不登校・ひきこもり・ニートを考える

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巨椋修(おぐらおさむ)

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カテゴリ: 対処案




いわゆるオール・オア・ナッシング。


白か黒か、善か悪かどちらかを決めたがる思考法なんですけど、これは『不登校・ひきこもり・ニート』の人だけじゃなくて、うつ病や神経症、アダルト・チルドレンといった人たちも、そういった傾向があります。


この思考法の困ったところは、敵と味方を決め付けてしまったり、善悪を決め付けてしまったりして、自分を守ろうとしたりします。


ある不登校の子どもを持つお母さんがそうでした。


そのお母さんは学校の先生をやっていたんですが、自分の子どもが不登校になったとき思ったんでしょうね。








自分が悪いんじゃない



自分が悪いんじゃない








悪いのは学校だ!!



学校が悪いからうちの子が不登校になったんだ!!



私が悪いんじゃない!!









確かにね、そのお母さんが悪いから、お子さんが不登校になったんじゃないのかも知れません。


そのお母さん自身の職場が、学校でしたから、学校の悪いところとかよく知っていたのかも知れません。


で、そのときそのお母さんは、 悪いのは自分か学校かという二者択一論


それからそのお母さんは、学校と敵対することになります。


でもねえ、そのお母さんがやっていることは、責任の押し付け合いで、かんじんの子どものことを忘れているような気がするんですよ。


学校に子ども行こうと行くまいと、どちらにせよ子どもの人生のケツを拭くのは、子ども自身なんです。


子どもが学校に行かない責任を、学校か親かで押し付けても、子どもの利益にはなりません。


オール・オア・ナッシング、二者択一論よりも、どっちが正しいか悪いかよりも、責任の押し付け合いよりも、人間なんてもっといい加減でいいんじゃないでしょうか?


決め付けて怒っているよりも、もっといい加減に生きましょうよ。


人生なんて適当でいいんじゃないでしょうか。


きっとその方が楽ですよ。


責任の所在なんて、どうでもいいことです。










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Last updated  2008年06月05日 10時02分19秒
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