はにわきみこの「解毒生活」

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2005.04.04
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 翌日、モーテルの部屋に落ち着いたときには、太陽はすでにオレンジ色に変わりかけていた。
 あのゴージャスなホテルをチェックアウトしてから、気に入った宿を見つけるまでにおそろしく時間がかかった。どうせなら、徹底的に自分の好みにあった所に泊まりたかった。
 だって、「レンタカーが赤くなかった」のがすごく不満だったんだもの。今度は最初から自分で選べるんだから、妥協しないでいこうと決めたのだ。

 海沿いに建っていて、部屋のベランダから海が見えるという条件。
 せっかく長い休みがとれたのだから、時間の余裕はある。幹線道路から海に抜ける道路を何本も何本も走ってみた。ついに努力が実って、こじんまりしていて気分のいい部屋が見つかった時には小躍りしたくなった。
 もし誰かと一緒に旅していたなら、こんなに時間をかけてまで部屋を選んだだろうか。どこか適当なタイミングで「もういいよここで」と言ったに違いない。

 正直言って、自分がここまでしつこく部屋探しをする人間だとは思わなかった。普段通りの生活だったら絶対に見えてこない一面だ。なんの制約もなく、自分のしたいとおりに行動できる、って面白い。あのときマイが言ったとおり、私にはコドクリョクがあるに違いない。

 大きなガラス窓をあけてベランダにでると、マイのことを考えた。
 彼女はなんて言ってたっけ。探している人が見つかったら、教えて?

 今になって、見つからなかったときのことを心配してくれた言葉のありがたみがしみた。毎日あの勢いで人さがしをして、それでも成果がなかったとしたら、私の落胆は想像に固くない。彼女は、必死すぎて一つのことしか見えていない私に、ほかの道もあることを教えてくれた。

 ここからバイロンベイまではそう遠くない。30分も車を走らせればつく。彼女を夕食に誘ってみようか、という気になった。バッパーの敷地内にはレストランもあったことだし。

 落ち着ける部屋が見つかったことで、肩の荷がおりた。さっきまでの緊張感と、本当に見つかるんだろうかという不安感、もやもやとした疲れがスッキリと消えている。さっとシャワーを浴びると、体がシャキッとした。服を着替えて車に乗り込む。

 のっぺりとした大陸の上を時速90kmで走る。
 空気も、土の色も、季節も。日本とはあまりにも違う。いつもだったら、一日の仕事を終わらせようとしている時間だ。暖房の効いた、清潔な箱の中で過ごす日常を思うと、今、夏の風に吹かれていることが不思議だった。

 いつもと違うことをしていても、どんな場所に身を置いていても。私という人間の根っこは何も変わらない。だけど環境が変われば、これまで使ってこなかった側面が見えてくる。新しい発見だ。

 部屋探しをしていた時は、本当に今日中に見つけられるのかと不安で、胸の中にピンポン玉が暴れているようだった。龍一をさがしているときに似た緊張感があった。ハンドルを握る手には余分な力が入るし、頭の奥はいつもピリピリととがっている。

 ところが今は、心は波の静まった海のようにフラットだ。体はリラックスしているし、余裕のある運転ができる。日本にいたころの、安定した日常生活と何ら変わらない、足が地に着いている感覚がある。

人間を動かしているエネルギーって、一体なんなのかしら。
 もしかすると、感情がガソリンの代わりなのかも。
 すると、これまでの私は、とても燃費のいい暮らしをしていたということになる。低めに安定した精神状態で充分活動できていたのだから。


 千紗の挑発に乗ろうとしている私は、いつもよりはるかに多い「やる気」を感じている。これは外部から受け取る刺激がエネルギーに転換されたということなのだろうか。

「やだ、びっくり!」

「お礼かたがた、ご飯でも一緒にどうかと思って」
「ってことは、うまく見つかったわけ? イトコ殿は」
「そう、昨日、見つかったの」
「わーお、乾杯しよ、乾杯」

 マイはVBというビール、私はジンジャーエールで乾杯をした。メニュー選びは彼女に一任した。私はこの地に着いてから、だれかと夕食を共にするのは初めてなのだ。

 あらためて、マイと出会ったことに感謝する。会話をしながら食事ができる喜び。一人ではできないことに付き合ってくれる人と出会えたタイミングのよさ。

「で、どうよ、イトコとはたくさん話ができた?」
「うーん。それが…」
「もっと喜んでも良さそうなもんなのに、いまいち顔が冴えないもんね。それとも元気がないのはそのじんましん、みたいなもののせい?」

 言われてはじめて気がついた。この地に来てから、また、ブツブツが出ていたことを。日本ではあんなに人目を気にしていたのに。今日なんか、買い物に出たときも、部屋探しのときも、顔のブツブツのことはすっかり忘れていたのだ。思わず笑いがこみ上げる。

「そうだった。じんましんがまた出てたんだったわ。やっぱり目立つ? すごくヘン?」
「んーん。ソバカスが一面に出てるって感じ? ビョーキっぽくは見えないけど」

 一度笑い始めたら、止まらなくなってきた。ブツブツの事を忘れていたのは、千紗の挑発に乗ってやろう、海で泳ぐための道具を買いに行こう、とムキになるので手一杯だったからなのだ。日本では、どんなに仕事に集中しようとしても、どうしても肌の事が気になって仕方なかった。それがどう? 今はケロリと忘れ去っている。
 マイが変な顔をしてこちらを見ている。少しは説明しないと不自然だ。私はイトコ発見のいきさつを語ることにした。

「なんだ。つまり、アナンはその女のコが気に入らないわけね。負けたくないんだ」
「ちょっとちょっと。なんかそんな言い方したら、彼女が恋敵みたいじゃない?」
「そんなこと言ってないよ。でも、ムキになってかかっていくところを見ると、そのコがアナンのこだわりのどこかに引っかかってるのは確かだよね。どんな言葉がヒットしたんだろ?」
「スポーツが得意なようには見えない、とか。日陰でパラソルさして見てるだけがお似合いよ、とか」
「でもアナンはもともと理系なわけでしょ、仕事から言っても。別にスポーツが苦手でもかまわないじゃない」
「だって、海に入って泳ぐことすらムリでしょう、って顔で見られたんだもの」
「そりゃあまあ、仮に泳げなくたって、浮き輪とかボディボードとかがあれば、海に入るぐらいはできるわよねえ」

「私、やる。絶対海に入ってやるわ、明日」
「それで、そのコに対抗してサーフィンにも挑戦しちゃうわけ?」

「できないでしょ、って顔されたら、やっちゃいそう。たとえできなくても」
 マイは3本目のビールを空けながら、カラカラと笑った。
「あんた見てると面白いわー。すんごく落ち着いてる大人かと思えば、しょうもないところでムキになるし」

 自分でも、今までの自分らしくない行動に走っていることはわかる。
 だけど。あらゆるショックがブツブツと肌から噴出した瞬間に、心のガソリンタンクはオーバーフローしたのだ。
今までの燃費のいいお利口さんではいられない。
 もう、くそまじめだとか、冒険心がないと言われることにはうんざりなのだ。地球の反対側、季節も反対なこの場所でぐらい、新しいことをしてみてもいいではないか。いつもとは違うことをする、それが解毒になるはずだ。

 今まで、やりたくてもやらずにいたことに挑戦してみる。やれば気が済む、ってことを体験したい。上手下手は関係ない。今までの「やらなかった自分」とは違うことをしてみたいのだ。

「なんだか、マイとは気兼ねなく話ができる。不思議ね。年の頃はあのコと同じ位なのに、こんなにも違うなんて」

「だーかーらー。年齢でくくるのも無理があるんだってば。アナンはまだまだこれからね。波長があう人ってのはね、年とか性別とか、国籍だって関係ないのよ。もっと数をこなさないと、わかるようにはならないかな?」

 これまで、人と深い関わりを避けてきた私は、 数をこなす という言葉に新鮮な驚きを覚えた。
 すべての人と仲良くなれるわけじゃない。
 だけど、すべての人が他人である必要もない。
 自分に合う人を、自らのレーダーを使って関知していけばいいってことか。

「さて。アナン、明日に備えて早く寝た方がいいんじゃない?」
 確かにその通り。私はマイに別れを告げて、海の見える部屋へと車を走らせた。





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最終更新日  2005.04.04 11:58:17


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