マシュマロさん

>私も白か黒か、というような思考の癖が少しあるように感じる時がありますが、これはきっと完璧主義と通じるもののように感じます。あくまで、自分が完璧(自分が肯定されたような状況)と感じることで納得するというもので、否定される事を異常に嫌うんですよね。ある意味、そうすることで自分自身を守っているのだと思います。

はっきり分類できないものに対しては不安を感じるのでしょうね。

でも、「分類」は人間の観念世界の中だけの話ですから、それを現実世界に当てはめてしまったら、現実は壊れてしまいますよね。 (2012.01.08 09:21:05)

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すべて、お楽しみさ… New! かめおか ゆみこさん

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2012.01.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日新聞を見ていたら、週刊誌の見出しに石原慎太郎の言葉として「しつけとは体罰だ」と書いてありました。

それで ネットでも調べたら 、もう少し具体的な石原慎太郎の言葉が出てきました。その一部を以下に抜粋します。

石原:体罰はいいんだ。身にしみるからね。残虐行為とは全く違う。立たせるとか男のお尻をたたくとか、せいぜい平手打ちを食らわすぐらいあったっていいと思うな。やっぱり、しつけですよ。しつけっていうのは刷り込みなんです。たとえば九九算ですよ。あれは計算じゃなくて、刷り込みで暗記してる。それをやらなきゃダメです。それをある年齢まで来たときに、とにかく半ば強制的にやれるのは集団生活しかないから。

このような考え方をする人の頭の中には白か黒しかありません。このように言う人に「いや、私は体罰は反対です」というと、「そうやって子どもを甘やかすから子どもがおかしくなるんだ」と言い出すでしょう。

そんなこと言っていないのに、独断的に「もう分っているんだ」という反応をするのです。そして、人の言うことを聞こうとはしません。

なぜなら物事を「白黒二元論」で考える人にとっては、「厳しくする」の反対は「甘やかす」であって、それ以外の選択肢は存在していないからです。

そのような人が「黒だ」と言っている時に、「いや、黒ではないですよ」と言うと、誰も「白」などとは言っていないのに、「何をばかなこと言っているんだ、あれが白なわけないじゃないか」と反応します。

そのように「白黒二元論」的な考え方をする人は、少しでも自分とは異なることを言う人は全て「自分とは反対意見の人」として認識します。

そして、それは「体罰反対論者」においても同じです。



そのように世の中を「白黒」だけで見ようとする人たちは、それが「事実」か「事実ではない」ということにはあまり興味がありません。

そして、自分の意見をちゃんと検証しようとはしないでただ感情論だけで押し通します。
実は、そのような人は「本当のこと」には興味がないのです。ただ自分の感情や価値観や自尊心を守りたいだけなのです。

だから「それって事実なんですか?」と問い返すだけで、「敵」として位置づけられてしまいます。

そして、すべてを「自分を肯定する意見」と「そうでない意見」の二つに分けます。だから二元論になってしまうのです。

そのため、石原慎太郎のように「しつけは体罰だ」という人に、「いや、そんなことないんじゃないですか」と「しつけ」についての議論を持ちかけても、議論になりません。

最初から「しつけ」などには興味がないからです。だから「それが本当かどうか」という検証をする気も、議論をする気もありません。もともとただの思い込みであって何の根拠もないからです。

そして、本人もそのことを知っています。だから、「そんなこと言うのなら、本当にしつけに体罰が有効かどうかを科学的に検証してみましょう」などと言ったら怒り出すでしょう。

白黒二元論にこだわる人は、事実には興味がないのです。とにかく、自分を守りたいだけなのです。そのような人は小さい時から否定されて育ってきたのではないかと思います。

競争社会の中で、幼い時から成績や能力によって比較され続け、「一人の人間」として受け入れられてこなかったのでしょう。

問題は、日本ではそのように「自分を守りたいだけの人」が政治のトップに立ってしまっているということです。政治家だけではありません、今では日本人の多くがこの白黒二元論的な考え方しか出来なくなってしまっています。


そのような人の特徴は「話し合い」が出来ないということです。相手の意見を聞かず、ひたすら自分の意見を押し付けようとします。

ちなみに、仕事がら多くのお母さんたちの話を聞いてきた体験から言うと、子育てを楽しんでいるお母さんたちの多くは子どものころ体罰を受けていません。むしろいっぱい愛されて育った人が多いように思います。

逆に、体罰を受けて育ったお母さんは精神的に自立ができなくなり、子育てで苦しんでいる人がいっぱいいます。

ただし、この場合の「体罰」は「しつけの方法」としての体罰のことです。子どもが危険なことをした時などに思わず手が出てしまうのはお母さんの「感情表現」であって「体罰」ではないと考えています。


私は「本当のこと」が知りたいと思っています。そして、この現実世界には「真っ白」も、「真っ黒」も存在していません。「真っ白」や「まっ黒」は人間の頭の中にしか存在していない空想の産物だからです。



体罰をするのでも、甘やかすのでもない子育てもあるのです。

原発反対でも、原発賛成でもない考え方もあるのです。

勝ち組でも、負け組でもない生き方もあるのです。

多くの人が、経済的に豊かでないと貧しい社会になってしまうと思い込んでいますが、そうでない社会もあるのです。

便利でないと不便になるわけではありません。

自由がないからといって不自由になるわけではありません。

お金がないからと言って貧しくなるわけではありません。

白黒にこだわる人は、勝つか負けるかだけにこだわる生き方をしています。そして、勝てばうぬぼれ、負ければ自己肯定感を失い、「どうせ私なんか」と自嘲します。

自分は自己肯定感が低いと思い込んでいる人も「白黒」だけで世界を見ている人です。

もっともそのような断定的な言い方も「白黒」を付ける言い方ですけどね。

ということで、「白黒で世界を見る傾向が強い人」と言い換えておきます。





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Last updated  2012.01.05 10:37:44
コメント(8) | コメントを書く


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Re:「“しつけは体罰”に見る二元論」(白と黒だけの世界からの脱却)(01/05)  
忠武飛龍  さん
この記事にも書きたいことはありますが後日に。

それよりも
http://quasimoto.exblog.jp/17171551/


>私は我が家の息子たちにもよく話しますが、日本の男子サッカーは「子供横綱のサッカー」です。この意味は、比較的早熟で身体的に大柄で能力的に優位にたった選手がエリートサッカー選手の育成の道に入る傾向が高いということです。しかし、子供の頃大型でいつも優位に立っていますが、高校そして大人となると今度は自分が特別大きな選手になるわけではありません。しかしそうなった時、子供の頃に身に付いた大柄の選手特有の癖が出て、それが本人の成長の邪魔をするということを言っています。



>つまり、子供横綱でだれ一人大相撲の横綱になったものがいないというのと同じことです。子供の頃開花した能力と本当の大人の頃開花する能力は異なるということです。


今の学問の世界も、「子供横綱エリート」に思います。

なにかこの記事と少し通じるところがあると思います。

大人のいうことをよく聞く「子供横綱」な資質だけでは大人・社会は、生きれないのです。
それが「ニート・引きこもり」の一因に思います。
「しつけ」だけの問題でなく「大人の考えの浅さ」です。

再見! (2012.01.05 20:00:02)

後日のつもりでしたが。  
忠武飛龍  さん
後日のつもりでしたが。自分のブログの1月3日のもので
http://plaza.rakuten.co.jp/tanpakumeisi/diary/201201030001/

>それが「おじさん」から「お兄ちゃんへ」の、「原父」から「悪い兄たち」への交代の劇的な指標だったと思う。

ってあります。
「悪い兄たち」を全否定する気はないですが、現都知事のこの意見は「悪い兄たち」がカッコウつけているだけに思います。
「民間にまかせたら倒産しちゃった」と言い放った都知事の心を見ると、正直子供に関しても「責任感」というように思えません。

体罰をするにしてもしないにしても「責任」を持つ・責任感があるのが「まっとうな父」ならば、現状の体罰論は、「枝葉末節」のことだけで「子供の教育・養育」の根っこの「愛情・覚悟」ではないように思います。

それが「子供横綱」大量生産のゆえんに思います。
その場の成績・体面しか求めない。子供の将来には「数字・体面」さえ整えば無責任。
まさに、無責任な「悪い兄たち」だけです。

再見! (2012.01.05 20:07:18)

Re[1]:「“しつけは体罰”に見る二元論」(白と黒だけの世界からの脱却)(01/05)  
森の声  さん
忠武飛龍さん

興味深く読ませていただきました。

>今の学問の世界も、「子供横綱エリート」に思います。

>なにかこの記事と少し通じるところがあると思います。

みんな目先の勝利ばかり追い求める時代ですから、人が育たないのですよね。 (2012.01.05 21:59:01)

Re:後日のつもりでしたが。(01/05)  
森の声  さん
忠武飛龍さん
>後日のつもりでしたが。自分のブログの1月3日のもので
http://plaza.rakuten.co.jp/tanpakumeisi/diary/201201030001/

非常に面白かったです。

>「悪い兄たち」を全否定する気はないですが、現都知事のこの意見は「悪い兄たち」がカッコウつけているだけに思います。

カッコウはつけているのですが、昔のおやじのような美学がないのです。威張っているだけで無様です。

>その場の成績・体面しか求めない。子供の将来には「数字・体面」さえ整えば無責任。
>まさに、無責任な「悪い兄たち」だけです。

日本では教育の場全体がそうなってしまっていますね。 (2012.01.05 22:03:31)

同感  
お話に出てくる政治家は出てきた当時から違和感があって、支持する人の気持ちが全く分かりませんでした。そうか、そうだからだ~とすっきりしました! (2012.01.06 05:53:25)

Re:「“しつけは体罰”に見る二元論」(白と黒だけの世界からの脱却)  
マシュマロ さん
白か黒か、という思考が激しい方は、幼少のトラウマなどによるものが大きいようですね。
境界性人格障害と診断される方もそのようなところの苦しみがあるようです。
私も白か黒か、というような思考の癖が少しあるように感じる時がありますが、これはきっと完璧主義と通じるもののように感じます。あくまで、自分が完璧(自分が肯定されたような状況)と感じることで納得するというもので、否定される事を異常に嫌うんですよね。ある意味、そうすることで自分自身を守っているのだと思います。井口和基さんのブログは、少し前から私も興味深く読ませていただいていました。 (2012.01.06 17:04:23)

Re:同感(01/05)  
森の声  さん
mg8812さん
>お話に出てくる政治家は出てきた当時から違和感があって、支持する人の気持ちが全く分かりませんでした。そうか、そうだからだ~とすっきりしました!
-----
でもなぜか支持する人も多いのですよね。
白黒はっきりしている人の方が分かりやすいからなのでしょうね。 (2012.01.08 09:18:04)

Re[1]:「“しつけは体罰”に見る二元論」(白と黒だけの世界からの脱却)(01/05)  
森の声  さん

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