新潟市のチューリップ農家の人々はここが日本のチューリップ発祥の地であることを自負しており、この記念碑が建立されております。新潟で45%、富山で53%、合わせて98%・・・つまりは新潟と富山で全国に出荷されるチューリップの球根の大半を栽培しているということなんですね。両県では県の花としてチューリップが指定されております、もちろん新潟市の市花もチューリップ。。。これを書くためにわざわざここに寄ったのですね~園芸に興味はないけれど・・・さて。チューリップを国の花と指定しているオランダにはこんな伝説があります。チューリップは美しい少女が花に変わった姿だと。。。一人の美しい少女に3人の騎士が求婚しました、一人は王冠を、一人は剣を、一人は財宝をもって愛を語りました、少女は一人を選ぶことができず花の精霊に願いチューリップへと姿を変えてしまいました、騎士たちが少女に捧げた、王冠は花に、剣は葉に、財宝は球根になったそうです、チューリップという名前はその少女の名前だと言われています。。。今日はチューリップのおはなし・・・こらこらせっかく綺麗にまとめたのにそんなところで。。。「似合わないからおしっこひっかけてあげたの。。。」・・・ ・・・ ・・・なんちゅううことを・・・ではまた・・・
2014年02月15日
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結構時間が経ってしまいましたが、道の駅 パティオにいがたに行ってきました。こんな写真があるところが時間の経過を感じますね・・・パティオ新潟は昨年出来た新しい道の駅で、2004年の新潟福島豪雨で決壊した刈谷田川の改修に伴い刈谷田川の川筋を変更したことによって出来た空き地を利用して作られた道の駅です。あの災害からもう10年です・・・、ってこのブログを見ている人は県外の人が多いので知りませんね・・・7.13水害と言いましてね・・・2004年7月12日夜半、新潟は記録的な豪雨に見舞われました、各地で一日の総雨量が400ミリを超え、三条市の水瓶である笠堀ダム・大谷ダムでは1時間の雨量が70ミリを超える記録的豪雨でした。信濃川水系の五十嵐川・刈谷田川・中之島川の堤防が11箇所で決壊、死者16名(福島も含む)、家屋の全壊70棟、床上浸水2149棟、床下浸水6208棟の大きな被害を出しました。この水害は後に激甚災害に指定され、その処理費用に新潟県全体で33億円がかかったと言われています。三条市では災害で発生したゴミの置き場が不足しやもう得ず三条競馬場の跡地にゴミがうずたかく積まれました。水害を防ぐために川の水を調整する機能を果たすものといえば・・・ダムと河口堰。。。しかしこのような予想を大きく上回る豪雨ではその機能だけでは追いつかないこともあります。三条の水瓶、笠堀ダムと大谷ダム・・・、夏の水不足に備え貯水量を増やしていたところにこの豪雨・・・いくら大きなダムと言っても蓄える水の量には限界がありますし、河口堰をいくら整備しても排出できる水の量には限界があります。その限界を超えると。。。このような水害が発生するわけです・・・そんな中、近年見直されているものがあります・・・田んぼダム。。。はい、知ってる人!!河川の水量が危険水位に達した時、一時的に水田に水を引き込み田んぼに水を貯めようというものです。水田の多い新潟では実に有効な手段ですね・・・普通の貯水池と違い普段は田んぼ・・・そこには美味しいお米が栽培されております。。。しかしもしもの大豪雨の時には・・・一転街を守るダムとなるわけです。とはいえ水に浸かってしまったお米はダメになりますので、その場合の補償は必要ですけどね、でも堤防の改修、浸水した市街地の復旧にかかるお金よりはずっと安く済みますね。人的・精神的被害も少ないですし。。。一般的には災害時浸かってしまった米は行政で買い取るというのが普通のようです。もともと水田には雨水を蓄え下流域の水害を軽減する働きがありますので、田んぼダムはそれを強化したものですね。さて道の駅・・・まだ新しくて綺麗ですね、道の駅は主要幹線道路のそばに設置されドライバーに休憩場所と交通情報を提供、地域の情報を発信するという機能があります。似たようなものに・・・まちの駅というのがあります、こちらも休憩場所を提供し地域の情報を発信するというよく似た機能を持っています。道の駅との違いは・・・道の駅は特性上幹線道路の近くに設置されることが多いですがまちの駅はそのような基準がない・・・又、道の駅は設置する団体が市町村ないしそれに代わる公的な団体と定めれれていますが、まちの駅はそのような条件もない・・・まあつまりは基準さえ満たしていれば地元の商店街なんかが設置できるのがまちの駅。。。道の駅の帰りにまちの駅にもよりました・・・ここはネーブルみつけ・・・ここにもこんなものが・・・いつ行ったのかは推して知るべしですな。。。今日は「道の駅 パティオにいがた」と「まちの駅 ネーブルみつけ」のお話・・・はい、あけましておめでとうございます・・・こらこらいつ行ったかバレるでないの。。。ではまた・・・
2014年01月23日
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今日から通常どうりの日記です。道の駅に行ってきました。道の駅 良寛の里わしまですこの辺は良寛さんにゆかりのある場所がたくさんあります、良寛さんはしってますよね・・・、書道家としても有名な曹洞宗のお坊さんです。新潟県出雲崎町で生まれ、この和島町で亡くなっております。現在も良寛さんは和島町の隆泉寺に眠っております。さてこの道の駅・・・天保3年に建てられた古民家を移築して利用しております。良寛さんの亡くなった翌年に建てられた建物です。中には囲炉裏があり・・・古民具や・・・鎧兜(レプリカ?)が飾られております。なんだか和風なクリスマス飾りが・・・ハッハッハ、実は行ったのは去年のクリスマス前です。。。なのでとなりの交通情報センターでは。。。クリスマスツリーが・・・なんだか変な飾りがついてますね。なぜか。。。願い事を書く短冊が置いてあります。あれ?、七夕の写真が混じってたかな?・・・違います。。。なぜかクリスマスツリーに短冊を飾れるようになっています(笑)ハッハッハ、これも神仏習合?。。。ちょっと違うか・・・この道の駅では時々手打ちそばの日があり・・・地元のそば粉を使った十割蕎麦が食べれる時があります(普段は製麺所から仕入れ)この日はちょうどお蕎麦の日。。。ということで・・・これは私と嫁が頼んだ天ざるそば・・・こっちは・・・息子が頼んだ山菜蕎麦・・・どちらも打ち立ての十割蕎麦を使っております。ちなみにおにぎりは別売りの良寛おむすびです、一つのおにぎりに鮭・梅・おかかの3種類の具が入っています。このあたりはコメが良いのでおむすびも美味しいのですよ。関係ありませんが・・・里芋が異常に安いので買いました、1袋100円・・・安!!ついでに。。。デザート・・・これは「おこわ」ではなく「おこわ団子」なかにあんこが入っております。外には・・・ペットボトルイルミネーションが・・・そういえばイルミネーションの写真もまだ残ってるのですよね・・・いつ終わるやら去年の日記。。。今日は道の駅 和島のお話・・・この光君も去年です・・・しばらく混じるかもね~ではまた・・・
2014年01月04日
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道の駅というのはご存知でしょうか?道の駅というのは国土交通省により登録された休憩施設と地域振興施設が一体となった道路施設で、道路利用者のための「休憩機能」道路利用者や地域の人々のための「情報発信機能」道の駅を核として地域の人々が連携する「地域連携機能」の3つを併せ持った施設で現在1014か所登録されています。「駅」という言葉は本来電車が止まる場所ではなく街道沿いの「宿場」という意味を持ちます。高速道路にはSA(サービスエリア)やPA(パーキングエリア)がありますが一般国道には長い間そのような24時間利用可能な休憩施設はなく、24時間利用可能で、鉄道駅のように地域の核となりその地域の文化・名所・特産物を紹介する施設の建設が求められました、それを踏まえ24時間利用可能な駐車スペースとトイレを有し、24時間利用可能な電話と情報提供施設ということで誕生したのが道の駅です道の駅の正式な誕生は1993年4月22日全国103か所の施設が道の駅第一号として正式に登録されています。この道の駅豊栄もその時に登録された全国103か所の第一号の道の駅の一つなのですが、豊栄の道の駅はその中でも道の駅発祥の地とされています。道の駅は先のような需要から1991年10月から翌年7月まで山口県・岐阜県・栃木県の計12か所で「道の駅」の社会実験が行われました、これらの道の駅は1993年の正式登録以前から道の駅という名前が付けられており、道の駅という名前が使われたのはこの12駅が初めてです、道の駅の具体的な設置構想は1990年、広島で行われた「中国地域づくり交流会」から始まっており、この交流会から誕生したのが社会実験で設置された12の道の駅です。この時設置された道の駅にはモデルがあり、それは島根県雲南市の掛合の里(ドライブイン)この施設は1990年3月から利用が開始されています。ここまで来ても豊栄が道の駅の発祥であるという話が全く見えませんよね。。。掛合の里の利用が開始されたのが1990年3月、しかしその1年ちょっと前の1988年11月、24時間利用可能な駐車場とトイレを有し、道路情報を発信する施設が道の駅を登録する国土交通省の前身、旧建設省により設置されました、それが現在の豊栄道の駅である豊栄道路情報ターミナル「豊栄パーキングエリア」・・・北陸自動車道から新新バイパス経由で新発田村上方面に向かう際、黒崎インターから先には休憩施設がなく、一般道としては全国で初めて道路情報ターミナルをパーキングエリアとしてオープンしたのが、豊栄パーキングエリア、道の駅が正式に登録される際、この豊栄パーキングエリアも「道の駅豊栄」として第一号の道の駅に登録され、同時に日本の道の駅発祥の地として認定されました。リニュアールされた綺麗にはなっていますが、これがその栄えある第一号の道路情報ターミナル・・・食堂も昔からあるんですよ~駐車スペースは普通車98台大型車30台身障者用1台、トイレは男性用大7器小20器、女性用20器、身障者用1器公衆電話5台、休憩所、自動販売機、軽食堂、売店、道路情報ターミナル完備です・・・ちょっとした公園もあり、第一号の道の駅にしては立派なものでしょ~で、この道の駅の裏にちょっと変わったものがいます・・・なんとダチョウ・・・すぐ裏にダチョウファームがあるんですね~なぜか鶏君と同居しています・・・ダチョウのいる道の駅は全国でも少ないんじゃないかな~・・・まあ一応ダチョウがいるのは道の駅ではなくて道の駅の裏ではありますが・・・(本当にすぐ裏です)道の駅豊栄による機会があったらダチョウ君に会いに行ってね。今日は道の駅豊栄のお話・・・今日の光君の写真も・・・ストーブの前・・・これが本当の「ホットドック」で。。。あ~あ~だらしない顔。。。ファンが逃げますよ・・・ではまた・・・
2013年12月06日
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秋のキャンプ日記第4弾・・・お昼ご飯を食べたらいよいよ水上の中心地へ・・・まずは・・・バームクーヘン工房GARBA・・・当然メインはバームクーヘン、レシピ通りの画一的な味ではなく、季節、素材の出来に合わせて細かに分量を調整した手造りの良さを生かしたバームクーヘンのお店です。まあメインのバームクーヘンはお土産用ににして、こちらでは・・・ワッフル・・・丁寧な仕事が売りのお店ですので当然バームクーヘン以外でも無難に美味しいわけで。。。まあ実はカットした一口サイズのバームクーヘンも食べたのですけどね。。。はい次・・・生どら焼きで有名な小荒井製菓・・・水上では生どら焼きが名物で生どら焼きのお店はたくさんあるのですが、中でも有名なのがこの小荒井製菓。普通のどら焼きと違って賞味期限が短い・・・なんで水上のお店をそんなに知っているかと言いますとね・・・実は前日に行った水上温泉に地元の小学生が書いた観光ガイドがありましてね・・・いくつかピックアップしておいたのですね、まあこういう場合は子供は素直ですからね。。。デザートを食べたら道の駅みなかみ水紀行館へ・・・足湯がありました、ま~温泉地ですからね~水紀行館は道の駅内のミニ水族館のようなものでしょうかね・・・入場料も安いですが、館内は狭い・・・すぐに見終わりますね。。。館内には・・・ドクターフィッシュがおります、古くなった角質を食べてくれる魚ですが黒くなった腹は食べてくれないようですので、腹黒は直りませんよ。。。水上の温泉街からも近く、なかなか良い立地ですね。。。水上温泉の売りは豊富な自然・・・かつては人跡未踏の温泉地でしたからね・・・そうそう・・・この道の駅にもスイーツが・・・生大福です・・・食べてばっかりですね~それも甘いものばかり・・・私辛党なんですが。。。生どらも生大福も日持ちしないのでお土産物には微妙ではありますね。。。ま~おやつということで・・・今日は水上スイーツ巡りのお話・・・僕の分が少なかったのだけれど。。。貰えたからいいでしょうが・・・ではまた・・・
2013年10月01日
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先月23日、見附市今町に新しい道の駅がオープンいたしました。道の駅「パティオにいがた」です。新潟県36個目、全国1005.個目の道の駅です。パティオにいがたは2004年7月13日の水害による刈谷田川改修工事によってできた公園です、駅内には産直マルシェ「健康めっけ」・農家レストラン「もみの樹」・休憩スペースの他、7.13水害の記録を展示した防災アーカイブがあります。園内には電気自動車の充電設備、デイキャンプ場などを備えていまます、こんな感じです・・・ちなみにデイキャンプ場はは無料です、宿泊はできないようですが・・・まあバーベキュー場ですな。。。広場の真ん中にはヘリポートがあり、災害時には避難場所となるように設計されているようです、9年前の7.13水害では三条市も五十嵐川の堤防決壊により大きな被害を受けましたが、この見附市でも刈谷田川の決壊により大きな被害を受けています、丁度この道の駅があるあたりも堤防決壊地域だったと記憶しています(対岸だったと思いますが・・・)死者16人(福島県の1名を含む)全壊70棟、半壊5,354棟、20,655棟に被害を出した大災害で、この水害は後に激甚災害に指定されました、その後この水害で発生したごみの集積地が足りず、臨時に三条競馬場跡地をごみの集積場所としてゴミの山が気づかれました。。。ま、そんな背景のある場所でもありますので、地域の防災意識を高める場所として利用されるようですね。ちょっと遅れ気味の日記で、実際の日にちとずれておりますが実際に行ったのはグランドオープン23日の1週間後・・・まだ混雑しておりましたよ。。。これは見附のミルクヨーカン・・・地元の学校に牛乳を提供していた諏訪乳業が給食が休みの間の牛乳のロスをなくすために家で食べていた牛乳寒を基に開発したそうですが・・・まあまんま「巨大な牛乳寒」です。。。基本的に地元での販売ですが、口コミで噂が広まり関東からも注文が来るそうで・・・2009年10月にテレビで商品が紹介された後、全国から注文が来るようになり、生産量を10倍にアップしても間に合わず、発送は約3カ月先なんていう状態が続いていたようですが・・・マスコミの影響とは恐ろしいもので・・・短いですが今日はこれで終わり・・・なんだか変な表情の光君・・・これは・・・耳の裏がかゆいのですね。。。(笑)後ろ足が浮いておりますね・・・今日は新しい道の駅「パティオにいがた」のおはなし・・・ではまた・・・
2013年09月17日
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今日は道の駅のお話・・・・何度か紹介した道の駅ですが、道の駅 天領の里です。。。海沿いの道の駅で、観光ブリッジ「夕凪の橋」がかかっています一応デートスポットでこの橋の崎に鍵を取り付けて愛を誓うスポットとなっております。。。橋の崎は・・・こんな感じです・・・よく見ると鍵があちこちにかけられているのが分かりますね。鍵もたくさんですが落書きもたくさんですね~ま、これはモラルの問題ですね。。。いろんな鍵がありますね。。。海上の橋なので潮風で錆びだらけ・・・錆びて切れてしまっては縁起でもないので。。。一年に一度取り外して「愛の鍵箱」へ・・・この錨の後ろのコンクリートの塊が愛の鍵箱・・・海岸の道の駅・・・たくさんの海鳥がいました。。。「カモメ」か「ウミネコ」かはわかりませんが・・・意外と大きいんですよ。。。新潟の食べ物紹介・・・一つはもずく・・・酢の物の定番の「もずく」ですが新潟はもずくの産地でもありましてね。。。海岸線の長い新潟は海藻もいろいろと取れるわけでして・・・地方の食べ物なのであまり知っている人はいないかもしれませんが海藻の一種の「えご草」を煮詰めて固めた「えごねり」という食べ物もあります。海藻を固めた食べ物というと天草を固めたところてんが有名ですが「えごねり」はあれよりずっと海藻くさく、細く突くのではなく沢庵のように切って酢味噌をかけて食べます。九州の「おきゅうと」はこの佐渡の「えごねり」が九州に伝わったものなんですよ。と言っても「おきゅうと」も九州は福岡の地方食であまり知っている人は少ないかもしれませんね。こっちはヌタウナギ・・・なんだか気持ちの悪い絵がかいてありますが実物もそんなものです。。。新潟ではアナゴの浜焼きと言われていますね、名前はアナゴですが一般的に寿司だねに使われる穴子とは全くの別物です、ちなみに名前にはウナギとついていますが蒲焼にするうなぎとも全くの別物で、ヤツメウナギの仲間です。ヌタウナギを食べるのは主に韓国で、日本では新潟と一部秋田くらいですかね~味の方は脂が強く、癖も強い・・・ま~、珍味ですね。。。韓国ではコチュジャンで炒めたり古くから滋養食として食べられてきた高級食材ですが、韓国周辺では漁獲量が減少傾向にあるため今では日本から輸出しているそうですよ。。。これは通り道の活き蟹専門店「蟹の金八」の看板・・・以前はもっとリアルな美味しそうな蟹の看板だったのですが、いつの間にかこの辺な顔のついたインチキ臭い蟹の看板になっておりました。。。売ってる蟹の方はインチキ臭くない本物の活け蟹ですよ~まあ今は時期じゃないけれどね。。。光君の散歩は夕凪の橋ですよ~ではまた・・・
2013年09月15日
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今日から当分の間キャンプ日記の予定ですが、順番に時系列でアップしていきますので今日はキャンプ場に着くまでのお話でキャンプ場は出てきません。今回のキャンプ場は「蔵王坊平国営野営場」山形は隣県ですが、新潟から山形は意外に交通の便が悪く高速がつながっていません、無理に高速を使おうとすれば、福島を経由して一度宮城に出て仙台から山形に入ることとなります、まあ料金的にも時間的にもかなりの無駄ですので、通常は胎内から先は下道ということになりますね。ということで荒川胎内で下道におり113号線をひたすら進むと・・・道の駅がいくつかあります、予定では「道の駅 関川」による予定でしたが、ここは何度か来ておりますし、光君もまだまだ大丈夫そうでしたのでスルーして先に進むことにしました、「道の駅 関川」は山形に向かう新潟県最後の道の駅です、豪農の里「渡辺邸」があり、日帰り温泉「桂の関温泉 ゆーむ」があります、無料の足湯「猫ちぐらの湯」もありますがかなり暑いです、ゆーむもすでに入浴済ですし、渡辺邸も見学済みなので特に用はなし・・・で、山形最初の道の駅は・・・「道の駅 白い森おぐに」です山間部の道の駅で、山女や岩魚などが名物です、川魚を食べたい気分ではなく特に食べたいものもなかったので今回は寄っただけ・・・一応玉こんにゃくを買いましたが・・・光君もちょっと散歩です、こうして移動の踏み台となる道の駅はかなり便利でよく利用します、最近は各種イベントお行っていることも多くそれ自体が観光の目的となるような道の駅も多いですね。新潟県は長い県ですので道の駅が多く全部で33個の道の駅があります、佐渡に一つありますのでさすがにそれは行っておりませんが残りの32駅は全て制覇しております、キャンプの移動時には隣県の道の駅にもちょこちょこと寄り道しておりますね。山形はかつて「道の駅 あつみ」に行ったことがありますので、これで2駅目ということになりますかね・・・さてまあとりあえず寄ったので先を急ぎましょう・・・次の道の駅は・・・「道の駅 いいで」です先ほどの小国より土産物・食事とも充実していますね、ちょうど昼時なのでここでお昼・・・肉巻おむすびと・・・牛べこ汁です、牛べこ汁は中の牛肉がほとんどなくなったということで料金はいらないとただでいただきました、ありがとうございます・・・肉巻おむすびにも牛べこ汁にも飯豊田中牛が使われています、飯豊田中牛は、米沢牛と変わらぬ素牛・飼料を使い育てた牛ですが、地域などの問題で米沢牛を名乗れない牛のようです、味の方はと言いますと・・・美味し~!!、絶品です・・・、牛べこ汁には先述の通り牛肉はほとんど入っていませんが、牛の旨味たっぷりの汁が大根とこんにゃくにしみて・・・牛肉がほとんどないのに牛肉の旨味たっぷりの逸品・・・思えばブリ大根も大根が絶品でしたな・・・そんなに高くないのがまたありがたいことで・・・肉巻おむすび2個550円です(漬物付)あんまり美味しいので、ここでバーベキュー用のお肉追加購入です・・・今回のキャンプ場は蔵王の山の中で近隣にはスーパーは無さそうな状況でしたので事前に食材は全て準備しておいたのですが・・・おかげでバーベキューは肉ばかり・・・まあ良しとしましょう・・・目的地の蔵王坊平キャンプ場はここからさらに1時間ほど車を走らせねばならないのですが、それはまた次回ということで・・・これはキャンプ場の光君・・・今日の日記はここまで・・・ではまた・・・
2013年08月19日
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久しぶりに道の駅日記です、道の駅 阿賀の里に行ってまいりました。阿賀野川ライン下りの終点にある道の駅です。阿賀野川は不名誉なことに社会科の授業に出てきますのでご存知の方も多いかもしれませんね、四大公害病、第二水俣病(新潟水俣病)、阿賀野川水銀中毒のあった川ですね、四代公害訴訟事件の中では最も遅く発生した事件ですが訴訟は最も早く行われています、昭和電工鹿瀬工場(現新潟昭和)でアセトアルデヒド生産中に発生する有機水銀が未処理のまま阿賀野川に排出され、川で捕れた魚介類を通して多くの人に被害をもたらした事件ですね。この事件を聞くとね・・・今も昔も変わらないな~、と思いますよ・・・新潟水俣病は政府の責任放棄によって起きた事件でしてね、先に起きた熊本水俣病に対して政府はその原因の追究を怠り、熊本水俣病の原因を作ったチッソ水俣工場と同様の生産を行っていた昭和電工鹿瀬工場の操業停止命令が出せなかったのですね。熊本水俣病が発生した時点で、的確な対応を行っていれば、新潟水俣病は発生しなかったといえるでしょう。ハッハッハ、対応が後手後手なのは今も昔も変わりませんな・・・、笑いごとではありませんが・・・で、大企業の責任逃れも今と一緒・・・昭和電工は証拠隠滅のため都合の悪い資料をすべて破棄し、そのため事件の全容を解明するのはもはや不可能と言われております・・・今も昔も変わりませんな・・・「カエルの面に小便」とはまさにこのこと・・・死亡患者の遺族の一人は法廷でこう証言しています、「父は悶え、苦しみ……犬のように、猛獣のように狂い死にました…」そんな悲痛な声は政府にも企業にも届かないようで・・・責任の所在は明らかにされましたが、現在もまだその被害に苦しんでいる人がたくさんおるのです。。。笑いごとではありませんな。。。さて、かたい話はこのくらいにして現在に戻りましょう。この道の駅には・・・鯉がたくさんいます、餌をあげると・・・ちと気持ちの悪い状況に・・・阿賀町に海はありませんが、この川は阿賀野市・新潟市と通り、日本海につながりますこの川を上流に遡っていくと・・・阿賀川(大川)、荒海川と名前を変え、会津につながります。そういえば川の話題なのに川の写真を撮り忘れましたな・・・道の駅には下越地方の海産物・農産物が販売されています。下越地方の名産品と言えば・・・酒・・・まあこれは県内全般に言えることですな・・・ということで別の「さけ」・・・村上の鮭製品ですね・・・こっちは焼漬け・・・鮭以外のものもありますが、まあやっぱり鮭が有名ですね。ん?なんだか美味しそうなものがありますね・・・これはブロ友さんが通り道の新潟で食べそこなった岩牡蠣・・・夏が旬の牡蠣で今が盛りです。外に出ると・・・浜焼きを焼いておりました・・・このアユは四国の物のようです、なにもここで食う必要はありませんな・・・ん?、なんだか美味そうなものがありますな・・・は~い、焼き牡蠣です、これは地元産(阿賀町ではありませんよ、阿賀町に海はありませんので)・・・これはちと我慢できませんな・・・「おじちゃん!!、一個頂戴!!」1個400円です・・・、まあそんなものでしょう・・・店のおじさんしばらく考えて・・・「いや~、実はちょっと残りそうでね、残っても捨てるだけだから、2個500円でいいからもう一個買わない?」「え?、2個500円でいいの?、買う買う!!」1個250円は格安です・・・、焼くと縮む牡蠣は焼きあがってしまうとなかなか売れないのだそうです、美味しいのにね~・・・岩牡蠣は高級品で、調理しなくても1個400円くらいはあたりまえ、なかなか価値を理解してもらえないようで・・・う~ん、絶品!!・・・もったいないことですな・・・こっちは最近話題の「たいらのこれもっちー」です餅を固めたもの?、アイス?・・・もあそういうものです、溶かしながら食べます。今日は道の駅「阿賀の里」のお話・・・ブロ友さんにまた「いじめだ!!」と言われそうですな・・・(岩牡蠣食べそこなったブロ友さん)まあまあ・・・、ウッドデッキが出来てからね・・・ではまた・・・
2013年07月15日
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以前紹介したことのある(だいぶ前なので大半の人は覚えてないと思いますが・・・)道の駅がリニュアールしました・・・「道の駅 しただ」です、諸橋轍次記念館があり漢学の里となっているところですね、今回リニュアールしたのは記念館の方ではなく食堂の方・・・すっかりきれいになりましたね~この道の駅の椅子・・・遠目で見てもすぐわかる見覚えのある形・・・どこからどう見てもsnow peakのFDチェア!!って、分かりませんね・・・snow peakは高級アウトドアメーカーで昨年この下田に本社工場を移転したメーカーです、地元企業ですからね~座り心地は良いのですが収納性はいまいちですね・・・収束型の方がコンパクトにまとまりますね。おやつタイムは・・・サツマイモソフト・・・(バニラミックス)まあせっかく下田まで来たので・・・こちらは三条市の水源、大谷ダム湖・・・信濃川水系五十嵐川の上流に位置するダムです。ちなみに・・・「五十嵐」という字、「いがらし」と読むほうが多いと思いますが「いからし」と読みます、新潟では苗字でも「いからし」と濁らないことも多いのですね、これは「いからしがわ」・・・このダム・・・国道289号線の突き当りで、今のところここで行き止まり・・・現在この先の八十里越をトンネルで貫き福島の只見町につなげる工事を行っています。八十里越というのは八里の区間であるのに八十里もあるかのような急峻・長大な街道であるためこのように呼ばれています、現在はまだ車が通れるような道ではないため点線国道・・・実は新潟と福島を結ぶ道には・・・、六十里越という道もあります、こちらはすでに車が通れる道で魚沼と福島県只見町をつなぐ国道252号線です、まあ通れるといっても豪雪地ですので11月中旬から6月中旬までは雪のため通行止め、実質通れるのは1年のうち。半分もないということですねこの八十里越が開通すると三条市と福島がダイレクトでつながることにはなるのですが・・・只見に出れてもね~・・・会津や福島・喜多方に出るのは素直に津川を通った方が早そうですし、どうなのでしょうね・・・さて・・・三条市の水源五十嵐川、大河津分水路より下流の信濃川水系の支流としては主要な支流のひとつで、その長さは38.7km、三条市の中心部を流れて信濃川に合流する川でその流域のすべてが三条市となります。三条市にはこの五十嵐川の伏流水を使った「五十嵐川」という日本酒があります(福顔酒造)まあでも・・・、あまり美味しくないからお勧めはしません・・・福顔酒造の酒は個人的には嫌いな部類に入りますね・・・地元三条市では唯一の酒蔵なのですが残念なことで。。。ダム湖というと・・・その底に町が沈んでいると想像しますが、この湖の底にも大谷集落という集落が沈んでいます、20年ほど前この集落はダムの底に沈み地図からその名は消え去りました、今はダムの名にその面影を残すのみ・・・今日は三条の水源、五十嵐川と「道の駅しただ」リニュアールのお話・・・ではまた・・・
2013年05月17日
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さて不定期が続いております、実は2月に入り自宅で眠ったのはわずか5回、後はずっと出っ放しでしてね、日記のネタがないわけでもないのですが日記にしている時間がなくて・・・今日の日記は後で日記にしようと思いつつ放置されていたネタです。何度か登場している場所ですが道の駅「天領の里」です。ここに2人の有名な人物の銅像があります、一人目は・・・幼き日の良寛さんです、良寛さんは曹洞宗のお坊さんで俗名を山本栄蔵といい、ここ出雲崎の出身です、出家して岡山の円通寺の国仙和尚に師事し、諸国を廻り48歳の時故郷である越後に戻りました、無欲な性格で生涯寺は持たず、粗末な草庵でその大半を過ごしております、燕市の国上山国上寺には良寛が48歳から61歳までの間を過ごした小さな庵があります、書家としても有名ですが高名な人物からの書の依頼は断る傾向にあったようです、逆に子供たちに凧に字を書いてくれとせがまれ、喜んで「天上台風」と見事な書を書いていたようです、その書は自由闊達、変幻自在、彼の性格に似て何物にも縛られぬ自由奔放な見事な書であったようです、良寛の書を見たことがないわけではないのですがね、書に詳しくない私が見ても分かりませんな・・・(笑)戒律の厳しい禅宗の僧でありながら般若湯(酒)を好み良寛を慕う村人たちと頻繁に杯を交わしたそうです、何かに縛られた心は御仏の心からは遠く離れたもの、「子供の純真な心こそが真の御仏の心」と解釈し子供たちと遊ぶことを好んだちょっと変わったお坊さんであったようです。今日生家跡には「良寛堂」が建っておりその裏手には良寛さんの坐像があります、その視線の先には日本海が広がっていて沖に見えるは良寛の母のふるさと佐渡島・・・天気が良ければここからも佐渡の島影がよく見えますよ、さて2人目は・・・松尾芭蕉・・・説明はいりませんね「奥の細道」の著者です、この中の「あらうみや さどによこたう あまのがは」この詩を読んだのがここ出雲崎と言われております(直江津という説もあり)古くから佐渡への渡航地として有名な出雲崎、その昔は佐渡の金山で採れた金を江戸に運ぶための御朱印船が着く港、北国街道の要衝の一つでありますね。日本海の荒波のむこうに浮かぶ佐渡島、その上空には天の川が大きく横たわっている、さてさて皆様は佐渡というと何を思い浮かべますでしょうかね、「金山?」「島流し?」・・・佐渡は流刑地としても有名な地、奥の細道の草案「銀河の序」のなかにこのような一文がのこっております、「げにやこの島は黄金あまたわき出て、世にめでたき島なむ侍るを、昔今に至りて、大罪朝敵の人々遠流(おんる)の境にして、物憂き島の名に立ち侍れば、すさまじき心地せらるる…」 朝敵とみなされたあまたの命が佐渡の荒海の中、空に輝く星々へと変わっていった地あらうみや さどによこたう あまのがは日本海の荒海と天の川に煌めく星々・・・過去の栄華もいつかは廃れ、命あるものはいつかは死ぬさだめ、それが人の世というもの・・・今日は天領「出雲崎」のお話・・・さて前回の日記の「かんだやぶそば」心配された「かえし」は都度作るもので再建後も同じ味を出すことができると4代目店主堀田さんが話されております、「伝統が味を作るのではなく技術が味を作る」のだそうです、受け継がれた確かな技術こそが伝統そのもの、再建に期待いたしましょう、貴重な文化財としての建物は失われても、江戸の貴重な食文化である「味」が残れば、文化は後世へと伝えられていきます、形あるものがいつかは壊れるのは世のさだめ、悲しくも仕方のないことなのかもしれませんね。多くの名店を輩出した藪の大暖簾、これからも大切に守っていってほしいものですね、伝統の味とともに・・・出張から帰ると光君がまた盗み食い・・・雪で外に出れ無くて退屈なのもあるのでしょうが、最近ちょっといたずらが過ぎる光君です・・・こまったものだ・・・ではまた・・・
2013年02月23日
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今日はずいぶん久しぶりに「今日」の日記です、なにを言ってるのと思われそうですが、私の日記はまとめて下書きしてあるのを順次アップしていきますのでその日の出来事がアップされることはほとんどないのですね、通常は1週間ほど遅れてアップされます、で、ネタ探しをさぼっておりましたのでついに日記のストックが底をつき今日の出来事となったわけです。で本題、今日の日記は・・・温泉の寄り道のお話!!、「またかい」と言われそうですが、寒くなると出かけるところがなくてね~・・・室内の施設には基本光君はいけないし、外を散歩すると温泉に入りたくなるし、ということでまたしても温泉に行ってきたのですが、今日はその前の寄り道のお話ね・・・今日の出来事全部書いたらまたネタがなくなるからね(笑)まあこれも趣味の一つなのですが、道の駅に寄りました、県内の道の駅は佐渡以外は制覇しておりますので・・・今回の道の駅は・・・道の駅 あぐりの里産直野菜の直売、加工食品の販売、地元工芸品の販売、地酒の販売などを行っています。この地域の特産品といえば・・・やっぱり米かな・・・、魚沼地区ですので・・・、コシヒカリの産地・・・後は餅かな~・・・魚沼産こがねもち米の産地ですので・・・地酒に反応した呑兵衛のかたは・・・新潟銘醸という酒蔵があります(隣の小千谷市)、越の寒中梅や長者盛という銘柄の酒を造っていますね、まあ酒蔵は新潟県内いたるところにありますので・・・ほとんどの市町村に酒蔵があるといっても過言ではないかも・・・無い市町村のほうが少ないと思うな・・・で今日のおやつ・・・これ・・・豚の串焼き!!・・・え~・・・一応新潟県は豚肉の産地です「越後もちぶた」・・・1本でいいかな?と思っていたのですが、一人で一本食うというというのがいたので結局3本・・・塩コショウのシンプルな味付けです、丁度焼き溜めしてたのがなかったようなので注文してから焼いておりました・・・はい焼き上がり・・・相変わらず買い食いしておりますね~・・・隣では・・・団子も焼いておりました・・・この道の駅「あぐりの里」昔は足湯があったのですが、今は廃止・・・地震でダメになったようです(中越地震)、行こう行こうと思っているうちに廃止結局ここの道の駅の足湯には入れずじまい・・・まあ、行こうと思っていたのも廃止になったのもかなり前ですけれどね・・・今日は温泉前の寄り道のお話・・・これはおまけのグータラ犬です・・・ちなみに寄り道の話はまだ続きます・・・次回はまた別のところね・・・ではまた・・・
2012年11月25日
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温泉の帰り道・・・そういえば光君はほとんど外に出ていないことに気づき、ちょっと散歩・・・道の駅 天領の里です・・・このブログでもたびたび出てきている場所ですので今回も細かな説明はなし・・・目の前は日本海です・・・来るときに天気雨が降っていたのですが、帰りには・・・うっすらと虹が出ておりました・・・出雲崎は天領の地北国街道の要衝ですね、この道の駅の近くに、祖父の実家があるのですよね・・・幼いころはよく海水浴に来ました、祖父の実家は元漁師の家、家の裏は道を挟んですぐ砂浜で、家も舟を入れる小屋に直結しているんですよ、舟屋に近い構造ですね、お風呂も台所も舟屋に続く勝手口の近く海側にあり、客間や仏間が町通りに面した方にあります、小屋から直接海には出れませんが、構造はまんま舟屋ですね・・・直接は出れないけれど道路1本挟んで向かいは海ですしね~さてさてそろそろ満足したかな?・・・ちょっと小腹がすいたのでここで腹ごしらえ・・・まずはたこ焼き~、粉物大好きです・・・こっちは柿の種・・・先日ブロ友さんのキリ番を踏み抜きプレゼントを頂いたのでお返しに柿の種を送ったのですが、思ったほど辛くないと・・・これと同じ浪花屋の柿の種なのですが、柿の種もいろいろとありましてね、大粒・小粒・そしてこの大辛口・・・無難な普通のものを送りましたので・・・こっちの大辛口は唐辛子がたくさん使われていてちょっと辛い・・・辛すぎたのか息子はたこ焼きのマヨネーズをつけて食べ始めました・・・妙なことするね・・・と思いましたが、やってみると確かに辛みが和らぎますね・・・意外と合うのが驚きでしたね。帰り道にもう一つ寄り道・・・横田切れ公園です・・・公園と言っても小さな東屋と記念碑がいくつか、車が1・2台とめられるスペースがあるだけ・・・1896年この場所で信濃川が決壊し大きな水害を引き起こしたのですね、堤防が300mにわたって決壊、ここ燕市横田から遠く新潟関谷までの広いが水浸し・・・被害面積は180平方キロメートルに・・・、この決壊事故をきっかけに信濃川の治水の声が高まり、燕市大河津から長岡市野積までの約10kmを掘り大河津分水路が完成いたしました。自然と人との戦いは太古の昔から行われてきているのですね。今はこの分水路にも毎年多くの鮭が昇ってきます、川の土手には多くの桜が植えられています、過去の難工事の跡も今は桜の名所・鮭の名所でありますね・・・さてさてそれじゃあ光君もう帰ろうか?・・・ではまた・・・
2012年09月05日
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正確にはこの日記は前回の中浦ヒメサユリ森林公園のお話とsnow peak雪峰祭の間の日記です雪峰祭の後、中浦ヒメサユリ森林公園に向かう途中道の駅によりました、今日はその道の駅のお話・・・地元三条市の道の駅なのですが、今まで紹介したことはありませんでしたね・・・道の駅 下田ですこの道の駅には・・・諸橋轍次記念館というものがあり、漢学の里となっています、諸橋轍次ご存知ですかね?・・・世界最大の漢和辞典、大漢和辞典(大修館書店刊)の編者で、三条市(旧下田村)の出身です、大漢和辞典は全13巻(後に索引と補巻が追加され現在は全15巻)親字5万余字、熟語53万余語を収録、数十年に及ぶ膨大な歳月を費やして作られた世界最大の漢和辞典です、大漢和辞典は1960年に完成、その後1982年に縮小版である広漢和辞典を刊行・・・大漢和辞典の完成の功績により文化勲章を受章しています。これが・・・諸橋轍次の生家・・・三条市の指定有形文化財となっています・・・こちらは・・・遠人村舎・・・大漢和辞典の編纂所です・・・諸橋轍次は晩年使命を果たし空虚となったこの一室で瞑想にふけることが多かったといいます、今は生家の隣に移築され今に残っています・・・これは記念館の庭・・・西遊記?・・・漢学だから?・・・僕は知らない・・・先週は息子の修学旅行が・・・行先は佐渡・・・これがお土産・・・佐渡金山小判飴に・・・いちごパイ(佐渡限定)パッケージに朱鷺が書いてあるからかな?・・・朱鷺の鼻くそ・・・普通のピーナッツチョコですがこのネーミングはいかがなものかと・・・朱鷺のぬいぐるみ・・・つがいかね・・・いつの世も修学旅行のお土産は細々といろいろ買ってくるものですね~・・・ハハハ・・・今日は道の駅 漢学の里 下田のお話・・・にほんブログ村ではまた・・・
2012年06月16日
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さて私のこのてきと~ブログももうじきアクセス数50000番に達します、前回の日記で、某ブロ友さんに「足跡機能もメッセージ機能もなくなったのでキリ番は出来ないね~、せっかくカニと地酒送ってあげようと思ったのに残念ね~」というメッセージを残したら、楽天プロフィールのPメール機能で個人情報のやりとりはできので、自己申告性であればキリ番はできるとの書き込みが・・・あ、そ~なの・・・なら仕方ない、ブロ友さんがきっちりキリ番踏み抜いたら送ってあげようじゃあありませんか「カニと地酒」・・・これを某ブロ友さんのみのイベントにしては不公平なので、過去5回以上コメントのやりとりをしたブロ友さんで、50000番達成までに一回以上コメントくださったブロ友さんに参加資格を与えましょう(この日記のコメから1回以上ね)。50000番きっちり踏み抜いたブロともさんがいたら申告してください、申告があった場合に限り景品を送りますよ~ただし嘘はダメ・・・2名以上いたらおあずけね・・・(Pメールにて本名と住所を教えていただける方に限らせてはいただきます)景品は・・・「カニと地酒」ではなくてそのブロ友さんに相応しいと私が勝手に判断したものです。悠々愛々さんは「カニと地酒」で決定ね、ちなみにこの人下戸です(笑)昨日温泉の素を希望されたぷらんさんは・・・新潟の米菓(今の候補はサラダホープと網代焼き)と新潟の地酒・・・まあこんな感じでご希望の景品はとりあえず聞くけど、その通りになるとは限らない・・・何しろひねくれてるので・・・一応希望商品を書いてくださった方には次の日記本文で景品を発表します。あ、shuくんさんは希望きかなくても地酒だから・・・意外に難しいこの景品・・・もうちょっと早ければ洋梨でも良かったのですけどね~ちょっと遅い・・・まあ「ル・レクチェ」はよさそうなのがあったらということで・・・私のブログはアクセス数が少ないのでまだしばらくかかりますのであわてない・・・自己申告でのキリ番は今回が最初で最後、今後は楽天からのキリ番メールがブロ友さんだった時に何か送ることにします、ちなみにこれまでキリ番メールがブロ友さんだったのは1度だけ・・・その時はこんなイベントはしなかったけどね。アクセス数とコメント数の比率から考えると、ブロ友さんがたまたまキリ番を踏む可能性は10%以下かと・・・まあ、今回はたまたまで踏んだら何か贈りますね~、ニアピンは無しです・・・悪しからず・・・では本題に・・・ここで読むのやめないように・・・先日温泉の帰りに、道の駅 豊栄に寄りました・・・この道の駅を道の駅発祥の地とする説もあります・・・なので・・・こんな石碑が・・・道の駅は1993年4月22日に、全国103箇所の施設が建設省(現国土交通省)により正式に登録されました、これが正式に道の駅ができた瞬間ですね。現在では全国977箇所が登録され現在も増え続けています、では道の駅発祥はその103箇所全部になるんじゃあないの?と思われるかもしれませんが、道の駅発祥と言われているいくつかの道の駅はちょっと違うんですね・・・道の駅の構想は1990年の中国・地域づくり交流会の会合での提案から始まったもの、1991年10月から1992年4月まで山口県、岐阜県、栃木県で道の駅の社会実験が行われました、これらの施設は実験段階から道の駅という名前で設置され正式に制度化されたあとも登録されました、なのでこれらの道の駅が道の駅の発祥とする説があります。なるほどなるほどもっともな説で・・・ならこれが道の駅発祥で・・・というと・・・この中国・地域づくり交流会が見学し現在の道の駅の模範とした施設があります、島根県雲南市(旧掛合町)にある掛合の里、設置当初はドライブインとして運用されていました。これを模範としたんだからこれが発祥とする説も・・・なるほどなるほどもっともで・・・ならこれが道の駅の発祥で・・・ところがところが・・・中国・地域づくり交流会ができるさらに前、1988年に現在の道の駅の条件となる情報提供施設を備え、駐車スペースとトイレのある施設が建設省(現国土交通省)によって国道7号線新新バイパス沿いに設置されました、名前は豊栄道路情報ターミナル(現道の駅 豊栄)、建設省が自ら道の駅に相当する施設を最初に作ったんだからここが発祥でしょうという説も・・・なるほどなるほどこれももっともな説で・・・これが道の駅 豊栄が道の駅発祥と言われる訳・・・ハハハ、なんともどうでもいい順番を真剣に争ったものですね~発祥の地を争うより利用者の満足度を争ったほうがいくらか建設的な気もしますけどね~外出好きの我が家はよく道の駅を利用します、移動の踏み台に使ったり、それ自体が目的地だったり・・・残念ながら道の駅豊栄にはそれ自体を目的地とするほどの魅力はありませんね、いいとこ移動の踏み台です、公園に食堂に売店にトイレがあって無線LANスポットがある、変わった施設としては・・・ダチョウがいます・・・あとは特に何も・・・頑張って1時間つぶせるかどうか・・・ま、そういうことです・・・今日は温泉の日記にしようと思ったのですが前置きが長くなったのでまた今度・・・最後に・・・光君ね・・・移動途中は寝てばかりなのになぜかドライブが好き・・・(留守番嫌い!!)いつも寝てるじゃん!!今日のおまけ動画は・・・kiroroです、悠愛さんは知ってるかな?ではまた・・・
2012年03月02日
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先日の日記「ひねくれ者のひねくれ者たる所以」の続きです、前回はお雛様のお話だけで終わったので・・・この道の駅のある和島村(現長岡市)には良寛和尚の眠る隆泉寺があります、なのでこの道の駅は「良寛の里」という別名がついています、良寛様は知っていますよね・・・良寛和尚、僧侶のくせに般若湯(酒)が大好きで良寛和尚を慕い集まった人々と頻繁に酒を飲んだそうですよ、良寛和尚は生涯寺は持たず、国上山の五合庵(旧分水町、現燕市)という草庵に住み質素な暮らしをしていたそうで、難しい説法もせず、分かりやすい言葉で仏法を解いたそうです、子供と遊ぶのが好きで、よく子供とてまりで遊んでいたようです、書家としても有名ですが、どうもその点ではどうもひねくれ者だったようで、高名な人物からの依頼は断るのに、子供に凧に字を書いてくれと頼まれると、喜んで「天上台風」と書いたんですって。道の駅 和島には良寛の里美術館という、良寛和尚と弟子(恋人?)の貞心尼の遺墨がを集めた美術館があります、ここですね・・・ただここは私も幼いころ両親に連れられて行ったのですが、子供にとっては何ともつまらないところでして・・・今回は行ってませ~ん・・・ここにはほかに歴史民俗資料館(上の写真)と菊盛記念美術館それに前回の日記で釣り雛が飾られていた「お休み処 和らぎ家」などがありますこれは中の写真・・・ここでは食事もでき、お土産も売っています・・・この辺りでは、紙風船の内職が盛んで、各観光施設で売っています・・・そういえば私の祖父の実家が隣町出雲崎の元漁師の家で、行くと紙風船を作ってましたね・・・そのころは普通の紙風船ばかりで、魚や鳥の形をしたものはありませんでしたけどね。一応メインとなる建物は最初の写真の建物ですけどね・・・これは古民家を移築したものです・・・中はこんな感じ・・・囲炉裏があるのにストーブなのは仕方ないですね、観光地施設で暖房が囲炉裏では許可下りないでしょうしね・・・こちらにもお雛様が・・・、こっちは段飾りです。もうすぐ雛祭りですからね・・・外は・・・雪~・・・今日は写真ばかりですね・・・最後の写真は・・・道の駅にあったお地蔵様・・・仏様にも地位のようなものがあり、最高位が如来、次いで菩薩、明王と続きます、昔、インドにとても慈悲深い2人の王がいました、二人とも如来になる力を持っていました、一人は自らが仏となることで人々を救おうと考え一切智威如来という仏様になりました、もう一人は、仏となることを拒否し、自らの意志で地獄に落ち、全ての苦悩とさまよえる魂を救おうとしました、これが地蔵菩薩、お地蔵様です、地蔵菩薩は「一斉衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」との決意でその地位を退し、自らの足で六道を旅し続けています、地蔵菩薩はもっとも弱い立場の者を最優先で救済する菩薩・・・慈悲深くも頑固な仏様ですね、釈迦の入滅後、弥勒降臨までの間、六道を輪廻する衆生を救う菩薩と言われています。今日は良寛様とお地蔵様のお話と相成りました・・・ではまた・・・
2012年02月28日
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昨日道の駅和島に吊るし雛を見に行きました・・・長くなりそうなので今日は第一部ね・・・ お雛様のお話だけ~雛祭が近くなり、ブロガーさんたちのの日記にも雛祭の話題が増え始めましたね、私のブロ友さんの日記にもちらほらと・・・特にブロ友「ぷらん1225さん」の日記は秀逸でとても詳しくひな祭りの行事を言い表していますね、ところが詳しく説明されればされるほど別の側面を追求したくなるのがひねくれ者というものでして・・・今日は雛人形と呪詛・呪術のお話・・・豪華七段飾りもいいけれど、吊るし雛も綺麗でしょ~ひな祭りが呪術・呪詛と大きく関わっているのは他のブロガーさんも説明しているところではありますが、ひな祭りの原型は流し雛、元々は禊祓い、厄祓いの呪術です、災厄を人形(ひとがた)に移し川に流す、これが禊祓いの儀式、けど禊祓いなら1体あれば事足りますね、三人官女や五人囃子は後で付け足されたおまけとしても、男女一対の形式はかなり古くから継承されていますね、これはなぜでしょう?、幸せな結婚を願う儀式?、は~い、違います・・・これはね、雛祭の儀式が本来は子授けの呪術の一種であったためです、外戚となって権力を振るった貴族達は、しきりに我が娘に子が授かるよう願ったのです、男女一対の人形は男女和合の証、これは子授けの呪詛の名残ですね、まあ、夫婦円満、家内安全の願いと取れなくもありませんね。子の幸せを願う親の心のあらわれの一端ではあるのでしょう・・・さ~て、先に話したように雛人形の原型は流し雛、流し雛にも、タブーがあることを御存知ですか?名前と年齢を書いた人形で体を撫で、息を吹きかけて川に流す、名前と年齢を書いた紙に息を吹きかけるのは、知らず知らずのうちに犯した罪穢を移す儀式、体を撫でるのは体についた穢れを撫でることによって紙に移す儀式・・・古来より人形(にんぎょう)や人形(ひとがた)は人の穢れを移す依代としての役割を持ってきました、そして依代としての人形は魂をもちやすいとも考えれれていました、流し雛は穢れを流す儀式であると同時に、魂をもってしまった人形を川に流し外界に送る別れの儀式でもあるのですね(こっちの場合は古い人形を使いますけどね)どちらの場合も人形を船にのせある程度流れのある川に流す、このとき決して後ろを振り返らず立ち去るというのが流し雛のルールです、後ろを振り返るとね、人形は流れ去っても中に入っていたモノが憑いて帰ってきてしまうのだそうです、人形という依代の中に閉じ込められていたときにはある程度制御できたモノも、依代から解き放たれてしまったモノは制御できないんですって・・・同様に、川や海に落ちている人形を家に持ち帰るなんてのは論外、他人の穢れを持ち帰ることになります、怪談話で脅かす訳ではありませんが、雛祭は呪詛・呪術から発展した儀式、ならそのしきたりに従うことも必要かもしれませんね。ちなみにこの釣り雛をはじめ各地に残る変わり雛の類は・・・公家や貴族たちの間で流行し豪華絢爛になっていく雛人形、一方で庶民たちは様々な素朴な雛人形を作り出し雛祭を楽しんだのですね、各地に残る変わり雛はその名残・・・どれもこれも子の幸せを願う親の心のあらわれであることには違いありませんね。貴族たちが娘に子が授かるよう願ったのもそれが子の幸せにもつながるから・・・と考えるのはちと優し過ぎますかね?皆さんの雛祭の説明が本編なら、私のは番外編です、ではまた・・・
2012年02月26日
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今日の道の駅は番外編です、出張でよくよる道の駅です、道の駅 朝霧ですこの道の駅・・・、地元富士宮市近郊の地酒、近隣の牧場で採れた牛乳やベーコンなど特産品の販売も行っているのですが、なんといってもここの道の駅の特徴は・・・この山です、何山か分かりますか?(見当は付くと思いますが・・・)は~い、正解、富士山です、この最後の写真は別の所から撮ったものですが・・・富士山といえば山頂付近の万年雪ですが、最近は少なくなりましたね~、下からではほとんど見えませんね、裾野がとても広く山脈を形成していませんね、絵にかいたような山ですね~静岡・山梨・神奈川にまたがる、言わずと知れた日本一の山・・・この周囲に過去の噴火でできた富士五湖が・・・5個全部知ってますか?山中湖・河口湖・本栖湖・西湖・精進湖の5つですね~このうちの本栖湖・西湖・精進湖はもともとは一つの大きな湖(?の海)でこれが富士山の噴火によって3つに分裂したと言われており、今でもこの3つの湖は地下でつながっていると考えられています、なぜなら、この3つの湖、水位が連動しているのですよ、本当にどこかでつながっているのかもしれませんね~さらにこの富士五湖、6番目の超レアな湖があります、非常に多くの雨が降った時、ごくまれに精進湖の南東に赤池という直径50mほどの小さな池が姿を現すのだそうですよ~このレア現象、今年あらわれたそうですよ~その前は2004年、その前は1998年にあらわれてますね~私はもちろん・・・見たことありませ~ん、今日は富士山のお話・・・(よく麓を通るので・・・)ではまた・・・
2011年11月05日
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道の駅 瀬替えの郷せんだに行ってきました、行ってきたといっても、ここは目的地ではなく通過点ですが・・・目的地は、いつものように温泉です、これは次の日記で・・・20111030(道の駅2) posted by (C)ふぁみり~キャンパー道の駅にもいろいろありますが、ここの道の駅には・・・20111030(道の駅3) posted by (C)ふぁみり~キャンパー吊り橋があります、この橋は・・・20111030(道の駅4) posted by (C)ふぁみり~キャンパーこの先の公園に行くための道ですね、で、あるのは吊り橋だけではなく、もうひとつちょっと変わったものが・・・20111030(道の駅6) posted by (C)ふぁみり~キャンパーはいこれ、何か分かりますか?これは氷室、まあ天然の冷蔵庫ですね、冬に降った雪をここに保存し雪の冷気で蔵内全体を冷やすわけですね、まあ、仕組み的には、超巨大なクーラーボックスというところでしょうか、雪が保冷材ですね、この氷室の雪、意外と持つもので、まだ冬に降った雪が残っています、20111030(道の駅5) posted by (C)ふぁみり~キャンパーもう10月も末ですのであまり残ってませんけれどね~、秋口の新酒の時期にはよく氷室造りなんて酒がありますが、それは夏の暑い時期を冷たい氷室で熟成させたものですね~20111030(道の駅1) posted by (C)ふぁみり~キャンパーこの日は何やらイベントをやっていました、写真はありませんが、食べ物の屋台も出ていたのでここで腹ごしらえ・・・なぜここによったかといいますと・・・目的地の温泉は我が家から車(下道)で2時間ほど山の中、最近はめっきり車に強くなった光君も・・・20111030(光君1) posted by (C)ふぁみり~キャンパーさすがに退屈~20111030(光君3) posted by (C)ふぁみり~キャンパー以前はこんなに山道走ったらとっくに車酔いでゲーゲー吐いていましたが・・・20111030(光君2) posted by (C)ふぁみり~キャンパー「あ~退屈~」珍しくアクビの瞬間が撮れました・・・今日の日記の写真は皆さまからお勧めいただいたフォト蔵を使ってみました、便利かも・・・無料画像編集ソフトのPicasaともリンクしています、Picasa使っていたのでとても便利です・・・ついでに画像圧縮も必要ありません・・・容量も気にする必要ないですしね~、こんなスナップ写真公開して良いのかとも思いましたが、まあ許してちょ~だい、フォト蔵のお勧めも含め、多くの皆さまから情報をいただきました、ありがとうございます。今日は道の駅 瀬替えの郷せんだのお話・・・次の日記はメインの温泉です、ちなみに今回行ったところはキャンプ場併設です、次回の日記は若干ですがキャンプネタも混じりますよ~ではまた・・・
2011年10月31日
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先週の土曜日のお話になりますが・・・道の駅 阿賀の里に行ってきました。実は道の駅巡りも趣味の一つでして、地元新潟は佐渡の芸能と朱鷺の里以外はだいたい行ったかな・・・一応道の駅に認定されるためには規定がありまして・・・基本的には駐車場20台以上、トイレ10器以上、電話、情報提供の場が提供されていること(トイレと電話は24時間使えること)この条件に当てはまり、面している道路の交通量などを考慮し国土交通省道路局長が認定します。中にはあこれに当てはまらない道の駅もありますが・・・ちょっと話がそれましたが、この道の駅の特徴は・・・阿賀野川ライン下りの発着場があります、使ってない船が置いてありましたので、1枚パチリ・・・阿賀野川・・・ご存知ですか?きっと皆さまより、お子様、お孫様の方が御存じかも・・・社会の時間に出てくるんですよ阿賀野川・・・四大公害訴訟「第二水俣病」のあった川です、正式名称「阿賀野川水銀中毒」昭和電工の生産していたホルムアルデヒドの製造過程で生成されたメチル水銀が川に排出され、多大な健康被害をもたらした事件ですね、当時昭和電工は都合の悪い資料は全て破棄し、事件の全容を解明するのは不可能と言われました・・・ちなみに、あとの3つは覚えてますか?、「水俣病」「イタイイタイ病」「四日市ぜんそく」ですね~おっと、また脱線・・・この道の駅には大きな池があり鯉に餌を与えることができます、ちょっと餌を与えるとこの通り、鯉の山が出来上がります・・・実は以前はもっとたくさん鯉がいたのですよ(今でも結構いますが・・・)この夏の大雨でこの施設も冠水、池の鯉もだいぶ逃げてしまったようですね、なにしろとなりは阿賀野川・・・道祖神様も、鎮座しておられました~今日は道の駅のお話・・・最後に・・・今日の光君を・・・はい、こんにちは・・・なんか頂戴・・・ではまた・・・
2011年10月24日
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昨日の続きになりますが、道の駅 和島の後、道の駅 天領の里に行ってきました、天領の里は出雲崎にある道の駅ですが、出雲崎はその昔、佐渡島で採れた御用金を江戸に運ぶための重要な港、そのため出雲崎の地は幕府直轄の天領でした、奉行所が置かれ、北陸街道の要衝でした、佐渡で採れた金は三国海道、中山道と通り江戸に運ばれていったんですね、この道の駅の近くに奉行所跡と獄門跡がありますね、今は・・・観光スポットで・・・海に突き出たこの橋の先に、恋人たちが永遠の愛を誓って鍵をかけるというスポットになっています、この鍵、海辺ですので当然錆で汚れていきますので、年1回撤去するんですって・・・おっと余計なことをつい・・・、恋人たちのロマンを壊しちゃいますね~この海の先に佐渡島があります、この日は良く見えていたのですが、写真だと分かりずらいですね・・・海から見た道の駅はこんな感じです・・・ここでも・・・米を干していました、潮風米ですって、収穫した米を海辺の潮風にさらすと味が良くなるとか・・・聞いたことありませんので真偽のほどは不明、出雲崎はジェロの「海雪」の舞台となったところですね、昨日の日記「エノコロ草」がおかしいという書き込みをたくさんいただきました、変ですね~実はもう一枚あります・・・ついでに光君・・・「尻尾で遊ぶな~」と申しております・・・はて、何のことやら・・・ではまた・・・
2011年09月19日
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道の駅 和島に行ってきました。お米を干している光景が見れました、これは観光用ですね、今は天日干しのお米は珍しいので新潟でもこのはざ干しの様子はあまり見れませんね、けれど混ぜ物なしの純粋な魚沼産コシヒカリ(コシヒカリといっても色々ですし、他の産地の物が混ざっているものも多いので・・・)をはざ干しにしたものは別格といわれていますねお米というのは微妙なもので田んぼの水温があまり上がりすぎてもよろしくないんですね、なので実は猛暑はあまりいただけません、品質が落ちます・・・もっとも品質が落ちれば等級も落ちるので、普段買ってる等級の米の味が落ちたりはしませんよ、値段は上がるかもしれませんが・・・お米以外にも・・・ススキに・・・コスモス・・・エノコロ草・・・などが生えていました・・・え、植物じゃないものが紛れ込んでいた・・・気のせいです・・・エノコロ草は漢字では狗尾草、犬の尻尾に似ているから「犬っころ草」が転じて「エノコロ草」になったそうです、なのでこれでいいのです・・・(何が・・・)ここの道の駅には美味しいおにぎりの名物があります、こっちはけんさ焼き・・・こっちは良寛おむすび・・・これは以前紹介したことがありますが、覚えているのはよほど記憶力の良い人でしょうね、ここのおむすびは米が美味しい・・・おむすびの本質は米の味、具はアクセントにすぎんせんね、これは全ての料理に言えること、虚飾を捨て本質に眼を向けるのが料理の基本ですね、その料理がなんの味を味わうのが本質なのか、この本質を理解したうえで作るのとそうでないのではおのずと味は違ってくるものです。この後、もう一つ道の駅、天領の里に行きましたが長くなるのでまた今度・・・最後に・・・光君です、2枚目じゃなく1枚目です、前のは・・・エノコロ草の写真です、ではまた・・・
2011年09月18日
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光君の散歩がてら、道の駅 栃尾に行ってきました、なぜか火炎土器のモニュメントも・・・でもって・・・ここ栃尾の名物といえば・・・この油揚げ・・・添えられている割り箸と比較してみてください、でかいんです・・・、こんなに大きくても、これは厚揚げではなく油揚げです、厚揚げと油揚げの違いは、厚揚げは1度揚げなのに対し、油揚げは2度揚げ、なので中に閉じ込められた水蒸気が膨張し、袋状に膨らみます、ここではこの揚げたての油揚げを食べることができます、その場で揚げてくれます、これにお醤油をかけて食べるんですね~これが美味しいんですよね~味付けは・・・そのまんま(250円)ネギ・鰹節付(300円)キムチタレ(300円)の3種類です、私はネギ・鰹節付が一番好きですね、日曜日に来ることが多く、行列ができていてなかなか買えなかったのですが、今回は土曜日、ほとんど並ばずに買えました。お店はこんな感じ、イベント会場の軽食屋みたいですね~他には~山菜ごはんと・・・ソフトクリームね・・・それから地元の特産品・・・越乃景虎 本醸造生酒(諸橋酒造)越乃鶴 本醸造生酒(越銘醸)また酒かい!!っといわれそうですが・・・越銘醸は地元栃尾の酒蔵ですね~、なので地元の特産品です。こちらも大雨の被害は多少あったようで・・・向かいの崖が崩れてましたね~光君は・・・こちらで知り合ったシェットランドシープドックと楽しく遊び・・・だいぶお疲れのようで・・・(掲載許可はもらってないので写真は光君だけね・・・)帰りの車はまたしても熟睡・・・今日は道の駅 栃尾のお話でした・・・ではまた・・・
2011年08月27日
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出雲崎、天領の里に行ってきました出雲崎町の道の駅です海沿いにあります海沿いで犬を散歩させるのにちょうどよいのですが、今回はちょっと趣向を変えて、旧北国街道を歩いてみました出雲崎町は旧幕府直轄の天領でした、なぜこの地が天領となったかと言うとここは佐渡島でとれた御用金が本土につく唯一の港だったんですねなので幕府の施設跡がけっこうあります逆光で見難いですが、ここが代官所跡ここが獄門跡です道の駅内に時代館もあります明日は光君、お留守番の予定なので、今日のうちにたっぷりと散歩また疲れて寝てしまいました人気沸騰中の新潟チップス!スパイスの効いた「カレー味」新潟チップス カレー味価格:378円(税込、送料別)こんなの買ってみました、意外と美味しいですね、カレー味以外にもエビ味、うす塩、のり塩、醤油味などあります
2011年02月26日
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