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2007.09.21
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Michel Pastoureau, "Voir les couleurs du Moyen Age. Une histoire des couleurs est-elle possible?"
dans Michel Pastoureau, Une histoire symbolique du Moyen Age occidental , Seuil, 2004, pp. 113-133.

 今回は、ミシェル・パストゥローの論文集『西洋中世の象徴の歴史』(目次は こちら )から、「中世の色彩を見る―色彩の歴史は可能か?」を紹介します。
 本論文集の「色彩」の部の冒頭を飾ることもあってか、色彩の歴史の方法論についての論文となっています。 今回は、いつものように小見出しを掲げながら書くのではなく、内容を概観した上で、若干の感想を加えようと思います。

 色彩は、物理的な知覚現象であると同時に、複雑な文化的構成物であり、その性格を一般化することはできません。色彩の普遍的な真実というものはない、というのですね。
 色彩の歴史を研究する上では、三つの困難があります。
(1)資料上の困難

(2)方法論上の困難
 色彩は、当時の化学、技術、図像、象徴など、多くの問題を投げかける研究対象です。そのため、それらの問題をいかに研究するかが大きな問題となります。また、中世の史料は中立的な性格ではない(なんらかの象徴性、イデオロギーをもつ)こと、各々の史料に固有の分析方法が求められることが指摘されます。中世の図像において、その色彩は現実の色彩とは異なり、イデオロギー的、ステレオタイプ的な性格をもつことにも注意しなければなりません。
(3)認識論上の困難
 中世と現代では、そもそも色彩の認識の仕方が異なります。たとえば、中世において、青は暖色でした。緑は、黄色とは関連をもたない色ととらえられていました。当然、ニュートンにより発見される色のスペクトルも知られていない世界です。したがって、歴史家は時代錯誤(アナクロニスム)に注意しなければなりません。

 では、歴史家の仕事として求められるものはなにか。色彩の歴史は、技術などの歴史というよりもまず、社会史としてアプローチする必要があります。その際、歴史家の仕事は二つあります。
(1)中世社会にとって、色彩の世界がどのようにありえたか。この問いに答えるためには、語彙、染料、染色技術、衣服のコードなど、多様な分野の研究を進める必要があります。
(2)上のような、慣行、体系のみでなく、色彩の急激な変化、消失、刷新、混同についても研究しなければなりません。

 中世の知識人は、色彩についてどのように考察していたのでしょうか。 ここでは、虹の色についての当時の知識人による考察と、彼らが、人間が色彩をいかに捉えると考えていたかが紹介されています。
 ものの色彩の見え方については、
(1)目から光線が出て、見えるものの実体と「質」を探しに行くという説、
(2)目から出た色覚の「火」と、見られたものから発せられた微粒子の交わりという説、の二つが主流だったとか。


 それでは、中世の人々は、いつ、どこで、色彩を見ていたのでしょうか。
 まず、重要な場所は、教会です。聖ベルナールのように、様々な色で彩られた教会建築に批判的な聖職者もいるにはいたのですが、それでも教会は、多くの色に満ちた場所でした。
 世俗の舞台としては、儀礼の場、あるいは、トーナメントなどの見世物が、色に満ちた空間としてあげられます。
 続いて、色彩を論じるにあたり、重要な二つのモノが挙げられます。紋章と衣服です。
 紋章は、12世紀半ばに出現し、13世紀に諸階層に普及します。基本色は、先に挙げたのと同じ白(argent)、黄(or)、赤(gueules)、青(azur)、黒(sabre)、緑(sinople)の6色です(かっこ内は紋章用語)。紋章の普及により、あらゆる状況で色が見られるようになったとパストゥローは言います。たとえば、先にみた教会は、「紋章の博物館」と評されています。


 たとえば、聖王ルイは、青を好みます。同時期、ほぼ全ての農民が青い服を着るようになりますが、それぞれの青は、別の色として認識されました。中世の人々の目には、濃く明るい青は、くすんだ暗い青よりも、同じく濃く、明るい赤、黄、緑に近いと考えられたといいます。
 中世の衣服にも流行色があり、それは12世紀半ば以降、青となります(ミシェル・パストゥロー 『青の歴史』 参照)。

 本論は、冒頭でも指摘されていたように、色彩は文化的な事実であり、色彩に関する普遍的事実はないということを強調して、結ばれます。

ーーー

 最初の方の、三つの困難に関して論じている部分は方法論的な問題を扱っていて、後半では、中世の色彩の具体的な事例をいくつか論じるという形式ですね。 …紙面の制約もあるのでしょうか、ちょっと物足りない感じがしました。色彩や、図柄への感性が、現代と中世では異なるということは、パストゥローは多くの研究でふれています。本稿は、その違いを挙げながら、色に関する普遍的な事実はないということを強調することを目的とするのだと思うのですが、より具体的な研究の冒頭に掲げるような内容なのでは…と思いました。現に、先に少しふれた『青の歴史』の中でも、三つの困難と、虹や、色彩のとらえ方について言及されています。あるいは本論は、本書の「色彩」の部の冒頭におくことで、同様の効果をもつのかもしれません。本書全体を読むと、また評価も変わるかもしれません。
 ちょっと疑問に思ったのは、緑は黄色とは関連がないととらえられたことにふれましたが、関連して、緑を作るのに青と黄を混ぜることはなかったと指摘されています。これは、そもそもその二色を混ぜるという発想がなかった、ということなのでしょうか。『青の歴史』には、「混色と媒染のタブー」という節(72-77頁)がありますが、そのあたりのことを本論でも少しふれておいて欲しかったように思います。

 とはいえ、パストゥロー氏が色彩の歴史の方法論について書いた論文はいくつかあるのですが、そうした論文を読むのは今回がはじめてなので、良い経験にはなったように思います。 Couleurs, Images, Symboles (目次は こちら )の中にも色彩の方法論を扱った論文が収録されているのですが、ずいぶん分厚い論文なので、読むとしてもしばらく先になりそうです。





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Last updated  2008.07.12 18:17:15
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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