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「楽しさ」を意識し… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2008.09.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
人間には視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などの五感があると言われています。でも、これは他の動物でも同じです。でも、人間は他の動物たちが見ることが出来ないものを見、聞くことが出来ない音を聴き、触れることが出来ないものに触れ、味わうことが出来ない味を味わい、かぐことが出来ない匂いをかぐことが出来ます。

それは、一過的に通り過ぎてしまう感覚からの刺激を心と意識の中にとどめてそれらの刺激を自在に分析することが出来るからです。つまり心と意識の働きが五感の働きの感受性を高めているのです。ですから、見ようとしなければ見えないものがあります、聴こうとしなければ聞こえない音があります。触覚も、嗅覚も、味覚も同じです。

つまり、人は心や意識の状態によって同じものを見ても同じものを見ているとは限らないし、同じ音を聞いても同じ音を聞いているとは限らないと言うことです。
そのような違いは大人と子どもの間にもあります。大人には見えても子どもには見えないもの、大人には聞こえても子どもには聞こえない音もあるのです。
もちろんその逆もあります。
子どもたちには見えているのに、大人には見えないものもあります。子どもたちには聞こえていても大人には聞こえない音もあります。
このような違いは文明の中で暮らしている人と、自然の中で暮らしている人たちの間にも存在しています。

ですから、自分とは異なった心と意識の状態の相手と対話する時にはそのことをよく知っておく必要があります。そうでないと対話によって理解し合えるのではなく、むしろその逆に誤解と反感ばかりが増えてしまいます。

私たちは、“話し合えば分かり合える”と思いこんでいます。“心から説明すれば分かってもらえる”と思いこんでいます。確かに、それが単なる誤解やお互いの無知から生じているものなら話し合えば理解し合うことも可能でしょう。でも、その違いが心と意識の状態の違いから出ているのなら話し合っても分かり合うことはありません。それでも、大人が子どもに対して、文明人が未開の生活をしている人たちに対して無理矢理説得しようとするのは権力を持つ者の傲慢に過ぎません。



ただ、その大切なものが対立する時には、より権力が強い方が譲歩する必要はあります。そうでないと弱い立場の者達は存在することが出来なくなってしまいます。すると世界から多様性が失われます。すると、権力が強いもの同士が分裂し戦いを引き起こし全滅します。

生命が生き生きと生きるためには多様な世界が必要なのですが、その“多様”とは単に種類がいっぱいあると言うことではありません。そうではなく、自分の存在に不都合な存在の存在も許されているということが本当の意味での“多様である”ということなんです。

人間の存在にとって不都合なもの達の存在も人間は受け入れる必要があるのです。そうでないと多様性が消滅して、結局は人類も滅亡します。

家族の中でも同じです。
大人にとって不都合な子どもという存在もありのままに受け入れるのです。それは子どもが大切にしていることを大人も大切にしてあげるということです。夫婦の間でも同じです。これを否定してしまったら家族は崩壊します。

今日は話があちこち飛んでしまいました。お許しを。





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Last updated  2008.09.21 07:31:59
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