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昨日の朝(4月15日)、庭に3輪咲いていたのを、朝、撮影。
2008年04月16日
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今後、「今日の一枚」という題で最近撮った写真を貼り付けよう。娘、息子が見て、田舎を思い出してくれたらいいな。ということで今日は一昨昨日、親方から頂いた釣りアジの刺身。絶品。赤く透明感のある肉質は豊後水道のたまもの。これがあると、子どもたち二人はご飯を何杯もおかわりしたな。
2008年04月15日
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バッハを聴く猫。名はトラ。バロックをかけるとなぜかソファーの背もたれにこの格好(平成20年4月12日撮影)。可愛くて仕方がない。
2008年04月14日
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外が白み始めたとき、こんな時にチャイコフスキーのピアノ曲「6つの小品」を聴くと、染みこんでくる。ヴィクトリア・ポストニコヴァ。次はシューマンの「子どものためのアルバム」。伊東恵とポストニコヴァ。
2008年04月14日
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午前5時半起床。外気温4℃。晴れ。気温は20℃近くになったと思う。昨夜は泥のように眠ったことを自覚できるような爽快感。早朝ランニングは休み。プールも休んだ。終日デスクワーク。営業の精算をしたが、お客様がみえると経費がかさむ。請求・領収書は航空券をはじめ宿泊費、食事代、船代、その他諸々。領収書をもらい損ねると大変だから注意しなければいけない。部下は今日もお客様に張り付き。市街のホテルに宿泊。なかなかガッツのある男で、適宜アドバイスをしてくれ、とても助かる。彼には申し訳ないが、私は真っ直ぐ帰宅。一風呂浴びて缶ビール。美味い。息子が風呂や薪の準備をしてくれていて嬉しい。そのせいもあってほろ酔いの気分は最高。しかしその彼も二十日には帰京する。空港に送ることができるといいが。仕事とバッティングしたら困るな。空港までの道中、2時間の会話が大切なのだが。再度ベートーベンの4番、カルロス・クライバーとバイエルン国立歌劇場管の組み合わせ、1988の録音。スピード感あり。4番としては本当に最高の演奏。これは友人Kから借りたCDだけれど、私も注文しよう。お客様から聞いた話。それぞれ別の事務所に所属する者が同じプロジェクトに関わる場合、最も大切なことは和を乱さないこと。人間関係が壊れるといい仕事はできないし、次の仕事を立ち上げるときに声がかからないという。それぞれ仕事のスキルは当然として、ゼントルマンであることが要求される。締め切りを守らなかったり、時間にルーズであったり、手抜きをしたり、というようないわゆる杜撰は論外。もし、信用を失うようなトラブルを起こすともういけない。そんなときはすぐに業界内を噂が駆けめぐり、その人や事務所は仕事が無くなり干されるという。なるほどなぁ。翻って弊社の場合、時としてそれが許される場合や、まかり通る場合がある。甘い会社だな。これではいけないな。写真は早く収納しなければいけない雛人形。娘のために岳父が買ってくれたものは別にあるが、二十歳を過ぎるとこのようなものの方がいい。これは妻が実家から持ってきたもの。祖母の代からあるという。
2008年03月11日
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妻の背丈に届こうかという代物。高知の銘酒。冷や、燗の両方を舐めてみた。私は冷やに軍配。これと鰹だしをトロロに混ぜた。あー美味しい。三等分し、一つを明日、妻の実家へ届けよう。もう一つはすり鉢の礼だな。
2008年01月28日
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終日雨、寒し。午前6時半起床。ブランデンブルグ協奏曲とコーヒー、シュークリーム2つが朝食。妻は遅くまで蒲団の中。私は10時に開館するプールへ。道中、展覧会の絵。今日は雨で走ることができない。頑張って2,700m泳いだ。胸と腕の筋肉がパンパン。昨日はここで高校の時分体育教師だったA先生に、今日はS先生に会う。真っ直ぐ帰宅して、都道府県対抗男子駅伝を見る。大分県は久しぶりの入賞。北九州選抜女子駅伝も途中まで観戦。夕方買い物。パン、マヨネーズ、ウォッシュチーズ、ビーフシチューの素などを求む。缶ビールも。サッポロクラシック。あつらえていたスーツができたので、洋服売り場にも寄った。相撲を見ながらプルトップを引く。夕食は昨日の鹿肉のシチュー(写真は終日ストーブの上で煮込まれるシチュー鍋)。ワインを開けて楽しい食事。その後はハイフェッツでBWV1003とベーヤンのコンチェルト。このヴァイオリニスト、枯れた感じがしていい。この人のバッハは大好き。雨の中、運動公園の周回コースでレースをやっていた。私の出る幕ではない高いレベルの戦い。文理大学附属高校の生徒は風を切るよう。あんなに速くはしれるといいな。梅の花が咲き始めた。この雨だし、もしかすると蕗の薹が出るかもしれない。いよいよ春だな。
2008年01月20日
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写真掲示のテストです。幹が太すぎて、チェーンソーのバーが芯に届きません。切り株に残った引っ張りの痕跡(トゲトゲになっている部分)は、夜、山の神様が座った時、おしりに刺さってはいけないので、この後、キチンと切り取ります。これは鹿を撃った銃の薬莢です。
2008年01月19日
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晴れ。午前6時起床。ちょっと二日酔い。午前中は地下足袋を履いて親方の山へ。向かう車中、シャイー、コンセルトヘヴォー管の新世界。気持ちが高ぶる。今日の作業はこれまでの切り残し5本を倒すこと。といっても大木。汗をかいた。今日は風が無く、作業はしやすかった。途中、猟師が通りかかり、大木を倒すのなら見てみたいという。ギャラリーを前にしての作業は快感。彼は朝、暗いうちに山へ入り、最前、鹿を撃ったという。足を1本と心臓、肝臓、マクミをもらった(写真)。親方も1本もらった。記念にと、この鹿を仕留めた際の薬莢もくれた。山に入ると時々こんなことがある。木の始末が終わったら走って泳ぐ予定だったが、肉のことが気になり、一度帰ることにした。妻は町に出て、彼女の母とレストランでランチ。私は日の出製粉の赤龍という棒ラーメンを作り啜った。その後、地下足袋をジョギングシューズへ履き替え、ランニング8km+スイム1,000m。体調不良のせいか、ランは6キロを過ぎた辺りからフラフラ。夜更かしと酒が原因。スイムは調子がよかった。スチームサウナで流す汗が心地よい。プールのチーフTさんに、室内で育てているブーゲンビリア剪定のレクチャーを受けた。室内には20ほど鉢があり、高さ1.5mほどの木が全てに植わっている。今秋、ここで開催される障害者の全国大会に合わせ、花を咲かせることができたらいいなと言っていた。帰宅したら鹿の内臓の煮込みができていた。昨日「つね三」で頂いたものと二皿並べ、ビールを一杯。二日酔い明けの頭にしみわたる。ゲップが脳を締めつける。快感。ああ、今日は好い一日だった。
2008年01月19日
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午前5時起床。終日晴れ。北風強し。日本海側は大雪。阿蘇や久住も勧説しているとの報道。本格的冬将軍到来だ。まだ胸の奥に痰の絡みがあり、数十分おきに咳き込む。熱は無し。朝食後に薬を飲み、午前中はスターデジオを聴きながら新聞まとめ読み。昼食はゴマだしうどん。午後も音楽。今日聴いた曲はベーヤンの6番(小澤、サイトウキネン)、9番(ジュリーニ、ベルリンフィル)、バルトークの弦チェレ、モルダウ、ターボル、ドボ7、スラブ舞曲を2曲(いずれもアーノンクール、ウィーンフィル他)、チャイコのピアノコンチェルト1番(アルゲリッチ、コルト、ワルシャワ国立フィル、これは出色の演奏)、ショパンピアコン1番(アルゲリッチとデュトワのコンビ、モントリオール響)、締めはヴァント、北ドイツ放送響でブル9。システムは全て昨日修理が叶い送り返されてきたマランツ1250とJBLの組み合わせ。ミスマッチは承知の助でガンガン鳴らした。パンチのある音でチャイコのピアコンはグッと来た。しかし、モルダウになるとしっとり感が欠けてしまう。友人T氏にアオリイカを頂く。年末の忙しい折にわざわざ持ってきてくれた。昨日釣ったものらしい。彼のブログに出ている写真がそうなのだろう。妻が刺身にしたがこれが絶品。ついでだが彼は鮮度極上の刺身のことをキンキンバチバチと表現する。なるほど。おつりに金賞ワイン(フランス各種コンクールで金賞受賞したもの、たとえば日本の農林水産品で毎年農林水産大臣賞が多数でるというのと同じレベル、そんなに高いものではない)をあげた。昨日も山向こうの漁村から友だちが来て火鉢の灰を持って帰ったが、土産にヒオウギガイをくれたおつりにやはり金賞ワイン。カベルネ中心のしっかりしたもの。年越しに飲んで欲しいな。今日は一度も外出しなかった。昨日、父の家に仮置きしておいた昭和文学全集と筑摩の文学全集を娘の部屋に運び入れていたが、働いたのはこれを本棚に並べる作業のみ。妻は台所に立ちっぱなし。押送時もせず、私だけ好きなことをした。ちょっと申し訳ないな。トラが戻した。恐らくアオリイカ欲しがった際、妻が内臓近くの片を少し与えたためだろう。猫がイカを食べると腰が立たなくなるという話を、ネットで調べて初めて知った。夜になっても何となく元気がない。ストーブの前にごろりと横になっている。写真は昨日餅つきの時、臼の脇に芽吹いていた蕗の薹。春近しかな。
2007年12月30日
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午前4時半起床。終日晴れ。終日慌ただしい時間を過ごす。昼休み、知人が局長を務める郵便局へ行き子供達へ送金。賀状を買った。一杯で記帳できない娘の通帳を窓口に出したら、代わりに緑色をした郵貯銀行のそれをくれた。夕方ランニング5km+プール750m。ふくらはぎは小康。芝生のグランドを走るとき、頼りは隣接する歩道の街灯の明るさよりも中空にかかる半月の光。冷えた空気に最初は身震いしながらのジョギング。しかし体が温まるとストレッチをしてギアを入れ替える。ここは高台になっていて、隣の陸上競技場を見下ろすことができる。高校生が中距離のインターバルトレーニングをしていた。指導するコーチの声が聞こえてくるが、内容は愛の鞭。音は反対側の野球場からも。「いきまーす。・・・カキーン」そう、リトルリーグチームが室内のブルペンを使い照明をつけてのバッティング練習。30分弱走った。水泳は一緒コースを泳ぐ青年に競争を挑み、あえなく沈没。午後、帰国したS氏が訪ねてくれた。彼は定年まで1年を残して退職し、JICAから中米カリブ海の某国へ2年間派遣されていた。元気そうで何より。奥様を同伴され、毎日和食を用意してもらい食べ物には困らなかったこと、ただ紀州の梅干しは20個入ったパックが4,000円するなど日本のものはとても高かったこと、美味しいビールのあったこと、現地の人にはとても感謝されたこと、シェスタはないが昼休みを2時間きっちり取ることができること、帰国する際はパナマ、メキシコを回ったこと、その際奥様が太陽の塔に登り高山病にかかったこと・・・。ゆっくり土産話を聞きたいな。パソコン1台とスーツケース1つあれば世界のどこでも暮らしていけると話す彼の言葉には説得力がある。写真は土産にいただいたコーヒー豆と、郵便局で求めた賀状。某企業援助の件で取引先とやりとり。損失補填の全体を把握するため資料提供を求めたが、幹事会社の社員が情報公開を拒む。困ったものだ。関連会社の傾いたときは、関連する支援企業全社が力を合わせて支えなければいけないし、そうしようとするときは全ての経営情報を公開するということが第一歩。そのことを彼は分かっていない。今日のやりとりは些細といえばいえなくもないが、一事が万事、このようなスキルの職員が主幹企業のしかるべき立場にいることは、業界浮揚のきっかけが先送りされるだけ。しかし、個人的にその人を懲らしめるわけにはいかないから、彼のような職員を抱え、何かにつけ対面を重んじる体質の幹事会社へ、これまで取り組んでいたプロジェクトの中でしかるべき提言・提案を行おう。愚痴を書いた。50になろうかというのに、腹が立つといつもこうだ。本当は弊社も組織としては同様の問題を抱えていて、批判ばかりするだけではいけないのだけれど。我ながら情けない。しかし今日は書いて発散させないと、どうにも収まらない。ということで禁を破り、夜は酒。
2007年11月21日
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当地はコシヒカリ早期米の産地。4月上旬に田植えをし、7月下旬から刈り取りが始まる。丁度穂が入り始めた頃だったのだが、台風の風に吹かれ、真っ白になってしまった。果たして実が入るのかな。母の実家も米作り農家。そこの田は水没。影響なしとはいえないだろう。心配。写真は白穂。
2007年07月15日
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午前5時半起床。終日晴れ。7時まで持参した文庫本を読み、朝風呂へ。最上階に湯船があり、朝の別府市街を眺めながら至福の時。午前8時チェックアウト。ファミレスで朝食。オールナイトと思しき男子学生、煙草片手に生ビールを飲む40歳くらいの太った女性、汚れ服を着た顔色の悪い年配の女性。温泉地のファミレスはまだ昨夜の疲れが残っている。湯布院へ。彩岳館の湯。緑、由布岳。一風呂浴びた後、100円で足裏マッサージを。その後、金鱗湖界隈の散歩。天井桟敷へ寄り、水出しコーヒーを味わう。絶品。窓内外のコントラストと流れてくるグレゴリオ聖歌のマッチング。皆と一緒でなければ有正などを持ち込んで長い時間を過ごしたい場所。泉蕎麦で昼食。この店もいい雰囲気。隣のテーブルに座った女性グループの一人はとても知的な雰囲気。見とれてしまった。ここでざるを食べ、小旅行は終わり。湯布院インターから佐伯向け。運動会の打ち上げがあるという妻を二八萬石へ送り、図書館、TSUTAYAを回る。「ホテル・ルワンダ」はもう一回借りないと。その後プールへ。1,500m。帰りにトキハで大吟醸「播州銀盤50」とマテガイの煮物、鳥刺し、弁当(いずれも半額)を求む。これで一杯。佐伯泰英を読みながら。途中からチャイコのピアノコンチェルト1番へシフト。写真は天井桟敷、座ったテーブルから窓外を見るの構図。
2007年05月26日
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午前5時半起床。終日晴れ。外気温6℃。暖かい。午前8時前出発。古江向け。鯵釣り、K船長と唐船の鼻沖へ。途中、釣り具24でオキアミ2角、どんぶり、サビキを買う。服装は厳重装備。釣果あり。写真参照。帰宅は午後2時。妻は大分へ結婚式。馬はまずまず。プール、ランニング休み。午後6時、ヨーロッパ旅行の同窓会。市外は3名のみ。はし本で1次会。午後7時20分まで飲んだ後、高校同窓会反省会。グリコ。スナップをDVDで上映。2次会は冷酒。旧姓Y、独身のYが日本酒を飲みたいと言い、初めての店へ入る。久保田と八海山。帰宅は午前〇時を少し回った。
2007年01月20日
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午前6時起床。終日薄曇り。7時前に家を出る。魚釣り。Fが同行。古江の港を7時半に出港。籠瀬で糸を垂れる。大鰺入れ食い。当たりが止まると、K船長がすぐに碇を打ち変えて魚群の群れを探してくれる。深さ30m。外道はエソ、イシダイ、カサゴ、ヤズ。午後は二栄沖に移動して、3人でクーラー2杯を満杯に。大漁。東京の義弟義甥に釣らしたら、さぞ喜ぶだろうになどと思いながら、過日の東京旅行を思うにつけ、田舎に住むよさを実感。帰宅は午後3時。プールに行く途中、親方に裾わけ。西野の山芋掘り人へもことづけた。妻の実家、叔母の家にも。母がやってきて、ホゴ(カサゴ)を1匹だけ持って帰る。曰く「これを味噌汁にするだけで十分、鰺をさわるのは面倒くさい」とのこと。明日、刺身にして一皿届けよう。水泳は500m止まり。疲れて気分が乗らなかった。夕食は鰺の塩焼き、刺身と餃子。妻の実家が宮崎から取り寄せた物で、これは絶品。1週間ぶりにビールを飲んだ。刺身は吉野川に合わせる。午後7時、バタンキュー。夜中、12時頃、妻と息子が見ていたテレビの大きな音に起こされ、「やかましい」と一喝。酔い覚めで気分悪し。再度床にいる。それにしても今日の沖は凪いでいた。薄日がモヤがかった海にキラキラ反射し、オレンジ色を帯びていた。映画「ヴェニスに死す」の舞台になったアドリア海の色と同じだった。年賀状のこと、気になるもなかなか着手とはならない。写真は釣果。
2006年12月16日
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午前4時起床。終日雨。5万円足らずのパソコンにもかかわらずネット環境良好。スリムで早い。午前中読書。午後は息子とプール、調子悪し。息子は足ひれをつけて泳いでいる。すごいスピード。私もひれを買おう。プールへの道中、運動公園の芝グランドでラグビーの試合をやっていた。鶴城と大分工業。雨の中、水が浮いてビシャビシャの状態。寒そう。風邪を引かねばいいが。車を降りてしばし観戦。鶴城はトライされて指導者に叱られていた。帰りにスーパーで缶ビールとチキンのから揚げを買い、帰宅してこれで一杯。駅伝、ラグビーを見ながらの時間を過ごす。慶応の善戦が光った。妻が友人と緒方町のパン屋へ。当然土産はパン。先日、兄からもらったコート・デ・ローヌを開ける。生ハム、チーズ、サラダと合わせた。囮捜査の小説。スヴェトラーノフ、N響でチャイコの5番。途中Tmpにミスあり、凡演。後半は聞かせてくれたが。K君はどんな感想を持つだろうか。CDを貸そう。数学者藤原正彦氏のコラム。11月5日付けの読売。「推薦本に『はずれ』なし」村上兵衛『守城の人』光人社NF文庫1,048円宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫700円山川菊栄『武家の女性』岩波文庫700円宮城谷昌光『花の歳月』講談社文庫419円 これが一押しG・ガルシア・マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』木村栄一郎訳新潮社1,600円 狂気に満ちた老年の性、川端康成『眠れる美女』が下敷き。
2006年11月23日
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午前6時起床。晴れ。朝の外気温16度。午前中歯医者へ。診療時間は2時間。差し歯の2本を交換するための治療と上下の歯形取り、それに仮歯付け。私も疲れたけれど、衛生士のお嬢さんも大変だ。優しく接してくれた。有難い。顔を10cm位に接近させ、私の口の中をのぞき込みながら丁寧に作業をしてくれる。肩口に彼女の胸が触れたままだ。目鼻立ちがぱっちりした今風の女性というわけではなく、むしろ地味で古風な感じを思わせる。左手に指輪はない、結婚しているのだろうか、いや待てよ仕事柄、はずすのが当たり前だ云々とったことを考えていたら、彼女のお腹がグルグルッと鳴った。耳元なのでリアルだ。それが数回続き、彼女はとても恥ずかしいだろうなと思った途端、妻のことを思い出した。妻の腹もよく鳴る。高校生の時分、テストの時間、教室を静寂が覆ったときにグーッと鳴ると恥ずかしく、穴があったら入りたい思いをしたというのを聞いたことがある。この衛生士に別の親近感が湧いた。説明はつかないが、どういう訳か彼女の近くに見る顔や触れる胸によりもお腹の音の方に艶めかしさを感じた。おっと、こんなことを書いている場合ではない。本当はここの先生の技術が私にとって大変助かるものであることを書きたかっただけ。ということで治療が昼前までかかり、腋の下の擦れを診てもらいに皮膚科へ行くことは取りやめ。診療受付時間が10時までだから。親方の家にヘッジトリマを取りに行くことも見合わせ、図書館で本の借り換え。急いで帰宅、サバの塩焼きを食べて公民館のグランドへ。運動会の会場作り。作業は2時間。明日は妻がアナウンスを兼ねた放送係なので、使う音楽テープを40本ばかり託かる。明日の競技にどの曲を使うか今晩チェックするということらしい。馬は如意。夕方、息子とプール。1,100m。腋の擦れが痛い。水泳協会の女性職員Sさんに同じ症状の人はいないかと尋ねたら、毎日7キロ泳ぐ人がいるが、その人はワセリンを使っているとのこと。わざわざ容器に入ったそれをもってきてくれた。試しに使ってみるとなるほどこれはいい。機械のグリスといったところだ。薬局に売っているという。早速買おう。プールから帰ったら、母にウラマイの定置からもらったというヒラメとヤズを刺身にしてと言われた。早速取りかかる。今日の当てはこれとうどんの入った豚しゃぶ鍋。燗を2本付けた。午後9時前バタンキュー。ギドン・クレーメルのバッハ。無伴奏ヴァイオリンソナタ。
2006年10月21日
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午前中少し雲が出るも午後は快晴。照りつけるような日差し。午前5時起床。夜遅くまで音楽を聴いて午前様だったが、いつものことでこの時間に目が覚めた。スターデジオ444チャンネルを聴く。朝食後、波越の工房へ薪を取りに。今日は1回のみ。汗だくだく。その後運動公園に親方を訪ね雑談。その足でプール。1,800m。私と同姓の友人夫婦が子どもを連れて泳ぎに来ていた。主人は私以上に腹が出ていて、奥さんも着痩せするタイプだろうかスレンダーと思っていたが水着になるとボラプチュアス。プールの帰り、前々から狙っていたショット。北海道を思わせるような1枚。気に入っているので掲示した。午睡。映画「海の上のピアニスト」を見た。海の叫びが聞こえるという行きずりの旅人の言葉が心の中に残る主人公は船を下りる決心をするが、ニューヨークの摩天楼を目の当たりにして躊躇。これがトラウマとなり、廃船とともに海に沈むというストーリー。エンニオ・モリコーネの音楽、彼はニューシネマパラダイスも作曲した。ジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画はどれもいい。夕飯はアサリのむき身を使ったトマトスパ。今日も厨房にいる。過日兄に貰ったセミヨン+ソーヴィニヨン・ブランの甘口白を合わせた。このまったり感には甘党の妻もさすがに閉口。キンキンに冷やしたがどうもいけない。やはり白はリースリングやシャルドネに限る。昭和初期から戦中にかけての俳壇について。京都府警特高警察による弾圧の話。転向作家をダミーにして前衛的な俳人を軒並み逮捕した事件の裏取り。夜になっても日中の熱さめやらぬこの時期、夕涼みがてら縁側に横たわり、このような小説を読むのは至福。
2006年07月30日
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午前4時起床、ポーランド対エクアドル戦。さすがワールドカップ。このレベルなら、日本は3敗もありか。スピードはポーランドなのだが、ポストに嫌われた。いい試合だった。6時前に朝食。7時、古江から沖に漕ぎ出す。K船長と二人、四浦半島蒲戸沖へアジ釣り。同行する予定だった読売記者は、隣町の貝毒終息によるアサリ解禁の取材があり、泣く泣くそちらへ。べた凪。半島の先端は切り立った崖。200m位はあろうか。ウバメガシがびっしり生えている。切って炭に焼きたいが、国定公園なので伐採は法度。高く低く、カモメ、トビが舞う。ネンブツダイなど外道が釣れると、これを狙いに船の近くへやってくる。遠くからこちらを見ているのだろう。ほうり上げると、空中キャッチ。これはこれでいい遊び。曇りだが、雨の気配はない。四国の山がうっすらと見える。西は、山並みの向こうに祖母山。タンカーや貨物船、大小の船が豊後水道を上り下り。こんな日、ゆらゆらと釣り糸を垂れるのは命の洗濯。潜水艦が一隻、佐伯湾内を行ったり来たり。演習なのだろう。釣果はイマイチ。マアジに加え、口が大きく、身体の両側、中心部に黒い大きな丸い点があるマトウダイ。これは、薄引きすると美味しい。赤っぽく、これも両側中心部に黒の模様のあるヨコスジフエダイ。頭が出始めた若いコブダイ。船長は外道の混じるのを五目釣りと言った。五目飯と一緒か、なるほど。午後2時頃帰宅。ポロシャツを腕まくりしていたら、曇天にもかかわらず、日に焼けた。やはり海の上は紫外線が強い。K船長は、明日大分の結婚式に行くという。関西から親戚が帰っているとかで、アジ刺しを食べさせるのだと言い、活け間から数匹自分のものをすくい、あとは全て私にくれた。帰宅して、すぐさま妻と一緒に魚を料理。トラがアジの頭を丸ごと二つ食べた。アジ刺しを父の家と妻の里へ届けた。コブダイは親方の家へ。この魚、器量は悪いが、刺身は淡白。ポン酢で食べると結構いけるのだが。どんな方法で食べたのかな。プールに行き、帰宅してビールを飲んだらバタンキュー。イングランド戦を見逃した。息子の進学の話を兄とする。写真は60cmを越えるコブダイ。
2006年06月10日
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午前5時起床。終日曇り。日中、半袖で過ごした。肌寒し。「ほたるの甘酒」という飲み物を手に入れた。ノンアルコールの甘酒。ノスタルジックな味がする。ハウス蜜柑のハシリも出た。プールなし。夜、Fと暖簾「つねさん」へ。煮た蕗を3枚に降ろした太刀魚で巻き、薄ダレを付けて焼いたものは絶品。だし巻き玉子は菊水冷酒と合わせ、寿司を少しつまむ。最後の〆は裏メニュー、今日はサヨリの卵を塩漬けにしたもの。これも絶佳。Fの誘いで2次会はスナックAでカラオケ。黒霧島を飲みながら、揚水を歌う。リバーサイドホテルもいい歌だが、歌詞に「戸惑うペリカン」というくだりのある曲に惹かれた。帰宅の足は妻の迎え。Fを隣村まで送る。午後10時半帰着。Fは無口だが、魅力的な人間。爪を隠した昼行灯。息子は陸上部、娘も同じ。長男は無口、父親似だ。娘は快活、明るい性格は母親似。千代大海が全勝。嘉風も四勝二敗。いいぞ。新聞のベタ記事に、琴欧州のコメント。「少年の頃ファンだったストイチコフに会いたかった」。
2006年05月12日
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午前5時起床。午前中晴れ、午後曇りのち雨。夜は低気圧の通過、暴風雨。昨夜、拙宅に泊まったI氏と二人、朝食の後、葦高の山へ杉と檜を見に行く。その後、伯母の竹林へ筍掘り。時季が終わり、長けたものが多い中、遅出のものを10本ばかり掘り、釜を出して裏庭で湯がく。ボイル時間は約1時間。火の管理はI氏。母が小取りをしてくれた。一緒に煮る糠を切らしていたので、米を代用。水煮の始末が済んだ後は、シャワーを浴びて親方の家に向かう。工房に寄り、銘木品定め。I氏の土産も見つかった。(私の趣味には合わないが)親方の旧宅玄関に靴脱ぎの欅台を置いて皆で頷首したり、奥さんが作ったヤセウマを馳走になったり。木工話に花が咲く。昼食は鳥羽一郎の「男の港」で有名な松浦にある水産物直販所の食堂で海鮮丼。親方の馳走になる。その彼はブリカツカレー。開通した吹トンネルを通って佐伯へ戻り、ランブルでモカ。ウィンナコーヒーを知らない親方に飲んでみたらと勧めたら、うまいうまいと言って喜ぶ。ここも彼のおごり。雨の中、駐車場で彼と別れ、I氏と二人、蒲江に向かう。畑の浦峠を越えて西野浦へ。仙崎の果て、海士の採る磯ものを買い付け、出荷している女主人の経営する民宿へ泊まる。岸壁に併設する作業場で土地の奥さん達がウニを割る作業をしていた。夕食は海の幸三昧。刺身(イセエビ、アジ、マダイ、ヒラメ、トコブシ、アカガイ、サザエ、ウニ)、煮付け、イセエビの天麩羅、ハゲのフライ、ムギイワシの酢の物、ツワブキの煮付け、茶碗蒸し。ビールに次いで日本酒。一通り料理が出た後はセルフ。酒も大型の冷蔵庫から取り放題。民宿の主人はI氏と8時半まで旧交を温めた。その後、12時まで二人して飲みながら話し込む。アサリの味噌汁とご飯は食べることができなかった。浦辺の酒宴中、外は春の嵐。突風と驟雨。窓外に目をやると、筏の灯りが侘びしく光っていた。写真は刺身盛り合わせ。
2006年05月06日
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晴れ、日中はそれほどでもなかったが、夕方になって冷たい風が吹き始めた。ストーブを焚く。先週末、今週末と周囲の田は早期米の田植え真っ盛り。サラリーマン農家ばかりのため、日曜日は農道が混み合う。朝のうちにカレーを仕込んだあと、午前中筍掘り。30本位か。グロッキー。午後、草刈り機のメンテ、グリスを塗った後、少し回して、その後プール。26分50秒、新記録。ターンの後の伸びがポイントだった。S先生には、24分台まで縮むと言われた。帰りに本屋へ寄り、季刊誌「考える人」を探すも、置いていない。ネットで買うしかないのか。帰宅して、祝いにシャルドネを開けたが、これはイマイチ。半分飲んでバタンキュー。馬は如意。写真は掘った筍の一部。
2006年04月16日
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午前5時起床、雨模様なるも昼前には上がり、夕方は日が差した。朝間、小雨の中、父と大中尾に筍掘り。しかし1本も出ていない。それでも、そぼ降る竹林の中を歩いていると、心なしか孟宗の葉が緑を増しているように思え、やはり春雨はいいとひとりごちた。軽トラを止めたところには、祖父が一番の友だったというNさんのお墓があった。父は帽子を取り、一礼。N家は戦死者を2人出したという。家墓の隣りに別のちょっと厳めしい文字を書いた別のお墓が2基。弾丸とか強兵という文字が空しく刻まれている。掘り割りを自分の家の方に越え戻り、伯母の筍山に入るも、最前方と一緒。父にぶつぶつ言うと、偽情報を掴まされたと笑う。今頃、親戚は、私たちを欲な親子と笑っているだろうな。それはそれでいい。さて、伯母の山の近くに、昔、庵のあった場所があり、歴代の和尚の墓が濡れぼそっていた。確かに石の形がお坊さんのものだ。ずんぐりとした円柱形、底面から上に向かうに従い、断面が膨らみ、頭頂部は丸みを帯びた円錐状になっている。父が言うには、近くに井戸を掘り始めるも、水が出ず、断念して向かいの山の中腹に庵そのものを移したという。確かに井戸を掘ったであろう大きな深い穴があった。移築の際、なぜお墓はそのままにしたのだろうか。そのまま帰宅、午前10時前に家を出てプール。1,600m。午後はタンノイの前でじっくり。メンデルスゾーンvnコンチェルト、ブラ1とブルックナーの4番はマタチッチで。チャイコの6番はビシュコフ。至福。大風の吹き始めた夕方、向こうの谷へヤマザクラの写真を撮りに行く。掲載写真はその1枚。田んぼは代かきが始まった。田植え近し。町は春祭りのイベント。トリニータはジュビロに1対2。母から筍の煮付けを貰った。初物を食べると長生きをする。朝アジの干物と味噌汁、昼はお好み焼きと白ワイン。
2006年04月02日
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午前6時起床、飼い猫のトラがまとわりつく。息子は模試、その後水泳の練習。妻は風邪、病院に行くも全部閉まっているとのTEL。なんのことはない、今日は祭日。当番医を調べ、伝える。風邪をひかなければ、別府に入院中の知人を見舞い、帰りに画をみる予定だった。全部キャンセル。こんなことなら、昨日Yさんに誘われた船釣りにいけばよかった。残念。ということでカラヤンのブル8を聴きながら作業着を着て山にいる準備。軽トラ1車の薪を持ち帰る。汗をかいた。本日分で、台所前の薪小屋がほぼ満杯。この小屋の薪で約2ヶ月間、暖をとることができる。今年の11月からの分だ。夕方プール。梅の蕾が膨らんだ(写真参照)。モグラも動き出した。梅の木の下にヘルメットを伏せたくらいの大きさをした黒土の山ができている。啓蟄を待たずに春の兆し。
2006年02月11日
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朝日の書評、松井栄一『国語辞典はこうして作る』港の人発行、新宿書房発売2,310円。著者は祖父から3代に亘って『日本国語大辞典』(小学館)の編纂にかかわってきた碩学。以下は引用。「日の当たらない場所で、掘り出されるのを待っている言葉たちの声」に耳を傾け、語彙を増やそうと探し回る採集欲には果てしがない。1つの用例を見つけ出そうと1年かけて30冊の本を読むという集中ぶり。~権威ある辞書の場合、説明文を何か客観的に「公定」された定義のように受け取って疑わないが、本当は職人の手を経て作られた「小作品」である。辞書の作り方について。1.まず語彙を収集する。2.言葉の用例カードを作る。3.原稿を作る。4.記述スタイルを統一する。5.用例の一つ一つを定本で確認する。ぴったりで過不足のない語彙を創出するには、できるだけ豊富な用例を背景にしていることが勝負の分かれ目。著者の信念は、用例は辞書の生命であり、一つの言葉に加えられる意味記述の陰に「活字になる用例の何倍かの、日の目を見ない用例があってこそすぐれた辞書ができる」。石垣の積み石のように、見えているのは奥深く広がる材質のほんの一面に過ぎない。うーむ、文章を書く場合、心しなければ。写真は妻が菜園で収穫した野菜。
2006年01月22日
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晴れ。太陽の光が居間に差すのは久しぶり。今日も地下足袋を履く。午前中に軽トラ1台分をやっつけた。晴れても山の中は寒い。息子は昨日、今日と実力テスト。学校がセンター試験と日を同じくしての取り組み。帰りは水泳の練習。都道府県対抗男子駅伝を留守録にして、午後はプール。ベスト更新、29分17秒。面白いことに、力むより力を抜いたほうが100mにつき1秒ほどタイムがいい。帰りに球場脇の道路をSさんが歩いていた。車を止めて挨拶。晩酌を美味しくするため、1時間強の散歩を科しているという。水泳記録更新の話をし、そのタイムの半分だったらオリンピック選手なのにと笑う。帰宅後はスターデジオの録音から渚ゆう子や本田路津子、上田正樹の曲をCDに。相撲を見ながら昨日の猪子肉とビール。栃東の優勝が決まってから駅伝を見る。長野の上野裕一郎はケガで欠場するも選手層が厚く、隙のないメンバーだった。この県は中学生を対象に年10回合宿を企画、毎回50人が参加をするという。大分は14位か15位だった。夜はカレー、煮込んだだけにチキンが柔らかい。写真はチェーンソー。
2006年01月22日
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午前5時起床。窓外は濡れてはいるが、雨粒は落ちていない。朝食後、今にも泣き出しそうな空模様なるも、今年初めての山に入る。曇天、厳しい寒さ。波越の奥。昨日、ここの地区に住むWさんに、欅の薪を林道サイドへ寄せたから取りにおいでといわれたことを受けてのこと。四国の山師Hさんの重機も別の場所に移り、今は誰もいないからとも。チェーンソー1式を積み、途中、町の干物屋笹屋に寄り、Hさんのために鰺の干物を買う。親方にも太刀魚の味醂を一箱。ローソンで荒神と山神に供えるワンカップも二つ。山に着き、早速お参り。地下足袋のしたからじんじんと冷たさがわいてくる。薪の量は多いと思っていたが、全部で3ヶ月分くらいか。山で玉切り、積んで帰って荷台から下ろすときに割る。生木なので、斧の刃を見せるだけ。作業は楽だが、乾いていないので軽トラに満載というわけにはいかない。重量オーバーになってサスペンションが壊れては元も子もない。午前中になんとか作業を終える。薪割りの時はラジオが友だち。FM大分が映画音楽番組をやっていた。昼食は尾赤牟呂の塩焼き。ヴォリューム有り。午後、プール、タイムトライアルは29分42秒。帰りにスーパーでカレーの材料を買い込み、厨房に立つ。カレーは明日の夕食、日曜日の妻を夕飯準備から解放するため。今日の夕食は猪子肉、これをつまみにし、ワインを開け、一杯やりながら仕込む。「またワインを開けて」という妻の厳しい視線を、カレーを煮込むための抜栓とかわす。相撲、賜杯は栃東と白鵬の争い。栃東リードだが、今日の白鵬の相撲はよかった。時津海の右下手を左上手で殺し、どっしりと前に出て上手投げ。次の大関は彼だ。栃東が負けて決定戦になれば、白鵬に分有り。一方、7連覇を逃した朝青龍のインタビューはいただけない。負け惜しみよろしく「目標を持たねば・・・」とにやけた顔で。横綱の貫禄はどこへ行った。負けて黙すがいいのだけれど。写真はストーブの上でカレーを煮込むの図
2006年01月21日
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寒い。北風強し。快晴。アル・パチーノ主演の映画「ヴェニスの商人」をということで家を出たが、途中でUターン。家で昼寝。午後、山向こうのペンション「パゴパゴ村」のサウナへ出かける。新年会の酒のせいか、寝覚めのせいか、気分優れず、海を見ながら半島先までドライブ。波頭が崩れ、飛沫が道路を濡らしていた。大島との間にある元ノ間海峡は潮の流れが川のよう。先の瀬とその向こうの水の子灯台はあたかも絶海の孤島。双眼鏡で蒲戸崎の彼方を眺めると、沖ゆく船が浮島のように見えた。海峡を眺め下ろす高台にたたずむと、先日みた映画「男たちの大和」を思いだした。豊後水道は瀬戸内の軍港から南洋に向かう喉頸。多くの軍艦が上り下りした。連合艦隊を鶴見崎から閲すると、壮観の一言に尽きよう。そういえば空母赤城が択捉の単冠湾に向かって出向したのはこの佐伯湾だ。戦中、私の祖父が鶴見の漁村有明小の教員をしていた頃、父も夏休みをそこで過ごした。その時、佐伯湾に浮かぶ武蔵を見に行こうということになって、伝馬船で漕ぎ出したところ、近寄ってはいけないとランチに追い散らかされたという話を聴いたことがある。1942~43年頃だと思う。シブヤン海に沈んだのは44年。佐伯湾錨泊のときは、まだ連合艦隊に勢いのあったときのことだろう。吉村昭の「戦艦武蔵」に書いてあることとシンクロする。武蔵といえば学生時代、函館ドッグの筑土さんが非常勤講師としてやって来て、漁船工学の授業を担当して下さったが、講義の合間に昔話をされた。先生は昔、三菱重工長崎造船所へ派遣されていた技術将校だったそうで、武蔵建造に携わったという話だった。閑話休題、塩湯の露天、豊後水道一面を覆う雲が西日を受け赤黒く染まる。今日は連合艦隊ではなく、旋網と底曳漁船が出漁していった。娘が七草がゆを作った。明日は成人式。明後日は大学へ戻る。拙宅の正月もこれで打ち止め。寂しくなる。新潮社「考える人」のバックナンバーを探す。ジュンク堂鹿児島店にあったので注文。明日届くという。便利になったものだ。夜はメルシャンワインのキャンペーンに応募して当たったステーキ4枚を家族で食べる。「パン屋」の六穀パンを切り、シャトー・マルス カベルネ・ベリー穂坂収穫2004を開ける。山梨の本坊酒造。友人Kに貰った物。端正な味。レベルは高い。美味しい料理に合わせるにはしっかりしたミディアムボディーがフィットする。
2006年01月07日
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賀状を23日にやっつけたので、この年末は追い立てられる感じがしない。昨夜、友人Fが大きなアオリイカ(この地方では「モイカ」という)を持ってきてくれた。1時間前に釣ったとのこと。まだ透きとおっていて、目は銀緑に輝いている。全体が色素を点滅させ、とても美しい(写真参照)。釣った場所は米水津。Fには隣村で穫れた米を仕込んだ焼酎「唐変木」を1本お礼に。夕食はこの刺身。粘り、もちもち感があり、美味。プール休み。
2005年12月26日
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年末の紙面に写真コンテストの結果が掲載され、それぞれに素晴らしい。毎日新聞18日付けの毎日写真コンテストにも興味を惹かれる1枚があった。総理大臣賞の「公園の片隅」。冬日の差す階段にホームレスが横たわっている。敷物は新聞紙。脇に置かれた猥雑な漫画週刊誌の女性がカメラに向かって微笑んでいるが、男は黒いバッグを枕に、日差しを避けるように手で頭を多い、横向きになっている。レストランから出された残り物などを入れてあるのだろう、使い込んだ発泡スチロールが隅に見える。なによりも目を引くのは、恐らく妻であったろう遺影と、供えた2つのミカン。男の人生が凝縮された1枚。しかし、評者は更に踏み込んで、階段の上部、上三分の一を占める鉄柵を政府の福祉政策に喩え、「弱者を切り捨てる政策が浸透している現実を突きつけている」一枚とした。
2005年12月22日
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寒し。日中、北風吹くも抜けるような青空。しかし、東側豊後水道上空は豊予海峡を抜けてくる季節風の雲が太平洋へと流れている。久住連山をはじめ九州山地は白化粧だろう。元越山に登り西側、祖母傾を見てみたい。夜、プール。1,000m泳いだあと、手に板をつけ50mのダッシュ5本。上腕と胸の筋肉が張る。帰りに見上げると満月が煌々。14夜くらいか。夕食は鮪丼。トヨタカップ、本日もチャングムから横槍。結果はサンパウロの勝ち。
2005年12月14日
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7時前まで布団の中。朝食はアメタの干物。器量は悪いが味は格別。風のハルカを見田後、友人知人へ歳暮を贈る。代わり映えのしない干物など。その後、親方の家に廻る。造作の終わった家の床の間へ掛け軸を貸すため。何でも明日、婿殿を迎え父親33回忌をするらしい。壁の半分を占める仏壇の前には大和尚が座る大きな座布団。折角なので般若心経を上げたら、親方のお母さんが喜んでくれた。山水とは別に、養子のためにワインをどうぞと、チリ産を1本あげた。その後、山を覗き、椎茸を毟る。帰りに銀杏のまな板を大小5枚貰った。プール1,000m。妻は別府の温泉で忘年会、泊まり。息子と夕食は彼女の作りおきカレー。私はパンとスモークサーモン。飲み残しのワインと日本酒をやっつける。最後はスコッチをハイボールにして。馬はデルタブルース、少々のプラス。写真はプール近くの藪山。紅葉極まれり。
2005年12月03日
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午前5時起床。昨日、和船の舳先に座って、波にひどく叩かれたせいか、身体が硬直している。今日はプール休館。昨日の鰺を妻の実家へ届ける。南蛮にしてもらい、娘に送るため。料理を下請けに出す妻のしたたかさ。夕食はグラタン。ワインを開けたかったが、魚の煮付けもあり、燗酒に。東京・六本木、森美術館で開かれている杉本博司の回顧展の記事が、読売に掲載されていた。紙面にはやはり「海景」シリーズの1枚。小さな写真だけに、「悠久の因果」は感じるべくもないが、彼の軌跡を紹介する記事には、一々頷首させられる。「例えば『海景』の前にたたずむと、空の光、海面の波が限りなく深い階調によってとらえられており、おのずと時間をめぐる思索に誘われる。」。ということで、過日、空の公園に行き、杉本の写真を真似て撮った一枚を掲載。台湾のプロチーム誠泰コブラスの監督が、あの郭泰源という。新聞に大きく写真入りで紹介されている。顔つきは確かに西武にいた頃のものだ。懐かしい。その彼がチームを引き連れ、コナミカップにやってくるという。楽しみだ。対抗の韓国はこれまた宣銅烈。中日の鉄腕投手だった彼は三星を率いての参戦。テレビ中継をやればいいのだが。そういえば、過日のロッテ・西武のプレーオフ、NHKは放送しなかった。パリーグに関してはNHKがずっと中継してきたのに、ここにきてしないのはいただけない。もう1ヶ月前から、鹿が鳴く。柿が美味しい。
2005年10月11日
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午前4時起床、今日はモーツァルト。6時に朝食、アジの干物。釣りに出かける。古江の船長K氏の誘い。友人Fと一緒に乗船。湾内だが、北が吹き、小さな和船は揺れる。ムラバエ沖で釣り始めたが、気分の悪くなった私の顔を見て、島影の魚礁へ。そこで午後2時まで5時間。小鰺が釣れた。マハタの30cm級やキュウセンの大きいのも混じった。帰宅したが、妻は不在。一人で魚の腹を出す。2時間、かかった。グロッキー。10匹ほど刺身にして、燗酒で一杯。バタンキュー。プールには行かず。進路について息子と話す。将来の仕事について、目標があるような、無いような。それでも、腹を割った話が少しは出来たという意味に於いては、今日の所は良しとしよう。寝る前に柿を食べた。二日酔い対策にはこれが一番。写真は釣れた小鰺。
2005年10月10日
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晴れ。宝船。息子は高校の文化祭。3年演じるウォーターボーイズの下支えなのだと言いながら午前7時半に出かけた。午後は練習。友人3人と小旅行へ。運転は一番若い私。車はゴルフ。ギア比が高いため、動き始めに何度もエンストしそうになる。高速道路での走りは安定感有り。別府で一旦下り、鶴の湯へ入る。若いカップル、子連れの奥さん、奈良から来たという中年グループ。今日は繁盛だ。昼食はラーメン屋。皆チャーシューメンと餃子を注文したが、私はトントロ丼。再度高速に乗り目的地筋湯へ。途中、色話に夢中になってインターを間違え、九重で下りるところを一つやり過ごしてしまった。泊まりは朝日屋。典型的な温泉宿。窓から湧蓋山(わいたさん)が見える。なだらかな山だ。早速温泉。風呂は旅館にいくつもあるが、共同浴場の打たせ湯がいい。うたい文句は「日本一の打たせ風呂」。広く、清潔感有り。大きなパイプからざーざーとかなりの水量。これがいくつもあり、木の座にはじける。そこから湯舟に流れ込んで溢れる。本当のかけ流しとはこのことを言うのだろう。落ちる湯の温度はかなり高めで、ゆっくりと打たせを楽しむという余裕はない。とにかく馬力のある風呂だ。終日文庫本と温泉。夕食は品数多く、いい酒だった。深夜、中秋の名月を露天風呂で。Y紙のI記者からTEL、人を紹介して欲しいとのこと。数人にあたるも名前が出るとのことなので断られる。折り返しTEL、今筋湯、人さがしは無理というと、相手はため息。ざまぁみやがれ。写真は日本一の打たせ風呂
2005年09月17日
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