ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2017.08.31
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面子に拘るひとが多い。形あるものはいつか壊れる。「壊れるから

よろしい。」のであればやはり拘りではないだろう。或いはひとに対しても拘る

人がいる。何故だろうか。自分の個体以外は、全部非個体である免疫の世界

が生命を支配しているだろう。他を愛するポーズが生きるうえで有利な為だろうか。

「あのひとは、面子に拘るひとだ。」と、安心できるとも思えないが。


今日本の世界一がどれだけあるだろうか。金メダルも見せかけでしかない。狭いエリアで

競技しているだけだろう。黒人たちが、本気でやったら世界記録も変わるに違いない。

何をいまさら,国防だろうか。70年間も戦争をしていないのだ。論理で、生きていくしかない。

守るべき面子などありはしない。





で自分のことを理解していないのかも知れない。それが、ひとや物への拘り

になるかも知れない。本末転倒がよく見られるのは個人的理由があるにして

も、いつかは、自然淘汰されるだろう。


生物学では、ひとの退化も進化のエリア内だと言われる。手足もいつかその役割を

終わる時がくるに違いない。美しい肉体も、そう思える感情もいつかは変わるだろう。

拘りは、視野を狭くするに違いない。明日には持って行けない、ひとの特質

ではないか。あらゆる方向に進むようにできている生物は、いつも拘りを

棄ててきたのだ。






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最終更新日  2017.08.31 14:35:08
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