
・空振りに終わるかどうか。それは自分次第でもあるのだろう。何があるか分からないが、今見えるものがあるかだろう。これからもそれほどチャンスがあるとも限らない。葬式仏教になり下がった日本の仏教とどこが違うのだろうか。
・へ2・・・一日を真剣であらねばならないのだろう。遊び呆けてばかりはいられない。自由からのエスケープばかり、考えてきたのかも知れない。自由であることは寧ろパワーがなければ得れば居られないのだ。「準拠枠」を越えなければ新しい自分のない。修行の道とはタイではどういうことを言うのだろうか、知りたいと思う。ことばだけではなく・・・。