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昨日は友人グループ5人のお食事会でした。夕方6時から、飲まない友人が車で巡回してくれました。子供が同じ保育園という長いお付き合いの友人たちで、話が弾んで、とても楽しかったです。以前はこういう時、率先して写真を撮っていたのですが、全然そんなこと忘れてまして、今、日記を書く段になって、そういえば、写真を1枚も撮らなかったわ・・と気がつきました。 お店のHPから写真を拝借 じゃがバターに塩辛をつけて食べるととても美味しい。別腹はこのデザート。 お食事会をしたのは、小樽食堂というチェーン店でした。わいわい言いながら食べる、食べる。(笑)メンバーはみな40代後半なので、親は高齢で弱りつつあり、子供にお金のかかる年代で、受験真っ最中の友人もいます。更年期も足音が聞こえ始め(?)話題はディープだったりしますが、現実から目をそらすわけにはいかないし、お互い励ましあって、明るく頑張っていきたいですよね。 おなかいっぱい食べておしゃべりした後は、場所を変えて、別腹の出番でした。このために、小樽食堂ではデザートを食べませんでした。(笑)長時間おしゃべりするのにいいのはファミレスですね~。デザートのメニューについているカロリーを気にしつつも、たまのことだよね、後悔しちゃいけないよね、と言い合い、カロリーには目をつぶって、美味しく別腹を満たしました。 12時までに帰ろうかという声もあったのですが、途中で、もういいやということになり(笑)、シンデレラにはなりませんでしたが、楽しい時間を過ごしました。 人生は味わうため、楽しむためにありますよね。素敵な友人たちと乾杯できて飽食もできて(爆)幸せでした。 さて、楽あれば苦あり?!今日は叔母の退院日です。オットは泊まりの宴会に出かけ、福祉サービスはお休みなので、今日は私が叔母の面倒を全部みなくては。 でも、まあ、最低限のサービスで我慢していただきましょう。退院の手続きと、叔母を連れ帰ること、買物を少々、今夜と明日の食事の用意、窓を開け放して空気を換えたり、ポットにお湯を沸かしておくとかいう類のこまごました用事。月曜日から週2回のデイサービスと週3回のヘルパーさんの補助が始まるので、土日以外は完全にお任せできます。 土日には福祉のサービスがありません。私が実家の空気の入れ替えなどにも行きますので、それなりの面倒は見られますが、必ずその日に行くとなると私も負担が大きいので、それはする気はありません。 自分で食事の仕度も全部できるから退院すると、言い張ったのは叔母なので、叔母に任せましょう。土日に万一転倒でもしたら?と考えると怖いのですが、ケアマネさんには、申し訳ないけれどお任せすると言ってあります。 そういうリスクを承知で帰りたいのですから、あまり過保護にしないでもいいのかもしれません。独居老人の安全確認については、ケアマネさんも、いろいろ考えてくださっていると思います。 叔母の件、笑顔で乗り切ります~♪
January 31, 2009
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中1の男の子が飛び降り自殺しましたが、自殺前に母親の携帯に10回以上の着信履歴と、嗚咽の録音された留守番電話が残っていたそうです。お母様の気持ちを思うと、母親の1人としてやり切れません。あの時電話に気がついていれば死ななかったと、いつまでも自分を責めたりしないで欲しいと思います。 「週に2度忘れ物をするとげんこつ」だということですが、その先生が困った人だというのは明らかです。でも、それで自殺しちゃうかと考えるとそれも不自然です。 この子にとって、学校生活そのものが、先生の体罰を含めて、クラスでも、部活でも、ひどく居心地の悪い場所だったのでしょう。学校も先生も自分も、大嫌いだったんじゃないかなと感じました。 誰も助けてくれないから死んじゃおうと思った?自分の考え方を変えて、自分を助けられると思えなかった?他にこれが好きだから頑張れるというものが見つからなかった?何とかなったであろう命を思うと、本当に残念です。 忘れ物を繰り返す生徒は困ったものだったと思います。それを殴る事で矯正するのだと考える教師も困ったものです。でも、そのレベルの困った相手というのは、普通の人の生活に、普通に存在すると思うのです。 体罰で根性をたたきなおしてやるというのは教育ではなく、ただ生徒への怒りの感情を処理しただけだと思いますし、体罰を受けて、死のうと思うほどネガティブになるのも、否定されてショックだという感情を処理したのではと感じました。 だってね、その子に言いたいのだけれど、お母さんのこと、大好きだったんでしょう?どれだけ愛情を込めて育ててもらってきたの?夕方お母さんが帰ってくるまで、どうしても待てなかった?飛び降りる代わりにできる「したいこと」ってなかったの?「殴られる情けない自分」を許して認めるってできなかった?自殺のニュースは多く、目にするたびにとても残念です。 私も困ったシュウトメちゃんと同居していますが、シュウトメちゃんから見たら、私の方が困った嫁なのですね。お互いに相手を困った人だと思うけれど、相手は変わりません。怒りも悲しみも憎しみも、かなり経験した25年を経て、「この人はこういう人だ」と受け流すことができるようになり、「これは私の問題ではない」と思うこともできるようになり、とても精神的に楽になりました。 困った人が毎日会う人でも、発想の転換って、できると思うし、それはとても大事だと思います。 相手に忘れ物を、体罰を、お互いにやめさせたかったでしょうが、相手をこちらの願いどおりにはできませんでした。でも「相手が自分を困らせる」ことに対する、自分の反応なら変えられたと思うのです。 怒りが湧き上がり、その感情に支配されて殴るとか、悲しみが湧き上がり、その感情に支配されて飛び降りるとか、その場合、支配するのもされるのも自分なのですから、そちらは変えることができるはずだと思うんですね。相手を支配する事ができないだけで。 思わしくない事が起こってきた時、怒りや悲しみが湧いてくるのは普通の反応だと思います。 それを増幅させてしまわず、少しでも明るい方向性を見つけて、ネガティブな感情の支配から抜け出すことで、自分の力で、自分のバランスを取り戻せるのだと気がつくのに、私には25年のシュウトメちゃんとの同居生活が必要でした。 困った相手に変わってもらうことはできなくても、、それに翻弄されない自分の思考を作り上げるのはできるよ! マイナス思考でいっぱいの自殺前の少年に、そんな言葉は通用しなかったかもしれないけれど、少年のお母様は、電話に出て、話を聞いてあげて、少年が1人ではできなかった、苦しみに翻弄されない思考を、ほんの少しでも手助けして持たせてあげたかったと、死ぬまで悔やむに違いないことが切なくてなりません。 少年が体罰で自殺したのではないにしろ、どこからみても八方ふさがりなどという状況はあまりないでしょう。本当にすごく怖ろしい事が起こったわけじゃないと思います。それがわからないネガティブ思考まっしぐらの状態だったにしろ、じゃあ、あと1年だけ生きてみようかとか、そのレベルでもいい、生き延びればまたその分成長するのだし、生きて欲しかったです。 自殺のニュース、とても多いですね。わかっていた病気で、親を亡くしただけでもとても辛いのに、まだ若い子供を、自殺という形で失ったご両親や、兄を失った小学生のきょうだいの悲しみ、苦しみを思うと、やりきれない思いでいっぱいになりました。 日本はもっと学校も社会も家庭も、自殺防止に本腰を入れて、自殺大国を返上できないものでしょうか。
January 30, 2009
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これが「湯畑」です山代温泉に予約してあった宿をキャンセルし、もう少し山の方に行ったところにある山中温泉の宿を予約しました。観光を調べていたら、山中温泉の「湯畑」というお風呂があって、ちょっとそのお風呂に一目惚れしちゃったのです。(爆)この変更は数日前のこと。「じゃらん」を通しての予約です。 ところがこの新しく予約した旅館に、メールが送れないのです。予約は「じゃらん」で確認できるので、予約されてると思うけど、送迎しますということなので、お迎えの希望時間と、お料理の追加注文を「じゃらん」の備考欄に書いて送ったのですが、お返事もないのですよね。(汗)それで旅館のHPを調べてメールしようとしたら送れない。(涙) メールが送れないだけじゃなくて受け取れない?でも旅館でそんなことあり?電話してみようかと思いますが。予約変更はまずい選択だったでしょうか?そもそも山奥(?)に、電車でのんびり行こうなんて、その計画自体がまずかったかもね~。(笑)今回は珍しくあちこち巡り歩きする気持ちが少なかったので、電車で行こうと私が言い出したのですねどね。まあ、何事も経験です。(開き直り) その周辺のお宿のデーターを、改めていくつか見ましたが、お宿でのんびりしたいと思ったら、私の好みでは、小さな行き届いたお宿がいいですね~。バスでどやどやと団体客が来ないお宿ね。(笑) そういうお宿は、行き届いているのに見合ったお値段ですし、そういうお宿は貧乏っぽい(謙遜ではないの~)私たち夫婦には、お財布の中身も、雰囲気も敷居が高いです。 いつか立派に年を重ねて、その敷居が自然にまたげるように、なれるといいなと思いましたが、どうでしょうね?(笑) オットは「オマエね~、そんなこと考えるの20年早いよ。元気な旅が好きなkoalaに戻って、沖縄に行こう」と平成の大不況を考慮しない発言をしていましたが、そう言えば、私の発言も同様でしたね。(汗)今年はオットのボーナスが年間100万円減るのですよ。私も再就職をそろそろ考えないと、家計がヤバイです。 もう少しのんびりしてからで良いんじゃない?とオットが言ってくれるので、専業主婦のままでいます。春になったら、パートの仕事を再開しようと思います。何しろ、まだ大学生の娘にお金がかかるし、シュウトメちゃんも、義姉にもお金がかかりますからね。 旅行から帰ってから(爆)、節約モード全開にしないと。何だかこれ、子供達の言い訳に似てますね。試験が終わったら部屋の掃除をきちんとするとかね。(苦笑) 2月5日、6日は晴天で、その前にどかんと雪が降って、雪見風呂が出来ると言うのが理想ですが、天気予報を見るとその確率は限りなく低いです。(笑)
January 29, 2009
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画像はHPから拝借した岩盤浴場です。(笑) 「温泉に行かなくちゃ!」と強く感じたので、行ったことのない日帰り温泉に行きました。 そう感じたキッカケは叔母のタオルに見つかった、シュウトメちゃんの記名でした。 シュウトメちゃんは2ヵ所のデイサービスに行くようになりました。新しい所はタオルを3枚持参するそうです。そこでシュウトメちゃんは、家のタオルで気に入った物にどんどん記名したのですね。 最近友人からいただいたタオルに、シュウトメちゃんの書いたフルネームを見つけたときはショックでした。「体調が回復したら、これを持って温泉に行ってね」とお菓子を添えて友人が送ってくれたタオルなのに・・・。お気に入りだったミントンのタオルにも書いてありました。それを言っても仕方ないなと言ってなかったのですが、叔母のタオルにまで書いちゃったのね。 「あのね、これ、叔母さんのタオルなんだよ。持っていけないよ。9月から叔母さんのタオルも洗ってる事、知ってたでしょう?こっちはね(ついでに言いました)私がお友達にもらったタオル。私のこと心配して選んで送ってくれたものだったんだよ。自分のものにしていいタオルかどうか、聞いて欲しかったけど」 シュウトメちゃんはそういうことを考えない人とわかってるので、怒りは湧いてこなかったですが、一応の忠告。答えは予想通り「そんなことわからんもん」とふくれ面でしたが、言いたいことを言ったし、反省など期待してなかったので、やはり怒りは湧かないものの、疲れが来ました。(苦笑)叔母のタオルはたくさんあるはずなので、1枚消えても、気がつかないからかまわないそうです。それはそうだけど、もし大事なタオルだったらどうするのでしょうね? 友人の気持ちを無にしたくないと思いましたので、シュウトメちゃんの字で名前の書いてあるタオルを持って、竜泉寺の湯という新しい日帰り温泉に行くことにしました。このタオルの記名を見つけたのは、今日じゃなかったんですけど、シュウトメちゃんに宣言した時、友人の気持ちをいただいたのに、私、まだ温泉に行って使ってなかった・・と思ったので。 入浴500円、岩盤浴200円という安さが売りなんですが、ちゃんと温泉だし、岩盤浴がとてもよかったです。館内の支払いが全て現金で、浴場2階、岩盤浴3階と分かれているのが面倒ですけど、慣れれば大丈夫。2時間半いましたが、私、ここなら4時間くらい平気だわ~。(笑) シュウトメちゃんはもちろん反省も後悔もしないで、もうすっかりタオルのことなんかどうでもいいことになってますね~。病院のお迎えに行った時、とても機嫌がよかったです。 私はシュウトメちゃんの記名なんかに負けないもん。(笑)ありがとうタオルをくれたSさん。ちゃんと温泉に行ってリラックスしてきましたよ~。これからもあのタオル、大事に使いますね。
January 27, 2009
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今日は叔母の家にエアコンがつく日でした。ずっと勧めていたのですが、暑さも寒さも平気だと言うので、冷暖房なしの家に住んでいました。それはそれでエコでいいのかもしれませんが、真冬に退院するのなら、つけなきゃダメと、私とケアマネさんが叔母を説得してつけることになったのです。帰りたい一心で承諾した叔母でした。 お風呂上りに発作など起こしたら、ヘルパーさんも気の毒だし、ずっと暖房の効いた病院にいたので、あった方が安心。基本は本人の好きなようにさせるということですが、たまに強制もしちゃいます・・・。 2月2日から福祉の方のスケジュールが開始されるので、退院は2月1日か1月31日、とこの間言ったところ、ヒステリーが起きかけましたので、今日決める事にしてありました。最初は私がケアマネさんと電話して決めることにしましたが、やはり叔母が同席しないところで決めて、結果を後で聞いても、叔母は納得せず、ヒステリーを起こすだけと思ったので、エアコン工事の立会いの場に、私も出かけました。 1月31日なんてあと5日後なんだから我慢してと、ケアマネさんと私の2人で大説得開始。叔母の大抗議に打ち勝ち、何とか納得してもらいました。1月31日と2月1日は私が来ることで問題なし。 ところで、水が出ない・・・と言われてびっくり。母の三十五日が終わったので、実家の水道を止めましたが、叔母の家は住所が同じなので、止まっちゃうらしいんです。水道局に電話して問いあわせ、再開してもらうことにしました。 水道代を叔母は払ったことがないというのです。代わりに母が払っていましたが、今後は私はそこまでできないから、叔母の通帳から引き落としてもらうことにしました。 叔母の家の片付けは、やはり難航していました。でも、そのレベルでも、伝い歩きする上での危険はないとチェック済みだそうで、これ以上は片付かないんだな・・と認識。叔母は捨てられない人なのです。ゴミ屋敷に住めるタイプ。 これも大事、あれも大事、全部家の中に置くと主張します。叔母の家は玄関とキッチンが同じ空間にあり、右手に寝室、左手に浴室とトイレがあるシンプルな家。物置部屋にするような部屋がありません。 物で溢れていると、転んだ時に危険なので、当分読みそうもない書籍類などは、母の家に入れて、必要な時はヘルパーさんに頼んで、持ってきてもらうことで何とか叔母は同意してくれました。実家の鍵を叔母は持っていて、出入り自由です。 叔母の家は、ガラクタで溢れているように見えます。本人にすっきりときれいな空間で過ごしたい欲求がなく、捨てたくない欲求が強いので、ゴミは増える一方です。 実家と隣接しているので、両親の生きている間は、両親ともその溢れたガラクタが嫌でなりませんでした。どうして土地を無料で貸して、こんな嫌な状態にするのかと、父がよく苦虫を噛み潰した顔をしていました。母も同感なのですが自分の姉なので、何度も頼んで、父がどんなに嫌がっているかと苦情を言って、それでも変えなかった叔母の生活スタイルですからね、私の問題じゃないと思うほうが平和ですね。 とにかく病院に行き、退院日を報告してきました。 私は叔母ばかりにかまっていられません。シュウトメちゃんが風邪っぽいから行くと言うので、病院に連れて行き、今はお迎えの電話待ち中です。叔母のケアマネさんがいい方で、よく動いてくださいます。 心の底から「よろしくお願いします。」とケアマネさんに言い、「何かあったらいつでも電話して下さい」と付け加えました。今日はいなかったヘルパーさんにも、心の中で、手を合わせ、頭を下げて、お願いします、の心境でした。身内なんですけど、あんまりお役に立てません・・・。 私の若い頃、叔母はいつもきりっとしたスーツを着て、ばりばりのキャリアウーマンという雰囲気の人でした。変わり者だけど芯の強い人だとは思います。好きな一人暮らしが続けられますように。
January 26, 2009
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オットが映画に行こうというので、007を見てきました。ポイントをチケット交換して見たので、久々に昼間の映画。普段は、1000円になるレイトショーを利用しています。イオンの映画館だったので、ついでに(?)ジャケットを買ってもらいました。半額になってました。 今日もシュウトメちゃんとちょっとありまして、オットはむっとしていましたが、私は平気でした。少しお金と時間を使えば済む事でした。その後のだらだらと続く愚痴も苛立たずスルーできました。 いろいろ考えましたが、シュウトメちゃんは、嫁の反対意見など聞く耳のある人ではなかったです。それをシュウトメちゃんに腹を立て、自分のマトモな意見を理解させようなどと考えた私は大マヌケでしたね。 子供が小さい頃は、子育てを邪魔されると感じたので、それは必死で抵抗した部分もありました。例えば、箸の使い方を教えるのに子供が嫌がると、「そんなの出来なくてもいい、○○君も握り箸だ」とか言い、「お母さんの言う事なんか気にしないで、好きな食べ方で食べなさい」などと言われると、言いなりにはなれないです。 でも、子育てのそういう時期が終わった後は、例えば「毎日愚痴ばかり言わず、感謝の種を探したら、見つかるんじゃないですか」なんていう内容になります。 そんな偉そうな事を嫁に言われてカッとしたシュウトメちゃんが、その言葉で自分を振り返って感謝の人になる可能性はあった?その可能性があると考えた時点で、何様のつもり?ですよね。 もし、もう少し私の人間の器が大きければ、シュウトメちゃんの精神的成長や長い目でみた幸せを思って、苦言の形などとらずに、いらだちなしに、適切な対応が出来るのかもしれません。私がそんな出来た器になる日は来そうもないのですよ~。 私などの苦言などなくても、シュウトメちゃんは自分のペースで、成長を続ける魂だということを肝に銘じたいと思います。 お節介というのは、自分が役に立つのではないかという、傲慢さを秘めているものなのかもしれないですね。 シュウトメちゃんの成長はシュウトメちゃんに任せて、私は今日みたいにオットと映画を見たりして、人生を楽しんで正解かな・・なんていうのが本日の結論でした。
January 25, 2009
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昨日の日記の件について、しょっぱなから神様のテスト(笑) 朝、オットが言いました。「koala、ばあさんがちょっとね・・・。香典返しのことで、やったのにお返しもないとはどういうことだって怒ってんだよ。」母のお香典を頂いていたのですが、父の時にカタログで返したら、「こんなのもらってもわからないから、あげる」と長女にあげちゃったのですよ。 それでオットは「家族だし、お返しはいらないか。」と言い、私は、2月14日がシュウトメちゃんの誕生日なので、「これ、香典返しをやめた分豪華にしたわね♪」とプレゼントを渡すのがいいかな~?その前にシュウトメちゃん向きのものを見つけたら、それを買ってもいいけれど・・なんて1人で考えておりました。香典は4万円いただいていました。大奮発です。今思えば、シュウトメちゃんに後で買うからと言うべきでしたね。 しかし、先日三十五日が終わったのに、お返しが来ないので、いらいらしたシュウトメちゃんが、オットに苦情を言ったのです。これは即座に今日買いに行った方がいいなと思いました。 シュウトメちゃんのお話に母屋へ行くと、香典返しの件でなく、「わしの名前の書いたタオルを探しておくれ」とおっしゃる。デイサービスに2ヶ所行っているのですが、そのうちの1ヶ所は、フェイスタオルを3枚持参するのです。 koala家は毎日20枚近くのタオルを洗濯します。(涙)うち5枚はバスタオルで、今回は関係ありません。室内干しの乾いたタオルから4枚探し出して渡し、「ここからは3枚見つかったよ。今度から畳むたびに、名前が書いてあるか見て、書いてあるのを渡すわね。」「3枚じゃなくてまだあるはずだ。」「まだ乾いてないのと、畳んでしまってある中にあると思うけど、今度いるのは3枚でしょう?足りるじゃない?」 「・・・」シュウトメちゃん、無言。翻訳すると「さっさと探せ」 姑様が探せと言うのに反論しようなどとはとんでもない嫁。(笑)探しましたが1枚しか見つからず、多分見落としたのでしょう。何枚書いたか、シュウトメちゃんも記憶にないそうです。探し直す方がシュウトメちゃんの機嫌はいいでしょうが、特徴のある同じタオルを買って来たほうが、今後の事もあるので、助かります。昼食の買物もあるし。買物に行き、クレームの付かないレベルのタオル6枚を購入。 やはり思考の癖ってあるんですよね。私はシュウトメちゃんにとってほしい理想の反応を頭の中で作り上げました。それと現実が違うことに、やはりムッとしました。(笑) 頭の中で作り上げたのは、どんな内容かって?私の言葉に納得し(今度のデイサービスには3枚で足りるし、足りない時は違うタオルに名前を書けばいいから、ありったけのタオルをチェックしてもらい程じゃないか)とシュウトメちゃんが考えてくれる、というもの。そんなの起こりっこないことです。わかってるのですよ。 シュウトメちゃんは私が命令に従わないと気に食わない、そういう人でしたもん、ずっと前から。全部のタオルを探させるのは私に悪いと考えない、それがシュウトメちゃんという人だと受け入れなくてはね。そういう人に理想の行動を当てはめる私って滑稽! その後お昼を作って食べ、叔母の所に行きました。お洗濯物を運ぶだけじゃなくて、退院の話も出るのよね。 2月1日から、福祉サービスが受けられると言うので、「2月1日に退院する?」と聞くと、すごい顔をされました。(笑)「わかった、じゃ、1月31日にしようね」というと、首をぶんぶん振って抗議します。「でも、福祉サービスが来なくて、退院しても困るでしょう?」そう言うと、また首をぶんぶん降ります。早く退院したいのはわかるけど、私は毎日通えない・・。1人で大丈夫だと言いたいだろうけれど、いきなり訪問なしの1人暮らし突入はちょっと・・。 だからせめて福祉サービスの始まる前日退院にして欲しい。でも、そんなのを理解しないのが叔母なのですよね。 でも安請け合いは出来ないので、ケアマネさんに電話して、月曜日に退院日を決めるという事で合意しました。 帰りに、シュウトメちゃんへの香典返しを選びました。私は、親戚には型どおりにカタログを送りましたが、友人には、一人一人自分で選びましたし、仏事ののしもつけないで、明るいプレゼントにしました。シュウトメちゃんの場合は、「こんなのもらっても」と言われないものをと考えると、。実用品かなと思いました。 セーターを4枚、リハビリズボンを3枚、暖かショーツ、ズボン下、8分袖のシャツを各4枚、靴下6足、これは滑り止めつきの、足首を締め付けないタイプ。バーゲン中なので、25000円で山ほど買えました。この地区では4万円の香典返しなら15000円でいいのですが、シュウトメちゃんの感覚ではもらいすぎじゃないでしょう。 帰宅して「すみませんでした、香典返しが遅くなって。」そう言いながら、大きな包みを座椅子の横に置きましたが、「・・・」無言。翻訳すれば「ホントに失礼な嫁だよ、あんたは。」(笑) あれから何時間も経ちますが、まだ包みはそのままです。私は全然頭にこなくて、それはとても楽なことでした。だって、シュウトメちゃんは昔からそういう人だったもの。そして今回は、私の頭は、理想の行動を作り上げませんでした。 「この人はこういう人だもの。」う~ん。こう考えると、すごく精神的に楽だったのね! シュウトメちゃんが名入りのタオルを探せと言うから、それなりに探して、見つけやすいタオルを買ってきました。 叔母が早く退院すると騒ぐので、ケアマネさんと決めると約束してきました。 シュウトメちゃんが香典返しはどうなってると怒っていたので、香典返しらしくはないけれど、実用的なプレゼントを買ってきました。 これで全然問題ないですね。私が怒ってエネルギーを使う必要はなかったです♪その後、夕食時にシュウトメちゃんからお礼を言われました。夕食後に袋を開けて見ていました。シュウトメちゃんも根は悪い人じゃないのですよね。叔母も別に悪い人じゃないです。ただ、ちょっとワガママなんですよね。そういう人なのね。
January 24, 2009
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今朝、シュウトメちゃんのご飯を並べるタイミングが少し遅かったみたいで、ちょうどシュウトメちゃんが、待ちきれず、自分でキッチンのお鍋から煮物をよそい、煮汁をこぼしながら、運んでいる途中でした。 この間、それをやろうとして転んだので、それ以来、うんと早めに並べ、食べる時にレンジを使ってもらっていましたが、今日それをしようとしたとき、ちょうどシュウトメちゃんが起きていて、まだまだ食べないから、もっと後によそって、と言ったので、他の事をしていたら、つい時間が過ぎてました。 「ちょっと来るのが遅かったですね、ごめんなさい」ここまではいいですが、その後で「内線で呼んで下さいね。」余計な一言を付け加えて、嫌な顔させた私。 私って、お節介なんです。今年はこれを何とかしたいです。 つい先日、シュウトメちゃんの弟夫婦さんが来てくれた時、こんなに体が弱ったから法事に行かない、もう弟達にも会えない、というシュウトメちゃんに、行くように勧めたのは、お節介だった、ちゃんと会いに来てくださった、と感じました。 今日の朝ご飯にしたって、こぼされてイヤだとか、転ばれたら困るとか、そんなの理由になりません。シュウトメちゃんは、朝ご飯が並んでいなかったら、自分で取りにいけると思った、それは大事ではないのか? 自分の意思で、自分の事をしようと思ったことは、拭けばいい煮汁や、どこにだってある転ぶ危険と、引き換えにする価値がないと、どうして言えるのか? 親切そうな顔をして、シュウトメちゃんの人権侵害してない? 確かに転んだらシュウトメちゃんは私のせいにするし、それは間違った事だけれど、別に私は耐えられるでしょ? そう思ったきっかけは、叔母の退院騒動でした。2回の脳出血の後遺症があって、高血圧の叔母が伝い歩きまで回復したので、すぐに退院したがっています。1人暮らしなので、病院もケアマネさんも最初無謀だと言い、いろいろすったもんだしましたが、とにかく本人が、1月中に帰る!と到るところで宣言し、張り切っています。 最初は、私が部屋の片付けなどを手伝う回数が少ないと、ケアマネさんやヘルパーさんが手伝ってくれるというのを断って、私にヒステリーを起こしていました。でもそのうち待ちきれず、帰りたい気持ちが優先し、ケアマネさんとヘルパーさんに支援要請、どんどん作業ははかどって、私のしておく作業分も提示され、福祉サポートも2月には整うということで、1月末に帰れるんじゃないか、というところに来ました。 私の思惑としては、高血圧の叔母の脳出血、脳梗塞の発作回避と、自分で食事の仕度をすると言っているので、もう少し、足がしっかりしないと倒れるんじゃないかということで、2月末くらいまで病院で毎日リハビリして、退院となれば、いいんじゃないかな、そこまで引き伸ばすの無理かなと、思っていたので、1月末に退院にはちょっとぎょっとしました。一番寒い時期に?好きなものを好きなだけ食べる叔母が? でも、それだけ帰りたい、自分の生活がしたいという叔母を、引き止めることなど出来そうにありません。1人でいる時に転倒や発作を起こしてしまう可能性とは隣り合わせであることは本人の自己責任です。そもそも帰りたい気持ちがあるから、リハビリに頑張れたのです。血圧が・・というのは私の問題じゃありません。叔母に釘をさすくらいで私の役割は終わりのはず。 もちろん叔母の場合も、また倒れたら誰が面倒見るの?という問題はあるのですけれど、シュウトメちゃんの転倒と同様、どこにでも転がっている危険性があるからと言って、叔母のしたいようにするのを拒否する権利が私にあるの? そんな思いを感じていたとき、civakaさんのブログを読みました。http://plaza.rakuten.co.jp/futsupa/diary/200901210000/男の子を育てるのはむずかしいという内容で、コメントを書きました。そのお返事の中の言葉に目からうろこ~。 koalaさんは自分の頭の中で理想の行動を作り上げてその通りに相手が動かないことにいつも悩んでいるところがある。 本当だ!!これですよね、私の問題点は! なんでそんな風に行動する?考える?発言する?そう思わせる相手に対して、私は自分の頭の中で、いつも理想の行動(考え方、言い方)を作り出してきました。もともと自分の理想とかけ離れた行動をする相手なので、私の望む通りに相手が動く可能性なんかありません。(爆)なのに、いつもそれで悩んでいるのですよ、私って。 シュウトメちゃんが弟さんたちに会うために法事に行くとか、朝の煮物を自分で運んでこぼしたり転んだりするとか、叔母が寒い最中にリハビリ不充分で帰るとか、決定権は明らかに本人にあることに文句言って悩んでます。私の問題ではないので、手放し、任せるべき問題ですよね。 私は子育て中にもこれをやってきたんだなと、胸がちくっと痛みました。子どもは自分の思うとおりに全くいかなくて、特に長男はそうだったので、よく怒鳴ってたわ・・・。 civakaさんはこうも指摘してくれました。自分だって他人の思い通りに動くなんて絶対嫌だし、他人なんて自分の想定どおり動くはずがない。 シュウトメちゃんや叔母が、自分のことばかり言って、私の言う事など全く聞いてくれないのがとても不満でしたが、koalaの思い通りに動くなんて絶対嫌だと意思表示してたのね。 私は相手の思い通りに動くなんて絶対嫌という感情が少ない性格で、出来る範囲ではありますが、相手の思う通りに動いてあげたいと思う方なのです。イエスマンタイプと言えましょう。(笑) 逆のノーマンタイプ(新語~!)の方たちが、出来る範囲を超えてると言ってるのにごり押ししてくると、クールに「ノー」を言うだけでいいのに、civakaさんに指摘されたような行動を取るのですよね。いっつも。(苦笑) 善人面したお節介はやめよう、と思います。本当に余計なお世話なんですから。相手がこっちのせいにしたり、出来ないことを要求したら、その時にノーと言えばいいだけのこと。 長男の時も、自分が考えたレールにのせようとしてて、今はもちろんそんなことなくて、自分も成長したと思ってたけど、相手を変えて同じことしてましたね~!! 今度イライラしたら、立ち止まって考える事にします。これは私の決める問題?誰の問題?って。自分の問題じゃなかったら、レール敷いちゃダメですね。問題を相手に返せば(ってそもそも返す上体になるのがよくない)私が悩むことはないんですよね。愛情を持って見守れれば、それが理想的。 これは私には、かなり難しい境地ですけど、目標としてはいいでしょう? 今年の目標が一つ増えました。でも、目標とシンクロしてますね。(笑)ストレスを笑顔で乗り切ること、が最初の目標ですが、お節介でストレス増やしてるのをやめようってことですからね。
January 23, 2009
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母の三十五日法要が終わって少し落ち着きました。反面、淋しくもなりましたが、乗り越えられると思います。今日は2年半前に亡くなった愛犬のプラスチック製犬小屋を、トンカチでたたいて壊し、硬質プラスチックごみに出しました。愛犬ポンちゃんの毛が出てきて、ちょっと泣けましたが。 シュウトメちゃんがプラスチックの大きな植木鉢に植え、根っこが下まで通った状態で枯れたのが2鉢あったのも、やはりトンカチで壊して、同様に出しました。 古くなったカーペットが土間に放置してあったのも、はさみで切って、3つに分けて燃えるゴミ袋に入れました。 そうしたゴミ作業で午前中が終わったので、お昼を食べてから燃えるゴミ以外のものを処理場に運び、そのまま近くにある日帰り温泉に行きました。 私の頭の中では、岩盤浴→温泉→韓流マッサージこういう図式が出来ていたのですが、岩盤浴に入りながら、今日は韓流じゃなくてタイ式にしてみようか?と思いました。ここは、韓流、タイ式、ソフト整体、エステと4つあるのですが、私は韓流しか受けたことがなかったのです。やったことのないことをしてみたくなりました。 タイ式って、少々ダイナミックなストレッチが入るのですね。最近、ストレッチなどしてないので、体がかたくなってましたが、伸ばしてもらうと、気持ちよかったです。 体がほぐれ、タイ式ってどんなの?という好奇心も満たされ、仕上げに温泉に入って、帰宅しました。温泉に入った後は、ビールを飲んで眠れるといいんですが、そこは主婦なので、食事の仕度をいたしました。(笑) まだ母のことばかり考えてしまいますが、とびきりの笑顔で亡くなってくれたので、今、母は体の苦しみから解放されて、父や両親のいるあの世で安らかにいることが信じられます。私が悲しみから立ち直るのを、笑顔で見守っていていると思えます。 お母さん、私は元気で掃除して、温泉に行って、タイ式マッサージで少々びっくりのストレッチでなごんできましたよ。
January 22, 2009
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昨日の夕方、家に帰ると、玄関にお客様が・・・。シュウトメちゃんの弟夫婦さんでした! 叔母の病院に行った後、実家に行って窓を開け放し、途中で買って来たヒヤシンスを実家の前に植えました。いかにも空き家なのは、夜は仕方ありませんが、昼間は時々私がいるのを見せて、庭掃除もして、自転車を出しておいたり、なるべく空き家っぽくないように、気をつけているのですが、花を植えようと思ったのです。季節のお花が植え替えてあれば、空き家っぽくないでしょう?その後、買物をして帰ったので、帰宅が夕方になったのでした。 待たせたのに「電話しないでふらっと来てごめんよ」とおっしゃる。この叔父夫婦さんはいつもとても感じのいい方たちで、シュウトメちゃんを気にして、たまに寄ってくださるのです。 ちょうどシュウトメちゃんは医者に行っていて、病院に電話すると、もう終わるところでした。そんな電話するなんて・・・?と思われるかもしれませんが、超常連さんなので、お許しいただくことにしてます。 叔父夫婦には居間で待っていただき、シュウトメちゃんをお迎えに。来月の法事にきょうだいが集まりますが、シュウトメちゃんは行かないと言い張って、もうきょうだいとは会えないなんて言い切っていたので、「別に法事じゃなくても、食事やお出かけのお誘いをたまに受ければいいじゃないですか?それに、会いに行けばいいんですよ」と言いながら、私自身は高速道路が苦手なので、じゃあ行きましょうとは言えなかったのですけどね。 叔父夫婦と話が弾み、嬉しそうなシュウトメちゃん。私も、きょうだいに会わせてあげたかったのと、叔父夫婦の気持ちが嬉しくて、感謝しました。 やっぱり血縁も大事ねと思い、母のお葬式に、お花と果物を送ってくださった母の姉の長女さん、私にとっては従姉妹ですが、その人にお礼状を書きました。従姉妹とはいえ、この人の子供は私の弟と同じ年です。幼い頃は、従姉妹の子供たちを従姉妹だと思ってました。東京に住んでいます。千葉にいた叔母(故人)の長女さんです。母を慕ってくれて、母と手紙や電話のやりとりをしていました。 母が亡くなった翌日、この方からのお見舞いと手紙が届き、それも、母が入院中ということは知っているので、私の自宅の方に届いたのですが、それを読んで泣きました。亡くなりました、と電話したら、電話口で泣き出して、お見舞いにいけなくてごめんね、と繰り返しました。ご主人が病気で食事規制もあり、東京からそのご主人を置いて、お見舞いになど来られるはずもありません。 お花と果物とお見舞いへのお礼は郵送しましたが、改めて、長めのお手紙を書かせていただき、母の写真を同封させていただきました。この従姉妹の家に小学生の時、泊まりに行って、楽しかった事など思い出しました。従姉妹は母と、電話や手紙でどんな話をしていたのでしょうか。 そして今日は掃除もちょっと頑張りました。実は、昨日、シュウトメちゃんの弟夫婦さんがいらした時、居間が散らかっていて、恥ずかしい思いをしました。これはあまりにまずい・・と掃除したわけです。でも、ぴかぴかには遠い我が家のですけどね。 シュウトメちゃんの弟夫婦さんのおかげで、シュウトメちゃんは機嫌がよくなり、私は従姉妹に手紙が書けて、掃除も出来ました。神様が来るようにしてくださったのかもね?! ネット友、踊るひつじさんの小説が本になりました。自分の周囲を見渡してみたら、感謝する事でいっぱいだったと気づかせてくれる恋愛小説です。
January 21, 2009
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この不況で夫の会社も仕事があまりありません。とりあえず2月は休みがいっぱい。5~8日はなんと4連休です。でも、7日にシュウトメちゃんの実家の法事があるので、6日の金曜日に、どこかに行こうかと夫と話していました。金曜日はシュウトメちゃんもデイサービスがあるんです。 5日の木曜日もデイサービスがあるからいいのだけれど、私は2月の燃えるゴミ当番なのですよ。燃えるゴミの日に、不正なゴミを出す人が出ないように、また、収集車が去った後の場所の掃除のために、1ヶ月、毎週月・木に収集場所にいなくちゃいけない。朝、8時~8時半には収集車が来るのですが、寒いよね~。 どこに行こう?美味しい物と温泉!などとと言っている間に、泊まりにしようと話が進みました。(笑)ゴミ当番が終わったらすぐ出かけることに。 電車で行こうよ、とkoalaが言いました。帰りに電車の中で寝ていられるって楽じゃない?普段はけっこうあちこち観光に周る方ですが、今回はゆっくりまったり、というのが目的なので、何にもないとこでもいいなぁ・・・。蟹が食べたい。北陸? 冬に入ったことのない、石川県に行くことにしました。過去3回、全部子供づれで夏休みに行った石川県。今回は加賀温泉郷の中の山代温泉に行くことにしました。 若い頃は大きくて設備の良い宿が好きだったけれど、だんだんこじんまりした宿を好むようになっていたkoalaです。小さな宿は、オーナーとお客さんの距離が近くて、自分にぴったりな所を見つければ、楽しい事が多いの。オーナーの趣味に合ったオプショナルツアーがあったり、面白いお料理が食べられたりして。 でも今回はあれこれ検索しまくる気持ちが起きてこなくて、じゃらんの加賀温泉郷人気ランキングで2位だった、「ゆのくに天祥」というとても大きな旅館にしました。1位の旅館は、駅への送迎時間が2位より遅かったです。駅から宿に直行したいなんて、普段はないんだけどね。(笑)タクシーで行っても2000円未満みたいな距離ですが、今回は、至れり尽くせりの楽チンを目指してるのでパス。 ゆのくに天祥は「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で昨年も今年も総合15位だったそうで、安全パイでしょう?(笑)そしてサービスがいいので、楽したい時には一番かなと・・。 駅にお迎えに来てくれるし、翌日はテーマパークまで送ってくれるし、温泉は大きくて種類もたくさんあるし、食事のクチコミもいいし。大きいところなのでタクシーも常駐してるのでは? それにしてものんびりするために旅行したいなんて、私が考えたの、生まれて初めてじゃないかな??いつも、どんな風に楽しもうかと、いっぱい調べるんですよ。今回も、金沢まで電車で30分の所なので、元気いっぱいなら行きたい場所はたくさんありますが、今回は心身の声に従って、まったりしてきたいです。 シュウトメちゃんにはぎりぎりに報告しようかな・・。(爆)デイサービスがあって、子供もいるので、困ることはないんですが、喜ばれはしませんからね。 ぼ~っとしてこようと思います。でも案外、向こうについたら走り回ってたりしてね。(笑)
January 20, 2009
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踊るひつじさんの小説が本になりました! ネタバレになるといけませんので、詳しく書けませんが、恋愛小説でありながら、喪失と再生の物語です。わけわかんない?だってネタバレになるんだもの・・・ごめんね。オススメです。私はあとがきを読んで泣いてしまいました。 では、本文はここから・・・(笑)今日はシュウトメちゃんの眼科受診の日。午後2時からと聞いていたので、お昼を食べてすぐ出ようと、シュウトメちゃんに言ってありました。かかりつけの大学病院の予約時間は、最初の検査の時間で、午前中は2時間以上、午後も1時間以上の待ち時間がありますが、予約より1時間以上前に行っていると、待ち時間は激減します。 たまにシュウトメちゃんは時間を間違えて言うので、今年に入って3回も「予約票、確認してね」と催促してました。1回だと(あとで確認すればいいや)とシュウトメちゃんが思って、その場では確認したと嘘を言い、そのまま忘れる・・・とそういう可能性が高いと、過去の経験から学びました。しつこいですけど、間違うよりマシですもん。 でも、これを「私が予約票を確認するから見せて」と言うと、精神的に(もう嫁にまかせよう)という気分になりそうなので、危険をはらみつつも、それはしないでいるのです。 3回「予約票を確認して」と言われれば、うるさいなぁと思いながらも、3回目には確認すると思うでしょう?ね?それは甘かったんですね~。びっくりだよ、シュウトメちゃん。 11時になったとき、お呼びの内線コールがあり、「どうしたの?」と聞くと「1時間勘違いしてた」と言うのです。午後2時じゃなくて、1時だった、というわけです。予約票、確認したって嘘だったんだ~。想定外でした。 でも、昨日の日記で決心したばかりだったので、シュウトメちゃんにイヤミなんか言いませんでしたよ。(笑)「今から支度すれば、間に合うから大丈夫。よかったね。お昼は病院で食べることにして、すぐ支度してね」 シュウトメちゃんの支度はなぜか1時間以上かかるのです。何回か聞きましたが、聞くと怒るので、理由は聞けません。それ以上急げないそうです。急げなければ仕方ないですね~。 病院に行き、診察の受付をして、食堂でご飯をおごり、話し相手になりつつ待って、薬ができるのを待つ間には、ココアをおごり、帰り道には昔話も聞いてあげて、シュウトメちゃんは機嫌良く家に帰りました。私も自分を褒めてあげました。(笑) 次回の眼科診察は3月16日。最近は大学病院は眼科だけなので助かってます。シュウトメちゃんには内緒で予約票をチェック。(爆)午後1時の予約でした。でも、同じように「確認してね」と3回聞こうっと。責任感のないところからボケそうなので、ボケ対策です・・・。
January 19, 2009
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昨日の日記で、昔の食卓の思い出話を書きましたが、当時の私は「またこんなくだらないケンカを~・・」とこういう両親を不満に思っておりました。特に父の言い分に、自分の事ばっかりと思っていましたが、母の言い返し方も、日に油を注いじゃって・・と思っていました。 でも、考えてみたら、言い争いというものは、割にこんなレベルのことなのですよね。そしてお互いに、自分が正しいと思い込んでいて、相手を変えようと思うのに、それができないわけです。 私とシュウトメちゃんのやりとりが不快になるときは、私は母が父に言い返したより控えめではありますが、相手が悪いと思って不満だという点は一緒ですね。 今年は、この辺を自分で改善したいと思います。いちいちシュウトメちゃんや叔母の言動に心を左右されて、強い不快感を感じたりしないようになりたいのですよ。 こういうストレスを、笑顔で乗り切れるようになりたいです。ここで愚痴ってるかもしれませんが、それはデトックスね♪(笑)引きずらない。不満でいっぱいにならない。それが目標。 こういうこと、しょっちゅう書いている気もしますが(爆)、来年の今頃、1年を振り返って、自分を褒めていたいですね。そのためにも、もっと自分の人生を楽しまないと。犠牲になっているという思いが、不満を強めますからね。 1年の計は元旦にあり、と言いますが、今年の元旦は、まだそういう気持ちになれませんでした。ですから、この目標設定は元旦の決意の代わりです。(笑) みなさんの今年の目標は何ですか?
January 18, 2009
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母の三十五日法要が終わりました。 腎臓が悪くて入院していた母の兄も、退院していて、来てくださいましたが、見た目には元気そうでした。慢性腎炎までいってしまったけれど、年だしまだら呆けなので、透析や食事制限はなく、好きなように過ごさせるそうです。叔母とお医者様の間で、そういうことになったと聞いています。 話していると普通の感じですが、三十五日の法要を、一周忌だと思い込んでいるようで、驚きました。でも、元気そうな叔父を見て、母は安心したのではと思います。父の方の親戚の皆さんも、私のことを気遣ってくださいました。 父は食事のとき、小皿がたくさん並んでいるのが好きで、母が忙しい中、その好みに応えていたのが忘れられないと、叔母の1人がおっしゃったのを聞いて、でも、それは2人暮らしになってからですよ、きっと。私と弟が育ち盛りのときはケンカしてましたよと、いろいろ懐かしい話もしました。 天ぷらとか、肉じゃがとかを、たくさん食べるので、ど~んと盛って出すのが、風情がないと言って、父が母に文句を言うのでした。子供が食べ盛りなんだから、品よく盛っても足りない、風情だなんて言っていられないと母が反論して、父は納得できず、むっとした顔をしていました。 家族がみんな元気で、一緒に食卓を囲んでいた頃、それが当たり前だとしか思わずにいた私たち。 そんな時間がもう戻らないことは確かに悲しいですが、そのありがたさを、こんなにも身に沁みて感じているのは、その時間がもう帰ってこないからですね。 今、自分が母親の立場で、家族の食事を作り、たいしたメニューでなくても(爆)一緒に食卓を囲める幸せに、本当に、本当に感謝をしています。 お母さん、三十五日法要が終わりましたね。お父さんと天国では仲良くしていますか?私の両親でいてくれてありがとうございました。
January 17, 2009
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母が亡くなって1ヶ月経ちました。明日は三十五日法要です。 母の亡くなった時、12月分の入院費請求書がきていなくて、そのまま未払いになっていたので、払いに行きました。もうずいぶん落ち着いたので、病院に行っても大丈夫と、自分で思ったからです。 大丈夫だと思い込んでいたので、最後にお世話になった緩和ケアのスタッフの方にお渡しする菓子折りも買って、いざ、緩和ケアの前まで行ったら、亡くなった日の記憶が、いきなり強烈に蘇ってきてショックを受けました。 緩和ケアが全てそうなのかわかりませんが、母のいた所は、玄関から見送ってくださいました。病院ではありえないですね。 気を取り直して、中に入り、挨拶をしました。奥から、とてもお世話になった婦長さんが出ていらして、挨拶してくださったとたん、涙が止まらなくなりました。そんなことにはならないという自信があって来たのに。 それでも何とかそれなりに自分を抑えて外に出たら、別のスタッフの方が、走って追いかけてきました。「お母さまと一緒の写真を・・」と手渡された写真には、ベッドのまま外庭を散歩した時の母と私が写っていました。 車の中でしばらく泣いて、落ち着いてからお化粧を直して、治療費の支払いに行き、生命保険の書類をお願いに行きました。 なんで、あんなに自分が大丈夫だと思えたのでしょう。さすがにその場所で泣いたりしませんでしたが、病院のそこかしこに母との記憶がありました。 母の魂が消えたわけじゃないって信じてます。成仏してね、と毎日話してます。でもそれとは別に、もっともっと一緒に過ごしたかったと、私の心はまだ悲鳴をあげてるみたいです。 でも、いつまで生きていてくれたら満足だったの?と言えば、やっぱり1年後でも5年後でも10年後でも、もっともっと一緒に・・・なんて思ったのでしょうね。 母のいた病院に行くのは、まだきつかったようです。
January 16, 2009
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最初に、日記の内容には無関係ですが、よろしかったら見てください。http://plaza.rakuten.co.jp/utsudemohappy/diary/200901140000/昨日、シュウトメちゃんが玄関で転倒しました。原因は私が、使った後のスリッパを置きっ放しにしたから。 我が家の玄関は、母屋と離れの向かい合わせで、その間に通路があり、私は毎日何十回も玄関を通ります。シュウトメちゃんが玄関に出る回数は少ないので、「スリッパは使用後に下駄箱の下に置く」ルールを私はしばしば破ってしまうのですね。 母屋の玄関は、2段の段差があり、シュウトメちゃんは、外に出るためには、一旦そこに腰掛けて、装具をつけます。昨日は、その時にお尻が来る位置に、スリッパがありました。 私がスリッパを毎回しまう約束を、軽く見ていたのは事実です。見えなくて滑るようなものではないので、座ってからでも、手でどけられる・・という思いは正直ありました。でも、シュウトメちゃんは座る前に足でどけようと思ったのです。左足が不自由なシュウトメちゃんのそんな行動は想定外でした。 医者に行き、幸い大したことはなかったのですが、この日は数えたら15回、スリッパのせいで、と言われました。しつこいと怒るより、同居の怖さが身に沁みました。嫁は、少しの不注意で、いつでも加害者になるのです。 先週もシュウトメちゃんは転倒しました。起きてきた時間に、朝ご飯が並んでいませんでした。他の家族の食事時間より、1時間以上遅いので、朝はシュウトメちゃんは1人で朝ご飯を食べるのが普通です。 いつもなら並べている時間に、ついうっかりしていました。レンジの下の戸棚に電話があるので、内線コールしてくれると、過去の経験から思っていたので、うっかりも怖くなかったです。でも、スリッパの時と同様、シュウトメちゃんの行動は想定外で、自分でキッチンに取りに行き、帰りに転倒しました。 それからはもう、冷め切ってもレンジがあると割り切って、多分30分は早いだろうという時間に並べてしまいます。レンジはシュウトメちゃんの席の横ですが、出し入れするのに、肩が疲れて痛いそうです。悪嫁なので、内線で呼んでくれたらレンジしますと言い切りました。そういう憎まれ役は自認できても、加害者になるのは怖いです。 うっかりもので、いいかげんな嫁なので、スリッパ置きっぱなしとか、朝ご飯を並べる時間についうっかりとか、そのレベルのミスは、やっぱり起こると思うのです。シュウトメちゃん自身も、もっと気をつけて欲しいと思っています。私も気をつけないといけないけれど、ミスがあったら、ご飯が並べていなかったら、内線電話で呼んで欲しいし、スリッパが邪魔でも、足でどかそうと思わないで欲しい。でもこういうとシュウトメちゃんは、わしが悪いって言うのか?と私の責任転嫁発言に感じてしまうので、話はややこしい。誰のせいだって痛いのはシュウトメちゃんだよ・・・。 こういうレベルのミスが、あってはならないという意識を持つのは、とても窮屈で辛い・・というのがぐうたら嫁の正直な気持ちです。でも、それをしないと、加害者になるのは簡単なのですね。もしそれで大怪我してたら・・・脳内出血でもしたら・・・ シュウトメちゃんの介護度は、そんなに高くありません。介護度が高まるほど、事故の可能性は増えます。介護していらっしゃるお嫁さんたちは、心身の疲労に加え、事故の加害者になる危険と毎日隣り合わせなのですね。 うっかり下手な食べさせ方をして誤飲したら、肺炎になるかも。目をはなした隙に外に出て、行方不明になるかも。手の届く所に食べ物を置いたら、食べ過ぎて、胃腸を壊すかも。それが食べ物でなく、例えば頭痛薬などの薬だったら、それを全部飲んでしまったりしたら・・。考え出したらきりがないほど、多くの注意が必要で、想像しただけで怖くて、ブルーな気分になってしまいました。そして、そういう状況で必死に頑張っている、たくさんの同居のお嫁さんたちを想像しました。 そんな状態になったら、一番気の毒なのは、当のご老人なのに、自分を守る方向に気持ちが動いている私は、冷たい嫁なのだろうなと思います。でも、それが実感です。 私の置きっぱなしにしたスリッパを足でどかそうとして転倒して、もしも、打ち所が悪かったらどうなっていただろうと想像しても、ごめんなさいと泣くだろうし、可哀想だとやはり泣くだろうけれど、シュウトメちゃんは心の中で嫁を責め、決して許さないでしょう。自分が加害者になったという意識はどれだけ辛いだろうかと自分可愛さの恐怖がじわじわと迫るのでした。とりあえずスリッパはもう玄関まではいていきません。廊下を歩くのに、足は冷たいけれど、加害者になるよりいいので、スリッパはキッチンでしかはかないことにしました。こうやって1つずつ、対処法を考えていくしかないですね。
January 15, 2009
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叔母とシュウトメちゃんがせっかく(?)反面教師役を演じて(??)くださっているので、こういうタイプへの対処法を昨日に続いて書いてみようと思います。 私は、困っているときに人に頼むことができるのは、とても大切な事だと考えています。「今、困ってるの。○○してくれない?」と、気持ちよく頼むことが出来るのと出来ないのでは、雲泥の差です。 依頼心がある人の「お願い」は「お願いの形をした命令」です。先に書いた「気持ちよく頼む」お願いとは別物です。その「お願い」への答えが「こういう理由で今は出来ない」とか、「こういう風なら出来るのだけれど」というものになると、一気に怒りに火がついてしまうようなのですね。でも、本人には「命令」したという意識がありませんから、「こんなにお願いしているのに、聞いてもらえない」という怒りと被害者意識だけが高まっていくようです。 そういう人に対して、「私はあなたの道具じゃない」ということをいろんな言葉で、そして態度で訴えても、無駄みたいです。そもそも、相手の人権を大事に思う感性があれば、人を道具のように扱う事などしないのでしょうね。もちろん、そういう意思を表明するのは重要だと思っています。「結果が伴わないけど大事だ」という認識が必要かも。 大事なのは、自分が自分の味方でいることだと思います。頑張っている自分を認めてほめる。相手に認めさせようとは考えない。多分無理なので。相手が認めなくても、自分が認めていれば大丈夫です。 ここまでなら出来るというラインを作って無理しすぎないこと。いい人だという評価を受けようなどとは決して考えない。大事なのは評価でなく、自分の選択したことができたかどうか。 自分が生まれてきたのは自分の人生を生きるためで、人の道具になるのも、人を道具扱いするのも間違いだと、しっかり自覚して、堂々としていることが大事だと思います。それがしっかり出来るようになれば、相手によって影響を受けて、深く傷ついたり、動揺したりすることはなくなりました。 結婚してすぐ同居した家には、シュウトメちゃんと、大姑さんがいて、ダブルで命令タイプだったので、最初は大変でした。最初は何とかご要望にかなうように努力してしまって、出来ない事は、出来ない事を納得してもらおうと、これもまた努力してしまって、身も心も疲れきってしまいました。 すっかり痩せた私を見て、結婚前によほど親が甘やかしたとか、自分の娘たちの半分以下しか働いてない(根拠なし)とか、散々ののしられ、悔しい気持ちと情けなさでいっぱいでした。 そう、あの頃は、深く傷つき、動揺していたんですね。努力しても出来ない事があるって知らなかったんですね。いえ、これも努力を続ければ、出来ない事はないでしょうが、それだけの努力の値打ちが?と考えたら、ありませんね~。 まず、こういう人の不当な怒りを浴びるとむかつきます。(笑)その相手に向かって、その不当さを理解させようとします。これはものすごく無駄な努力です。(!!)無理をして、できる限り相手の要求を叶えようとする。実はこれも無駄な努力です。相手は満足せず文句を言いますから。努力が全く報われずにやはり非難され、憎しみを感じ、そういう自分に自己嫌悪を感じて落ち込む。これは、最悪のパターンです。(涙) こういうときに大事なのは、自分がぶれないことです。まず、クールに自分が出来る範囲を分析するのが大事ですね。それ以上は「出来ない事」として、無理しないのが理想です。 しかし、往々にして現実は、その範囲を超えたことを要求します。相手は、こちらの人権や出来る範囲などどうでもいいのですもん。それでつい、このくらいなら頑張れるかな・・という感じで、出来る範囲を超えて頑張ってしまいがちです。これはまだ私も修行が足りないので、つい頑張りすぎますが、結婚当初の、ぶれまくりの状態よりかなり進化しました。(笑) 「お願いの形をした命令」をする人、もはや「お願いの形」すらとらず命令する人、そういう人にえばられてる同士の皆さん(爆)、ぶれない自分をつくるためのレッスンかもしれません。(爆)一緒につきぬけましょう~。(笑)
January 14, 2009
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今朝、叔母のケアマネさんに電話しました。昨日、叔母がキレたと書きましたが、退院したくて待てない叔母は、あんなに「嫌だ」と言っていた、「姪である私の手伝いでなく、ケアマネさんとスタッフの方の手伝い」を要請しました。 叔母の要請を伝えると共に、こんな厳冬期に、高血圧で、2回も脳出血を起こしている叔母をが、退院するなんて、あまりに危険すぎると思っていると、改めて話しました。なので、叔母から要請があったけれど、あまりてきぱきと進めず、少しでも暖かくなってからの退院になるようにしたいし、自分も叔母を怒らせながらも、気がつかれないようにゆっくり動く気でいると、ケアマネさんに伝えました。ケアマネさんも、自分もそうすると賛同してくださいました。 ケアマネさんの所属する会社でも、叔母の退院の件は、会議でずいぶん問題になったようです。でも、福祉の基本は、当事者の意志なので、退院させないわけにはいかないのですよね。 私の個人的な考えとしては、もしその人が、死んでもいいから一人暮らしを貫きたいのなら、自己責任で、そういう選択もありかな、と思っています。 母が点滴をやめたいと言ったとき、母の人生なのに、母の選択を拒否したことを申し訳なかったと思っています。母は点滴を刺し直す痛みから逃げたかったのではなく、無益な寿命の引き延ばしを中止したかったのだと、今はよくわかるからです。あれは一種の尊厳死宣言でした。 これは極端な考えなのかもしれませんが、自分の選択の結果を、全部自分で背負う覚悟がある人間は、選択の自由を手にするべきではないかと考えています。それが苦しみからの逃避や、形を変えた依頼心でないのなら。自分を生かす選択だと信じることをしていいはず。人間の尊厳というのは、そういうことではないかと考えています。 そう考えると、叔母の姿勢は余りに依頼心が強く、覚悟あって人間の尊厳を貫く姿勢とは感じられません。 叔母やシュウトメちゃんの依頼心を、これでもかという感じで見せつけられる私ですが、私も依頼心は強かったです。反面教師たちのおかげで、反省することができたのですね。叔母の依頼心を見ると、正直うんざりしますし、シュウトメちゃんの愚痴を聞くと、やはりうんざりします。こうしたうんざりは、もしかしてがまの油?(笑) うんざりして悪口を言うだけなら、私も同じレベル。まだまだ修行が足りないけれど、そこから少し進めたかな? いつの日か、尊厳のある生き方のできるようになりたいです。
January 13, 2009
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今日は実家の母の七日念仏の日で、その前に退院したくて騒いでいる叔母の所に行きました。お洗濯物と、この間頼まれたハイソックスを持って行くと、まだ退院できないのか、もうイヤだと、いつもの泣き落とし。 昨年末からずっと同じ問答をしているのだけれど、やっぱり同じ答えしか出来ません。怒ったり泣いたりすれば、叔母のいうことが通るなんて、叔母は本気で期待してるんでしょうか・・・? 1.家の中で転びそうなものを全て片付けないと帰れない。 2.その作業を私にして欲しければ、三十五日の法事の後でないと時間が作れない。 3.それより前に掃除したければ、ケアマネさんが援助してくれる。叔母はそう言ってくれたケアマネさんに何度も断ったので、こちらから頼まないとケアマネさんの協力はない。 4.つかまり立ちに必要だと言われた椅子は、いろいろ叔母に注文があるようだから、一緒に買いに行く。車椅子を借りて連れて行くので、24日か25日にして欲しい。 5.暖かい入院先から寒い家に帰るので、心配がある。血圧も高いことだし、エアコンを設置する方がいい。任せてくれれば手配するけれど、自分も電気屋に行きたければ、4と同じ日に連れて行く。 週2回、洗濯物を運ぶたび、キレる叔母に、これを繰り返し言っている私です。(苦笑)叔母はとにかく退院したいのです。しかし最近の私は、引き延ばしの明確な意図を持っているので、叔母がキレても、以前ほどはうんざりしません。 叔母は糖尿病、高コレステロール血症で高血圧です。過去、脳の血管が2回も切れて、後遺症があります。骨折前も要介護1だったのが、今は伝い歩きがやっと。退院後に再審査をしたら、要介護2かな?医者も、ケアマネさんも、今退院して一人暮らしするのは、無謀なので、もう少し入院してリハビリしましょうと勧めるのに、帰りたいの一点張りなので、せめて厳冬期には帰らないよう、自分の体も大事にしてゆっくりの速度で準備して、叔母の退院に少しでもいい環境でと思っています。 そのために憎まれ役になるのは仕方ないでしょうね。シュウトメちゃんにしろ、叔母にしろ、私って憎まれ役なのね。今日、ふっと思いました。これはきっと、正当な評価を要求しない練習。世の中は、ある人のために頑張れば感謝されるなんてことが全く通用しないことも多いけど、それを不満に思わない練習。神様、この練習、私、頑張ってみますね~♪
January 12, 2009
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シュウトメちゃんの実兄の法事が2月にあるそうです。お2人で来てください、という電話が入りました。シュウトメちゃんにとっては、数少ないきょうだいに会う機会なので、私が行くのはいやだと言う事ではなく、弟さん達に会うのに、ぜひシュウトメちゃんに出席を・・・と思いました。(シュウトメちゃんの年上のきょうだいさんはちょっと苦手でしたが、弟さんご夫婦2組は、本当に気持ちのいい方たちなので、私が代わりに出席するのがイヤなのではないのです。) ところがシュウトメちゃんは、疲れるから行かないと言います。これは嘘ではなくて、やはり体はだんだん弱っていますから、疲れ方が昔より強いのは事実だと思います。でも、昭和一桁のシュウトメちゃん、今回を逃したら、なかなか実家に行けないし、きょうだいたちと会えません。 シュウトメちゃんより年上のきょうだいは、みんな天国にいます。そういうお年頃なんですね、シュウトメちゃんは。お盆とお正月には必ず叔父に会いに行っていたけれど、その叔父が亡くなってから、シュウトメちゃんが実家に行くのは、そういう喪の行事の時だけです。 シュウトメちゃんの弟夫婦さんが2組、皆さんいい方たちです。前回の法事の時も、シュウトメちゃんが体調に自信がないと断ったのに、大丈夫だ、自分達が付いてるんだから、と説得してくださって、サポートしてくださいました。それをシュウトメちゃんに言うと、あの時よりうんと弱ったからと、やはり気乗りのしない顔で言いました。 シュウトメちゃんが実家に行くのは、もしかしたら最後のチャンスかもと思っています。そこまで言えないので「実家で叔父さんのお参りができるし、○○さん(叔父の長男)にも会いたいでしょ?」そう言いましたら、「もう在所(実家)には行けんな。○○も病気がよくなった顔を見たかったがもう会えんな」ともう行かない事に決めた答えでした。 出来たら行かせてあげたいけど、本人の決める事だし・・・そう思って黙ったら、シュウトメちゃんは続けました。「今年はお父さん(シュウトメちゃんの夫)の法事だから、わしを連れにくるかもしれんな。この疲れはあんたにわからん。もう連れに来てもらった方がいいな。えらい(大変な)思いして、生きとっても仕方ないし。」 全くもう!シュウトメちゃんの疲れは確かにわかりませんよ。厳密に言えば、シュウトメちゃんしかわからないでしょう。非難したわけじゃなく、強制する気もなかったです。行きたいのに行けない切なさを察してもらえないとシュウトメちゃんが感じたなら謝りますけど・・・。 「生きとっても仕方ない」くらい自分は大変な思いをしていると、そういう愚痴になってしまうシュウトメちゃんの思考回路がやっぱりとっても嫌いです。 ある人が教えてくれた対処法があるんです。とっても気分悪い態度を取る人がいたら、この人は私の包容力、寛容度を上げるために、そういう役割をしてくれてる人なんだわって考える。(笑) シュウトメちゃん、すごい役割、ご苦労様です。でももうかなり寛容度は上がりましたので、その役割、そろそろ降りても大丈夫ですよ~。今まで本当にご苦労様でした。おかげで私の包容力と寛容度がアップしました。(爆)
January 11, 2009
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お昼はシュウトメちゃんと私と夫の3人。実家の方にある葬儀屋さんに三十五日法要の引き出物や、香典返しなどの注文用紙を持っていくので、ついでに2人で美味しいもの食べに行きたいな・・と敬老精神のないことを考えるワタクシでありました。 実家の枕花を時々入れ替えますが、お花屋さんに注文すると、高額になってしまうので、、産直の花を買って自分でアレンジ。産直でついでにシュウトメちゃんの好物の箱寿司を見つけ、お昼に「懐かしいでしょう~?」とそれを出して、実家に行ってきます・・と出かけてしまった不肖の嫁koala。 夫が連れて行ってくれたのはひらめ亭という和食のお店。メニューを見るとてっさがある♪蟹も食べたいけど。迷った末、てっさの入った新春メニューにしました。2人前7600円でしたから、別に蟹を注文するのはパス。愛知県は実はふぐがたくさんとれるんですよ~。ひらめ亭は、食器も私の好みで嬉しいランチでした。 おなかいっぱいになったところで、実家に向かいました。そして、香典返しにつけるご挨拶の文面の最後、依頼主の名前をどうしようか、業者さんに相談しました。誰もあんな文章、読まないだろうけど、私は悩んだのです。父の時は母が依頼主だったけど、今回はどうしよう。私と弟の連名かな?いない弟の名前を載せるのはヘン? 業者さんもそうですねぇ・・と即答されませんでしたが、弟と夫の連名がいいんじゃないかとおっしゃるのでそうしました。住所も、空き家にはなるけれど、実家の住所にしました。そういう細かい事で、いちいちう~ん??と迷うのですよね。そういう自分がちょっとうざかったりします。(笑) お花の入れ替え、香典返しと三十五日の引き出物の注文、とりあえず、この三点は本日完了しました。
January 10, 2009
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お寿司屋さんの予約、無事取れました。ひと安心。 後は、保険会社と法務局の手続きを済ませて、その後銀行の手続きを済ませれば、肩の荷が降ります。銀行に質問したら、うちの場合、遺産分割協議書があれば、かなり手続きが簡単になることがわかりましたので。 弟は、私が家をそのまま残したいなら構わないし、土地代を半分よこせなどという気持ちも皆無だし、空き家の管理をするのが私の重荷だと思っただけだと言ってくれましたので、実家はとりあずそのまま残せます。 優しい友人が相続税の心配をしてくれましたが、あれはお金持ちの心配で、わが実家は全然大丈夫。(笑)遺産相続は5000万+(1000万×相続人数)まで無課税。実家の遺産が7000万円以上あると心配しなくちゃいけないですが、わが実家はかすりもしません。 かすりもしない人は、税務署への申告が不要です。遺産分割協議書や、登記申請は、そんなに難しくないので、司法書士さんに頼まないで出来ますよ。父の時は、あちこちのサイトを参照して作りましたが、今回は法務局のHPにダウンロードできる書類を発見。注釈もついてわかりやすく、助かりました。 うちの場合は、弟がアメリカ在住なので少しややこしいんですが。署名、捺印して印鑑証明を添付するところを、印鑑証明の代わりに、署名証明をしてもらわないと。それには書類をアメリカに送り、公証人の証明をもらった後、日本に送り返してもらって、提出するのですよ。 もともと司法書士さんにお願いしなかったのは、そんなことを頼んだらいくらかかるのか・・と貧乏人の発想からだったのです。高そうでしょう?でも、やってみると、弟に印鑑証明があったら簡単なので、簡単ですよと皆さんにアピールしたいくらい。(笑)私が専業主婦でなかったら同じセリフ言えないかもしれませんが。 さて、その面倒の元、署名証明の話。日本領事館の証明なら間違いないですが、遠方なので、アメリカ公証人の証明でいいかどうか問い合わせました。父の時は大丈夫だったので、今回もそのつもりでしたが、某生命保険会社の電話受付の人に、なぜか「大使館でもらってこなくてはダメ」と言われたので驚いて。日本領事館じゃなくて大使館?公証人は問題外?結果、法務局の方は即答で、公証人で大丈夫ですと言ってくれました。 その後この生命保険会社にかけなおして質問したら、別の方が出られましたが、ちゃんと専門の方から調べて返事するようにしてくれましたよ。結果は法務局と同じ。最初に「大使館で」と言い切り、私が「でも・・」と説明しても、問答無用みたいで「大使館で」と言い続けた人は何だったの? 法務局に提出する書類の中に、母の原(はら)戸籍があります。生まれてから亡くなるまでの戸籍で、私の知らない母がいます。昔の戸籍って、ひらがなが一切なくて読みにくいけど、聞いたことのなかった曽祖父母の名前があったり、幼い頃に亡くなった母の姉の名前があったりします。そんなのを見ていると、読みにくい戸籍が愛しくなってきますね。 書類提出は、最近不調の心身をいたわって、スローペースで進めようと思います。
January 9, 2009
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今月の17日は母の三十五日法要です。そんなの、お葬式の日からわかっていました。なのに・・・「ねえ。私、お料理屋さんに予約してなかった!」朝、出勤前に突然私に言われたオットはびっくり。 「え?忘れてたの?koalaらしくもない。」そりゃそうだわ。私が嫁いでから、何度法事をした事か。嫁ぎ先koala家は、先祖の多い家だったのですよ。今回もずいぶん前に、人数は○人だね、とチェックしてたのに。 でも、そういえば、父の三十五日の時もそうだった記憶がふいに浮かび上がってきました。動くのが遅すぎて、それでもどこがいいか迷っていて、忘年会のシーズンの入り口だったので、結局、どこもお座敷が空いてなくて、困りました。 結局、まだ新しい、ランチもやっている料理屋さんだけど、夜は居酒屋さんっていうのがミエミエのお店で。お料理は美味しかったけど、照明が暗かったです。 やはり、亡くなって何十年も経つ人の法事をするのと、自分の親が亡くなって間もないのとは違うのでしょう。冷静でいるつもりで、動揺しまくって、ミスしてます。実家は親戚が少ないので、バスが来てくれない人数で、歩いていけるお寿司屋さんで2回目以降の父の法事のお食事をお願いしてきました。そこに予約を・・・。 でも、電話に出ない。もしかして混んでる?2回目の電話で、定休日に違いないと確信。ネットで調べたら、やっぱり木曜定休でした。明日、電話して、予約が取れますように・・・。父の時は忘年会の、母の時は新年会のシーズン!この2人は、結構気のあうおしどり夫婦だったか?! 本心を言うと、今は冬眠していたい・・・・。現実は、香典返しのリストと法事の引き出物のリストをちゃっちゃっと作り、相続のための書類を少しずつ取り寄せ、法務局のHPからダウンロードした書類をパソコンで作り、明日、お寿司屋さんの予約ができるか心配な私。 三十五日の法要が終わったら冬眠できそうかって?退院準備の手伝いを私に期待している叔母が、指折り数えて待ってるのですよね・・・・。 でも!100ヶ日が終わってすぐ、私は静岡に行くのです。オフ会。大好きなネット友たちと会えるの。お泊りで。コンサート付きで。運がよければ大きな富士山付きで。 それを励みに乗り切ります・・・。シュウトメちゃんに言ったかって?そんなのギリギリに言いますよ~。(爆)
January 8, 2009
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ネット友soraちゃんが昨日亡くなっていたことを今日、ブログを読んで知りました。母と同じスキルス胃癌でした。 まだ30代だったのに。クリスマス頃の日記では、退院の話も出ていたのに。可愛い雑貨が大好きな若い主婦で、頑張りやさんで、2匹の豆芝をとても愛していた可愛いsoraちゃん。 soraちゃんはまだまだ大丈夫、母の分まで生きて欲しいと、願っていただけに、とてもショックでした。母のお葬式の翌日から入院されていました。 心からご冥福をお祈り申し上げます。ご遺族の方の悲しみが癒されますように。 私の日記は、母の癌発覚からほぼ癌ブログになっていました。癌ブログ、というジャンルが楽天にありまして、そこで同じように家族が、そしてご本人が重症の癌をわずらっている方たちと知り合いになりました。同じ辛さを分かち合う方たちと励ましあえるのが、どんなに私にとって心強かったかわかりません。 その方たちの多くは、ご存命で、頑張っていらっしゃいます。でも、もともと重篤な症状の知り合いに強く共感したので、今までも何人もの方の訃報を聞いてきましたし、昨年末は、私が訃報を書く立場にありました。 母によく似た性格のkabumaniaさんのお母さまも亡くなりました。掲示板で、似ていますねぇ、と話すのが楽しかったです。ちょっと大雑把だったり、言う事を聞いてくれなかったり、そんなところが似ていましたが、私の母よりパワフルで、お1人で泊まりの温泉療法やコンサートにお出かけでした。でも、最後の紅葉旅行の時はとても弱ってしまわれて、kabumaniaさんの切なさが自分の事のように思われました。 踊るひつじさんのお父さまの癌は、あっという間に進行しました。無理のないことですが、お母さまの動揺も激しく、自宅から通ってお父さまのお見舞いに行き、お母さまの気持ちを落ち着かせることにも心を砕き、その間にも、お父さまの病状が進行してしまうという、本当に辛い状況の中で頑張っていらっしゃいました。 kikkaiさんは、私の楽天ブログのトップにある写真が、ご自身の大好きな宮古島と似ていたので、「もしかして宮古島ですか?」と遊びに来てくださいました。実は宮古島ではなかったですが、沖縄には違いありません。私も沖縄のゆったりと流れる時間と青い海と空が好きで、沖縄モードのいいかげんさにうんざりしながらも、やっぱりそれも含めて沖縄が好きで、気が合いました。kikkaiさんの日記には、いつも切羽詰ったものがなく、包容力の広さ、深さがうかがわれ、私はkikkaiさんのファンでした。 踊るひつじさんのお父さまは4月に亡くなり、kikkaiさんが続いて、5月に亡くなられました。お2人の死は、厳密には1ヶ月も間隔がなかったので、呆然としたことを覚えています。 soraちゃんは安らかに亡くなったと聞いています。私の母も、ここに書いた皆さんも、ここには書かなかったブログつながりでない癌友も、みんな安らかに逝かれました。それを看取った人間は、とてもとても辛い別れを経験しますが、その安らかな死から、大事なものを学ぶのでしょう。 亡くなられた魂が天国で安らいでいますように。
January 5, 2009
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母の七日念仏の日でしたので、実家に行きました。その前に叔母の病院に寄り、洗濯物を運びました。叔母はとにかく退院したくて仕方ない状態でいます。ハンディキャップが重くなったので、前の家のままでは帰れず、つまづきそうなものは全てなくさなければいけないですが、そのために私がもっと協力しないので不満いっぱいです。 今は忙しいので、七日念仏が終わってからでないと、叔母の家の掃除まで手がまわらないと何度言っても、とにかく自分が帰りたいので、聞く耳がありません。妹である母が亡くなったばかりなのに、自分のことばかりで、こちらの状態も想像できない相変わらずの叔母です。 「どうしても今はそこまでできないから。」と言い切って、叔母の洗濯物を持ち帰りました。これだって、自分でコインランドリーで洗えばいいのに。なぜか叔母は、私が叔母に協力するのが当然だと思い、それが足りないと怒り、協力に感謝もないですねぇ。 人間を成長させるために、一番効率のいいのは、50%の暖かく優しい言葉と、50%の厳しく冷たい言葉。yamadaさんがブログに引用してくださった、小林正観さんの言葉ですが、それを思い出しました。叔母さんはこの冷たい言葉(こちらを評価しない言葉)側の担当を受け持っているわけですね~。 全くむかつく事でありますが(笑)、担当なら仕方ないや~。 こういう報われない役割も振り当てられるかわり、暖かく優しく迎えてもらえる役割もまわってくると思って、後者の役割に感謝して、何とか乗り切りましょう。
January 4, 2009
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今日は義姉2人がシュウトメちゃんをお迎えに来て、半日ほど上の義姉のアパートで過ごしました。 もうお盆やお正月に招いてくれなくていいそうなので、今年は喪中ですが、この先もkoala家でのお招きは多分ないです。そうすると、我が家の裏にお墓があるので、お墓参りもなし?と少し心を痛めていたら、ちゃんと来てくれました。 最初、1月3日にお迎えに来ると聞いて、しまった!と思いました。毎月上の義姉には、生活援助金を渡しているのですが、いつもお正月に渡す分を、今年は来ないから、年末に渡さなくちゃと思っていたのに、忘れていたのです。もちろん直接私から受取るなどイヤでしょうから、いつもシュウトメちゃんに渡し、それにシュウトメちゃんが加算して、いくらか知りませんが、毎月渡しているのです。 最初は私たちからというと嫌がるだろうから、全額シュウトメちゃんからということにしましたが、いつのまにかばれていました。 シュウトメちゃんは以前は私がお金を渡すと、義姉のためにすまないね、と言ったものですが、2人の義姉に「迷惑かけるな」と言われて以来、「こんなのもういいのに」と嫌な顔でお金を受け取ります。義姉にお金がない状態は変わっていないどころか悪化してるのに。また、自分の娘達と過ごすのに、あまり嬉しそうでもありません。 帰ってきたので、「お帰りなさい~♪」と迎えると、疲れ他を連発し、もう最後だ、私は足が弱った、と暗い顔でぼやき始めました。 上の義姉は今、アパートに1人暮らしなのですが、駐車場からアパートまでの道が悪く、玄関も入りにくく、シュウトメちゃんのように体が不自由な人には、とても困るつくりになっているアパートだそうです。 シュウトメちゃんの話相手になってあげましたが、駐車場からアパートまでがどんなに悪い道だったか、アパートの玄関から居間まで行くのに、どんなに大変だったか、どんなに自分の足が弱ってしまったか、その話を繰り返しするだけで、義姉たちの話はないんです。 大変だったネェ、と言ってあげながら、「義姉さんたち、元気だった?お昼を一緒に食べたのよね。久しぶりだから孫の話もいろいろ聞けたんじゃない?」そう言うと、「別に特に話すことなんかない」って言うの~。 義姉さんたち、嫌な感じだったのかな?シュウトメちゃんが足が弱った自分にショックが強かっただけ?もしかしてこの調子で道が悪いとか、部屋が歩きにくいとか、愚痴ばかり言って、愛想をつかされた? まあ、そういうことは私が首を突っ込む事ではないですから、それ以上同じ愚痴も聞きたくないので、家事に事寄せて、その場を離れました。私みたいに、もう母親と会えない実例を見ても、何ともならない母娘関係なら仕方ないですね。向こうにしてみれば、私は気持ち悪いマザコンなのかも。(女性にマザコンって言いませんが、適当な言葉が見つかりませんでした。) でも、なんだかなぁ・・と思ってしまいました。
January 3, 2009
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入院中の叔母の家に来ていた年賀状に、妹が亡くなりましたので・・と喪中葉書のようなお礼状を出しました。そういえば、入院中の叔母の喪中葉書を出してなかったのです。いろいろ、ぽろぽろとミスがあります。 ちょっとスーパーで歩き回ると膀胱炎が悪化し、手抜きの家事しただけで、腰痛まで悪化して、今日は素直にダウンしておりました。夫と長女が手伝ってくれました。 夕食は買ってきたお寿司と、10分熱湯で温める茶碗蒸し、お節の残り少々で済ませてしまいました。私が調子悪いのを知っているし、お寿司は好物なので、何も問題はありませんでした。問題は私の中の主婦心だけみたいです。今は手抜きに心を痛めたりしないで、休養第一でいきます。 覚悟していた母の死が、こんなに辛いなら、夫や子供が突然そうなったら、どんなに辛いでしょう。夫や子供が元気でいることが当たり前と思ったらいけません。世の中、当たり前の事なんてないのだから。夫や子供が元気でいてくれる。なんてありがたいことだと感謝をしていたら、買ったものばかりの夕食だって、とてもありがたかったです。家族でご飯を食べることの幸せをかみしめました。 夫や子供が、って、シュウトメちゃんを抜かしてましたね!(爆)シュウトメちゃんはけっこう正月早々イヤミなので、私も素直に長生きしてね♪って気にならないのですが、でも、もしすごい要介護状態だったら、とんでもないことに・・・。シュウトメちゃん、それなりに元気でいてくれてありがとう。
January 2, 2009
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今年はとても静かな元旦になりました。義姉たちのお招きをやめたので、準備が必要ありません。私が体調不良なのが難点ですが、神様に「ちょっと休みなさい」と釘をさされたと思うことにしました。自分の体の声が聞こえていたのに、従わなかったからのことですし、もう若くないので、無理はきかないのだと、体で知ることになっただけ。頑張れば自分で出来る、と突っ張らないで、「手伝って」を連発して、家族に主婦の仕事を手伝わせるキッカケ作りにもなりますよね。とにかく体を休めようと思うと、自分の仕事を家族に頼まないといけません。「お鍋、思いから運んでくれる?」「洗濯物を干してくれる?」「玄関を掃いてくれる?」などなど、一日に何度も子供やオットに頼むのって、主婦としては、精神的苦痛を伴うのですよね。でも、頼まれる方だって、頼まれてれば慣れますよね?それはとてもいいことだと思うことにしました。お節はずいぶん前にネット予約していました。以前は全部作っていて、だんだん手抜きをするようになって、母の病気がわかってからはお取り寄せになりました。子供に「家でお節を作る」という日本文化を伝えたいと思っていましたが、お節のお取り寄せって、本当にとっても楽で美味しいです。お雑煮だけはつくるのだからいいか・・という感じになりました。家族でお節とお雑煮を食べ、お昼近くに実家に行きました。自宅のお仏壇と同じく、お節をお供えしました。自宅ではお雑煮(だしをとらないで、人間用と別鍋で煮る)も出しましたが、それは割愛してしまいました。オットと子供2人を連れて、例年のように実家に来て、もう誰も住んでいない家に「あけましておめでとう」と言いながら入りました。長女が「おばあちゃん、来たよ~」と元気な声を出し、私たちも、返事のない母に話しかけました。母の遺影の前には長女が、父の仏壇の前には長男が、それぞれろうそくを立てて火をつけ、家族みんなで線香をあげました。お参りしてもすぐに帰りたくなくて、母がいたときと同じように、テレビをつけて見ました。母はきっと、その辺で見て「よく来たね」と言っていたと思います。とりあえず今は体を休める事がまず第一。本当はもっと早くそうすべきだったのよ、もう若くないんだから。(苦笑)更年期も目前の熟女といたしましては、体調管理に休みは必須ということでしょうか。皆さん、こんなkoalaではありますが、今年もよろしくお願いします。
January 1, 2009
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