
と政界を引退した宮沢喜一が日経の「私の履歴書」で書いている。私は、宮沢をはじめ政治家は嫌
いだが、ことは好き嫌いではないことは分かっている。訊かなくても解るほどの者でもないので、
一応読むことにはしている。「一片氷心在玉壺」は、彼一流の衒いでありプライドなのだろう。
「市井の人でも・・・」という「・・・でも」は余計だが、世界にあって、尊敬される国家とは、
尊敬できる詰まるところ市井のひとが多いことではないだろうか。正直で、控えめでいい人が文化
の高さを表象するのではないか。私欲に溺れることなく、正直に控えめに生きることができるのは、
寧ろ市井の人であろう。家庭を守り、こどもを育てて驕らない人たちだろう。
宮沢は「学」があるのをみせたくて、今更唐詩選でもあるまい。もう彼は過去の人であり、まだ、
彼を訪ねてる人が何を訊こうというのだろうか。と不思議におもう。
同じページの、「山笑う」という記事の方が面白かった。