趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

May 8, 2011
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カテゴリ: 国漢文
【本文】先帝の御時に、承香殿(じようきようでん)の宮す所の御曹司に、中納言の君といふ人さぶらひけり。
【注】
・先帝=醍醐天皇。
・承香殿の宮す所=光孝天皇の皇女で、醍醐天皇の女御であった源和子。承香殿は、仁寿殿の北、常寧殿の南にある御殿。
・中納言の君=貴人のおそば仕えの女房の名。
・御曹司=宮中の女官に割り当てられた個室。
【訳】醍醐天皇の御代に、承香殿の御息所様のお部屋に、中納言の君という女房がお仕えしていたとさ。

【本文】それを、故兵部卿の宮、若男にて一宮ときこえて、色好みたまひけるころ、承香殿はいと近きほどになむありける。らうありをかしき人々ありとききて、物などのたまひかはしけり。
【注】

・一宮=第一皇子。
【訳】その女房を、元良親王が、まだ年若く第一皇子と申し上げて、よく恋愛なさっていた頃に、承香殿は非常に近いところにあったとさ。機知に富んで風流な方々がいると聞いて、言葉などやりとりなさったとさ。

【本文】さりけるころほひ、この中納言の君に忍びてねたまひそめてけり。
【訳】そんなふうにして過ごしていた時分に、この中納言の君に、人目を忍んで共寝なさるようになってしまったとさ。

【本文】時々おはしましてのち、この宮をさをさとひたまはざりけるころ、女のもとよりよみてたてまつりたりける、

人をとくあくたがはてふ津の国のなにはたがはぬ君にぞありける
【注】
・をさをさ……ざり=めったに……ない。
・あくたがは=「芥川」と「飽く」を言い掛ける。
・なには=「難波」(大阪市一帯)と「名には」の掛詞。
【訳】時々中納言の君のもとへいらっしゃってのち、この親王が、めったに訪問なさらなかった時分に、女の所から作って差し上げた歌、



【本文】かくて物もくはで、泣く泣くやまひになりて恋ひたてまつりける。
【訳】こうして、食事もとらずに、泣く泣く病気になってずっとお慕い申し上げていたとさ。

【本文】かの承香殿の前の松に雪のふりかかりたりけるを折りて、かくなむきこえたてまつりける。

こぬ人をまつの葉にふる白雪のきえこそかへれあはぬおもひに

とてなむ、「ゆめこのゆき落とすな」と使ひにいひてなん、たてまつりたりける。

・まつ=「待つ」と「松」の掛詞。
・ふる=「降る」と「経る」の掛詞。
・きえかへる=ひどく思いつめる。また、すっかり消える。「雪」と「消え」は縁語。
・おもひ=「ひ」に「火」を言い掛ける。
・ゆめ……な=決して……するな。
【訳】その承香殿の前の松に、雪が降って枝にかかっていたのを折って、こんなふうに歌を作って親王さまに申し上げたとさ。

訪ねてこない人を待ちながら月日を送る、松の葉に降る白雪のように、あなたに逢わない恋しい情熱の火に、雪がすっかり消えそうなほど、それほど私も死ぬほど思いつめておりますよ

と和歌を作って手紙に書き、「決してこの雪を枝から落とすな」と使者に言って、松の枝とそれに添えた手紙を親王様に差し上げたとさ。







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Last updated  May 8, 2011 09:41:20 PM
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モンクレール キッズ さん
はじめまして。突然のコメント。失礼しました。
モンクレール キッズ <small> <a href="http://moncler.katsu-ie.com/" target="_blank">http://moncler.katsu-ie.com/</a></small> (November 6, 2012 11:47:56 AM)

Re:大和物語 百三十九段(05/08)  
ゆっきー さん
私、この「こぬ人を」の和歌を受験勉強中に知って英文科志望から国文科に変えました。あの時の衝撃から三十年経ってしまいましたが、やっぱりこの歌はいいですね。今の高校生や大学生にも伝授したいです。
(September 8, 2013 02:12:10 PM)

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