2007.01.20
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サーチ・ミー  ~綾瀬時子のルポタージュ~

毎週日曜更新! 「ブログ」がテーマの連続サイコドラマ

第四話


 翌朝-。
 デスクに座り、PCの電源を入れる。ハードディスクの回転音が響く。サーチエンジンを開く。キーワードを入力する。カチャカチャとメカニカルな音が響く。タイプライターのような音だ。やっぱりこれじゃなきゃいけない。秋葉原を巡って見つけた時子のお気に入りのキーボードだ。

「私を探して」

 昨夜の文字が、時子を支配していた。

「探し出してやる」

 その思いが時子を突き動かす。
 以前、カラーコーディネーターの講演会で聞いたことがある。
『絵は、特に子どもの絵は、その時の心の風景を忠実に映し出す』
『黒や藍の暗いトーンで、暴力的な絵を書いたりした時は注意してあげてください』



 彼女の「Truth」のページをもう一度開いてみる。昨日ほどは驚かなくなったが、サムネイル画像の不気味さは変わらない。
 あれこれと見ているうち、昨日は気付かなかったリンクを見つけた。サムネイルで並んだ画像の一つ、『扉』というタイトルの絵。それが別ページへのリンクだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
10月30日 無題

 私を捨てるのなら
 私を捨てるのなら
 殺してからにして
 殺して
 焼いて
 廃棄して
 もう要らなくなったのなら




10月19日 無題

 死ねばいいのに
 あんたなんて
 これだけで済まさせると思ってるの
 人のことをボロボロにしておいて

 友達も
 健康も
 時間も
 お金も
 何もかも奪って
 こんなひどいことが
 許されると思ってるの
 あなたに一番ふさわしい言葉
 死ねばいいのに



9月21日 無題

 私は待ってます
 いつかここに迎えに来てくれるのを
 ただただ待ってます
 あなたへの愛は
 絶対の愛
 子が親に、親が子に抱くような
 絶対の愛
 これからもずっと変わらない



9月18日 無題

 アタマの中で誰かが言う
 「生きてちゃだめだ」
 タオルが私の命を吸い取っていく
 アタマの中の声に
 応えられた幸せ
 朱い色
 スベテ流セ
 スベテ流セ
 イナクナレ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 失恋――。
 これで彼女の抱える問題がはっきりした。それは、分かった。しかし、時子の身体は動かなくなってしまった。そう。ショックなのだ。自分は今、人間の狂気に触れている。そう狂気なのだ。そこにあるのは、流血した心の形だった。
 「冷静になれ」。時子は自分に言い聞かせた。人間のすべての行動には理由、目的があるはずだ。彼女のこの文章にも目的がある。文章の主の目的はなに? 情報を読み解け。
 ブログ、インターネット、内に秘めた狂気、不気味な絵、狂気の詩、女の子の自画像、そして、「私を探して」というメッセージ・・・。
 やはり、その意味はまだ分からない。時子をここまで突き動かしたのは、「私を探して」という彼女の奇異なメッセージだった。それは一体どういう意味なのだろう。誰に探してほしいのだろう。探してどうしてほしいのだろう。その答えを知りたいと思った。そして、今にも命を絶ってしまいそうな彼女のイメージが、時子を焦らせた。「いっときも早く見つけ出さないと」。時子は、自分が彼女とまったく無関係であることも忘れて再びキーボードをたたきはじめた。

【この小説はフィクションです】



サーチ・ミー
第五話


 実は、時子にはたった一つだが手がかりを見つけていた。昨夜見た日記の写真の中に、撮影場所を特定する材料があったのだ。それは、病室らしき場所で点滴をアップで写したものだった。その背景に小さくではあるが、赤い観覧車が写っていたのだ。そして、その横には白い展望タワーがある。時子はこの組み合わせに見覚えがあった。小さいころの記憶なので定かではないが。サーチエンジンの窓に文字を打ち込もうとして、ふと手を止める。

「もしかして、これが彼女の“目的”なのかな」

 誰かの同情を求めているのではないか。そんな疑問が浮かんだ。とても回りくどいやり方だが、ありえなくはない。ブログを読む不特定多数に自分の惨状を訴えることで、その人たちの同情を買う。それによって満足感を得る・・・。確かに、彼女のように若い女性がこれだけのSOSを発信していれば、反応する人もいるだろう。ちょうど今の時子のように。さっきまで時子の心を満たしていた、純粋に彼女を救いたい、彼女を知りたいという気持ちが少しにごる。
 一つ深呼吸して、時子は文字を打ち込んだ。

「T市 遊園地」

~スーパーキッド遊園地 T市のランドマーク、スーパーキッド遊園地へようこそ・・~

 遊園地のホームページに入り、園内の画像から観覧車と展望タワーの写真を確認する。

「これだ!」

 昨日のページにあった画像とぴったり一致する。

~「GIANT WHEEL」。地上62メートルの空中散歩はいかがですが? てっぺんからは、都心の高層ビルも展望できます。小学生以上・・・500円~

 そんな名前だったのか。子どものころには、もっと夢のあるデザインだったような気がしたのだが、写真で見る観覧車は結構そっけない。とはいえ、何とか手がかりが見つかったのだ。彼女の病院は、きっと、この遊園地のそばにある。
 再びサーチエンジンで遊園地の半径2キロ以内を基準に病院を検索する。カシャカシャとタイプライターのような音が響く。その音が時子にリズムを与える。彼女の入院している病院は、間違いなく精神科か神経科のある病院だ。対象となる病院は意外と少なく、3つ。そのうち、精神科・神経科があるのは、1つだけだった。

「県立田町病院・・」

 彼女はここにいるのだろうか。場所を特定してしまうと、時子さっきまでの疑念を持ちながらも、やっぱり彼女に会ってみたかった。彼女が何をしていようとしているのか、そして、自分が何をしようとしているのか。どちらも分からなかった。それを知るために、会わなければならない。

「はじめから答えが分かっている取材なんて、つまんないもんね」

【この小説はフィクションです】


サーチ・ミー
第六話


 時子は、思い切って“Moon”に取材依頼のメールを送ろうと決めた。
 ルポライターである自分の素性、ブログを読んで詳しく知りたいと思ったこと、病院まではたどりついたこと。そして、病室を訪ねるために、本名を教えてほしいこと、返信は携帯電話のメールに送ってほしいこと。それらを手短に書いて送信ボタンを押す。
 あとは、彼女がどう受け止めるかだ。受け入れるも自由、拒否するも自由。その判断だけは、いつでも相手にゆだねなければならない。

 遅い昼食に作った月見うどん。半分くらい食べて箸を置いてしまった。メールの返信はまだ来ない。このまま来ないかもしれないなぁと思っていると、父親が玄関を開ける音がした。今日は日曜日だ。きっとパチンコにでも行っていたのだろう。

「おう、時子、いたのか」
「・・・」

 いて悪いのかよ、と少しムカついた。

「お前、仕事ちゃんとしてるのか? このところずっと家にいるじゃないか」
「うるさいよ」
「うるさくないよ。父さん来年はもう定年だよ。分かってるんだろ」

 父はたまに感情をストレートにぶつけてくる。時子の不安定な仕事をよく思っていないのだ。だからといって、はいそうですか、と辞められるわけがない。

「お前がちゃんと自立して、食えるようになってくれないと、父さんうかうか・・」
「うるさい!」

 時子はテーブルをたたいていた。うどんの汁が椀の中で大きく揺れた。

「父さん、二度と私の仕事のことを悪く言わないで。今でもちゃんと食べてるじゃない」

 時子は自分の部屋の戸を後ろ手に閉めて、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。
やってしまった。この歳になって感情を爆発させたことを恥ずかしく思う。
 父とは基本的にコミュニケーションが上手くいかない。お互いが、気持ちの芯の部分で逃げている、とでもいうのだろうか。分かり合おうとしていないのだ。母が亡くなってから特にそんな風になったように思う。一番近いはずの親子の関係は、こんな風でいいのだろうか。

 しばらくぼんやりしていると、不意に携帯電話が振るえ出した。メールを心待ちにしているとき、この振動には本当にドキッとさせられる。ちょっとぎこちない操作でメールを開く。

- 504 -

 Moonからのメールに書かれていたのは、その3つの数字だけだった。しかし、それが何を意味するか、時子には分かっていた。彼女が、時子を受け入れることにしたことも。

 時子は、しばらく考えた後、携帯のアドレス帳を呼び出し、コールボタンを押した。3回呼び出し音がして相手が出てきた。

「あぁ、時子かっ、あ・・散った、あ・・、何でもない。ちょっとまて・・。何でお前はいつもタイミングが・・」

 しばらく狼狽の声が続いたあと、五郎は「何だよ」と、やっとまともにしゃべった。おそらく何か取り込み中だったのだろう。

「トイレでしょ」
「違うよ、小さい方だよ!」

 正直なのかなんなのか分からない五郎の答えに、時子は受話器を押さえて声を出して笑った。そして、自分が実は久しぶりに笑ったことに気付いた。時子は一つ大きく息を吸いこんでからしてから切り出した。

「五郎くん、売り込みよ。今から出てこれる?」

【この小説はフィクションです】






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Last updated  2007.01.21 02:05:51
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話の展開が・・  
フランク・鰤杜 さん
 こんにちはkirin74さん。フランク・鰤杜です。
 話が一気に動きましたね。でも、今からですね。
 ここまで来るのに時間がかかったんでしょうけど、一気に読んじゃいました。

 文章の話ですが、最初のところで、「デスクに座り、PCの電源を入れる。ハードディスクの回転音が響く。・・」ってあるでしょ。僕にとっては読みやすくって、すらすら次に目が動いていって好きなんです。なんかスピーディーで時子さん使い慣れてるって感じが出てるし。
 でも「文芸春秋」やその手の文芸誌なんかに載っているやつって、なんか表現がたくさんあって、パソコンの説明を詳しくやったり(例えば電源を入れると見慣れたWindowsの画面が出てきた・・とか)、前日までの仕事のことや(デスクトップに残していた文書の説明なんか)、それに朝の状況まである(久しぶりに見る朝日は、昨日までの雨を忘れさせる。その朝日は時子の部屋にまで注ぎ、机のスタンドをつけなくとも・・・なんて)。状況を説明しているのだろうけど、なんか本題に入るまでが長くって。
 でも、あんなふうに書いた方がいいんですかね?
 自分じゃ書けないから、悔しくって言ってるのも半分ありますけどね。へへぇ。
 では。アディオス。
 ※いまからパソコン修理にヨドバシカメラ(福岡に1店舗だけ)に行ってきます。  (2007.01.21 13:48:48)

Re:話の展開が・・(01/20)  
kirin74  さん
フランク・鰤杜さん、こんにちは。
僕の文章、というよりも物語の構成はいつも「頭が重く」なっちゃうんですよ。このサーチ・ミーは、「言いたいこと」が最初にがっちり決まっちゃったものです。そこにたどり着くためだけに登場人物に芝居をさせているような気がします。でもやっぱりその芝居は必要で・・。でもじれったくって早く後半に行きたくって・・。全体がまんべんなく面白く書ける方法を、誰か教えて!
それと、おっしゃっている意味、よく分かります。文章も様々ですね。でも、最近ブログめぐりやっててすごい文章に出会いました。(ご本人様、URL表示させていただきます)
http://plaza.rakuten.co.jp/mkongi/diary/200701170000/
「情景詩」とありましたが、細かい心の描写の積み重ねで、全体の美しい景色を作り出している感じです。出会えてとてもうれしい文章でしたので、ご紹介してしまいます。
サーチ・ミー、読んでくださりありがとうございます。こうしてコメントいただくと、思った以上に張り合いになりますね。私もそろそろ新しいのを書きはじめようかな。ではでは。 (2007.01.21 14:54:29)

Re:オリジナル短編『サーチ・ミー』第4話~第6話(01/20)  
フランク・鰤杜 さん
 こんにちはkirin74さん。フランク・鰤杜です。
 ちょっと別のブログにコメントしたことを書きます。
 人称についてです。
 出版社の方に聞いた内容を編集しました。
 小説において、人称の統一は非常に重要です。出版社に送られて来る原稿のほとんどは、この人称が統一されていので、読みにくいそうです。
 一人称は、「ボク」や「ワタシ」の視点で描かれた作品で、主人公の内面を深く描写できるのは、一人称です。長編よりは短編向きと言われているそうです。村上春樹が登場して以来、一人称が昨今は流行っているそうです。
 三人称は、「カレ」や「カノジョ」の視点で描かれた作品で、「神の目から見た視線」と良く例えられてるそうです。内面を深く描写することには限度がありますが、主人公の視点からは見えない前後関係までを詳細に描写できます。長編向きと言われています。
一人称で書くなら一人称で書いたほうがよいと言うか、それがわかってか書いているかが問題です。
 いつの間にか一人称になってしまっていて、突然、主人公を別の視点から書くということになってしまうことがあります。
 視点が変わって、読み手は読み返すことになると思います。たぶん書き手は先の状況までわかっているので、あまり気にならないのかもしれません。
 なんとなくわかりました?

 僕は一人称が多いんです。だからでしょうか、短編しか書けません。長編を書いたとしても、12,3ページの短編を20集めてるだけで長編ではないですね。短編集ですね。
 その短編の中でも、一人称で書いたものと三人称で書いたものの混在があります。
 それは、それでいいのかはまた出版者に聞いてみます。
 ご存知だったかもしれません。
 実は僕は詳しく知りませんでした。
 今後は気をつけて書こうと思います。
 僕も長編に挑戦ですね!
 アディオス (2007.01.22 12:36:13)

Re[1]:オリジナル短編『サーチ・ミー』第4話~第6話(01/20)  
kirin74  さん
フランク・鰤杜さん、ご忠告ありがとうございます。いやーその通りです。人称の問題では非常に迷っています。このサーチ・ミーは、なるべく客観性を持たそうと思い、二人称で書き始めたのですが、書き進めるうちに、二人称の必要がなくなってきたのです。というよりも一人称でないと書けない感じになってきてしまいました。というのも、いちいち「時子は・・思った」と書くのがウルサイし、そのため、何をかくそう時々一人称が登場しているはずです!(自慢することではない)
そして、何よりも時子の心情しか書いてないじゃん!ってことなんです(泣)
はじめちゃったのでしょうがないのですが、これを機会に、ちゃんと(苦手な)二人称について勉強してみます! (2007.01.22 13:19:02)

ていせい  
kirin74  さん
フランク・鰤杜さん、すみません。二人称ではなく三人称ですね! 失礼しました。 (2007.01.22 13:24:49)

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