はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2014.01.26
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カテゴリ: カブラ
  • かぶら.JPG






一昨年の秋のカブラ
まずは 聖護院カブラから

09月09日 カブラは聖護院を植えておいた  g-10の畑
09月16日 畑をみると 発芽したのは少ない 
10月14日 2本くらいだけ 残っている

すぐに第二弾の種まきをしておく
09月16日 庭でpotに種まきをした
09月22日 発芽していたので g-10の畑に
10月14日 こちらは10本くらい残っている


種はあるので どんどん種まきしよう
09月23日 第三弾の種まきをした
09月30日 発芽した 畑に移動 m-06に植え付けた
10月14日 さあて 大きくなるかな

第四弾
09月30日 庭で種まきをしておく
10月14日 畑に移動 m-20に植え付けしておく

今年は聖護院の蕪のみ
あとは 大きくなるのを待つのみ

すこし 根っこが目立ちだした

g-10の畑の分

11月18日 つづけて5個の収穫をした  まあまあ
11月25日 3回目は3個  サイズは バラバラ
12月02日 4回目は3個  大きいのは これくらいかな
12月09日 5回目は4個  やや小さくなってきている
12月23日 6回目は4個  まあまあ

01月13日 9回目は9個  これで おしまいに
02月02日 12回目は10個 残っていたのも収穫した
やはり g-10の聖護院は デカい  見てもいい感じ  合計44個でおしまいになった



昨年 残りの分は あとm06-m20の分のみ

m-06の畑の分
01月06日 8回目の収穫は5個
01月20日 10回目の収穫は8個
01月26日 11回目の収穫は10個
02月09日 13回目の収穫は10個だけど 小さいな   合計で m-06は33個でおしまい


m-20の畑の分
12月16日 4個とってみる が ここのは 小さいな
02月17日 14回目の収穫は10個 まあまあ
02月23日 15回目の収穫は10個 まあまあ
03月02日 16回目の収穫は10個  これにて おしまいに 合計で30個

カブラに 花蕾がつきだしたので 来週くらいには 花が咲きそう

これにて カブラも 収穫は 終了となった

合計で44+33+30=107個  11-12-01-02-03と 長く 収穫できた
カブラさん  ありがとう ございました


ただいま 梅雨の季節
で 畑がすこし 空いている場所があるのと
種も余っていたので 種まきをしておいた
06月09日 種まきをしておく
06月15日 発芽している
06月16日 畑に移動 m08の畝に植え付けをした

梅雨時の蕪
さて うまく育つのか 判らないけど
try/try/tryというこどて 種まきして畑に植え付けている

様子見だなあ
07月27日 気が付くと カブラ できていた  もう 収穫はokだなあ
07月28日 かぶら 収穫しておいた

かぶら 全部を収穫しておいた  小さいが かぶらはかぶら 漬物にしていただこう



昨年の蕪

hcで カブラの種をかってきた
さあ 今年も カブラ じゃんじゃん作ろう

日曜に種まきを開始だーーーー
09月08日 庭で種まきをしておいた 16potsx2=32pots
09月15日 発芽している ok
09月16日 畑に移動 g-22の畝に植え付けておいた

第二弾
09月15日 庭で 種まきをやっておいた 発芽したら また 畑に移動する
09月19日 発芽した 順調なり
09月23日 m-07の畑に移動した

10月05日 g-22の蕪 1か月がすぎて まあまあ 順調に育っている

かぶらさん  いい 感じになってきている
11月04日 やっと 2個 収穫をした   まあまあ 大きくなりだしてきている

昨年は11月10日が 初の収穫
今年は 11月04日で 初の収穫
これから カブラさん 大きくなってきつつある 来週からも 収穫できそう

11月10日 2回めの収穫は3個
11月17日 3回目の収穫をした 5個
11月30日 4回目の収穫をした 6個
12月08日 5回目の収穫をした 5個
12月15日 6回目の収穫をした 6個
12月22日 7回目の収穫をした 6個
12月29日 8回目の収穫をした 6個


今年
01月05日 9回目の収穫をした 8個
01月12日 10回目の収穫をした 6個
01月19日 11回目の収穫をした 7個





東日本大震災 3月11日発生
1月26日 既に2年と10か月と15日後となった   阪神大震災は、1月17日で発生から20年
どちらも想定外ということで 既成概念の見直しが必要 武田さんのコメントを参考にしている


武田さんのブログ


普通の歴史「横糸編」 日本が戦った相手と場所を正確に知る

「2014012212401240.mp3」をダウンロード
このブログで私は「今まで対立があったもののうち、「意見の対立」ではなく、実は「事実の合意」が不足しているのではないかと思うものについて、「事実を共有」して、できるだけ対立を減らし、日本全体で前進する力を生み出そう」という活動をしている。

その一つが「普通の歴史」で、歴史の事実(きわめて簡単な事実)について共通の知識を得ておきたいと思う。先の戦争では日本で「侵略戦争であった」という人と「当然の戦争だ」という人がいる。最終的な考えは別にして、事実を確認しておきたい。今回は「日本は誰と戦ったのか?」である。日清戦争は少し様子が違うので、後で詳しく整理することにして、まずは日露戦争からのリストを作ってみた。

戦争の名前の次に日本が戦った軍隊(国名)、スラッシュの後にその国と戦った場所、さらに()の中は当時の状態という順序である。

1)日露戦争     ロシア/満州(ロシアの占領地)
2)第一次世界大戦  ドイツ/遼東半島(ドイツの租借地)
3)日中戦争     中国/上海(日本の租借地)
4)大東亜戦争    イギリス/シンガポール、マレーシア、ビルマ(ともにイギリスの植民地)
           フランス/インドシナ(フランスの植民地)
           オランダ/インドネシア(オランダの植民地)
5)太平洋戦争    アメリカ/ハワイ(アメリカの占領地)、フィリピン(アメリカの植民地)

このようにまとめてみると、日本は中国人以外のアジア人(自国民)と戦ったことはなく、敵は常に白人であった。そして戦った土地はもともとはアジア人のものだったが、日本が戦争した時には占領地や植民地だった。そして、日本が敗れた後、その土地で戦ったのは次の通り。

満州    ロシアから中国が奪還
シンガポール、マレーシア、ビルマ: それぞれのアジア人がイギリス軍と戦って独立をする
インドシナ インドシナの人がフランス軍と戦ってベトナム、ラオス、カンボジアとして独立
インドネシア  インドネシア軍がオランダ軍と戦って独立
フィリピン   日本が敗れたことでアメリカが撤退し独立

つまり、白人に歯が立たなかったアジア人の代わりに日本人が戦い、一時的に日本軍が白人に勝ったので、日本が負けた後、自信を持ったアジア人が白人に対して第二次の独立戦争を行って、ほぼ全部、独立した。日本が最終的にアメリカを破っていたらどうなっていたかはまた別の機会に整理をしたい。

つまり、日露戦争からアジアの独立戦争の終わりまで、アジア側と白人側を分けると次のようになる(激しい戦闘を行った軍隊)。

アジア人側:日本軍(朝鮮軍、台湾軍)、ベトナム独立戦線、インドシナ独立戦線、チベット軍
白人側:  アメリカ軍、イギリス軍、フランス軍、ロシア軍、オランダ軍、中国軍

これが歴史的事実で、この結果をじっと見て、まずは日本人が先の戦争をどのように考えるのか、そこで第一回の議論をしたほうが良いと思う。また上の事実は違っているという方がおられたら、ぜひ、事実の訂正をお願いしたい。戦後の教育は日本が敗戦した時に戦争が終わっているような整理をしているが、実際にはアジア人と白人の戦いは続いていた。

その中で中国だけは、日本との戦争の後、戦後はチベット、ウィグル、満州、後に韓国(朝鮮戦争)と戦った。アジア人の中では珍しく、唯一、白人と戦わず、アジア人と戦ったのは中国人だけだった。

私たちはケンカをするために日本で暮らしているのではなく、仲良く生活したいのだから、事実の共有ぐらいはして、そのから話を始めたほうが良いと思う。

なお、日本が江戸末期に開国してから、明治維新を迎え、日清戦争に勝ってやっと植民地になることを逃れた。日清戦争では当時の中国を支配していた清国と戦って勝ったら、朝鮮と台湾をくれた。

日本は朝鮮とも台湾とも戦っていない。当時、中国の属国だった朝鮮を清国が日本にくれ、台湾は「化外地」(中国ではない土地)であったので日本にくれた。千島と樺太はロシアとの「交換条約」で日本の領土となった。

この事実の確認が終わったら、「侵略戦争」という定義と、「侵略戦争をしたら批判される国と批判されない国の区別」をしておきたいと思う。

(平成26年1月21日)武田邦彦

ふむふむ

はた坊





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最終更新日  2014.01.26 02:07:09
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