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5枚の写真は、1972年7月に、筑豊本線の直方駅から見た構内の様子です。 D60、キューロクが写っています。
2026.09.07
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4枚の写真は、1972年7月に、伊田線の直方-赤地(あかぢ)間で撮ったものです。 D60 32(直方機関区所属)、29692(直方機関区所属)、D51 1150(若松機関区所属)が写っています。 未確認ですが、D60 32の先輪は、機関車の解体後、現在梅小路機関区に保存されているD50 140の先輪に使われたようです。
2026.09.06
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3枚の写真は、1972年7月に、伊田線の直方駅と赤地(あかぢ)駅との間にある嘉麻川橋梁で撮った49675牽引の貨物列車です。 嘉麻川橋梁は、福岡県小竹町と直方市との境を流れる遠賀川に架かる橋で、1909年に設置された上り線は、英国製(設計は米国)の 下路プラットトラス橋ということです。
2026.09.05
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5枚の写真は、1972年7月に筑豊本線中間(なかま)駅から直方駅へ行った時のものです。 中間から直方まで、D60 61牽引の旅客列車に乗りました。 直方駅からは、直方機関区がよく見えます。転車台の横にD60 71がいます。直方駅から伊田線赤地(あかぢ)駅の方向に歩いていると49688、D51 542等多くの蒸気機関車と出会いました。
2026.09.04
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7枚の写真は、1972年7月に筑豊本線中間(なかま)駅周辺で撮ったものです。 駅の切符売り場は、駅員が昼食のため閉まっていました。 D51 1062が石炭列車を牽引しています。 D51 225が中間駅を出発です。 駅に、D60 21が停車中で、12時30分発の直方行き旅客列車を牽引します。
2026.09.01
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5枚の写真は、1972年7月に折尾駅と中間(なかま)駅間で撮ったものです。 化粧煙突の蒸気機関車は、D60 46です。石炭列車を牽引しています。 バックで走っている貨物列車の牽引機は、キューロクの29670です。 ナメクジは、D51 10です。石炭列車を牽引しています。
2026.08.31
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5枚の写真は、1972年7月に折尾駅と中間(なかま)駅間で撮ったものです。 D51 42を先頭に重連の貨物列車、バック運転のキューロクが写っています。
2026.08.30
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5枚の写真は、1972年7月に折尾駅と中間(なかま)駅間で撮ったもので、鹿児島本線と筑豊本線の列車が写っています。 DD51は、763号機です。筑豊地区の無煙化(SL廃止)を進めるため、1972年に製造され、直方機関区に配属されました。筑豊本線などで旅客や石炭輸送に活躍しました。 旅客列車を牽引している機関車は、D60 61です。61号機は、D60形蒸気機関車として最後まで残った車両で、1974年に廃車されました。 貨物列車を牽引している蒸気機関車は、若松機関区所属のキューロク29670です。
2026.08.29
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5枚の写真は、1972年7月に鹿児島本線及び筑豊本線折尾駅と筑豊本線中間(なかま)駅間で撮ったものです。 D51、DD51、キューロク(バック運転)、D60が写っています。 D60 61は、現在、福岡県芦屋町の高浜町児童公園に静態保存されています。
2026.08.28
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5枚の写真は、1972年7月に鹿児島本線及び筑豊本線折尾駅と筑豊本線中間(なかま)駅間で撮ったものです。 D51 225、68660、19636などが写っています。
2026.08.27
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5枚の写真は、1972年7月に、山陰本線浜田駅から乗車した急行「さんべ3号」乗車中に撮ったものです。 銀色の電気機関車は、下関で見かけたEF30です。EF30は、直流電化の下関駅側と交流電化された門司駅構内を直通できる機関車で、海水による塩害を防ぐため、ステンレス板が使用されています。 門司駅で69686が客車を牽いていました。 門司操車場付近でもキューロクなどがいました。 駅名標のあるホームは、鹿児島本線新中原駅(現九州工大前駅)です。
2026.08.26
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5枚の写真は、1972年7月の夕暮れ時、山陰本線浜田駅及び転車台で見かけたC56、D51です。 C56が、入れ替え作業を行っています。 浜田機関庫にD51 239がいました。 転車台ではD51が方向転換していました。
2026.08.25
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5枚の写真は、1972年7月の午後、山陰本線浜田駅で見かけたC57、D51、C56です。 旅客列車が浜田駅に入ってきます。牽引機は、はっきりしませんが、おそらく、C57 12だと思います。 浜田機関区の転車台で、D51の 1号機が方向転換をしています。 C56が入れ替え作業を行っていました。C56は、三江北線でも活躍しています。 仕業を終えたC57 12に水の補給と必要な点検が行われています。その横に、C56 98がいます。
2026.08.24
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5枚の写真は、1972年7月に山陰本線浜田機関区で撮ったものです。 C57 101とC57 5が、機関庫内にいました。C57 5は、現在、兵庫県姫路市御立公園で静態保存されています。 C56 106が、構内にいました。C56 106は、現在、広島県府中市国府児童公園で静態保存されています。 D51 1044が、機関庫内にいました。 D51 674が、転車台の近くで、煙を上げていました。
2026.08.23
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5枚の写真は、1972年7月に山陰本線浜田機関区で撮ったものです。 レンガ造りの3線機関庫に、D51 1129とD51 1が顔を出しています。 C56 98がいました。C56は入れ替え及び三江北線で運用されていました。 長門機関区所属のD51 243がいました。 C57もいました。おそらく5号機だと思いますが、よくわかりません。
2026.08.22
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6枚の写真は、1972年7月に山陰本線で撮ったものです。 向かって左向きに走っているD51と遠景の旅客列車は、荒島駅と仁万(にま)駅の間のどこかで撮ったものです。場所がわかる方がおられましたら教えてください。 D51の1号機は、仁万駅で撮ったものです。D51 230+DF50牽引の列車と交換です。現在、D511は、京都鉄道博物館で静態保存されています。
2026.08.21
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5枚の写真は、1972年7月に山陰本線で撮ったものです。 入れ替え作業中のD51と小野田セメントの構造物が写っているD51は、おそらく、荒島駅で撮ったものです。 サトー農業機械の文字が見える倉庫とが写っているD51 1067の写真は、おそらく、揖屋(いや)駅付近で列車内から撮ったものです。D51 1067は新見機関区所属です。 旅客列車の写真は、撮った場所は不明です。もしかしたら玉造温泉辺りで撮ったのかもしれません。機関車の次に、見慣れない車輛が繋がれています。牽引機は、C57 76で浜田機関区所属です。
2026.08.20
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5枚の写真は、1972年7月に山陰本線で撮ったものです。 C11 311が煙を出して活動していました。撮影場所が不明ですが、おそらく、梅小路機関区で撮ったものと思われます。この機関車は、国鉄最終在籍蒸気機関車のひとつで、1976年3月に廃車となりました。現在、兵庫県西宮市の月見里公園で静態保存されています。 DD54 22?が牽引する京都22時4分発出雲行の旅客列車が倉吉駅に到着した時に、丁度C11が牽引する倉吉線の混合列車(1本の列車に客車と貨車の両方が連結された列車)が出発していきました。 D51は、米子機関区で列車内から撮りました。
2026.08.19
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4枚の写真は、1972年7月に梅小路機関区で撮ったものです。 C55の1号機がいました。C55 1を除く国鉄の全ての蒸気機関車は1976年3月末に廃車(除籍)となりましたが、この機関車は、1979年3月まで国鉄の車籍を維持していたため、最も遅くまで「国鉄の籍」を持っていた機関車ということになりました。現在、京都鉄道博物館に静態保存されています。 C11 96が機関庫内にいましたが、ナンバープレートが手書きになっていました。この写真を撮った2か月後の1972年9月に廃車となりました。現在、和歌山県新宮市のあけぼの児童公園に静態保存されています。
2026.08.18
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3枚の写真は、1972年7月に,EF58 5に牽引された東京10時発の西鹿児島行急行「高千穂」に乗った時に、列車内から撮ったものです。 旧型国電の車両は、クル29 005で、大井町付近です。おそらく、クモル24と連結されています。 扇形機関庫は、国府津機関区です。庫内にD52が1台停まっています。 スカーレット色の電車は、1961年にデビューした名鉄7000系「パノラマカー」です。
2026.08.17
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5枚の写真は、1972年4月に只見線会津川口駅と会津若松駅で撮ったC11です。 会津川口駅12時11分発の会津若松駅行の列車に乗りました。牽引機は、C11 312です。 終点の会津若松で、C11 64を見かけました。 現在、C11 312は、新東名の島田金谷IC入り口付近にあるKADODE OOIGAWAに静態保存されています。 C11 64は、京都鉄道博物館の扇形車庫内に静態保存されています。
2026.08.16
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5枚の写真は、1972年4月に只見線会津川口駅付近で見かけた景色です。 C11が写っています。
2026.08.15
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5枚の写真は、1972年4月に会津若松駅及び只見線で撮ったものです。 旅客列車の出発風景は、会津若松駅を出る、熱塩行のC11178です。 C11 256は、会津宮下駅ですれ違った旅客列車です。 気動車は、会津川口駅付近で撮ったもので、おそらくキハ23だと思います。車体に文字が書かれていますが、何の文字かわかりません。当時、国鉄の順法闘争を行っていましたので、もしかしたら闘争のスローガンが書かれているのかもしれませんが、スローガンにしては、字がきれい過ぎる気がします。
2026.08.14
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3枚の写真は、1972年4月に羽越本線の列車で越後寒川から新津に向かって時に列車内から撮ったものです。 岩船町駅のホームをD51 609が牽引する貨物列車が通過しました。 坂町機関区に、米坂線で活躍したキューロクが休車(または廃車)の状態で置かれていました。 中条駅で、D51 1006とすれ違いました。
2026.08.13
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5枚の写真は、1972年4月に、羽越本線越後寒川駅付近で撮ったD51です。 駅名標と一緒に写っているD51は1154号機です。 旅客列車を牽引しているナメクジのD51は、82号機です。 駅員の後ろ姿と一緒に写っているD51は、1049号機です。
2026.08.12
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5枚の写真は、1972年4月に、羽越本線桑川駅から越後寒川に向けて歩いているときに撮った気動車及びD51です。
2026.08.11
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5枚の写真は、1972年4月に、羽越本線越後寒川-桑川間で撮ったD51です。
2026.08.10
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5枚の写真は、1972年4月に、羽越本線桑川-越後寒川間のいわゆる「笹川流れ」で撮ったD51、DD51です。
2026.08.09
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5枚の写真は、1972年4月に、羽越本線桑川-越後寒川間のいわゆる「笹川流れ」で撮ったものです。
2026.08.08
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5枚の写真は、1972年4月に、羽越本線新津駅からD51 1154が牽引する旅客列車(833レ)に乗って桑川まで乗車した時に撮ったものです。 新発田駅を出てしばらくしてD51 498牽引の貨物列車とすれ違いました。 中條駅に、D51 1100が停まっていました。 平木田駅に停車中のD51 1157を追い抜きました。 坂町駅で、我々が乗った列車を牽引してきたD51 1154が給水をし、機関助士がテンダーに乗って石炭を均していました。 村上駅で、D51 1110牽引の貨物列車が交換待ちしていました。
2026.08.07
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5枚の写真は、1972年4月に、撮ったものです。 EF58 133は、これから上野発21時5分発の急行「鳥海2号」を牽引するところです。 駅構内の貨物列車の牽引車は、D51 512で、新津駅で撮ったものです。 駅構内で黒煙を上げている機関車は、D51 1154で、新津駅5時25分発の客車を牽引するところです。 水原駅でD51 681牽引の貨物列車が交換待ちをしていました。
2026.08.06
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5枚の写真は、1971年11月に、中央西線上松付近で撮った景色及びD51、DD51です。
2026.08.05
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5枚の写真は、1971年11月に、中央西線上松付近で撮ったD51です。 893号機、921号機、127号機+903号機が写っています。
2026.08.04
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5枚の写真は、1971年11月に、中央西線木曽福島駅付近で撮った中津川機関区所属のD51です。 522号機が、入れ替え作業をしています。 777号機牽引の貨物列車が出発です。 549号機が重連で待機しています。 早朝明るくなった頃265号機牽引の貨物列車が出発しました。
2026.08.03
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5枚の写真は、1971年11月に、中央西線木曽福島機関区で撮ったものです。 D51 921前補機の貨物列車、除煙板付きのC12199、D51 862、D51 351が写っています。
2026.08.02
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5枚の写真は、1971年11月に、中央西線木曽福島機関区で撮ったものです。 C12 171、C12 199、D51 902、出発を待つD51重連が写っています。
2026.08.01
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4枚の写真は、1971年11月に、長野運転所で撮ったものです。 C56形蒸気機関車 は、96号機、129号機、131号機が写っています。 DE10形ディーゼル機関車は、1008号機です。
2026.07.31
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3枚の写真は、1971年11月に、長野運転所で撮ったハチロク18688です。 18688は、飯山線の客車を牽引していました。 機関庫内の機関車の両脇に暖房車オヌ33形と思われる車輛がいます。はっきりしませんが、向かって左側がオヌ6880形から改番されたオヌ33 100、右側がオヌ6950形から改番されたオヌ33 14ではないかと思います。 暖房車は、客車列車を暖房するためのもので、蒸気暖房用の蒸気を発生させるためのボイラーを積んだ車両です。
2026.07.30
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5枚の写真は、1971年11月に、長野運転所で撮ったC56です。 96号機、102号機、129号機、131号機が写っています。102号機は上諏訪機関区に籍がありますが、長野運転所に常駐していました。
2026.07.29
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電気機関車は、1971年8月に撮った西武鉄道のE851形電気機関車です。撮影場所は不明です。E851形は、西武鉄道が1969年の西武秩父線開業に際して新製したものです。動軸を6軸備え、外形寸法・自重・牽引力・定格出力と、いずれも私鉄最大級を誇った電気機関車です。西武鉄道における貨物輸送が全廃となった1996年まで在籍しました。 特急いなほは、1971年11月に上野駅で撮ったキハ81系車両。上野13時50分発で、終点秋田には22時到着予定。 夜のディーゼル機関車は、1971年11月におそらく長野駅で撮ったものです。
2026.07.28
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5枚の写真は、1971年8月に撮ったものです。 海岸沿いの貨物列車は、室蘭本線礼文付近の礼文華海岸で撮ったものです。 遠景の貨物列車の撮影場所は、不明ですが、もしかしたら洞爺付近で撮ったのかもしれません。 道路沿いの写真は、大沼公園で撮ったもので、旅客列車の牽引車は、D51 1153です。 駅で撮った機関車は、大沼駅に停車中のD52 136とD52 235です。
2026.07.27
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4枚の写真は、1971年7-8月に撮ったものです。 蒸気機関車は、函館本線大沼付近を走るD52 468です。この機関車は、その後梅小路機関区に異動し、現在は、京都鉄道博物館で静態保存されています。 バスは、標津線西別駅から乗車した国鉄バス尾岱沼線です。途中、バスが道路から落輪した時のものです。乗客皆で協力して、この場を脱出しました。車体を水平に戻すために、バスの胴回りにかけたロープを進行方向と直角の方向へ乗客皆で引っ張り、バスが水平になるにつれ少しずつ運転手が車を後ろに動かして、無事脱出です。車掌さんは、このような事故には慣れているようで、てきぱきと、乗客を動員して対処しました。 景色は、野付半島トドワラで撮ったものです。
2026.07.26
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5枚の写真は、1971年8月に室蘭本線でとったものです。 駅を出発する機関車は、D52 204で、長万部駅で撮ったものだと思います。 海沿いの写真は、礼文―大岸間の礼文華海岸で撮ったものです。D52 56、D51 1160などが写っています。
2026.07.25
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4枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線上目名駅から線路沿いに歩いてトンネルを抜けて熱郛(ねっぷ)方面へ向かった辺りで撮った急行「ニセコ3号」(103レ)札幌行です。 シュルシュルとジェット機のような音を出して、ニセコ3号が坂を登ってきました。牽引機は、前補機にC622(スワローエンジェル)、本務機はC6215です。
2026.07.24
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5枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線小沢駅周辺で撮ったものです。 貨物列車は、キューロクの69624(倶知安機関区所属)が牽引しています。 重連の蒸気機関車が牽引する旅客列車は、急行「ニセコ1号」(104レ)です。前補機はスワローエンジェルのC622で、本務機はC623です。 D51が牽引する旅客列車は、旭川を6時22分出発、函館に19時52分到着の普通列車(122レ)です。牽引機関車はD51327(長万部機関区所属)です。
2026.07.23
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4枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる勇払原野で撮ったものです。 D51牽引の貨物列車が、堰堤を登って千歳方面へ向かっています。 苫小牧方面からこちらに向かってくる蒸気機関車はC57です。この旅客列車(229レ)は、函館を8時10分に出発して、岩見沢に18時20分に到着する普通旅客列車のはずです。写真を見ると、なんと、グリーン車が連結されています。当時、この場所で、普通列車にグリーン車が付いていることは考えられません。その理由を調べてみたのですが、これは謎です。どなたかご存じの方いませんか?
2026.07.22
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5枚の写真は。2026年7月20日朝に、上野恩賜公園不忍池で撮ったものです。 蓮の花は、早朝から咲き始め、午後になると花を閉じてしまいますが、実は午後になっても開いている蓮の花があるそうです。聞くところによると、蓮の花は早朝に開き、午後に閉じることを3日間繰り返し、4日目には夕方頃まで美しく咲き続けたあと、散っていくのだそうです。
2026.07.21
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5枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる広大な湿原・湿地帯の勇払原野で撮ったものです。 ナメクジの蒸気機関車は、D5197です。 堰堤を登っている蒸気機関車は、おそらくD51454です。千歳線です。苫小牧の方角に、遠く煙突が見えます。製紙工場の煙突で、赤と白に塗り分けられています。
2026.07.20
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5枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる広大な湿原・湿地帯の勇払原野で撮ったものです。 蒸気機関車は、室蘭本線を行く貨物列車と旅客列車(230レ)で、それぞれD51とC57が牽引しています。貨物列車は、苫小牧から岩見沢方面に向かっています。旅客列車は、岩見沢方面から苫小牧へ向かっています。 気動車は、キハ82系で、千歳線を行く特急おおぞら2号(函館ー釧路)あるいは特急おおとり(函館-網走)で、苫小牧から札幌方面に向かっています。背景に見える湖は、ウトナイ湖です。
2026.07.19
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4枚の写真は、1971年7月に撮ったものです。 キューロクは、網走駅で撮ったものです。 夜のC58は、網走駅で出発を待つ札幌行急行「大雪」(518レ)です。この列車は、網走から北見までは普通列車(1528レ)で運行されます。 すれ違った貨物列車は、D5154が牽引していました。この写真を撮った場所は、室蘭本線の岩見沢-苫小牧間だと思いますが不明です。 熊の写真は、のぼりべつクマ牧場で撮ったものです。
2026.07.18
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