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明石入道はお別れの支度を、それは豪勢に用意しました。
従者たちには下級の者にいたるまで、今まで見た事もないほど立派な
旅装束を調えましたので、ほんにいつの間に用意したのかと思うほどです。
源氏の君のお召し物は言うまでもありません。
衣装の櫃を数多くお持たせします。まさに都への土産にはふさわしい品々を
趣あるふうにして揃えてあり、隅々にまで心遣いが行き届いています。
この日のために用意した狩衣には、娘からの文が添えてありました。
「寄る波に たちかさねたる旅衣 しほどけしとや 人のいとはむ
(明石の浜で私が裁ち、縫い重ねた狩衣でございます。
涙で濡れておりますので、お召しになるのはお嫌でいらっしゃいましょうか)」
出発の慌ただしい中ではありましたが、娘にお返事をおやりになります。
「かたみにぞ かふべかりける逢ふことの 日数へだてん 中の衣を
(思い出の品として、お互いに中の衣を交換しようではありませんか。
再会するにはかなりの日数を隔てることになるでしょうから)」
せっかくの厚意なのだからとお召し替えになり、
身につけていらした御衣装を娘におやりになります。
文字通り今一重、思い出の種となる形見の品です。
言うに言われぬ上品なお召し物には、薫香の移り香が匂っています。
それはきっと明石の娘の心にも、深く染み込んだことでございましょう。