平成26年4月16日(水)
午前5時起床。今朝も冷えました。もうストーブは焚きません。パジャマの上にダウンを羽織りました。勝手口から出て、外の空気を吸いました。快晴、無風。これだけで心が新鮮に、気分が新たになります。コーヒーの味も一段増しまた。
終日、デスクワーク。某局の取材がありました。東京からでした。具体的なことは書くこと能わずです。弊社と規模の違う同業他社数社3社を訪ねるそうでした。別のセクションが応じました。よかった。インタビューなんて恥ずかしい。
昼下がり、Fさんが訪ねてきました。30年前、営業だった頃、水産会社の番頭をしていた方です。昭和2年生まれ。矍鑠(かくしゃく)としていました。昔話に花が咲きました。当時、漁村青壮年婦人活動実績発表大会というのがありました。小型底曳網を営む青年SのHさんが出場しました。在大入島の人でした。当時、私は営業でした。底曳網グループが取り組むクルマエビの放流に関係しました。そこでHさんと知り合い、懇意となったのでした。行きがかり上、発表の原稿に口を挟みました。県大会で最優秀となりました。東京である全国大会へ出ることになりました。会場は砂防会館(田中角栄の事務所があったことで有名)でした。番頭のFさんと私、それに底曳仲間のKさんが付き添っていくことになりました。結果は水産庁長官賞でした。砂防会館のホールにワグナーが流れていたのを覚えています。受賞祝いにFさんが馳走をしてくれました。新宿・歌舞伎町に繰り出しました。満腹の後、4人、いかがわしい店に入りました。1杯飲んで直ぐに席を立ちました。が、Fさんだけなかなか出てきません。しばらくして、ぶん殴られた顔で転がり出てきました。曰く「戸の前に大女が立ちふさがり、銭を出さないと通さないと言うんだ、押しのけようとしたら叩かれた」なんともはやの仕儀でした。この日が主役のHさんは骨のガンを患いました。数年前、他界しました。私と同い年なのに。結婚式に呼ばれ、スピーチをした仲でした。早くに離婚しました。船を降りて造船所で働いていました。寂しい人生だったのかな。葬儀の時、父親に手を握られ「○○さん(私のこと)、なんもかんもねーわい」泣かれました。
Fさんと会って、あれこれを思い出しました。脈絡のないことを書きました。
夕方、運動公園へ。ラン8km。最後の2kmはキロ4分40秒。少しずつ元に戻っているの感。でも腹が重いな。夕食は鱸のフライでした。肉厚の白身フライ、身に質量感があってよろしい。赤を抜栓しました。
今日の一句米寿にて足取り軽し番頭はん
今日の写真はネタ切れにつき、過日のものを。1週間ほど前に撮った渡りの群れです。向こうの山は対岸大入島。これもこの時期の風物です。
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