内容的に10月5日の「てきぱき行動できる子をめざさない!? 」のつづきのような内容です。
親野先生の親力メルマガでの連載をもとにしています。
テーマは、子どもの動作がのろいとか、片づけができないとか、
そういう性格上にも起因するようなことを
大人が変えていくことができるのかということです。
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2006/10/9発行
「親力で決まる子供の将来 」No705より
難しいと思います。
なぜなら、そもそも子どもは
その 必要性を感じていない
からです。
説得とか憧れにしても、
もともと本人に 潜在的なモチベーション
が
ないと意味はないのです。
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必要性 モチベーション という言葉がでてきました。
子どもを「教育」しようという上で、これは原点になることだと思います。
本人がしようと思っていないことは、結局させられない、させたとしても絶対身につかないということです。
==========================同No706より
とくに、片づけができないとか、だらしがないとか、マイペースと
かいったことを変えるのは、とてつもなく難しいことです。
私は、これに成功したという例を知りません。
ときどき、 ものすごく怖くて厳しい先生が受け持って
徹底的に叱り続けたら、だらしがない子が直った
という話を聞くことがあります。
でも、私が知っている全ての場合において、
それはその先生が受け持っている間だけのこと
です。
新しい学年になり別の先生になったら、あっという間に元に戻ります。
元に戻るどころか、
それまでの反動でよけいにひどくなることもまれではありません。
つまり、先生が怖いから、叱られたくないから気を付けていただけ
のことだったのです。
「叱る教育」の一番の問題点は、ここです。
しないと怒られるからしぶしぶやるという状態、
まったく本人自身はやりたいとおもっていないのにやらざるをえないところに追い込まれている状態
・・・これは全然「自然な状態」ではありません。
「不自然な状態」は「自然な状態」に戻ろうとします。
つねにおどしておかなければ成立しない「正しい行動」は、
たとえその先生がなしえたとしても、
それはうわべだけです。そのウソは見抜かれなければなりません。
「道徳的価値観」が特にそうですが、
だれに言われようと本人がそうと信じておこなうという、
本人の意思が必要なのです。
ちなみに、「本人の意思に関係なく、あまりに反復行動させて定着させてしまえば
時と場合を選ばず無意識にそれを行うよう、習慣化する」という、
あまり教育的とはいえない理論もあります。
これはありえると思いますが、
その人の心を殺し、ロボット人間としてただそうさせるだけになってしまいます。そのひずみはその人の人間性をトータルで考えた時、
とても大きいといわざるを得ません。
この話題は、同メルマガで710号より
「 しつけ強迫神経症
」という名前で再度強く大きく扱われています。
手元の最新712号では、こんな言葉で書かれています。
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子どものありのままを受け入れない子育てであり、目の前の子ども
を否定する子育てです。
「あなたは今のあなたではいけない」と言っているのと同じです。
「今のあなたは受け入れられない」と言っているのと同じです。
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あなたは、「 しつけ強迫神経症 」ではありませんか?(^^;)
・・・そうはいっても、「今のあなたではいけない」と言わざるをえないこと、ありますよね。
不適切な行動を認めるわけにはいかない。
では、現実にそういうとき、どうするか?
私なりの考えはありますが、ここはこの日記をお読みの皆さんの意見もお聞きしたいと思います。
ぜひ、コメントを寄せてくださいね(>_<)
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