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2007.05.16
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Michel Pastoureau, "Chasser le sanglier. Du gibier royal a la bete impure : histoire d'une devalorisation"
dans Michel Pastoureau, Une histoire symbolique du Moyen Age occidental , Seuil, 2004, pp. 65-77.

 久々に、ミシェル・パストゥローの論文集『西洋中世の象徴の歴史』からの論文の紹介です。今回は、「イノシシ狩り―王の獲物から不浄な動物へ:ある地位の低下の歴史」を紹介します。

 イノシシ狩りは、古代ギリシア・ローマ、ゲルマン・ケルト世界で、高い価値を認められていました。イノシシ(野生の豚)を狩ることは、王や領主の儀礼であり、英雄的偉業であると考えられたのでした。この状況は紀元千年頃まで続きます。ところが、12世紀頃からイノシシ狩りの価値は低下します。逆に、価値が認められてくるのは、シカでした。

ローマ人の狩り

 古代ローマ人は、イノシシ狩りを好みました。イノシシは、それを狩る者の力と勇気が称えられることになる、恐ろしく危険な動物であり、だからこそ、高貴な人々の獲物だとされました。
 逆に、シカ狩りは、価値が低いものとされ、軽蔑されていました。シカは、弱く臆病な動物で、また、その肉は健康によくないと考えられたせいです。それゆえ、貴族たちは鹿狩りせず、民衆がそれを行ったといいます。
 古代ゲルマン人も、イノシシに対して恐怖混じりの尊敬を抱いていました。熊あるいはイノシシとの戦いは、自由な大人の戦士になるために不可欠な儀礼だったとか。
 また、ケルトの世界でも、イノシシは男らしい徳をもつ、王の動物でした。多くの神話で、王たちは、(白い)イノシシの狩りをするそうです。また、イノシシとともに熊が崇敬されました。アーサー王の名前は、熊が語源にあるそうですが、アーサー王は雌イノシシあるいはイノシシ狩りをする典型的な君主であるそうです。

狩猟書


 ガストン・フェビュスGaston Phebusは、狩猟のヒエラルキーのトップに、シカ狩りを置いています。が、イノシシを完全に否定的にはとらえていません。少しばかり、彼がイノシシにわりあてた特性(他の動物も含めた分類)を見てみましょう。
 イノシシ=grosses bestes[大きな獣]:他に、シカ、熊、狼
      bestes mordantes[かみつく動物(?)]:他に、熊、狼、キツネなど
      bestes puantes[悪習のする獣]:他に、狼、狐、アナグマ
      bestes noires[黒い獣]:他に、熊、狼
      また、計略を用いることのない、勇気があり、誇り高い動物
 他方、アンリ・ド・フェリエールHenri de Ferrieresという人物は、とことんイノシシに対して否定的態度をとります。彼は、イノシシには、10の悪魔のような特性があり、イノシシはキリストの敵であり、悪魔だと考えました。

狩猟術のテクストから、文書史料へ

 イノシシ狩りの衰退は、会計文書などからもうかがえます。イノシシ狩りには、大量の猟犬が必要だったので、当然犬の維持費が高くつきます。ところが、その維持費に関する言及が減っていくというのですね。中には、自分の猟犬を持たず、他の君主から犬を借りる君主もいたという記録もあるとか。
 14-15世紀の会計文書、狩猟書などによれば、シカ狩りは君主、王のみによって行われた一方、イノシシ狩りは専門的な狩猟係によって行われたことが分かるそうです。イノシシ狩りは、もはや貴族の儀礼ではなく、畑などを荒らす害となる獣を駆除する、実利的な行いとなったのですね。
 イノシシ狩りに代わってシカ狩りが王や君主の行いとなる背景には、土地をめぐる問題もありました。シカ狩りは、猟犬を伴って、馬に乗って行ったため、イノシシ狩りよりも広い土地が必要となりました。そこで、王や君主は狩猟権を行使するのですが、その慣習はヨーロッパの大部分に広がっていきます。こうして、シカ狩りのできる広い土地をもたない単なる領主は、イノシシ狩りで我慢しなければならなくなったというのです。
 また、少しふれましたように、シカ狩りが馬に乗って行われたのに対して、イノシシ狩りは徒歩で行われました。王や君主たちは、従者のように歩くことを嫌い、馬に乗って行うシカ狩りを好むようになった、ということも、シカ狩りの地位の向上の背景にあったようです。

イノシシ、ある悪魔的な動物



シカ、あるキリスト的な動物

 先に、イノシシに悪魔のような10の特性を挙げたアンリ・ド・フェリエールに言及しましたが、このアンリは、シカにイノシシと反対の10の美徳を与えます。同じく先に言及したガストン・フェビュスも、シカはあらゆる徳をもつとし、王の獲物だと考えました。
 教父の時代から、シカは、豊かさ、復活のシンボル(角が毎年生え替わることから)、悪の敵対者として考えられました。シカには、性的な側面も認められるのですが、教父らは、あくまでシカを、純粋な動物、キリストやユニコーンのアトリビュート(属性)、あるいは代役とします。また、ラテン語のcervus(シカ)と、servus(しもべ)の音の近さから、シカは救世主と考えられます。
 中世の教会は、動物のヒエラルキーを逆転させました。ゲルマン・ケルト世界で動物の王であった熊の価値を下げ、ライオンを動物の王とし、また、イノシシの価値を下げ、シカを王の獲物とします。先に、アーサー王がイノシシ狩りをする典型的君主だったことにふれましたが、 1170年頃のクレティアン・ド・トロワによる物語では、アーサー王はシカ狩りをするというのですね。これは、王がシカ狩りをする端緒になったということです。

狩りに対する教会の態度

 教会は、そもそもあらゆる狩りに反対でした。けれど、シカは、まぁそれほど悪くないと考えたようです。それは、熊やイノシシを狩るほど野蛮でもなく、流血も少ない。要は、よりよく統制された狩りだったということです。
 パストゥローは、結論的に、次のようにいいます。教会は、シカを抑制することはできたが、熊やイノシシは手に負えなかった。後者に対して唯一できた戦略が、それらの動物を悪魔化することだった、といいます。そして、教会は、狩りそのものを廃止することはできなかったが、狩りの方向付けをすることができた。すなわち、野蛮で異教的ではない方向への転換ですね。こうして、熊とイノシシは価値を落とし、シカが賞賛されることになったというのです。



 話としては面白い論文でしたが、いくつか疑問もあります。既に5-6世紀からイノシシは悪魔的で、シカはキリスト的な動物だと教父たちは考えていたということですが、狩猟のヒエラルキーの逆転が見られるのは 11-12世紀頃からだといいます。なぜ、ヒエラルキーの逆転がこの時期に起こったのか。パストゥローは、教会人による象徴的な意味づけを強調しますが、それだけでは、この年代的な問題が説明できないのではないでしょうか。
 ただ、熊とイノシシが同時期に威厳を失墜していくという指摘は興味深かったです。いずれも、古代ゲルマンでは高貴な動物でしたが、その価値の失墜は、イングランド、フランスに比べ、ドイツのあたりでは少し後のことになります。このことも、ヨーロッパ全体が「キリスト教化」されたとはいえ、地方固有の古代からの信仰も根強く残っていたということを示すのだろうと感じました。

 関連する文献についてふれておきましょう。私は未見なのですが、パストゥローの近著は、熊を題材にしているようです。
・Michel Pastoureau, L'ours : Histoire d'un roi dechu , 2007, Seuil.
 動物の王に関しては、さしあたり次の二つの論文を。
・Michel Pastoureau, "Quel est le Roi des Animaux?" dans Michel Pastoureau, Figures et Couleurs , Paris, 1986, pp. 159-175.(紹介の記事は こちら )
・Michel Pastoureau, "Le sacre du lion : Comment le bestiaire medieval s'est donne un roi" dans Michel Pastoureau, Une histoire symbolique du Moyen Age occidental , Seuil, 2004, pp. 49-64.(紹介の記事は こちら )
 中世の七大罪について、・Morton W. Bloomfield, The Seven Deadly Sins : An Introduction to the History of a Religious Concept, with Special Reference to Medievale English Literature , Michigan State University Press, Repr. 1967. この文献は、付録として、動物に結びつけられた悪徳の一覧を掲げています(まだちゃんと見ていません。なお、関連する記事は こちら )。
 シカと森について、・遠山茂樹「アルビオンの森林史話」甚野尚志・堀越宏一編『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会、2004年、35-58頁が参考になります。

 季節外れですが、ボタン鍋が食べてみたくなりました…。そういえば、今年は亥年でしたね。今年の冬は試してみたいものです。





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Last updated  2008.07.12 18:40:36
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シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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