1

4枚の写真は、1972年7月に、伊田線の直方-赤地(あかぢ)間で撮ったものです。 D60 32(直方機関区所属)、29692(直方機関区所属)、D51 1150(若松機関区所属)が写っています。 未確認ですが、D60 32の先輪は、機関車の解体後、現在梅小路機関区に保存されているD50 140の先輪に使われたようです。
2026.09.06
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2

3枚の写真は、1972年7月に、伊田線の直方駅と赤地(あかぢ)駅との間にある嘉麻川橋梁で撮った49675牽引の貨物列車です。 嘉麻川橋梁は、福岡県小竹町と直方市との境を流れる遠賀川に架かる橋で、1909年に設置された上り線は、英国製(設計は米国)の 下路プラットトラス橋ということです。
2026.09.05
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3

5枚の写真は、1972年7月に筑豊本線中間(なかま)駅から直方駅へ行った時のものです。 中間から直方まで、D60 61牽引の旅客列車に乗りました。 直方駅からは、直方機関区がよく見えます。転車台の横にD60 71がいます。直方駅から伊田線赤地(あかぢ)駅の方向に歩いていると49688、D51 542等多くの蒸気機関車と出会いました。
2026.09.04
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4

5枚の写真は、1972年7月に折尾駅と中間(なかま)駅間で撮ったものです。 D51 42を先頭に重連の貨物列車、バック運転のキューロクが写っています。
2026.08.30
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5

5枚の写真は、1972年7月に折尾駅と中間(なかま)駅間で撮ったものです。 化粧煙突の蒸気機関車は、D60 46です。石炭列車を牽引しています。 バックで走っている貨物列車の牽引機は、キューロクの29670です。 ナメクジは、D51 10です。石炭列車を牽引しています。
2026.08.31
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6

7枚の写真は、1972年7月に筑豊本線中間(なかま)駅周辺で撮ったものです。 駅の切符売り場は、駅員が昼食のため閉まっていました。 D51 1062が石炭列車を牽引しています。 D51 225が中間駅を出発です。 駅に、D60 21が停車中で、12時30分発の直方行き旅客列車を牽引します。
2026.09.01
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7

6枚の写真は、1972年7月に山陰本線で撮ったものです。 向かって左向きに走っているD51と遠景の旅客列車は、荒島駅と仁万(にま)駅の間のどこかで撮ったものです。場所がわかる方がおられましたら教えてください。 D51の1号機は、仁万駅で撮ったものです。D51 230+DF50牽引の列車と交換です。現在、D511は、京都鉄道博物館で静態保存されています。
2026.08.21
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8

5枚の写真は、1972年7月に折尾駅と中間(なかま)駅間で撮ったもので、鹿児島本線と筑豊本線の列車が写っています。 DD51は、763号機です。筑豊地区の無煙化(SL廃止)を進めるため、1972年に製造され、直方機関区に配属されました。筑豊本線などで旅客や石炭輸送に活躍しました。 旅客列車を牽引している機関車は、D60 61です。61号機は、D60形蒸気機関車として最後まで残った車両で、1974年に廃車されました。 貨物列車を牽引している蒸気機関車は、若松機関区所属のキューロク29670です。
2026.08.29
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9

石炭補給中の59674↑(1969年9月14日、大宮機関区、埼玉県)水補給中の59669↑(1969年9月14日、大宮機関区、埼玉県)大宮機関区でキューロク(59674)が炭水車に石炭を積んでいます。蒸気機関車は、蒸気を動力源としていますので、石炭の補給はマメに行う必要があります。大型の蒸気機関車ですと100kmぐらい走ると補給しないといけないようです。石炭だけでなく、水も大切です。あちらでは、キューロク(59669)が炭水車に水を補給しています。【Bon appétit !】 Steam locomotives are fueled by burning combustible material - usually coal, wood, or oil - to produce steam in a boiler. Both fuel and water supplies are carried with the locomotive, either on the locomotive itself or in wagons (tenders) pulled behind.(https://en.wikipedia.org/wiki/Steam_locomotive)
2017.05.30
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10

EF15等に囲まれたキューロク↑(1969年9月14日、大宮機関区、埼玉県)4桁ナンバーのキューロク↑(1969年9月14日、大宮機関区、埼玉県)写真は、1969年の大宮機関区です。たくさんのキューロクがいます。49613がEF15等たくさんの電気機関車に囲まれています。49613は、この10月には北海道の北見へ異動します。一方、4桁ナンバーの9687も健在でした。9687は1915年川崎造船所で生まれた蒸気機関車です。1970年2月に埼玉県川口市の青木町公園に来て静態保存されていますが、保存状態はひどいものでした。今はどうなっているのか気になるところです。
2017.05.31
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11

3枚の写真は、1968年5月に、京王電鉄の高幡不動駅で見かけたものです。 232の番号が付いた電車は、動物園線の京王220系電車クハ232です。動物園線は、この写真を撮った4年前の1964年に開業したばかりです。 クハ232は、京王電気軌道から継承した14m車両のデハ2409を改造した車両で、1963年に行われた京王線系統の架線電圧をそれまでの600Vから1500Vへの変更に備えたものです。1969年からの京王線ATS運用開始に対応することが難しく廃車となり、解体されました。 2011の番号が付いた電車は、京王2010系 デハ2011です。 2010系は、2000系の改良版として、1959年に登場しました。17m車両で、湘南形に由来する2枚窓構成の前面デザインとなっています。 事業用車両のようなものは、京王電鉄京王線の無蓋電動貨車デト210形211です。保線用の車両です。1954年にデト2910形2911として製造され、1964年に改番され1995年まで使用されていました。 両端に幅1500mmの運転台があり、新宿寄り運転台の屋根が車両中央に向けて張り出していて、その上にパンタグラフが載せられています。1995年に、老朽化によりデワ5000系に置き換えられて廃車されました。
2025.05.22
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12

5枚の写真は、1971年11月に、中央西線木曽福島機関区で撮ったものです。 C12 171、C12 199、D51 902、出発を待つD51重連が写っています。
2026.08.01
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13

小山駅構内を走るC50↑(1968年9月22日、小山、栃木県)小山機関区のC50(1968年9月22日、小山機関区、栃木県)写真は、1968年に小山駅構内と小山機関区で撮ったものです。機関車はC50123です。今回、ネットで見て初めて知ったのですが、この機関車は、現在は小山駅東公園に静態保存されているということです。 【Bon appétit !】 The Class C50 (C50形) is a type of 2-6-0 steam locomotive built in Japan from 1929 to 1933. A total of 154 Class C50 locomotives were built, with manufacturing shared by Kawasaki Heavy Industries, Kisha Seizo, Nippon Sharyo, Hitachi, and Mitsubishi. C50 123 is preserved in Station East Park in Oyama, Tochigi.(https://en.wikipedia.org/wiki/JNR_Class_C50)
2017.11.14
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14

A8形BK20↑(2016年2月6日、淡水、台湾)淡水駅(2016年2月6日、淡水、台湾) 淡水駅前に、SLがありました。 お正月の飾りでしょうか、イルミネーションの電飾だらけになっています。 このSLは、どうもA8形のようです。 私が子供のころは、同形の機関車を見たことがあるような気がします。 調べてみると、台湾総督府鉄道へ1907年にノース・ブリティッシュ・ロコモティブクイーンズパーク工場(旧ダブス。製造番号 18378 -18382)製5両が納入されていますので、そのうちの1台かと思われます。 太平洋戦争後に、台湾鉄路管理局に継承され、汽車製造製の同系機とともにBK10形(BK11 - BK23)となったとのことです。【Bon appétit !】 Located at the northern tip of Taiwan, Tamsui is located along the north coast about 40 minutes from Taipei by MRT and very accessible as a day trip, especially popular with locals during the weekend. Home to a variety of western colonial, Japanese, southern Fujianese, and native Taiwanese cultural and architectural attractions, Tamsui is a must visit location for all visitors to the Taipei area. Most renowned for its amazing sunset landscape, Tamsui is home to a large array of restaurants, cafés, shops, hawker(行商人)stalls, street performers, traditional cultural performances, and is the gateway to Taiwan's scenic North Coast.(https://guidetotaipei.com/visit/tamsui-%E6%B7%A1%E6%B0%B4-danshui)
2016.02.27
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15

5枚の写真は、1972年4月に只見線会津川口駅と会津若松駅で撮ったC11です。 会津川口駅12時11分発の会津若松駅行の列車に乗りました。牽引機は、C11 312です。 終点の会津若松で、C11 64を見かけました。 現在、C11 312は、新東名の島田金谷IC入り口付近にあるKADODE OOIGAWAに静態保存されています。 C11 64は、京都鉄道博物館の扇形車庫内に静態保存されています。
2026.08.16
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16

5枚の写真は、1972年7月に、山陰本線浜田駅から乗車した急行「さんべ3号」乗車中に撮ったものです。 銀色の電気機関車は、下関で見かけたEF30です。EF30は、直流電化の下関駅側と交流電化された門司駅構内を直通できる機関車で、海水による塩害を防ぐため、ステンレス板が使用されています。 門司駅で69686が客車を牽いていました。 門司操車場付近でもキューロクなどがいました。 駅名標のあるホームは、鹿児島本線新中原駅(現九州工大前駅)です。
2026.08.26
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17

松本駅のクモハ12001↑(1969年8月17日、松本、大糸線)松本駅のC56と特急あずさ181系↑(1969年8月17日、松本、大糸線)松本駅の朝、1969年7時33分、クモハ12001がホームに停まっています。今でこそ見なくなった17m級の電車ですが、1969年当時は、首都圏でもまだまだ見ることができました。松本駅構内では、C56がひっきりなしに入れ替え作業などをしています。ホームにC56102が入ってきました。ホームの反対側には特急あずさが停まっています。
2017.05.22
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18

出発を持つD51↑(1969年8月17日、松本駅、中央西線)急行アルプス165系↑(1969年8月17日、松本駅、中央東線)1969年当時、夜行の急行アルプスはたくさんの登山客で大混雑でした。写真は、朝5時20分ごろの松本駅の光景です。新宿から急行アルプスに乗って来た登山客が松本駅で降りて、上高地等それぞれの目的地に向かいます。隣のホームではD51の引く旅客列車が出発を待っています。
2017.05.21
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キューロク29680が引く貨物列車↑↓(1969年9月14日、指扇―南古谷、川越線 短い脚でちょこちょこと走るキューロクはとてもユーモラスで、人気がある機関車でした。 武蔵野の風情を残している川越線を走るキューロクを、私はとても好きでした。 写真は、昭和45年9月14日9時38分、川越方面へ向かう2483列車を牽くキューロク(29680)です。 川越線の蒸気機関車は、この月末に姿を消しました。
2017.05.29
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5枚の写真は、1970年3月に撮った岡山県新見市にある新見機関区の景色です。扇形機関車庫と電動転車台を有し、蒸気機関車の拠点となっていました。 D51とC58を運用し、主にD51が伯備線、C58が姫新線・芸備線で活躍していました。 並んで写っている2台の機関車は、D51形の376号機 と329号機です。 正面を向いている機関車は、C58形360号機です。 転車台の向こうにはたくさんの機関車がいます。 転車台にところの1台の機関車は、D51形651号機です。 扇形車庫で正面を向いている機関車は、D51形の490号機と48号機、C58形の298号機です。
2026.03.18
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21

5枚の写真は、1972年7月に山陰本線浜田機関区で撮ったものです。 レンガ造りの3線機関庫に、D51 1129とD51 1が顔を出しています。 C56 98がいました。C56は入れ替え及び三江北線で運用されていました。 長門機関区所属のD51 243がいました。 C57もいました。おそらく5号機だと思いますが、よくわかりません。
2026.08.22
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22

5枚の写真は、1972年7月の午後、山陰本線浜田駅で見かけたC57、D51、C56です。 旅客列車が浜田駅に入ってきます。牽引機は、はっきりしませんが、おそらく、C57 12だと思います。 浜田機関区の転車台で、D51の 1号機が方向転換をしています。 C56が入れ替え作業を行っていました。C56は、三江北線でも活躍しています。 仕業を終えたC57 12に水の補給と必要な点検が行われています。その横に、C56 98がいます。
2026.08.24
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裸足の女子生徒↑(2014年2月13日、ディリ、東ティモール) 道路わきの歩道を裸足の女子生徒が歩いています。 今日は久しぶりに日中に雨が降ったので、雨を楽しんでいるのでしょう。 今日の雨は、とても長く、15時頃から17時頃まで豪雨が続き、その後、断続的な雨となりました。 豪雨の中で、大の男たちもはしゃぎまわるので、皆びっしょりです。 裸足の女子生徒たちは、どこかで雨宿りしていて、雨が小ぶりになったので、歩きだしたようです。 雨の日は裸足に限る東ティモールです。【Bon appétit !】 In 2013, East Timor launched a case at the Permanent Court of Arbitration in The Hague to pull out of a gas treaty that it had signed with Australia, accusing the Australian Secret Intelligence Service (ASIS) of bugging the East Timorese cabinet room in Dili in 2004. There are no patent laws in East Timor.
2014.02.13
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4枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線上目名駅から線路沿いに歩いてトンネルを抜けて熱郛(ねっぷ)方面へ向かった辺りで撮った急行「ニセコ3号」(103レ)札幌行です。 シュルシュルとジェット機のような音を出して、ニセコ3号が坂を登ってきました。牽引機は、前補機にC622(スワローエンジェル)、本務機はC6215です。
2026.07.24
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4枚の写真は、1972年7月に梅小路機関区で撮ったものです。 C55の1号機がいました。C55 1を除く国鉄の全ての蒸気機関車は1976年3月末に廃車(除籍)となりましたが、この機関車は、1979年3月まで国鉄の車籍を維持していたため、最も遅くまで「国鉄の籍」を持っていた機関車ということになりました。現在、京都鉄道博物館に静態保存されています。 C11 96が機関庫内にいましたが、ナンバープレートが手書きになっていました。この写真を撮った2か月後の1972年9月に廃車となりました。現在、和歌山県新宮市のあけぼの児童公園に静態保存されています。
2026.08.18
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5枚の写真は、1972年7月に山陰本線で撮ったものです。 C11 311が煙を出して活動していました。撮影場所が不明ですが、おそらく、梅小路機関区で撮ったものと思われます。この機関車は、国鉄最終在籍蒸気機関車のひとつで、1976年3月に廃車となりました。現在、兵庫県西宮市の月見里公園で静態保存されています。 DD54 22?が牽引する京都22時4分発出雲行の旅客列車が倉吉駅に到着した時に、丁度C11が牽引する倉吉線の混合列車(1本の列車に客車と貨車の両方が連結された列車)が出発していきました。 D51は、米子機関区で列車内から撮りました。
2026.08.19
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塩尻駅を出発するD51862↑(1969年8月17日、塩尻、中央西線)塩尻駅近くを走るD51623↑(1969年8月17日、塩尻、中央西線)塩尻駅には中央西線を走るD51がひっきりなしにやって来ます。中央西線の電化は、1973年ですので、写真を撮った1969年頃は蒸気機関車が大活躍していました。トンネルが多い中央西線のD51は、多くが煙突に集煙装置がついています。集煙装置は上部に蓋があり、トンネルなどを通過する際にこの蓋を閉じて、煙が運転室などに入り込むのを防ぐ役割を果たしています。
2017.05.27
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堰堤の上を走るC56↑(1969年8月17日、小淵沢―甲斐小泉、小海線)山をバックに走るC56↑(1969年8月17日、小淵沢―甲斐小泉、小海線)小淵沢を出発した小海線の列車は、暫くすると中央本線と別れ、堰堤を上ります。堰堤は、進行方向が180度変わるほど大きく右へカーブします。1972年まで小海線にはC56が走っていました。八ヶ岳をバックにこの堰堤の上を走るC56の景色が私はとても好きでした。
2017.05.28
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3枚の写真は、1972年7月に,EF58 5に牽引された東京10時発の西鹿児島行急行「高千穂」に乗った時に、列車内から撮ったものです。 旧型国電の車両は、クル29 005で、大井町付近です。おそらく、クモル24と連結されています。 扇形機関庫は、国府津機関区です。庫内にD52が1台停まっています。 スカーレット色の電車は、1961年にデビューした名鉄7000系「パノラマカー」です。
2026.08.17
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入れ替え作業を行うC5694↑(1969年8月17日、松本)旅客列車をけん引するEF13↑(1969年8月17日、松本―南松本間)1969年、松本駅の構内ではC56がひっきりなしに入れ替え作業を行っています。EF13牽引の旅客列車が、新宿からやって来ます。
2017.05.23
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裸で遊ぶ子供たち↑(2013年11月30日、ディリ)南国の海岸が続く↑(2013年12月1日、ディリ) 東ティモールは、サンゴ礁に囲まれています。首都ディリは、海に面しています。いきなりサンゴ礁の海が目の前に広がっています。もちろん、一部港湾施設はありますが、ほとんどは、自然のままの海岸が広がっています。 海は透明で、水の中を覗いてみれば熱帯魚の泳ぐ姿を楽しめます。子供たちが、海で遊んでいます。裸で泳いでいる子どもたちもたくさんいます。(続く)【Bon appétit !】 The tiny country of East Timor is surrounded by some of the most magnificent and untouched marine life in the world. Off the island of Atauro alone, researchers have discovered 253 reef fish species, surpassing the world record. As politicians struggle to find new economic streams like oil pumping and coffee exports, none have proved powerful enough to raise the country out of poverty. The question for conservationists and government officials is clear: How can the country both develop tourism and keep its pristine beauty?(https://www.seattletimes.com/nation-world/east-timor-has-some-of-the-worlds-richest-reefs-can-it-profit-safely/)
2021.03.09
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5枚の写真は、1972年7月に鹿児島本線及び筑豊本線折尾駅と筑豊本線中間(なかま)駅間で撮ったものです。 D51、DD51、キューロク(バック運転)、D60が写っています。 D60 61は、現在、福岡県芦屋町の高浜町児童公園に静態保存されています。
2026.08.28
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最後のカシオペア↑↓(2016年3月21日、大宮-赤羽) 寝台特急カシオペアと今日でお別れです。 新幹線の開業の影響により、カシオペアの定期的運行は、今日で最後となりました。 昨夜(2016年3月20日)札幌駅を出発した列車は、今朝定刻の9時25分に上野駅に到着しました。 2015年8月に北斗星が廃止され、今回カシオペアが廃止され、寂しい限りです。 【Bon appétit !】 East Japan Railway Co.’s flagship Cassiopeia sleeper train completed its last return journey from Sapporo to Tokyo on Monday morning, marking the end of an era. Cassiopeia will now disappear from the rail operator’s timetable after the 17-hour trip wrapped up at JR Ueno Station. JR East ended the regular service between the capital and Sapporo ahead of the opening later this month of the Hokkaido Shinkansen Line.(http://www.japantimes.co.jp/news/2016/03/21/national/popular-sleeper-train-cassiopeia-makes-last-run-between-tokyo-sapporo/#.Vu-7Ro9OI2x)
2016.03.21
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C55の動輪↑(2021年5月29日、品川区、東京都)C5550が牽く列車(「74春闘勝利稚内支部」の文字がC55の炭水車に書かれています)↑(1974年3月28日、塩狩峠、北海道) 山手線の外側だけを歩いて山手線を一周してみました。五反田から目黒に向かって歩いていると、建物の入り口にC55の動輪が展示されていました。 こんな所にどうして?と思いました。 建物の中に(財)日本鉄道福祉事業協会がありました。国鉄動力車労働組合からの寄附によって設立された財団で、「働く者の歴史を現在(いま)に伝え、現在を働く者の生活を支える事業」を行っているそうです。 On the way to Meguro railway station from Gotanda station, A driving wheel of C55 steam locomotive was placed at the entrance of a building.【Bon appétit !】 The Class C55 is a type of 4-6-2 steam locomotive built in Japan from 1935 to 1937. A total of 62 Class C55 locomotives were built and designed by Hideo Shima . Nine were supplied to the Taiwan Government Railway, where they became class CT250. Twenty one locomotives numbered C55 20-C55 40 were streamlined.(https://en.wikipedia.org/wiki/JNR_Class_C55)
2021.07.05
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教室内で記念撮影↑(2010年1月21日、ヴィエンチャン) 今は、2010年1月21日。 ヴィエンチャンの街から60kmほど東に来ています。 小学生と中学生が勉強している学校にいます。 ちょうど昼休みで、子供たちが遊んでいます。 ちょっと教室をのぞいてみたら、女子生徒たちが集まってきました。 記念撮影です。【Bon appétit !】 携帯電話の電磁波でアルツハイマー防止? Contrary to popular belief, cell phone radiation may actually be good for the brain. Researchers say that when they exposed mice genetically predisposed to develop Alzheimer's-like symptoms to the electromagnetic field generated by a standard phone, their cognitive ability was protected. Furthermore, when mice already showing signs of memory problems were exposed to the radiation, their memory deficits disappeared. The mice were exposed to the radiation for two one-hour periods each day for seven to nine months.水位変化で天気を予測!?カエルの晴雨予報グラスThe Frog Weather Reporter(フロッグウェザー...
2010.01.22
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ターンテーブルで方向転換したD51↑(1969年11月10日、高麗川、八高線)高麗川駅構内↑(1969年11月10日、高麗川、八高線)高麗川駅は、川越線と八高線が交わる所にあります。八高線のD51とC58、川越線のキューロクがいて、一日中蒸気機関車の煙が絶えない駅でした。写真は、1969年11月ですので、既に川越線は無煙化していま。この写真を摂った頃は、八高線のD51とC58が行き来していました。高麗川駅の構内には転車台があり、いつも蒸気機関車が方向転換していました。高麗川駅の転車台はまだあるのかどうか、気になるところです。【Bon appétit !】 In the case of steam locomotives, railways needed a way to turn the locomotives around for return trips as their controls were often not configured for extended periods of running in reverse and in many locomotives the top speed was lower in reverse motion.(https://en.wikipedia.org/wiki/Railway_turntable
2017.06.16
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三浦綾子の代表作の一つ「塩狩峠」を読みました。昭和50年頃に読んだと思うのですが、初めて読んだような気がするほど、小説の筋書きを覚えていませんでした。もちろん、主人公が塩狩峠の列車事故で、自らの命を犠牲にして、大勢の命を救った話であることは知っていましたが、感動しました。愛の物語でした。 写真は、昭和49年(1974年)3月28日に塩狩峠に向かって上って来る列車を撮ったものです。貨物列車はD51+DD53前補機で名寄方面へ向かっています。客車列車は補機なしで、C5550(機関車の次が客車)は名寄方面へ、C5787(機関車の次が荷物車)は旭川方面へ向かっています。 I took these photos around Shiokari Pass in Hokkaido in 1974. Everybody knows the Pass because of the novel titled “Shiokari Pass” written by MIURA Ayako. I have just reread it recently. I was moved, as Shiokari Pass is a story of sacrifice, based on the idea of giving your life for your friends.【Bon appétit !】 Filled with drama and featuring a spectacular climax amidst the snows of Hokkaido, the book was a bestseller in Japanese and a successful motion picture as well. Based on the life of a high-ranking railway employee who was revered for his humanitarian deeds, Shiokari Pass offers a revealing glimpse of the long, hard road traveled by Japanese Christians.(https://www.goodreads.com/book/show/257224.Shiokari_Pass)
2022.08.08
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アフガニスタンの首都カーブルからアジアハイウエイを南へカンダハールへ向かって進みます。砂漠の中を走りますが、時々オアシスがありほっとします。バスがオアシスで停まると、子供たちが声を出してバスに寄って来て水を売ります。時々、パシュトゥン人の遊牧民がラクダに乗って移動しています。家財道具一切を積んでいます。駱駝の上には真っ赤な衣装を身に着けた女性が乗っていて、真っ青な空と、砂漠の薄茶色とのコントラストが美しい。テントを張っている遊牧民も見かけます。 カーブルから490km走ってカンダハールに到着です。町はずれにある岩壁上の砦に行きます。ムガール帝国創立者バーブルが作ったとのことです。重要な軍事施設で写真撮影禁止との事。警備中の兵士に、その人の写真を撮って良いか聞くと快い承諾。景色を背景に兵士の写真を撮らせてもらいました。 カンダハールは、パキスタンのペシャーワルと並ぶパシュトゥン人が居住する主要都市です。アフガニスタンの支配部族ドゥッラニ族の本拠であり、パシュトゥン人は、数百年の間、首都カーブルに君臨する王朝をつくってきました。1994年、ターリバーン政権が樹立され、カンダハールに国家元首ムハンマド・オマルが常住しました。カーブルに政府機関はありましたが、カンダハールがアフガニスタン・イスラム首長国の事実上の首都となっていました。 ここは、丘陵の岩壁にギリシア語とアラム語で刻まれたアショーカ王(在位紀元前268〜前232年)の法勅碑文があることでも有名です。 写真は、1977年に撮ったもので、遊牧民のテント、道端の野菜売り、岩壁上の砦の兵士、ホテルの守衛たち、パン屋さんです。【Bon appétit !】 Kandahar is one of the most culturally significant cities of the Pashtuns. Historically Kandahar is considered as an important political area for Afghanistan revelations. Many empires have long fought over the city due to its strategic location along the trade routes of southern, central and western Asia. Despite the capital of Afghanistan being Kabul, where the government administration is based, Kandahar is the seat of power in Afghanistan as the supreme leader and his spiritual advisers are based there. Kandahar has therefore been called the de facto capital of Afghanistan.(https://en.wikipedia.org/wiki/Kandahar)
2024.01.28
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1969年9月30日、川越線を走る蒸気機関車のさよなら運転が行われました。 旅客列車は69636が牽引しました。 貨物列車は9687が牽引しました。 【Bon appétit !】 A line linking Ōmiya with Kawagoe and continuing to the Hachikō Line at Komagawa was first proposed in March 1920. Construction work started in September 1935, with the line opening on 22 July 1940. Services were initially steam hauled, but diesel multiple unit trains were introduced from 1 June 1950. The final steam-hauled passenger train ran on 30 September 1969.(https://en.wikipedia.org/wiki/Kawagoe_Line)
2026.01.31
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5枚の写真は、1971年7月に、美唄駅付近及び美唄機関区で撮った三菱鉱業美唄鉄道2号機関車です。 この機関車は、1919年に製造されたE型蒸気機関車で国鉄4110形と同形式です。4110形は、動輪5軸を有し奥羽本線等の急勾配区間で運用されました。 2号機関車は、美唄鉄道が三菱造船(株)神戸造船所に発注したもので、三菱造船にとっては、初めて製造した蒸気機関車です。1972年の美唄鉄道廃止まで使用されました。
2026.07.07
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